第39話 祭りのはじまり
フィアンヌ編の後半戦の始まりです!
いくつもの精霊光球の光が、1つの存在を照らした。
大きく伸び上がった影は、異形――。
上半身は男の身体。下半身は馬の体躯。
いわゆるケンタウロスという魔族の一種は、声を拡大させる魔法道具を持ち、筋肉ではなく、喉を震わせた。
「レディィイイイス アァァアアアド ジェントメェェエエエエエ!」
野太い声が、静寂に満ちた空間内に広がる。
そして高々と拳を振り上げた。
「みんな!! おっ祭りのはじまりよぉぉぉおおおおおおおお! うふっ!!」
その瞬間――。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
怒号が波のように押し寄せた。
空間全体に照射される精霊光球……。
露わになったのは、すり鉢状になったスタジアムと、異形のものがひしめく大観衆。そしてスタジアムの中心に据えられた円形の闘技場に、ケンタウロスことオネェタウロスは立っていた。
「いいわねぇ。みんな、なかなか仕上がってるじゃない。お姉さん、嬉しいわ!」
オネェタウロスは投げキッスをしながら、愛想を振りまく。
だが、それは殺気だった魔族にとっては逆効果だった。
「うるせぇ! オネェタウロス!」「
「ひっこめぇ!」
「気持ち悪いんだよ!」
「このオカマ野郎!」
容赦のない罵倒が帰ってくる。
「うるせぇ! お前ら!! 今度、オカマっていったヤツ、前列から弾くからな! 黙って、俺の尻でもなめとけや!!」
場内は――しん――と静まり返った。
え? 今、誰が言ったの?
オネェタウロスさん。ケンタウロスさんになってますよ。
「あ~ら、やだ! わたしったら、取り乱しちゃったわ! ごめんなさい。うふっ」
また投げキッスで愛想を振りまくが、総じて青い魔族の顔がさらに青白くなっていた。
オネェは怒らせると怖いのであった。
「さーて、暖まったところで本日のゲストを紹介するわ」
オネェタウロスを腕を水平に掲げる。
指し示す方に、精霊光球が照射された。
浮かび上がったのは、1匹の獣人。
黄金色の耳に、モフモフした尻尾。
やや顔を上気させ、露出度の高いビキニメイルを着て、もじもじしている。
黄狐族の少女フィアンヌだ。
「この子ウサギちゃんならぬ、子ギツネちゃんは今回、魔族に多大な迷惑をかけた大悪党!! すでに、その生死――デッド オア ライブは、私たち魔族に委ねられているわ。みんな! この子をどうしたい?」
【拡声】の魔法道具を、観客に向ける。
「ぶっ殺せ!」
「仲間の仇だ!!」
「駆逐してやる!」
「リベンジだ!!」
あちこちで罵声がとどろく。
「そうよね。ぶっ殺したいわよね。復讐したいわよね。……でも、あなたたち、こう思わないかしら」
オネェタウロスは目を細める。
口角を上げて、嫌らしい笑みを浮かべた。
「他人に分け合うよりは、自分が独占したいって!」
…………。
「うがおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
一瞬の沈黙は、一瞬でしかなかった。
欲望で沸騰した怒号がわき上がる。
「げへへへ。子ギツネか」
「うまそうだな……」
「あっちの方も美味しそうだ」
「俺は奴隷にして、毎日――」
下品な笑みと、あちこちで涎と舌を舐める音が聞こえた。
下半身からすでにいやらしい蜜を垂れ流すものさえいる。
淫靡な臭いを敏感に察したのは、フィアンヌだった。
耳をふさぎたくなるような淫猥の怨嗟に、思わず尻尾をピンと立てた。
「祭りの主旨はこうよ。この子に勝ったものが、生殺与奪を好きにしていいわ。この場で殺すなり、奴隷にするなり、仲間内でまわすなり、ミイラにして一生愛でるなり、なんでも好きにしちゃっていいわよ。ちなみに私は……。うふっ。いや~ん、恥ずかしいわ」
ぷりぷりと顔を振り、何故か赤面するオネェタウロス。
観衆の目は白くなり、「早く説明を続けろ」と急かしていた。
横ではフィアンヌが顔を真っ青にして硬直している。
オネェタウロスは咳を払った。
「闘う順番はくじで決めるわ。入り口で渡した札があなたたちの番号よ。呼ばれた方は闘技場に出てきてね。ただし、1人1回。複数で挑むのはなしよ。1対1の真剣勝負。どうかしら~?」
「異議なし!」
「早くやらせろ!」
「俺に来い! 来い!!」
早くも番号札を握りしめ、祈る者が現れはじめる。
「ちなみに今日の夕方までに彼女が生き残れば、彼女の勝ちね。晴れて生き残れるサバイバルゲーム! さーて。さっそく始めましょうか! 題して――」
嫁取り祭りならぬ! 子ギツネ取り祭りよぉぉおおお!!
再び怒号が響いた。
オネェタウロスは舞台上からはけようと歩き出す。
ふるわせたフィアンヌの肩に手を置く。
「大丈夫よ、フィアンヌちゃん」
「ふぇ……」
フィアンヌは顔を背後のオネェタウロスに向ける。
「心配しなくても……。いざとなれば、王子様が助けてくれるわ」
「王子様……です?」
小首を傾げる。
オネェタウロスはウィンクすると、入場口の方を向いた。
1人の人間の男が立っている。
俺だ。
フィアンヌと目が合うと、親指を立てて答えた。
不安にまみれていた表情が和らぐ。
元気に里で暴れ回っていたという、獣人の少女の顔つきに戻っていた。
オネェタウロスは「むふふ」と怪しげな笑みを浮かべて、武闘場からはけていく。
フィアンヌが1人残された。
場内は騒然とし、殺気だっていた。
それでも少女は退かない。
握った手に力を込めた。
「さあ! 抽選を始めるわ。栄えある最初の犠牲者……じゃなかった。最初の挑戦者はどなたかしら~!」
オネェタウロスはくじがつまったボックスにぶっとい手を入れる。
ごそごそとかき回した。
どうしてだろうか。
何故か、あいつがやるとすごくやらしく見えてしまう。
いかん。俺の心が汚れすぎぃ!
「そうそう。お尻の穴をかき――――」
やめろ! オネェタウロス!!
「さて、引いたわよ。最初の番号は32665番! いるかしら!」
俺だ!!
オネェタウロスよりも、さらに野太い声が場内に響き渡る。
声を目で追った。
1人の魔族が、札を掲げ立っていた。
豚のような鼻。
虹彩のない真っ赤な瞳。
でっぷりと突き出したお腹の下に、腰蓑が下がっている。
オークだ。
しかもデカい。
おそらく人類の間では「キング級」といわれた部類のオークだろう。
「ぐへへへ……」
観衆を押しのけ、キングオークは降りてくる。
舌を出し、涎をまき散らした。
「キングオークだぁ!」
「うわぁ……。いきなりかよ」
「優しくしてやれよ!」
「ヒャッハー! 公開レ〇プショーだ!」
魔族達は口々にヤジを飛ばす。
ドスンと重い音を立て、最後は観客席から飛び降りてきた。
オネェタウロスは【拡声】魔法が付与された道具を向ける。
「意気込みをどうぞ!」
というと、キングオークは道具を奪い取った。
ビッと指をさす。
向けられたフィアンヌは「ひぃ」と悲鳴を上げた。
血走った目で、子ギツネを睨む。
「俺はな! 数々の姫騎士をよがらせてきた、キングオーク様だぁ! 娘! よっかったな!! 俺はお前を殺さねぇ! 今から俺のドラゴン級の息子で、ひぃひぃよがらせてやるよ! 今日がお前の処女喪失記念日だ! 喜ぶがいい!」
そう言うと、道具を叩きつける。
「あ~ら。もう――」
オネェタウロスは拾い上げると、ささっと砂を払った。
「いきなり野蛮な宣戦布告ね。……私はちょっと可愛そうって思っちゃうかしら。でも、これも運命よね。さあ、舞台にあがってちょうだい!!」
言われずとも――。
キングオークはその巨躯から考えられないような跳躍を果たした。
重厚な音ともに舞台に降り立つ。
砂埃が舞うとともに、まだ何もしていないのに淫靡な臭いが立ちこめた。
オークキングは「ぐふふ」と臭気を吐き出す。
いやらしい目つきで、哀れな子ギツネを睨んだ。
その肩は小さく震えている。
再び獣人少女は動揺していた。
「フィアンヌ、落ち着け! 相手は粗〇ンオークだ。いつも通りやれば勝てるぞ!」
「おい! 誰が粗〇ンだ! 誰が!」
俺の野次にキングオークが反応する。
拳を振り上げ、激昂した。
「俺様のチ〇ポはドラゴン級だって言ってんだろが! てめぇ、ケツ穴に突っ込むぞ! こらぁ!」
……俺にそういう趣味はないっつの!
それに、おま――そういうことを言うと、超絶反応するヤツが側にいるだろ。
「やーだ、オークちゃんってば、そっちもいける口なの~。良かった、今度、馬小屋デートしない」
「するか! 引っ込んでろ、オネェタウロス」
しっしっとおいやる。
キングオークは再びフィアンヌに向き直った。
少女はまだ震えている。
「心配するなよ。お嬢ちゃん。……最初は優しくしてやるからよ。ぐへへへへ」
下品な笑みを浮かべる。
返ってきたのは鋭い眼差しだった。
思わずキングオークは、笑いをやめ、息を呑む。
「フィアンヌのことならなんでも言っていいです」
けど――。
「フィアンヌにチャンスを与えてくれたブリードさんを悪く言うヤツは、許せない――です!」
恐怖から震えていたのではない。
少女は怒っていたのだ。
「それでは――」
オネェタウロスが手を振り上げた瞬間だった。
先ほどまでキングオークの前にいた獣人少女が消えた。
「へ――」
間抜けな声を発する。
次の瞬間――。
ドゴッン!!
まるで大砲でも撃ったような音が、場内で炸裂する。
その時、観衆の目に止まったのは――。
オークの土手っ腹に、思いっきり拳打を突き込んだフィアンヌの姿だった。
オークの身体に衝撃が走る。
全身に流れる魔族の血液ともいうべき体液が、逆流した。
一生分ともいえる痛みが、オークに襲いかかる。
悲鳴すら上げられず、痛みに完敗したオークは白目を剥いた。
ふぁさりと腰蓑が落ちる。
衝撃で切れたのだ。
「ひぃ!」
それを見たフィアンヌは、我に返った。
赤面し、慌ててオークの腹から手を引き抜く。
どお、とキングオークは倒れた。
腰蓑が外れ、まるで逢瀬を楽しんだ後のように足を開く。
つまり、色々と丸見えだったわけである。
フィアンヌは一目散に舞台上の端まで逃げる。
手で顔を隠したが、ちらちらと指の隙間からオークをうかがった。
「あらあら……」
オネェタウロスは武闘場に上る。
気絶したキングオークを見下げた。
「完全にいっちゃってるわね……。それにしても……」
オネェタウロスは腰蓑に隠されていた部分を見つめた。
「ドラゴン級っていっても、爬虫類つながりということかしら。どっちかっていうと、トカゲ級ね。うふ、可愛い!」
ピンと萎えた亀頭の先を弾く。
観衆は息を呑んだ後、ひそひそと話し出す。
「おいおい。あれで姫騎士をよがらせてたのか?」
「俺、そういえばキングオークが女を抱いてるとこ見たことねぇわ」
「なんか、あいついつも遠慮気味だったよな」
「俺、一晩で300人の女とやったとか聞いたぞ」
「300人の女にボコられたの間違いじゃないか……」
観客はドッと笑った。
キングオークを指さし、ゲラゲラと笑う。
担架が運び込まれ、色々と暴露されたオークは武闘場から降りていった。
その目には涙が浮かんでいるような気がした。
ドンマイ! キングオーク……。
オネェタウロスはこめかみの辺りを掻いて、どう収集を付けようか悩む。
「まだはじめ合図をしてなかったけど、勝負がついたってことでいいでしょ」
オネェタウロスは蹲るフィアンヌの腕を取る。
高らかに宣言した。
「勝者! フィアンヌちゃんよぉおおお!!」
【本日の業務報告】
――って、俺……。全然出てないんだけど!!
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