第41話 自称勇者の作戦は「みんながんばれ」
しばらくシリアス回が続きますが、よろしくお願いします。
どおおおおおおおおおお……!
何かが爆発したような音が、スタジアムに響き渡る。
舞い上がった土煙が、風に煽られた。
現れたのは、龍顔族だった。
観客が座るすぐ下の壁に突き刺さり、がくりと頭を垂れる。
壁にはくっきりと龍顔族の形が出来ていた。
「なんで俺ばっかり……」
という捨て台詞とともに、白目を向いて意識を失う。
幸運にもくじを引き当て、再戦を叶えたルゴニーバだったが、結局フィアンヌに返り討ちにあったのだった。
こいつ……実は、結構弱いんじゃなかろうか。
「勝負あり!! 勝者フィアンヌちゃんよ~」
自ら進行役を申し出たオネェタウロスが、勝ち名乗りを上げる。
ちなみに審判はいない。
1対1で戦う――という以外、ルールはないからだ。
勝者となったフィアンヌは、名乗りに応えることはなかった。
最初こそは、手を高々と掲げ、喜びを露わにしていたが、今はその影すらなくなっている。
膝に手を突き、額から玉のような汗を滴らせ、肩で荒く息をしていた。
今のところほとんど無傷だが、問題は疲労だ。
無理もない。
朝からずっと戦い続けているのだ。
俺は天を仰いだ。
ムービタルスターの隙間から太陽が見える。
頂点から、少し傾いた程度だ。
夕方まで、まだまだ時間がある。
すでに100戦近く戦っている。
ペースから考えて、あと倍は戦わなければならないだろう。
ここまで完封しているのは、瞠目に値する。
黄狐族という種族のポテンシャルもさることながら、フィアンヌ自身の天性の才能は、元勇者の俺ですら息を呑むほどだ。
世が世なら、もし俺がいなければ、世界を救っていたのは、彼女かもしれない。
そう言わしめるほど、フィアンヌには溢れんばかりの才気があった。
だが――。
弱ったことに、経験がない。
格下であれば、勝負を長引かせ休憩を取ることも出来る。俺がフィアンヌの立場なら間違いなくそうしただろう。しかしフィアンヌの頭に、そうした器用さはない。
素直に惜しいと思った。
この才能が――自分が冒した過ちとはいえ――あっさり摘まれてしまうことを。
故に、俺はもう腹をくくっていた。
「さ~て。次は誰かしら~」
オネェタウロスはくじ箱をまさぐる。
「早くしろ! オネェタウロス!」
「能書きはいいんだよ」
「俺にしろ!」
オネェタウロスも、気を遣ってくれているらしい。
最初の頃と比べると、くじを引く時間が幾分長くなっている。
フィアンヌの休憩時間を稼いでくれているのだ。
心はオネェだが、一応紳士の心も持ち合わせいるらしい。
十分腐り切っているが、あれでケンタウロスなのだ。
でも、箱をまさぐる時に、野獣の目をしながら、俺の方を向くのはなんとかならんのか。
そんなアピールされても、“殺らないか”っていう言葉しか浮かばないんだが。
「3566番!!」
オネェタウロスが宣言する。
観客の視線が、一斉に自分が持つ札に向かう。
その中で――。
「オレだ!」
低いバリトン声が響き渡る。
一体の影が、高々と跳躍するのが見えた。
たん、と軽い音を立て、武闘場の真ん中に1匹の魔族が降り立つ。
地面から拳を離し、顔を上げる。
それは明らかに猫科の顔をしていた。
「ワーウルフか……」
目を細め、俺は呟いた。
漆黒の毛に覆われた獣魔族だった。
分厚い胸板。指の先についた長いかぎ爪。細い足はしなやかで、パワーとスピードのバランスが良いように思える。
豹の顔には、濁った緑の目が光り、半ば開いた口にはナイフのような牙が涎にぬれていた。
ワーウルフでも最強の種族――ブラックパンサー。
しかし、身体の大きさは一般的なサイズよりも大きい。
おそらく種族を束ねる長だろう。
「ブラックパンサーの頭か?」
「はい」
返事したのは、俺の後ろに控えたドランデスだった。
「名はギャロット……。家系こそ平凡なブラックパンサーでしたが、実力と大戦時の手柄だけでのし上がった高位魔族です」
叩き上げってヤツか……。厄介だな。
俺の見立てでは勝てない相手ではない。
ルゴニーバを基準とするなら、ワンランク上という程度だろう。
まだ余力を残せる相手といえる。
だが……。
それはフィアンヌが万全の状態であれば――の話だ。
いくら魔族から【黄色い悪魔】と恐れられた眷属とはいえ、スタミナが無尽蔵というわけではない。
すでに100戦やっているのだ。
ベストコンディションからは、ほど遠い。
さらにブラックパンサーというのも、厄介だ。
何度か戦ったことがあるが、かなりのスピードスターという印象を持っている。
その癖、攻撃力も高い。
問題はスピードについていけるか、ということ。
体力が落ちているフィアンヌにとっては、最悪の相性といえるかもしれない。
「それでは」
オネェタウロスの合図とともに、獣人と獣魔族は構えた。
「はじめぇ!」
戦闘開始。
先制したのは、ブラックパンサー――ギャロットだ。
一気に相手との距離を縮める。
対してフィアンヌは1歩遅れた。
足にキているのだろう。
100戦して100回先制した黄狐族の少女が、はじめて後手に回った。
防御を固める。
「遅い!」
バリトンボイスが響く。
ギャロットは身をかがめ、フィアンヌの脇に滑り込んだ。
咄嗟に前面を固めた少女にとって、そこは防御が薄い場所。
「しま――」
反省するまでもなく、パンサーのかぎ爪が襲った。
血しぶきが舞う。
左脇腹に、4つの血の線が浮かび上がった。
はじめてのダメージといえるダメージだ。
まだ浅い。
フィアンヌが反射的に身を捻って、致命傷だけは避けた。
一旦後退する。
ギャロットは見逃さない。
すぐに地面を蹴って、黄狐族の少女に迫る。
フィアンヌは足を止めた。
上体を前に出して反撃の姿勢を整える。
ギャロットが爪を繰り出してきたところに、腕を伸ばした。
「カウンター!」
思わず熱くなり、俺は叫んだ。
が――。
たん……。
湖面に魚が跳ねたような軽い音が鳴る。
ギャロットは急停止。さらに横へと方向転換した。
距離を取り、安全圏まで逃げる。
「おお。アブねぇ」
肩を竦めた。
チッ……。
俺は舌打ちする。
これが厄介なのだ。
先にも言ったが、ブラックパンサーはスピードに特化した魔族だ。
つまり捉えにくい。
見た目よりも軽い骨格。
スピードに先鋭化した脚力。
結果、負けない――死ににくいという身体を手に入れたのが、ブラックパンサーなのだ。
――しかし、あいつ……。
俺はフィアンヌを見た。
かわされたが、カウンターという選択肢は悪くない。
状況から考えても、最上といえるだろう。
案外、戦術的なインテリジェンスは高い方なのかもしれない。
それとも、黄狐族としての本能か……。
「おしかったな、お嬢ちゃん」
「はあはあはあはあ……」
ギャロットは賞賛とも皮肉とも取れる発言する。
対して、フィアンヌはただ息を切らすだけだった。
「ボロボロだねぇ……。そろそろ諦めたらどうだ? オレのものになれば、悪いようにはしねぇ。そうだな。一瞬で首を刈り取ってやるよ。なあに、痛みなんてほんの一瞬だ」
爪についた生娘の血を舐める。
ギャロットは笑みを浮かべた。
フィアンヌは大きく息を吸う。
呼吸が整ったのかと思ったが、違った。
「いや、です!!」
キィンと耳に残るほどの大音声が、スタジアムに響き渡る。
反射的に耳を塞いだ手をゆっくりと挙げた。
ギャロットはまた笑う。
「そんなに命が惜しいのか?」
「違う、です!」
「ああん?」
ようやく笑みが消える。
ギャロットは目を細めた。
対し、フィアンヌは薄い胸板に手を置いた。
「ここにあるのは、フィアンヌの命じゃないです」
「は――?」
「フィアンヌに一縷の希望を与えるため、交渉してくれたドランデスさんやエスカさん。引き籠もりなのに、スタジアムを作ってくれたネグネさん。憎まれ役でも必死に司会進行をしてくれたオネェタウロスさん」
そして何より――。
「魔族の本拠地のど真ん中で、守ってくれたブリードさん!」
みんなが頑張ってくれたから、フィアンヌはここにいるです!!
「だから、絶対――。フィアンヌは負けるわけにはいかない、です! 必ず勝って、里のみんなのところに帰って、謝るです!!」
顔を上げた。
黄狐族特有の黄金色の瞳が燃えている。
小さな歯牙を剥きだし、モフモフの尻尾をまるで剣山のように逆立たせた。
狐というよりは1匹の狼だ。
完全にギャロットから笑みが聞こえる。
しなやかな動きから、構えを固定した。
「面白ぇ……。本気で殺したくなった」
「やれるものならやってみろ、です!!」
フィアンヌもまた構えを取った。
【本日の業務報告】
相変わらず、元勇者の出番がない。
しかし、それはクズだから仕方がなかった。
勇者の存在感 -10
おかげさまで1ヶ月経たずに、50万PVいただきました。




