第36話 自称勇者は、モフモフで慎ましかった。
更新はよ、とか言われると、本当に更新を早めに頑張る作者がいるらしい。
「我が名は、勇者フィアンヌ――です!!」
名乗りは高らかに響く。
少女は手に持った棍棒を掲げた。
ヒラヒラというよりは、ふぁさふぁさという音を立てて、尻尾を振っている。見てくれから触り心地が良さそうだ。
黄金色の耳もピクピクと動かし、油断のない目つきで魔族たちを見ていた。
獣人だ。
おそらく黄狐族だろう。
珍しい部類に入る狐族の一種。
特徴は、高い知能と高い身体能力。
大戦時には人類側に味方し、たった百人の部隊で魔族1万匹と渡り合い、【黄色い悪魔】という異名を持つ。
人類・魔族双方に恐れられた種族だ。
大戦後は、政治的な駆け引きを嫌い、人が寄りつかない山深い場所に里を作り、細々と生活していると聞いていたが……。
――なんでこんなところに、その眷属がいるんだよ……。
首を傾げた。
解せない。
いくら身体能力が高い黄狐族とはいえ、巨樹の根っこに等しい棍棒をあれほど自在に振り回せるのは、なかなか珍しい。
しかも単独で魔族の一部族の長をぶっ飛ばすなど、あり得ないことだ。
あと、どうでもいいけど……。
あのきわどいライトメイルはどうにか出来なかったのか。
俺は少々げんなりしながら、自称勇者のファッションを眺めた。
肩当てに、鱗皮のブーツというのはまだ良いとして、ブラジャー型の胸当てに、下腹部のきわどい部分しか腰当てがされていない。
女性ものの下着を金属で作ったような防具だった。
いわゆるビキニメイル。大戦時に半分――洒落で作られたものだ。
一時流行ったが、女性の戦士からはかなり不興を買い、最近では二束三文で防具屋で叩き売られている。
まあ、百歩譲ってビキニメイルはいい……。
問題は素材である。
慎ましい……。実に慎ましい。
もっと主張してもいいのではないかと思うほど、謙虚な胸をしているのである。
正直、その格好とバストの大きさは、罰ゲームでなかろうかと思うほどだ。
「む……。うう……」
瓦礫を自ら払い、ルゴニーバが目を覚ました。
長い首を振り、正面突破してきた自称勇者の方を睨む。
「くそ! 油断したぜ!」
「ルゴニーバ!」
ドランデスは叫ぶ。
「まだいけますよ。獣人とはいえ、こんな小娘に遅れを取るなんてことはありません」
するとルゴニーバの蛇のような目が、俺の方を見た。
おいおい。その睨みはどう解釈をしたらいいんだ?
前に、俺に遅れを取ったことは黙ってろってことなのか。
それとも――。
自分がダメなら、あとは頼む的なヤツなのか?
「ほほう……。なかなか体力があるです。フィアンヌの一撃を食らって立ち上がってきたのは、お前が初めてです」
なんかどっちが悪党なのかわからない台詞だな。
「抜かせ! この程度のダメージでやられるオレ様ではない」
だよな。
俺の拳骨1発でも意識までは奪われなかったしな、お前。
ルゴニーバは戦斧を拾う。
両手で持ち上げると、珍しく構えを取った。
対して少女は余裕だ。
棍棒を肩にかついだまま、斜に構えている。
「構えろ、小娘」
「お前、弱いです。もっと強そうなヤツが出てくるです。たとえば、魔王とか」
ルゴニーバの額の鱗が真っ赤になる。
文字通り、龍の逆鱗に触れたらしい。
魔族は魔王に絶対の忠誠を誓っている。
その君主を――言葉は曖昧だが――危害を加えると宣言したのだ。
部下として、従者として、それは看過できない一言だった。
何より尊称を付けなかったことが、龍顔族を怒らせる最大の決め手になった。
激昂したルゴニーバは、石床を蹴った。
巨体の割に素早い。
あっという間に、フィアンヌの前にあった距離が縮まる。
加速の勢いを保ったまま、ルゴニーバは大上段から戦斧を切り下ろした。
ごおぉん、大鐘を叩いたような音が魔王城の玄関に響く。
衝撃波が駆け抜け、俺の髪と服を翻した。
一瞬伏せた顔を上げる。
戦いは続いていた。
ルゴニーバの戦斧が、大きな棍棒に遮られていた。
激しい鍔迫り合い。
双方の表情はまるで正対している。
奥歯を噛みしめ、睨むルゴニーバ。
表情こそ真剣だが、汗一つかいていないフィアンヌ。
競り合いの結果は、火を見るよりも明らかだった。
ギィン! と鋭い音が廊下を駆け抜ける。
ルゴニーバの戦斧が弾かれた。
かろうじて取り落とす事はなかったが、完全に体勢が崩される。
万歳姿勢のまま、1歩2歩下がる。
すでに勝負は決まった。
棍棒を軽々と振り上げたフィアンヌは、溜めを作る。
両足を開き、体勢十分なところから横に払った。
ルゴニーバの横っ腹に直撃する。
骨が破砕する音が聞こえた。
そのまま龍顔族の長は吹き飛ばされる。
横壁に突き刺さった。
石壁ががらがら崩れ去り、隙間から土の臭いが漂ってくる。
おいおい……。
まーた、掃除しなきゃならんだろうが。
ルゴニーバの心配より、俺は今後の掃除をどうしようか、頭を抱える。
「ルゴニーバ様」
瓦礫に埋まったルゴニーバの元へ、部下が駆け寄る。
今度こそ、意識を失ったらしい。
なかなかの打撃力だ。
ま。俺が本気を出した時の拳打には劣るがな。
「ようやく大人しくなったです。次は誰ですか? 対戦受付がなければ、このまま魔王――――ん?」
周囲をうかがっていたフィアンヌは、とうとう人間の存在に気づいてしまった。
余裕を保ってきた表情が、みるみる驚きに変わる。
俺は――。
――あ。なんかめんどくさそうなことになりそう……。
と苦笑した。
「なんでこんなところに人間がいるですか?」
「いや、俺はここの――」
「まさかフィアンヌが来ることがわかって、人質を取ったのですか!? なんと用意周到な! 卑怯です、です!」
「違うわ! 俺はここで働いている――」
「問答無用――です!!」
フィアンヌが飛びかかってきた。
おいおい。待て待て!
俺には問答をさせろ。
「下がってください。ブリード」
冷たい声が聞こえた。
2つの力がぶつかる音が聞こえる。
フィアンヌの振るった棍棒を防いだのは、四天王【嵐龍】のドランデスだった。
両手で受け止めたドランデスは、部下のお返しだと言わんばかりに棍棒を弾く。
フィアンヌの黄金色の瞳が、驚愕に見開かれた。
それだけで攻撃は終わらない。
身体を回転させると、尻尾を振り回した。
鋭く鞭のようにしならせた龍の尾は、少女のみぞおち辺りを捕らえる。
そのまま吹き飛ばされた。
壁に激突し、さらに跳ね返ると反対側の壁に突っ込んだ。
瓦礫が崩れる音が鳴る。
――痛そう……。
思わず目をつむった。
一瞬の沈黙の後、やりとりを見ていた龍顔族たちは歓声を上げる。
その言葉のすべてが、上司であり、龍の長ドランデスへの賞賛で埋め尽くされていた。
俺はというと、内心ひやひやだった。
いくら黄狐族とはいえ、ドランデスのフルスイングを食らったのだ。
単純に骨折や出血だけというわけにはいかない。
「ドランデス、ちょっとや――――」
「ええ……。私もそう思っていました」
ドランデスの賞賛が鳴り止まぬ中で、彼女だけが油断をしていなかった。
眼鏡の奥――紺碧の瞳をギラリと光らせる。
すると、瓦礫の山が崩れはじめた。
――と思えば、今度は山が盛り上がり、最後に弾かれる。
「どわあああああああ!!」
どう形容したらいいかわからない叫び声が、玄関に響き渡る。
現れたのは、フィアンヌだ。
身体はもちろん、モフモフの尻尾に埃を被った状態で、瓦礫の中から姿を現す。
声からもわかるとおり、未だピンピンしていた。
――おいおい。マジかよ……。
さすがの俺も驚く。
頑丈さなら、俺の次ぐらいには硬いかもしれない。
「むむ……。なかなか強いです」
フィアンヌはくびれの部分をさする。
赤く腫れ上がっていた。
ドランデスの攻撃の凄まじさを物語っている。
なのに、額には脂汗を1つ浮かべていない。
――獣人じゃなくて、化け物だな。
「かくなる上は作戦を変更するしかないようです」
ぴょんと瓦礫から這い出る。
ドランデスの間合いの1歩手前まで近づいた。
「もしかして、あなたが魔王ですか?」
「“様”をつけなさい、獣人の娘。不敬ですよ」
「なんで“様”を付けなければならないですか? 魔王は1番悪い存在です。悪の親玉です。そんな人間に“様”を付けるのはおかしいです」
おいぃ! そんなにドランデスを煽るなよ、獣人。
さっきは手加減してくれたからいいけど、さすがのドランデスも堪忍袋の緒が切れるぞ。
なんせ魔王への忠誠心は、他の魔族と比べても桁違いなのだ。
尊称を付けないという些細なことでも、魔王城がフィアンヌの胸みたいになるまで暴れかねない。
側にいる俺にはわかる。
冷静なように見えて、今ドランデスの腹の中は、濃いマグマのような怒りに満ち満ちていることを。
「名前を教えてほしいです」
「四天王の一柱――【嵐龍】のドランデス」
「ほう。四天王ですか。なるほどです。強いわけです」
すると、フィアンヌは拳を振り上げた。
咄嗟にドランデスは防御姿勢を取る。
しかし、その拳が向かった先は、地面だった。
破砕された石は粉塵となって立ち上る。
辺りが灰色の包まれた。
ドランデスは咳き込む。
目に粉塵が入りながらも、龍の御子は強襲に備えた。
だが、一向に攻撃は飛んでこない。
尻尾を振るう。
生み出された突風は、煙のように立ちこめた粉塵を吹き飛ばした。
視界がクリアになる。
ドランデスは辺りをうかがった。
「いない……」
そこにフィアンヌの姿はいなくなっていた。
周囲を警戒していたドランデスは、重ねてあることに気づく。
やや狼狽しながらも、踵を返して辺りを探した。
「ブリード……」
その言葉に応える者の姿もまた、忽然と消えていた。
【本日の業務報告】
自称勇者フィアンヌがあらわれた。
実に、その尻尾はモフモフだった。
しかし、その胸は慎ましかった。
早く更新してなんですが、今日の更新はここまでです。
許してm(_ _)m




