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元最強勇者のバイト先が魔王城なんだが、魔族に人間知識がなさ過ぎて超優良企業な件  作者: 延野正行


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第35話 勇者、来る!

いつもより長編シリーズになると思います。

 それは出勤してすぐのことだった……。


 ロッカールーム前を俺とスィームで磨いていると、城門がおもむろに開いていった。


 三つ爪の素足がにょきりと現れる。

 それも複数な上、泥だらけだ。


 俺はそれを見た瞬間、げんなりと肩を落とす。

 折角、綺麗にしたのに、また汚されるのだ。


 正直、廊下を磨くのは無意味じゃないかと思うのだが、大本営であるロッカールーム前が汚いのはどうにも気分がよくなかった。


 足に次いで現れたのは、長い首。

 その先には龍の顔があった。


 龍顔族だ。

 俺の方を見て、「げっ」という顔をしたが、すぐに背けて廊下の奥へと走って行く。何か急いでいるようだった。


 やがて見知った顔が現れた。

 もう一度、俺はげんなりした。

 げんなりしすぎて、そのまま肩ごと腕が落ちそうだ。


「ふん。アルバイターか」


 鼻息を荒く、俺を「アルバイター」と呼称したのは、あのルゴニーバだ。


 以前、聖剣エクス・ブローラーによって重度の火傷を負ったが、今ではすっかり良くなっていた。傷痕も残っていなかった。


 龍顔族は定期的に脱皮するらしい。

 そのため、傷痕が残りにくいのだと聞いたことがある。


「今は、お前に構ってる暇はない」

「まあ待てよ、ルゴニーバ。知らない仲じゃないだろ。……少しはゆっくりしていけよ」

「知らない仲だと? 犬猿の仲の間違いじゃないのか?」


 意外と難しい言葉を知ってるな。

 ところで、どっちが犬で猿なんだ。


「なんだか慌ただしいが、何かあったのか?」

「些細なことだ。お前は、部屋の糞か小便を磨いていればいい」


 ぐっ……。人が気にしていることを……。


 なまじ嘘じゃないところが余計に腹が立つ。


 こいつらがこうも慌ててるのは穏やかことじゃないだろ。

 龍顔族は魔王城の周辺警備要員だ。

 何かが起こっていることは確かだった。


 それに気になることが2つほどある。


 1つは魔王城の上に浮かんでいるムービタルスターだ。

 実は朝からかなりの頻度で、雷を落としている。

 はっきり言って、うるさいぐらいだ。



 ガシャーン!!!! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。



 ほらな。

 何かなければ、単純に雲上のモンスターの機嫌が悪いのか、それとも便秘気味かのどっちかだろう。


 気になること2つめ。


 今日、1度もドランデスが顔を出していないことだ。

 たいてい俺が出勤すると、ロッカールームの前で待っていてくれる。

 その律儀さは、学童施設の通学路でいつも待っていてくれる幼なじみ並だ。


 朝から会議があっても、俺が昼に出社しても待ってくれているドランデスが、ロッカールームの前にいなかった。

 これはちょっとした珍事なのだ。


 故に、因縁の相手であるルゴニーバに声をかけた。

 本来なら金を渡されたって、話したくない。


「たとえば、そうだな。……敵襲とか?」

「――――!」


 あーあ。

 見事に表情に出ちゃったね、ルゴニーバ君。


「今のでわかった。ドランデスに報告しにいくんだろ? とっとと行けよ」

「うるさい。お前に言われなくても、行くつもりだ」


 青筋を浮かべながら、ルゴニーバは背を向ける。

 よっぽどな事態なのだろう。


 魔王城を襲撃する者――。


 そんな者、古来から相場は決まっている。


 おそらく人類だ。



 ◆



「北西の監視塔がやられました。ドランデス様」


 ルゴニーバの部下が、広げられた地図を指し示した。


 後ろには本人も控えている。

 神妙な顔で地図を見る上司ドランデスに、視線を向けていた。


 場所は広い空間だった。

 太い柱が並び、中央にはミスリル製の大きな長テーブルが置かれている。


 その中心にルゴニーバと、龍顔族が集まっていた。

 どれもかしらに負けず劣らずといった屈強な戦士たち。

 隊長格たちだった。


 さらに中央に立っていたのが、龍族の長にして四天王の一角。

 【嵐龍】ドランデスだ。


「3日前、北に現れたと思ったら、次の日は東。かと思えば、今度は北西ですか。

距離も近くなったり、遠くなったり……。狙いが絞れませんね」


 地図には赤く塗られた石が置かれている。

 襲撃があった監視塔や砦だ。

 その襲撃の場所や時間に全く法則性はなく、すべてバラバラだった。


 本来、魔王城に攻め込むなら、真っ直ぐ向かってくるはずだ。なのに襲撃者は西に現れたり、東に現れたり――かと思えば、南に出現したりする。


 全く規則性がない。

 一見、遊んでいるようにも見える。


「陽動か?」


 意見を出したのはルゴニーバだった。

 眼鏡の奥から部下を一瞥する。ドランデスは首を振った。


「わかりません。その可能性もありますし、ないともいえます」



「これ……。迷ってるんじゃないのか?」



 ――――――――!!


 思いがけぬ声が、作戦司令室となった部屋に響いた。



 ◆



「これ……。迷ってるんじゃないのか?」


 地図を一見すると、俺は感想を漏らした。


 一瞬、空気が張り詰める。

 その雰囲気を無視して、地図を食い入るように見つめた。


「ブリード!」

「アルバイター! てめぇ、なんでこんなところにいるんだ」

「ルゴニーバの言うとおりです。ここでは部外者なんですよ、あなたは」

「固いこというなって。……職場が襲撃されてるんだ。労働者にだって、知る権利ぐらいはあるだろう」

「何が知る権利だ。それは人間の理屈だろ」


 ルゴニーバにしては、珍しく真っ当な意見だった。


「おい! つまみ出せ」


 部下に指示を出すのだが、掴みかかるヤツはいなかった。

 皆、お互いの顔をつきあわせ、「どうぞどうぞ」と譲り合う。


「待ちなさい、ルゴニーバ」


 一喝したのは、ドランデスだった。


「ブリード。……襲撃者が迷っていると言いましたね」

「やっぱり」

「は?」

「襲撃されてるんだな、魔王城」

「うっ……」


 藪蛇だったか――と龍の御子の顔に書いてあった。

 部下も部下なら、上司も上司だな。

 もう遅いぞ、ドランデス。


 観念したのか。

 ドランデスは、口を開いた。


 およそ10日前に兆候はあったという。


 魔王城につながる回廊を塞ぐような形で設置された魔族最大の砦『ベヒーデス要塞』が何者かの襲撃を受けたという。


 幸い死者はでなかったものの、要塞は半壊。

 襲撃者の突破を許してしまった。


 そこから散発的に魔王城周囲の防衛施設などが襲われているのだという。


 未だ侵入者の正体は掴めず仕舞い。

 要塞の生存者に聞くと、敵はたった1人だったそうだ。


 人類側に情報も送ったが、『ベヒーデス要塞』を単独および少数で半壊せしめる戦力は、どこの国にも現有していないという回答をかえってきた。

 ちなみに人類側からは、『魔族との和平条約のもと、このような事態があったことは誠に遺憾である。よって、要請があれば、襲撃者の掃討を協力するのもやぶさかではない。いかなる法律に当てはめても、襲撃者は極刑に相当する罪があり、その生死について魔族側にゆだねるものとする』というお役所らしい文書ももらっているそうだ。


 つまり、魔族の要請があれば協力するし、襲撃者の生死も魔族側に委ねるという。

 なんとも心強い文章だが、ようは魔族に丸投げしたいということなのだろう。


 以上の回答をもらってからも、襲撃は続き、今に至るというわけだ。

 最近、魔族たちが慌ただしいと思っていたが、水面下でそんなことが起きてたんだな。


「というわけです」

「なるほどな。だいたいわかった。つまり、人類軍は絡んでないわけだ。となると、どこの勢力か聞き出してお仕置きしなければならないだろうな」

「そうですね」

「おい。ということは、生け捕りか?」


 ルゴニーバが低い声を上げた。

 声音に怒りが滲んでいる。


「しょうがないでしょう。……人類軍が絡んでない以上、背後関係をはっきりさせておかないと、また襲撃されてしまう可能性がある」

「チッ」

「仲間がやられていきり立つのはわかるけどよ。もうちょっと柔軟に考えようぜ、ルゴニーバちゃん」

「うるせぇ! ちゃん付けで呼ぶな。とっとと出てけよ、アルバイター」

「いえ。その前にブリード。……もう1度お聞きしますが、迷っているというのは?」


 俺は地図を指し示した。


 魔王城周辺の森を指し示す。


「この辺りは荒れ地だが、その向こうは森だ。お前達は慣れてるから大丈夫なんだろうが、あそこの森は俺たち(にんげん)が【迷いの森】って呼ぶほど、方向感覚が狂うんだ。特に人間じゃない――感覚が敏感な種族はな」


 ドランデスは眼鏡を光らせた。


「それはつまり、エルフやドワーフ――他種族の可能性があると」

「まあな」

「あり得ますね」


 顎に手を置いて考え始める。


 その時だった。


 頑強な魔王城が揺れた。

 瞬間、轟音が響き渡る。


「どこだ!?」


 ルゴニーバが叫んだ。


「おそらく城門です」

「とうとう乗り込んできやがったか」


 ルゴニーバは戦斧の柄を持ち、片手で振り上げる。

 目は歓喜していた。


 合法的に暴れることが出来るのだ。

 闘争が好きなルゴニーバにとって、絶好のチャンスなのだろう。


「先に行くぜ!」


 部下を伴い、意気揚々と作戦会議室を出て行く。


 俺はその背中を見送った。


「大丈夫か? あいつ?」

「あまり部下を褒めたくはありませんが、ルゴニーバは強いです。心配はしていません」

「だといいんだがな」


 しかし、ドランデスの予想は覆る。


 俺と一緒に城門前にやってきた時には、すでにルゴニーバは半ば意識を失った状態で倒れていた。

 他の龍顔族も同様だ。


 俺は視線を上げる。


 ひしゃげた城門から漏れる薄い光に、そいつは照らされていた。


 大きくふかふかな尻尾を揺らし、頭についた三角の耳をピコピコと動かしている。


 ルゴニーバを殴ったであろう棍棒を振り上げた。

 大木の根のような大きさだ。

 軽々と肩にかつぐ。


「全く口ほどにもないです。……やはり悪は正義にひれ伏すのですよ」


 幼稚な言葉は、騒然とした魔王城の玄関に響き渡った。

 そして少女の声(ヽヽヽヽ)はなおも響いた。


「我が名は、勇者――――」



 【本日の業務報告】

 また玄関が壊された。


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引き続きよろしくお願いします。

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