表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/76

第3話 俺の名前はブリード。よろしくな!

本日ラストです。

 でけー。


 俺は首が痛くなるまで顔を上に向けた。


 目の前に魔王城――正式名称グローリチェロー城がそびえていた。

 なんかの言葉で『永劫の回廊』とかいう意味らしい。

 1度入ったことがあるからわかるが、中は迷路みたいになっている。それこそ永遠に彷徨うことが出来るほどだ。


 最初にも言ったが、ともかくデカい。そして広い。


 一番高い尖塔は雲にまで達し、先端部が見えなくなっている。


 すると、暗雲から稲光が落ちてきた。

 近くの枯れ木に直撃すると爆発し、たちまち炎が上がった。

 こえー……。

 前から思ってたけど、この辺ってなんで大気の状態が悪いんだ。


 思いきって尋ねてみることにした。


「あのー、ドランデス……さん」

「なんでしょうか?」


 ドランデスは目端だけを動かし、俺を見た。


「この辺ってなんでいつも気象状態が悪いんですか?」

「ああ……」


 ドランデスはおもむろに空を見上げた。


 目に力を入れ、ぐっと睨む。

 何故か、一瞬ひるんだような気がした。


「あの雲も魔物の一種なんですよ」

「え? あれも魔物なの!?」

「ええ。ムービタルスターといいまして、雲状型のモンスターです。魔王城を空から警護しているんですよ」


 これは衝撃の事実だぜ。

 まさかあれが魔物だったなんて。

 アルバイトしに来なかったら、一生知らなかった知識だ。


「おそらくあなたが珍しいのでしょう。さっき雷を落としたのも、あなたを歓迎しているからです」

「あれが歓迎……」


 人を歓迎するのに、枯れ木一本を燃やしてしまうとは……。

 まあ、あれだ。人間も蝋燭に火を付けて祝ったりするし。その魔族バージョンだと思えば、納得出来る。


 俺はいまだにパチパチと音を鳴らして燃え盛る木を見ながら、苦笑した。


「ところで……」


 ドランデスは振り返る。

 眼鏡のレンズを突き抜け、美しい紺碧の瞳で俺を射抜いた。


「何故、私の名前を知っているのですか?」


 ――あ。


 一瞬で、俺の頭から燃やされた哀れな枯木のことが消える。

 氷水でも被ったような怖気が、全身を貫いた。


 やばい……。

 俺、いきなりミスった。


 狼狽する俺を尻目に、ドランデスは一歩近づく。


「私……。まだ自己紹介をしていなかったと思いますが」

「いや、それは……。その……し、四天王のドランデス様といえば、人間の中では大変有名でして」

「ほう……。どう有名なのですか?」

「そりゃあ、もう! 優秀な魔王の側近で、嵐を操り、ドラゴンに変身すれば空では敵なしと聞いております」


 自分でも驚くほどのおべんちゃらを並べ立てる。

 これもドランデスの能力を知っているからこそ、出てきた言葉だ。

 まさか勇者時代の知識が、こんなところで役に立つとは思わなかった。


「そこまで知られているのですか……」


 ほう、とドランデスは息を吐く。


 顔には出さなかったが、尻尾をぶんぶん振っている。

 あれ? もしかして照れてるのだろうか?

 結構、こいつチョロかったりする?


 気を取り直すように、ドランデスは「こほん」と咳を払った。


「改めて自己紹介を。四天王の1角――『嵐龍』のドランデスです。一応、あなたの上司になります。あと1つ」

「なんですか?」

「私は魔王様の側近ではありません。秘書官です。そこをお間違えなく」


 いや、側近と秘書官ってどう違うんだ。


 戦いの時は大雑把なくせに、こういうところは細かいんだな。

 しかも上司なのかよ……。なんか馬が合いそうにないような気がする。


「えっと。じゃあ、俺も。ブリッドっス。よろ――」



 マヌケか、俺は!!。



 わざわざ元勇者という身分を隠しているのに、肝心の名前をそのまま紹介する馬鹿がどこにいるんだよ。ここにいたけどさ!


「ブリッド……」

「あ、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」


 嵐のように俺は頭を振った。

 それこそ『嵐龍』のお株を奪わんばかりにだ。


「違った。ブリ、ブリ、そう――。ブリード! 俺の名前はブリードです」

「それは嘘ですね」


 俺の渾身のネーミングは、紺碧の瞳によってはねのけられた。


 ぐっと俺は喉を詰まらせる。


 まずい! ばれた!


 覚悟を決めた時だった。

 ドランデスは持っていた書類を俺に見せる。


「書類にはちゃんとブリッドと書かれていますよ」

「へっ?」


 そうなのだ。

 書類には、俺の字で「ブリッド」と書かれていた。

 そう。ギルドで記入した書類を、ドランデスは持っていたのである。


 ――――――――――――――――――――――――――――――!!


 やばい……。これ、詰んだ。


 ――いっそ白状する方がいいか。


 いやいや、そうなった日には最終戦争勃発だって。


 ――じゃあ、逃げる?


 それこそ逆効果じゃないのか。

 それに相手は嵐龍のドランデス。スピードでは負けるつもりはないが、こいつのしつこそは勇者時代に嫌というほど味わっている。


 ――じゃあ、どうしよ……。


 迷っていると、先にドランデスが口を開いた。


「お気持ちはお察しします」


 罵声が飛んでくるかと思いきや、かけられたのは同情だった。


「勇者と同じ名前ですからね。さすがに魔王城で勤務するものが『ブリッド』ではさぞ肩身が狭いでしょ」

「あ。はあ……。まあ……そりゃあ」

「ブリッドさんが良ければ、ブリードと書類を変更しておきますが、いかがですか?」

「え!? そんなこと出来るんですか?」

「ギルドに事情を話せば、問題ないかと」


 正直、ギルドに話して「それは本当に勇者ですよ」なんて言われた日には、俺は全力で逃げるしかないだろう。アーシラちゃんが上手くやってくれることを祈る。


「じゃ、じゃあ、それで」

「ご不便をおかけしますが、よろしくお願いします。ブリードさん」


 事も無げ――といった様子で、ドランデスはブリードと呼んだ。


「さて参りましょうか? 今日は色々とやることが多いので」

「そ、そうですか?」


 すると、ドランデスは大きな城門に向かって「開門」と叫ぶ。

 ゆっくりと門が開いていく。


「まさか勇者と同じ名前の方がアルバイトに来られるとは。さすがにそこまでは予想しませんでした」

「は……。はは……。ですよね。俺もアルバイト先が魔王城だなんて、予想の斜め上でした」

「しかし、ブリッド――失礼。ブリードさんが寛容な方で良かったです」

「え? どうしてですか?」

「仮にあなた……。ブリッドっと魔王城内で一言でも発していたら」

「発していたら……」


 俺はごくりと喉を鳴らす。


「行きましょう。時間が惜しいです。今日は色々とやることがありますので」


 ――言わんのかい!!


 ドランデスは尻尾を鞭のようにしならせながら、中へと入っていった。




 入口の近くにある一室に俺は通された。


 とにかく広く、デカい魔王城にあって、そこは人間サイズに出来ていた。

 木製のロッカーやベンチなどが置かれ、くつろげるようになっている。

 やたらと真新しい。木の良い香りがした。

 俺のためにわざわざ作ったのだろうか。


 ドランデスは俺は引き連れ、入るなり、ロッカーを開く。

 ごそごそと中身を漁りだした。

 ショートボブの綺麗な髪が、耳にかかる。

 それを軽く掻き上げる仕草は、なかなかにグッドだ。


 ちょっと目を奪われてしまった。

 魔族とはいえ、ドランデスはなかなかに美人だ。


 その上司となる魔族がこちらを向いた。

 紺碧のきつい目線が、俺を貫く。

 千歩譲っても、やはり彼女は四天王なのだ。


「これを」


 差し出したのは、制服だ。

 如何にも清掃員が来ていそうな地味な色の繋ぎ。帽子も添えられている。

 その一番上に、名札がちょこんと乗っていた。


 部屋といい。制服といい。

 やたらと用意がいいな。


「あ」


 俺は受け取ろうとして、手を差し出すと、寸前でドランデスが引っ込めた。


「名前を変更しなければなりませんね」


 確かに……。

 名札にはデカデカと「ブリッド」と書かれていた。

 どうしてか俺には「ヘイ! オレを殺してくれYO!」としか見えない。


「ちょっと待って下さい」


 ドランデスはビロードの内ポケットからペンを取りだした。

 なかなか用意がいいヤツである。

 執事服は伊達じゃない。


 「ブリッド」というところに斜線を入れ、その上に「ブリード」と書き加える。

 作業を終えると、制服と一緒に俺に渡した。


「後日、正式な名札を渡しますので。今日のところは我慢してください」

「は、はあ……」


 俺は名札を見つめる。

 眉間に皺を寄せた。


 どうでもいいけどさ。


 ……こいつ、字ぃ汚いな。



 【本日の業務日誌】

 勇者の名前がブリッドからブリードに変更されました。


本日ラストですが、いかがだったでしょうか?

感想・評価をいただきますと励みになります!


次は割と早く更新するかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ