第38話 魔族は暴れたがっている。
遅れてすいません。
ご期待に添えず申し訳ない。
いつもより少し長めなので、読む時は気をつけてください。
「う、うむむ…………です」
フィアンヌの瞼が開く。
寝ぼけ眼を擦り、黄金色の瞳を周囲に向けた。
まだ視界がはっきりしない中、目の前に浮かんでいたのは、俺の顔だった。
「よう。目を覚ましたな」
「あ! 奴隷の人!」
「奴隷じゃねぇよ! ああ。そう言えば、自己紹介はまだだっけ? 俺の名前はブリード。さっきも言ったが、魔王城でアルバイトしてる」
「そんなの嘘です。きっと無理矢理働かされているに――痛ッ!!」
フィアンヌは身を乗り出すと、目の前の格子におでこをぶつけた。
腫れ上がった額をさすりながら、ようやく自分の状況を知る。
檻だ。
がっしりと格子がはまった――ひと1人ぐらいしかが入ることが出来ない檻の中にいた。
フィアンヌは細い黒金の格子に手をかける。
「ふん! 檻ぐらいフィアンヌの力で――ぐぬぬぬぬぬ!!」
顔を真っ赤っかにしながら、フィアンヌは力を入れた。
後ろの尻尾をピンと逆立てる。
しかし――。
「ダメですぅ。ビクともしないです」
「無駄よ。それは【怪鬼神の臥籠】っていってね。魔神でも開けられなかったっていう逸話があるぐらい頑丈な檻なのよ」
声は俺のすぐ横から聞こえた。
燃えるような髪とドレスを揺らし、エスカが檻の中のフィアンヌを覗き見る。
「あ~ら、この紅茶おいしい! 良い茶葉を使っていますわねぇ。さすが、魔王の娘様」
背後ではオネェタウロスがティーカップ片手にお茶を飲んでいた。
胸襟をピクピク動かし、やや化粧がのった顔をこちらに向ける。
「ちょっ! それ、あんたに入れたんじゃないからね! オネェタウロス!」
「あ~ら、ごめんなさい。てっきり日頃の労働を労ってもらっているのかと」
「それはブリードと飲むために入れたの! てか、あんたたちなんて日がな1日、部屋で草を食んで、糞をひりだしてるだけでしょ」
超正論! いいぞ、エスカ! もっと言ってやれ!
「や~ん。そんな怖い顔しないで~。……小ジワ、出来ちゃいますわよ」
と、ウィンクする。
エスカの怒りは最高点に達した。
「よーし。そこになおれ、ケンタウロス。今から拷問にかけて、その肉を馬刺にしてお父様に献上してやるわ」
「まあ、魔王様に食べてもらうなんて。言葉がい・ん・び。……濡れるわ~」
「「コロス!!」」
俺とエスカは同時にケンタウロスを睨むと、共同戦線を張った。
「ちょっと! 暴力反た~い!!」
とまあ、俺たちがケンタウロスの相手をしている横で、フィアンヌは別のことが気になっていた。
数多くの拷問道具が置かれた部屋の角。
何故か、そこだけ影が濃い。
よく見ると、白衣を着た少女らしき人影が、三角座りして何やらブツブツと呟いている。
「うう……。早く地下へ帰りたいよぉ。暗くてじめじめしてて……。帰って、蜘蛛とかムカデとか掴まえて、遊びたいよぉ」
泣いていた。
片方の目は、完全に落ちくぼみ、赤い光を放っている。
「これが……。魔王城ですか」
完全アウェー。
その状況下で、フィアンヌの胸中に飛来したのは、ただただ“呆れる”ことだけだった。
閑話休題。
「しかし、この子。大変なことをしでかしちゃってくれたわねぇ」
オネェタウロスは何も懲りていないらしい。
結局、ティーカップから手を離さず、最後まで飲みきってしまった。
まあ、こいつが1度口を付けたカップなんて、念入りに殺菌消毒したって使いたくはないがな。
「ブリード、この子どうするつもり?」
「俺に聞くなよ。決めるのはドランデスだろ」
「そうなんだけど……。あんた、人間でしょ。……それに聞けば、勇者に憧れて魔王様を倒しにきたっていうじゃない」
「うっ……」
「あんたにも責任はあるんじゃない?」
「あ~ら。それはどういうことぉ、お姫様」
「オネェタウロスは黙ってなさい。――で、ブリードはどうしたいの?」
深く息を吐く。
フィアンヌに向き直った。
「フィアンヌ……」
「はいです」
「お前には辛いかもしれないが、はっきり言っておく」
「はい……です」
「人類側はとうにお前を見限っている。生死についても、魔族側に一任するそうだ」
「それって……」
「つまりは、お前は犯罪者ってことだ。人類側にとっても、魔族側にとっても。そしてお前のしたことによって、今人類と魔族の関係に溝が出来ようとしている」
「そんな! フィアンヌはただ世界を平和にして、みんなに認めてもらうために頑張っただけです」
黄金色の瞳に涙が滲む。
その目を真っ直ぐ見ながら、俺は首を振った。
「なあ、フィアンヌ……。魔王を倒してくれなんて、誰に言われた。誰に請われた?」
「え? それは――」
「両親か? 里長か? 里の偉い人か?」
「…………」
「お前が読んだ勇者の本……。そこに書かれていたか?」
フィアンヌは思い出す。
父や母のこと。里のこと。
そして本に書かれていたことを……。
あ……。
目を大きく見開いた。
そして気付いた。
誰も何も願っていないことを。
本にですら、勇者が魔王を倒したということしか書かれていなかった。
そこにあった願いは……。
子供が健やかでありますように。
ただ本に書かれていたのは……。
みんなが幸せにするため、勇者が立ち上がったこと。
フィアンヌはポロポロと涙を流した。
顔面をぐしゃぐしゃにし、小さな膝小僧に点々とシミを作る。
何度拭いても、どれだけ嗚咽を漏らして、少女は泣きやまない。
それでも懸命に言葉を紡いだ。
「フィアンヌはバカです。愚か者です。……お父さんとお母さんは元気でいてくれるように願ったのに、危ないことをしてしまいました」
「そうだな。そして、今は世界の幸せが崩れそうになってる」
「う……。ううう……。ごめんなさい! ごめんなさい! 謝ってもすむ問題じゃないけど、ごめんなさい、です!」
うわああああああんん……。
大戦時、人々の悲鳴を吸い上げ続けた拷問部屋に、少女の泣き声が響き渡った。
俺は格子に手を伸ばす。
金色の髪を優しく撫でた。
「その言葉はな。俺に向けていうもんじゃねぇ」
「ふぇ……」
「里に帰って、祭りの時に怪我させたヤツとか、里長や、両親に言ってやれ。多分だけど……。お前、ちゃんと謝ってないだろ、里のみんなに」
「うぅ……。そういえば、そうかもしれないです」
「だったら、素直に謝れ。まずはそこからだ」
服の袖で、俺はフィアンヌの涙を拭う。
獣人の少女は、顔を上げる。
そして大きく頷いた。
「だけど、この子……。里に一生帰られないかもしれないわよ」
オネェタウロスは空になったティーカップを指で回しながら言った。
「心配ねぇよ」
俺は立ち上がる。
拷問部屋の入口に向き直った。
声のトーンを上げる。
「――だそうだ、ドランデス。……この子には背後関係はないと思うぞ」
軋みを上げて、鉄製の扉が開く。
龍の御子が、尻尾を揺らし立っていた。
「気付かれていましたか?」
おかげさまでな。
最近、ようやくお前の気配がわかるようになってきたところだ。
「どうして、ここが」
エスカは座っていた椅子から立ち上がる。
「別に何も特別なことではありません。虱潰しに部屋を当たっていたら、子供の泣き声が聞こえてきただけです」
「あ、そう……」
「概ね話は聞かせていただきました」
ドランデスは部屋の中へと入り、そっと扉を閉めた
フィアンヌが捕まっている檻に近づく。
その目は相変わらず冷徹な色を讃えていた。
先ほどまで魔族と大立回りを演じていた黄狐族の少女も、ただならぬ気配を察して息を呑む。
「今一度確認します、フィアンヌさん」
「は、はい……です」
「あなたは誰かに命令されて、魔王城を攻めたわけではないのですね」
「はい。そうですけど……」
「わかりました。結構です」
ドランデスは目を閉じる。
あっさり尋問が終了してしまった。
「いいの、ドランデス。そんなんで」
「聞きたいことは、聞けました。それに嘘を吐くようなタイプには見えませんし」
「そ~ね。いかにもウブって感じだし」
「問題は……」
ドランデスは下を向いた。
「主戦派の連中か……」
「はい」
俺はアルバイト初日のことを思い出していた。
その中で忠告された言葉を頭の中で反芻する。
『些細な瑕疵を1つでも作れば、魔族の中にいる主戦派と呼ばれる連中が息を吹き返すでしょう。そして雪崩のように、人間を滅すべしという声が沸き起こる』
人間から手を出せば、それは主戦派の反論材料になる。
だから、決して魔族に挑発されても、俺から手を出すなという忠言だった。
主戦派……。
今のところ、再戦を明確に主張する魔族に、俺は出会ったことがない。
だが、魔王城に住む魔族の大半が、この一派なのだという。
今回の一件は、主戦派が「やはり人間は根絶やしにすべし」という論旨を再燃させる格好の材料になる。
実際、実害も出た。
主戦派でない魔族とて、今回の一件で人類側に対する憎悪を膨らませたものもいるだろう。
割とこうしてのほほんとしているが、実は結構魔王城にとっても、人類側にとっても、久しぶりの危機を迎えているのだ。
故に――。
人類側もすぐに関係がないことを表明し、フィアンヌの生殺与奪の権利を魔族に与えた。
「ドランデス……。お前はどうしたい?」
「彼女を殺したところで、主戦派が納得するとは思えません」
だよな……。
「いっそ主戦派の連中のところにでも放り込んじゃう?」
「ひぃ……」
エスカの大胆な発言に、聞いていたフィアンヌは尻尾をピンと伸ばした。
「それでも主戦派の連中は納得すまい」
いきなり声を上げたのは、部屋の隅っこで蹲っていたネグネだった。
「復活したのか?」
「うむ。よくよく考えたら、ここは地下みたいで薄暗いからの。それに、ほれ! こんなにムカデも蜘蛛もおる」
両手を広げると、本当にムカデと蜘蛛がわんさと蠢いていた。
気持ち悪ぃ。
それを、咲いた花のような笑顔で差し出す少女もどうかと思うが。
「ネグネ卿……。何か良い案はありませんか?」
ドランデスは尋ねる。
文字通り腐っても、リナールという会社を立ち上げ、成功した魔族だ。
それなりの知能を見込んで、質問したのだろう。
やや長めの白衣の袖を顎に当て、ネグネは考える。
「難しいのぅ。あいつら、なんというか。単純に人間の恨みから再戦を希望しているわけじゃないからの」
「ん? どういうことだ? 大戦時に死んだ仲間の仇を討ちたいとかそんなんじゃないのか?」
…………。
俺が言うと、部屋は沈黙した。
すると、今度はクスクスと笑い声が聞こえる。
ケンタウロスはもちろん、エスカやネグネも笑っていた。
「ま。ブリードは人間だからそういう思考になるわよね」
「そういうの、嫌いじゃないわよぉ」
「興味深い感情ではあるが、魔族はそういうことにはこだわらん」
「そうなのか?」
ドランデスに振った。
「皆無というわけではありません。ただ魔族は横の連帯が薄い種族ですので。あまりそういう風には考えません」
「え? でも、エスカはこの前――」
「私は別に負けたから悔しいって個人的に思ってるだけ。誰かの仇討ちをしようなんて微塵も思ったことはないわ」
あ。なるほど……。そういうことね。
「じゃあ、主戦派の連中はなんで再戦したいと考えているんだよ」
「姫様も言いましたが、負けて悔しいからという理由が1つ」
「もう1つは、単純にそやつらが暴れたいだけだ」
は――?
「つまり、何か? 戦う場所がほしいってことか?」
「有り体に言えば、そういうことです」
「ホント野蛮よね~。戦いなんて考えたくもないわ。お肌が傷ついちゃう」
手鏡を出して、化粧の確認をする。
お前は、もっと野生を取り戻した方がいいぞ。
あ――――!!
そこまで話を聞いて、俺の頭の中に天啓が浮かぶ。
「良いことを考えた」
「良いこと?」
「暴れ足りないというなら、暴れさせればいいんだ?」
皆の頭の中に「?」が浮かぶ。
そして首を傾げた。
それを見ながら、俺はニヤリと笑った。
【本日の業務報告】
元勇者は、魔族について学んだ。
魔族の知識【主戦派】を習得した。
月間総合109位と奮闘中です。
2桁までもう少し。
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