第3話 俺の名前はブリード。よろしくな!
本日ラストです。
でけー。
俺は首が痛くなるまで顔を上に向けた。
目の前に魔王城――正式名称グローリチェロー城がそびえていた。
なんかの言葉で『永劫の回廊』とかいう意味らしい。
1度入ったことがあるからわかるが、中は迷路みたいになっている。それこそ永遠に彷徨うことが出来るほどだ。
最初にも言ったが、ともかくデカい。そして広い。
一番高い尖塔は雲にまで達し、先端部が見えなくなっている。
すると、暗雲から稲光が落ちてきた。
近くの枯れ木に直撃すると爆発し、たちまち炎が上がった。
こえー……。
前から思ってたけど、この辺ってなんで大気の状態が悪いんだ。
思いきって尋ねてみることにした。
「あのー、ドランデス……さん」
「なんでしょうか?」
ドランデスは目端だけを動かし、俺を見た。
「この辺ってなんでいつも気象状態が悪いんですか?」
「ああ……」
ドランデスはおもむろに空を見上げた。
目に力を入れ、ぐっと睨む。
何故か、一瞬ひるんだような気がした。
「あの雲も魔物の一種なんですよ」
「え? あれも魔物なの!?」
「ええ。ムービタルスターといいまして、雲状型のモンスターです。魔王城を空から警護しているんですよ」
これは衝撃の事実だぜ。
まさかあれが魔物だったなんて。
アルバイトしに来なかったら、一生知らなかった知識だ。
「おそらくあなたが珍しいのでしょう。さっき雷を落としたのも、あなたを歓迎しているからです」
「あれが歓迎……」
人を歓迎するのに、枯れ木一本を燃やしてしまうとは……。
まあ、あれだ。人間も蝋燭に火を付けて祝ったりするし。その魔族バージョンだと思えば、納得出来る。
俺はいまだにパチパチと音を鳴らして燃え盛る木を見ながら、苦笑した。
「ところで……」
ドランデスは振り返る。
眼鏡のレンズを突き抜け、美しい紺碧の瞳で俺を射抜いた。
「何故、私の名前を知っているのですか?」
――あ。
一瞬で、俺の頭から燃やされた哀れな枯木のことが消える。
氷水でも被ったような怖気が、全身を貫いた。
やばい……。
俺、いきなりミスった。
狼狽する俺を尻目に、ドランデスは一歩近づく。
「私……。まだ自己紹介をしていなかったと思いますが」
「いや、それは……。その……し、四天王のドランデス様といえば、人間の中では大変有名でして」
「ほう……。どう有名なのですか?」
「そりゃあ、もう! 優秀な魔王の側近で、嵐を操り、ドラゴンに変身すれば空では敵なしと聞いております」
自分でも驚くほどのおべんちゃらを並べ立てる。
これもドランデスの能力を知っているからこそ、出てきた言葉だ。
まさか勇者時代の知識が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
「そこまで知られているのですか……」
ほう、とドランデスは息を吐く。
顔には出さなかったが、尻尾をぶんぶん振っている。
あれ? もしかして照れてるのだろうか?
結構、こいつチョロかったりする?
気を取り直すように、ドランデスは「こほん」と咳を払った。
「改めて自己紹介を。四天王の1角――『嵐龍』のドランデスです。一応、あなたの上司になります。あと1つ」
「なんですか?」
「私は魔王様の側近ではありません。秘書官です。そこをお間違えなく」
いや、側近と秘書官ってどう違うんだ。
戦いの時は大雑把なくせに、こういうところは細かいんだな。
しかも上司なのかよ……。なんか馬が合いそうにないような気がする。
「えっと。じゃあ、俺も。ブリッドっス。よろ――」
マヌケか、俺は!!。
わざわざ元勇者という身分を隠しているのに、肝心の名前をそのまま紹介する馬鹿がどこにいるんだよ。ここにいたけどさ!
「ブリッド……」
「あ、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
嵐のように俺は頭を振った。
それこそ『嵐龍』のお株を奪わんばかりにだ。
「違った。ブリ、ブリ、そう――。ブリード! 俺の名前はブリードです」
「それは嘘ですね」
俺の渾身のネーミングは、紺碧の瞳によってはねのけられた。
ぐっと俺は喉を詰まらせる。
まずい! ばれた!
覚悟を決めた時だった。
ドランデスは持っていた書類を俺に見せる。
「書類にはちゃんとブリッドと書かれていますよ」
「へっ?」
そうなのだ。
書類には、俺の字で「ブリッド」と書かれていた。
そう。ギルドで記入した書類を、ドランデスは持っていたのである。
――――――――――――――――――――――――――――――!!
やばい……。これ、詰んだ。
――いっそ白状する方がいいか。
いやいや、そうなった日には最終戦争勃発だって。
――じゃあ、逃げる?
それこそ逆効果じゃないのか。
それに相手は嵐龍のドランデス。スピードでは負けるつもりはないが、こいつのしつこそは勇者時代に嫌というほど味わっている。
――じゃあ、どうしよ……。
迷っていると、先にドランデスが口を開いた。
「お気持ちはお察しします」
罵声が飛んでくるかと思いきや、かけられたのは同情だった。
「勇者と同じ名前ですからね。さすがに魔王城で勤務するものが『ブリッド』ではさぞ肩身が狭いでしょ」
「あ。はあ……。まあ……そりゃあ」
「ブリッドさんが良ければ、ブリードと書類を変更しておきますが、いかがですか?」
「え!? そんなこと出来るんですか?」
「ギルドに事情を話せば、問題ないかと」
正直、ギルドに話して「それは本当に勇者ですよ」なんて言われた日には、俺は全力で逃げるしかないだろう。アーシラちゃんが上手くやってくれることを祈る。
「じゃ、じゃあ、それで」
「ご不便をおかけしますが、よろしくお願いします。ブリードさん」
事も無げ――といった様子で、ドランデスはブリードと呼んだ。
「さて参りましょうか? 今日は色々とやることが多いので」
「そ、そうですか?」
すると、ドランデスは大きな城門に向かって「開門」と叫ぶ。
ゆっくりと門が開いていく。
「まさか勇者と同じ名前の方がアルバイトに来られるとは。さすがにそこまでは予想しませんでした」
「は……。はは……。ですよね。俺もアルバイト先が魔王城だなんて、予想の斜め上でした」
「しかし、ブリッド――失礼。ブリードさんが寛容な方で良かったです」
「え? どうしてですか?」
「仮にあなた……。ブリッドっと魔王城内で一言でも発していたら」
「発していたら……」
俺はごくりと喉を鳴らす。
「行きましょう。時間が惜しいです。今日は色々とやることがありますので」
――言わんのかい!!
ドランデスは尻尾を鞭のようにしならせながら、中へと入っていった。
入口の近くにある一室に俺は通された。
とにかく広く、デカい魔王城にあって、そこは人間サイズに出来ていた。
木製のロッカーやベンチなどが置かれ、くつろげるようになっている。
やたらと真新しい。木の良い香りがした。
俺のためにわざわざ作ったのだろうか。
ドランデスは俺は引き連れ、入るなり、ロッカーを開く。
ごそごそと中身を漁りだした。
ショートボブの綺麗な髪が、耳にかかる。
それを軽く掻き上げる仕草は、なかなかにグッドだ。
ちょっと目を奪われてしまった。
魔族とはいえ、ドランデスはなかなかに美人だ。
その上司となる魔族がこちらを向いた。
紺碧のきつい目線が、俺を貫く。
千歩譲っても、やはり彼女は四天王なのだ。
「これを」
差し出したのは、制服だ。
如何にも清掃員が来ていそうな地味な色の繋ぎ。帽子も添えられている。
その一番上に、名札がちょこんと乗っていた。
部屋といい。制服といい。
やたらと用意がいいな。
「あ」
俺は受け取ろうとして、手を差し出すと、寸前でドランデスが引っ込めた。
「名前を変更しなければなりませんね」
確かに……。
名札にはデカデカと「ブリッド」と書かれていた。
どうしてか俺には「ヘイ! オレを殺してくれYO!」としか見えない。
「ちょっと待って下さい」
ドランデスはビロードの内ポケットからペンを取りだした。
なかなか用意がいいヤツである。
執事服は伊達じゃない。
「ブリッド」というところに斜線を入れ、その上に「ブリード」と書き加える。
作業を終えると、制服と一緒に俺に渡した。
「後日、正式な名札を渡しますので。今日のところは我慢してください」
「は、はあ……」
俺は名札を見つめる。
眉間に皺を寄せた。
どうでもいいけどさ。
……こいつ、字ぃ汚いな。
【本日の業務日誌】
勇者の名前がブリッドからブリードに変更されました。
本日ラストですが、いかがだったでしょうか?
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