第34.5話 クリス・マス? なにそれ、おいしいの?
ちょっと記念日的に投稿してみました!
楽しんでいただければ幸いです。
【注記】
クリスマスに投稿した作品です。若干、メタフィクションな部分がありますので、苦手な方はスルーしていただいても大丈夫です。今後の展開にはなんら影響がありませんので、ご安心ください。
それはエスカの何気ない一言から始まった。
いつも通り、俺は拷問部屋でティータイムを楽しんでいると、向かいに座ったエスカがこう切り出したのである。
「人間の間で今、クリス・マスってのが流行ってるんでしょ?」
紅茶に口を付けたあと、カップを皿に置く。
眉間に皺を寄せ。
「なんじゃ、そりゃ?」
と返した。
「知らないの? 流行ってるって聞いたけど」
「俺はそもそも流行とかに疎い人間なんだよ」
ここのところ、自分の部屋と魔王城と飲み屋の無限ループなのだ。
飲み屋での会話なんてすぐ記憶が吹っ飛ぶし、家ではただ寝てるだけ。
流行なんて知る由もない。
「ちょっと! あんた、いきなり何泣いてんの?」
あれ? なんか? 目から汗が……。
どうしてだ。
なんか最近、情緒不安定な気がするぞ。
「気持ち悪いわねぇ。もしかしてクリス・マスのことなんか知ってるんじゃないの?」
「知らねぇよ!」
「ふーん。じゃあ、調べてきてよ」
「なんで俺が……」
「いいのぅ? そんなこと言って……」
ニヤリと笑う。
すると、足下でスコーンを消化中のスィームを拾い上げた。
「この子があんたの業務を肩代わりしてるっていいふらすわよ」
むむむ……。
くそ! いま、その脅しを使うかよ。
もう1回【束縛の鎖】を使って、服従させてやろうか、このアマ!
と心の中では息を吐くのだが、仕方なくクリス・マスというものを調べることにした。
「本日も業務お疲れ様でした」
ドランデスは頭を下げる。
俺も頭を下げた。
一応、俺は聞いてみることにした。
エスカの耳に入っているのだ。
人間との付き合いが多いドランデスなら何か知っているかもしれない。
「ところで、ドランデス」
「はい?」
「クリス・マスって知ってるか?」
「なんですか? それは?」
「食べ物か何かですか?」
まさかお前から「食べ物」発言があるとは思わなかった。
お腹でも空いているのか。
「いや……。最近、人間の間で流行ってるらしい」
「そうなんですか? 何の食べ物で? おいしいのでしょうか?」
いや、食べ物から離れろよ。食いしん坊め。
「あ~ら。ブリードちゃん。今、あがり? お疲れ?」
城門を開いて現れたのはオネェタウロスとその一味だった。
何故か、汗だくだ。
すげー卑猥に見えるのは、俺の心が邪なせいだろうか。
「ちょっとダイエットするため、そこら辺を走ってたの。たまの運動もいいわね」
拭った汗を払う。
びしゃりと床に飛び散った。
磨きたての石床にだ。
しかも蹄に泥が付き、そこら中、泥だらけになっていた。
――こいつ、1回シメる必要があんな……。
俺は怒りを漲らせる。
「オネェタウロス」
「なんですか? ドランデス様」
「クリス・マスというのを知っていますか?」
「くりすりつぶす?」
なんだよ、その普通のことなのに、不穏に聞こえる聞き間違えは?
お前、ぜってぇわざと言ってるだろ。
「知らないわ。そんな普通なのに、不穏な響きの食べ物」
どうして、お前たちは食べ物につなげるんだ!
てか、俺のツッコミをさりげにパクってんじゃねぇよ!!
ああ……。くそ!
こいつらに訊いたのが、間違いだったぜ。
「というわけで、お前に訊きにきたんだが……。なんか知ってるか?」
俺がやってきたのは、秘密の地下工房だ。
相変わらず、モームが昼も夜もフル稼働し、せっせとリナールブランドを生産し続けている。
その2階の欄干で、俺はやたら袖の長い白衣を着たネグネと対峙していた。
リッチの少女は、片方の眼窩をピカッと光らせる。
「ならば、我に聞くより、人間どもに聞いた方がいいのではないか? 我は魔族だぞ? 忘れたのか?」
ネグネは胸を張るのだが、正直に言おう。時々、忘れそうになる。
特に地上に出た時のお前の慌てっぷりは、完全に迷子だからな。
「いや……。なんていうか。今さら訊けないっていうか。流行に疎い男だと思われたくないっていうか?」
「ふん。恥を掻きたくないと。小物《ヽヽ》よな」
子供《ヽヽ》のお前に言われたくないわ!
「しかし、よくぞ我に尋ねたな、人間。魔族一の知恵者を頼った貴様の慧眼は正しいぞ」
お前、ホント地下にいる時は不遜というか、なんか無敵だな……。
「なら、知ってるのか?」
「クリス・マスというものが何なのかは知らん」
知らんのかい!
「だが、我はリナールの総帥ぞ。人間のことはすべて我が知恵の泉に収めている。付いてくるがいい。貴様にアカシックレコードというものを見せてやろう」
ああ、はいはい。
というわけで、連れてこられたのは、ネグネの書斎だった。
かなりの本持ちで、ドランデスよりも所蔵量が多い。
すべて人間の本だ。
アカシックレコード云々はともかく、人間のことについて勉強しているのは、本当らしい。
「見つけたぞ、人間」
巨大な辞典を取り出し、ネグネはあるページを開いた。
「どれどれ? 特別に我が精読してやろう」
別に頼んでないが、お言葉に甘えることにしよう。
「クリス・マス。本来は聖人の誕生日」
ほう……。――って、聖人って誰だ?
「一般的には、サンタ・クロースという赤鬚の男が、煙突から家屋に侵入」
おいおい。サンタ何やってんだよ。
「子供部屋に入り、ベッドの横に置いたくつ下に――ううむ。ここだけ虫に食われておるな。飛ばして読むぞ――を入れる」
何を入れたぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!
サンタ、何を入れたぁぁぁああ!!!!
子供の部屋に入って、くつ下に何を入れたんだよ!
てか、完全に不審者じゃねぇかサンタ・クロース!
しかも赤鬚ってなんだよ! 海賊かよ。海賊が子供部屋に入って何しようとしてんだよ!!
「ううむ。恐ろしいなクリス・マス……。だが、げに恐ろしきは、こんな犯罪が人間の間で流行っていることだ」
ごくり、と魔族は喉を鳴らすのだった。
久方ぶりに、勇者の血が騒いだ。
どうやらクリス・マスというのは、他人の家の子供部屋に赤鬚の親父が侵入することらしい。
もし、こんな所行が横行しているなら、元勇者として放っておくわけにはいかない。俺は足早に村へと帰った。
村は賑やかだった。
赤や金色、あるいは緑の精霊光球が灯り、行き交う人々の顔もどこか幸せそうだった。
家族連れが俺の前を歩いて行く。
子供も、その親も幸せそうにしている。
俺には理解できない。
これから赤鬚の男が、自分の息子や娘の部屋へ侵入するのだ。
気が気でないはず……。
いや、もしかして警護を雇って、安心しきっているのかもしれない。
ともかく、事の真偽を確かめるべく、ギルドを目指した。
受付は終わっていたが、中では数人の職員が働いていた。
その1人に見知った顔がいた。
「あ! フィオーナちゃん!」
俺が手を挙げると。
「げ! ブリッド!」
凄い嫌な顔をされた。
まるでドブネズミを飲み込んでしまった大蛇みたいな顔だ。
あの……。俺、君に何かしたっけ?
「なによ? 受付終わってるわよ」
「わ、わかってる。ところでアーシラちゃんは?」
「とっくに帰ったわよ。なんか予定があるんじゃない。結構急いでいたし」
まさか! サンタ対策のために早く帰ったんじゃ!
俺のバックに霹靂が落とされた。
そうだ!
サンタが子供だけを狙うはずがない。
きっと、可愛い女の子の部屋にも侵入して、入れるつもりなのだ!
「こうしてはいられない!」
「あ。ちょっと! なんかあったの、アーシラに」
「フィオーナちゃん!」
俺はカウンター越しに彼女の両手を握りしめた。
目に力を入れ、フィオーナちゃんに誓いを立てる。
「大丈夫! この村は、俺が守るから」
「へ?」
手を離す。
翻り、ギルドを出ようとした。
「ちょ! どこ行くの?」
「世界を……。守りに……」
「はい?」
「俺……。これでも元勇者だからさ」
首だけを向ける。
恐怖を抑え、俺は笑顔に努めた。
「じゃ――」
手を挙げて、俺は風のように去って行った。
フィオーナちゃんは立ちすくむ。
手を頬に当てると、焼けに熱っぽかった。
「やば……。ちょっと格好良かったかも……」
元勇者が出て行った方向に向かって呟くのだった。
俺は教会の屋根に上った。
村で1番高い場所だ。
手には持つのは、聖剣――俺が所蔵する一振りだ。
なんせ相手は聖人と呼ばれる男である。
用意に越したことはあるまい。
「さあ! 来い! サンタ・クロースよ! 元勇者ブリッド・ロッドが相手だ!」
聖剣を掲げ、大音声で叫んだ。
俺は周囲に目を放ち、油断することなく赤鬚の男が現れるのを待った。
そして――。
とうとう夜が明けてしまった。
「ふわっ」
最初は意気込んでいた俺だったが、盛大に欠伸をする。
目の下にはくまが浮かび、屋根の上から落ちそうになった。
すでに注意力は散漫だ。
「なんでだよ。なんでサンタ・クロースの野郎が現れないんだよ!!」
俺は再び叫ぶのだった。
結局、諦めた俺は家路につこうと考えた。
人々の顔を見たが、誰も彼もが幸せそうだ。
赤鬚の男が現れなかった安堵感だろうか。
いつもより、人々の顔は輝いて見えた。
――そうか。俺の努力は無駄ではなかったんだな。
しみじみと世の平和を満喫する。
すると、視界に「クリス・マス」と書かれた物が映った。
つと足を止める。
そこは洋菓子店だった。
軒先には「クリス・マスケーキ 特価50%引き」と書かれていた。
「クリス・マスケーキ!?」
そんなまさか!
クリス・マスとは、ケーキのことなのか。
そう言えば、ドランデスも、オネェタウロスも食べ物ばかりを連想していた。
実は、あいつらはクリス・マスというものをわかっていて……。つまり、あの瞬間、わかっていなかったのは、俺だけ……。
いかん!
激しく首を振り、やや鈍い頭の中に活を入れる。
ここまで来たら、真偽を確かめねば!
意を決し、菓子店に乗り込んだ。
シックな作りの洋菓子店には、様々な菓子が並んでいた。
甘いに香りが鼻をくすぐる。
腹を鳴らした。
特価と書かれていたホールケーキもまた、陳列されていた。
なかなか大きい。
1人では食べきれないだろう。
ケーキをしげしげと眺めていると、俺はあることに気づいた。
そこには文字が書かれていたのだ。
メリー クリスマス――と。
「メリーってなんだ?」
新たな疑問がわき上がる。
首を傾げていると、女性店員が「いらっしゃいませ」と良いながら、近づいてきた。美人というわけではないが、なかなか愛想が良さそうな娘さんだった。
店員を見た俺は、ポンと手を叩く。
――そうか。きっと、メリーとは作った人の名前なのだ!
単純に自分の名前を宣伝したくて、描いたのだろう。
なかなか自己主張が激しい人間らしい。
「ケーキをお求めですか?」
にこやかに店員は尋ねる。
俺はふっと笑った。
ここまで来たら、買わないわけにはいかない。
クリス・マスを食べ尽くそうじゃないか!
「じゃあ、1つ」
「ありがとうございます」
すると、店員は丁寧に紙で出来た箱の中にケーキを梱包してくれた。
「あの……。クリス・マスって一体……」
「はい?」
「いや、なんでもない。……メリーさんによろしく伝えてくれ」
俺はケーキを受け取ると、洋菓子店を出て行った。
女性店員は首を傾げつつ。
「うちの店に、メリーさんっていたっけ?」
と呟くのだった。
「うーーーーーーん! おいしいぃぃぃぃいい!!」
エスカはケーキを口に入れると、うなり声を上げた。
俺もその横で、ケーキをほおばる。確かにうまい。
「生クリームの甘さが絶妙。甘過ぎないし、上品! でもって、このスポンジもふわふわだし。サイコーね」
「クリス・マス、楽しんだか?」
「ええ? まさかケーキを食べることだったとはね」
「ああ……」
俺は結局、嘘を教えた。
本当なら、クリス・マスは恐ろしい行事なのだ。
だが、少々魔王の娘には刺激が強すぎる。
もしかしたら『来年は私が子供部屋に入れに行くわ』とか言い出しかねない。そんなことをしたら、折角ドランデスたちが積み上げてきた信頼を崩すことになる。
たまに勇者が嘘をついても、聖人は怒らないだろう。
それに――。
「ブリード……」
「なんだ?」
ありがと……。
エスカは満面の笑みを浮かべた。
そしてまたケーキを頬張る。幸せそうな顔を浮かべた
結局、四等分したうちの2つをぺろりと平らげてしまった。
俺は紅茶に口を付ける。
それに……。
エスカの喜ぶ顔が見られたなら、それはそれで悪くない。
昨日夜通しで村を警備し、冷め切っていた身体に、温かな紅茶が流れていく。
うん。この紅茶も悪くない。
俺をこうしてクリス・マスの1日を過ごしたのだった。
【本日の“特別”業務報告】
元勇者は、魔王の娘と一緒に紅茶を飲み、ケーキを食べた。
しかし、それはいつものことだった。
投稿3時間前に思いついて、急遽書いたのですが、皆様いかがだったでしょうか?
ちょっとはしょってるところもあったと思いますが、ご容赦いただければと思います。
本編の方も、今日中には投稿する予定ですので、今しばらくお待ち下さい。
それでは皆様、良いクリスマスをお過ごし下さい。




