第40話 元勇者は作戦を立てた。
お待たせしました!
「嫁取り祭りだ」
は……。
エスカの拷問部屋に、微妙な空気が流れる。
それをもたらせた張本人に、皆の視線が集中した。
つまりは、俺だ。
魔族たちは揃って、怪訝な顔を浮かべている。
呼称を意味するところを知っているフィアンヌですら、小首を傾げ「ふぇ?」と声を発した。
「つまりだ。フィアンヌの処遇は、魔族で一番強いヤツが決めるってわけだ」
「魔族で一番強いのは、魔王様ですが」
反論したのは、ドランデスだ。
まだ要領を得られていないらしい。
説明を続けた。
「これはまだ俺の思いつきだけどよ。トーナメント戦か総当たりでもなんでもいいけど。魔族と魔族が戦って、その参加者の中で一番強いヤツを決める。そいつがフィアンヌの処遇を決めることが出来る」
「面白そうね」
一番最初に食いついたのは、エスカだった。
燃えるような赤い髪を逆立て、いかにも「滾る」という顔をしている。
やっぱり、魔王の娘だな。
「ようは、魔族が暴れられるきっかけを作ればいいんだろ? だったら、公に主催してやればいい」
「むふふ……。なるほど。悪くないかもしれないわね~」
「ほほうー。良いのう。面白い。金の匂いがする」
オネェタウロスとネグネが賛同する。
「あの~。その処遇を魔族が決めて、その後、フィアンヌはどうしたらいいですか? やっぱ食べられちゃうんでしょうか?」
「心配すんな。俺も参加する」
「ブリードも!」
素っ頓狂な声を上げたのは、エスカだ。
他の魔族やフィアンヌも、一様に驚きの表情だった。
「ようはトーナメントに俺が勝ち進んで、エスカを奪い取ればいい。それがフィアンヌの生存ルートだ」
「あんたは元――。……こほん。あんたはそれなりに強いのはわかってるけど、危険じゃないの?」
「でも、それしかないだろ? 悪いが、お前らに反対されても、俺は出るぜ」
「でも、ブリードさん……。どうしてフィアンヌのためにそこまでしてくれるですか?」
「俺は人類側だぞ。黄狐族には昔、世話になったし。ちょっと遅れたが、恩返しってやつだ」
檻の中にいるフィアンヌの頭に手を載せる。
優しく撫でた。
その顔は不安そうだったが、やがて渋々頷く。
あとは、1人だけ。
ドランデスにみんなの視線が注がれた。
「私も良いとは思います。ブリードさんが出るというなら、正直なところ止めることは出来ません。私が魔族を代表する立場からいっても、です。ただ――それで主戦派が納得してくれるか」
「確かに……」
ネグネは頷いた。
「ですが、なんとか主戦派に掛け合ってみましょう」
「私も手伝うわ」
手を挙げたのは、エスカだった。
「本来なら、お父様なんだろうけど。そんなことを話ちゃうと、自分も混ぜろっていいそうだし。私が代理ってことで交渉してあげる」
確かに……。
あの魔王なら、部下の反対を押し切ってでも参加するだろう。
「助かるけど……。なんか意外だな。お前が人類側に肩入れするなんて」
「べ、別に……じ、人類のためとかじゃないんだからね。……ほ、ほら」
尻尾をぶんぶん回しながら、エスカはフィアンヌを指さした。
「け、結構可愛いじゃない。お人形さんみたいで。……単純に可哀想っていうか。放っておけないっていうか。尻尾をモフモフしたいっていうか」
最後の一言が目的じゃないだろうな。
「ありがとな、エスカ。お前が交渉に入ってくれるなら、百人力だ」
「そ……そう? …………ブリードは私が交渉に入ってくれるのが嬉しい」
「おう!」
「そ、そうなんだ……。うぇへへへ……」
何故か、顔を真っ赤にしながら不敵に笑いはじめた。
おいおい。大丈夫なんだろうな。
やたら熱に浮かされているような気がするけど。
「早速、交渉に入りましょう。姫様」
「ええ。フィアンヌはこの部屋で大人しくしておきなさい。檻からは出ない方がいいわ。それはね。外部からの衝撃とか魔法攻撃からも守ってくれるから」
「は、はい……」
「なに? 不服?」
「いえ……。そういうわけではないのですが……。どうしてでしょうか?」
フィアンヌは俯き加減にぽつりぽつりと言葉をこぼした。
「私は魔族の皆様に多大な迷惑をおかけしました。それに、私は皆様にとっても仇敵です。今すぐ殺されてもおかしくないのに」
「あんた、なんか勘違いしてるわね」
「そうですね」
「ふぇ……」
エスカとドランデスの即答に、フィアンヌは首を傾げる。
「私たちは戦争になるのを止めたいだけ。人間と戦争したら、また退屈な別荘に押し込まれそうだし。美味しい紅茶も飲めなくなるしね」
「私は魔王様の意志に従っているだけです。魔王様が『戦え』とお命じになれば、すぐにでもあなたに刃を向けましょう。ですが、今はその時ではない。『人間との和平』を魔王様が望まれている以上、私はそれに全力を尽くすだけです」
2人の話を聞き、フィアンヌは唖然とした。
その横で肩を竦める。
そりゃそうだわな。
清々しいほどの欲望と、あまりに極端な忠誠心。
それを躊躇いなく発言できるのは、4大陸世界がいくら広いといえど魔族ぐらいなものだろう。
実に魔族らしい言葉だった。
こうして俺たちの『嫁取り祭り』の開催へと動き始めた。
◆
主戦派との交渉を終え、エスカとドランデスは拷問部屋へと戻ってきた。
「どうだった?」
聞くまでもなく、2人の顔は暗い。
やや疲れているようにも見える。
最初に口を開いたのは、ドランデスだった。
「祭りを催すことについては承諾しました。それによって、人類側に対してこれ以上の罪は問わない、と」
「おお。思ったより、飲んでくれたじゃねぇか」
話すら聞いてくれない可能性も考慮に入れていたのだが、それなりに話はわかるヤツららしい。解せないのは、何故2人の顔が暗いかだ。
「ただ――。トーナメント制は容認できないと。戦うなら、魔族ではなく黄狐族と戦わせろといっているのです」
「つまり、あいつらは寄ってたかって、フィアンヌをリンチしたいってこと。全く血の気の多い主戦派が考えることは、エレガントじゃないわ」
扉を蹴ったのは、エスカだった。
ふーふーと息を荒くし、怒りを露わにしている。
「その黄狐族が夕暮れまで立っていられれば見逃してやる――だそうです」
「ふむ……」
俺は少し考える。
すると、後ろから声が飛んできた。
「やるです!!」
そうはっきりと聞こえた。
皆が振り返る。
檻の中で、黄狐族の少女が黄金色の瞳を燃え上がらせていた。
「ちょっと! あんた、わかってんの? 魔族を何体も相手をするってことよ」
「やるです!」
もう1度、叫んだ。
「そもそもフィアンヌがやったことです。フィアンヌだけ、ただ檻の中から見るだけなのは、ダメなのです」
「けど、死にに行くようなもの――」
「いいじゃねぇか?」
と言ったのは、俺だった。
エスカはキッと青い瞳を俺に向ける。
「ちょっと! ブリードまで何いってんのよ。この子が殺されてもいいの」
「そんなこと言ってねぇよ。なあ、ドランデス……」
「はい?」
「お前から見て、こいつの強さはどうだった?」
「…………」
ドランデスは一瞬考えてから、切り出した。
「魔族としては情けなく口惜しい限りですが、並大抵のモンスターや魔族では太刀打ち出来ないかと……」
「だよな」
「でも、ルゴニーバ以上の高位魔族や四天王クラスが出てきたらどうすんのよ」
「その時はその時だ。なんとかなるさ」
「あんた……。なんか作戦でもあるの?」
エスカは眉根を寄せる。
「あるようでない――かな」
「ちょっと!」
「怒るなよ、エスカ。……今は秘密ってだけだ」
道化のように肩を竦める。
一方で、魔王の娘は青い瞳を燃え上がらせ、俺の心中を探るように見つめた。
「わかったわ。……こいつの好きにやらせましょ」
「よろしいですか、姫様」
「よろしいも何も……。生け贄になる方が、それでいいって言ってるんだから仕方ないでしょ。それに私の勘が言っているのよ」
それで良いってね……。
エスカはようやく怒りに燃え上がらせた瞳を伏せた。
「あ~ら。話はまとまったかしら」
拷問部屋の扉が開かれる。
席を立っていたオネェタウロスが戻ってきた。
その背に跨り、ネグネもいる。
「とりあえず、祭りの準備を始めましょ。ど派手にどばぁーとね」
「呑気なものね、オネェタウロス」
「むふふ……。マイペースなのが、オネェの心情なのよ」
「戦う場所を作らねばならんな」
ネグネは偉そうに腕を組む。
お馬さんに乗って機嫌がいいのだろうか。その顔は上気している。
実に、子供らしい反応だ。リッチだけど。
「ネグネ卿……。人員とお知恵をお借りできますか?」
「むろんだ。こんな楽しそうなことは、数百年ぶりだからな。盛大に行こうではないか」
「お前もとうとう引き籠もり卒業か?」
「どういうことだ?」
「現場作業するということは、お前……。外に出るっていうことだろ?」
「な――」
考えていなかったのかよ!
ネグネの顔面が青白くなっていく。
終いには、オネェタウロスから落ちてしまった。
「ネグネ卿!」
ドランデスが駆け寄る。
高位魔族であるリッチの少女は、泡を吹き、首を180度曲げて気絶していた。
その後も、色々と協議を重ねた結果、くじ引きによる1対1の対戦形式に決まり、俺が提案した『嫁取り祭り』は進んでいったのだった。
【本日の業務報告】
元勇者は、作戦を立てた。
「なんとかなるさ」
しかし、場は白けてしまった。
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