第34話 その骸骨に願いを込めて……。
ミーグ編完結です。
ちょっと良いお話になりました。
しゃーねー。やるか!
意気込んだみたものの、予想通りというか骨探しは難航を極めた。
山と積まれた骨の中から、特定のスケルトンを割り出すというのは、さすがに気合いだけでは難しい。
ミーグやネグネから見れば、それぞれの骨の特徴が違うそうなのだが、俺やスィームからすれば、等しく同じ骨にしか見えない。
それらしい骨を見つけては、ネグネやミーグに確認を取らなければならないため、余計時間を費やしていた。
気が付けば、日を跨ぎ、とっくに結婚記念日は過ぎていた。
と、そこにやってきたのは、龍の御子――ドランデスだった。
「ネグネ卿、探しましたよ。工房にいないから迷子になっているのかと。……あれ?」
ドランデスは眼鏡の奥の目を細めた。
部屋の中でただ1人の人間へと向ける。
俺はただ苦笑を浮かべるしかなかった。
「ブリード!」
「よ、よう。ドランデス」
珍しく素っ頓狂な声を上げた上司に、俺は軽く手を挙げた。
「もうとっくに終業時間のはずですが」
「ま、まあ……。そりゃあそうなんだが……」
言い淀んでいると、ドランデスはネグネの方を向いた。
嵐龍の迫力に、リッチの少女は思わず「ひぃ」と小さく悲鳴を上げてたじろぐ。
「どういうことですか、ネグネ卿」
「待て待て、ドランデス。……俺がこいつらの事情を聞いて、手伝ってるだけなんだって」
「事情……?」
「実はかくかくしかじかなのじゃ」
ネグネは事情を手短に話した。
ようやくドランデスの怒りが収まる。
ピンと立った尻尾が、緩やかに左右に振れ始めた。
「なるほど。しかし、あまり感心しませんね。残業するなら残業すると、報告をしていただかないと。ネグネ卿も、ブリードを連れ出すなら、上司である私に一言あってしかるべきです」
「ご、ごめんなさい」
先ほどまで偉そうに陣頭指揮を取っていたネグネは、叱られた子供みたいにしょげてしまった。
「またブリードに倒れられたらと思うと……」
「ドランデス、もしかして俺の身体のことを心配しているのか?」
蛇のような尻尾が、ピンと逆立った。
みるみる白い頬が赤くなっていく。
「べ、別に私は――。じょ、上司として……。彼の管理責任者として、部下の身体のことを気遣ってるだけです。た、他意などありません」
別にそんな力強く“上司として”と宣言しなくてもいいだろ。
ちょっとショック。ぐすん……。
「ほねねねね……。ドランデス様は、ブリードさんを独占したいご様子」
「そ、そそそんなことはありません!! からかわないでください。ミーグ夫人」
「ほねね。気持ちはわかりますわよ、ドランデス様。私も夫が他の女とちょっとでも喋ろうものなら、背後から突き殺したくなるような殺意を抱いたものです」
怖ッ!!
お前の愛、重すぎだろ。
てか、背後ってどっちを刺すんだ?
旦那か。それとも喋ってた女か?
「と、ともかく……。一旦作業を中止して」
「ドランデス」
「あ、はい。何でしょうか、ブリード」
「とりあえず、今日はやれるところまでやっていいか?」
「し、しかし……。もう期限の結婚記念日はとっくに過ぎているのでしょう。ならば、後日改めてでも――」
「確かに……」
俺は頭を掻いた。
「でも、まあ……。どっちかっていうと、俺は諦めが悪い人間でな。自分が納得するまで、物事から降りないって決めてるんだ」
「ですが……」
「じゃあ、朝までやらせてくれ。そこできっぱりと諦める」
ドランデスは息を吐いた。
「わかりました。朝までですね」
「おう」
「では、私も手伝いましょう」
「え? でも、ドランデスは他にも仕事が」
「構いません。それに……骸骨侯爵には、大戦時に随分お世話になったこともありますし」
「ドランデス様」
ミーグの眼窩から涙が溢れる。
「色々とキツイことを言ってすいません、夫人」
「いえ……。四天王の一角であるあなたに手伝っていただけるなど、夫がいたらさぞ喜ぶことでしょう」
こうしてドランデスが、捜索隊に加わり、俺たちはその後も作業を続けた。
しかし、結局は見つからず、期限の朝がやってきた。
ゴーンという鐘のような落雷が、魔王城に轟く。
「ムービタルスターの雷ですね。どうやら朝が来たようです」
ドランデスは持っていた骨を置き、顔を上げた。
どうやら朝が来ると、自動的にムービタルスターが落雷を落とす仕組みなっているらしい。
なんともど派手な目覚ましだ。
おかげで、うつらうつらしてた俺の目がすっかり覚めてしまった。
「皆様、ありがとうございます。……私も1つ区切りがつきました。あとは私がやりますので、どうか皆さんは職務に戻ってください」
「ミーグはそれでいい――」
俺の声は途中で消えた。
再びミーグは泣いていた。
ネグネとは違い、深淵の闇のように暗い眼窩から、止めどなく涙滴が湧き出てくる。
さめざめと流す涙の色は、人間もスケルトンも変わらない。
いや、元は人間である彼らの涙は、人間とそう寸分も変わらないのかもしれない。
呆然と夫人の涙を見つめていると、ネグネがこちらを見ていることに気が付いた。その顔を見ながら、1つ頷く。
夫人に向き直った。
「心配するな。また手伝いにきてやるよ。毎日ってわけにはいかないが。終業時間後にでも」
「ブリード!」
反対姿勢を見せたのはドランデスだった。
「まあまあ、ドランデス。ちょっとぐらいならいいだろ?」
「我も手伝おう。……地上に出ていくのは怖いが、部下が困っているのをトップとして見過ごすわけにはいかん」
「ネグネ卿まで……」
ドランデスは再び息を吐いた。
「では、こうしましょう。定期的に骸骨侯爵さまの骨を探す日をあらかじめ決めておきましょう。その方が私もブリードも、仕事を調整しやすいと思います」
「それって、ドランデスも手伝うのか?」
「乗りかかった舟という言葉が人間にあるそうですね」
「さすが、ドランデス。優しいな」
「か、からかわないで下さい。魔王様の秘書として当然の対応をとっただけです」
ドランデスはふんと顔を振った。
だが、臀部から伸びた尻尾は嬉しそうに左右に揺れている。
「ところで、聞きそびれていたんだが、骸骨侯爵ってどんなヤツなんだ?」
「お強い方でした。おそらく剣の腕前は、魔族の中でも随一かと」
とドランデス。
さらにネグネが付け加える。
「我は見ていないが、10万の人間相手にたった1人で10日間もしのいだそうだ」
ん?
俺はその話を聞いて、少しひっかかった。
「あそこで時間稼ぎをしてもらったおかげで、劣勢だった魔王軍は建て直しを計ることが出来ました。おそらく、人類軍の勢いをあそこで止めていなければ、もっと早く魔王城は攻め立てられていたでしょう」
「な、なあ……。その後、骸骨侯爵はどうなったんだ?」
「はい。それが――」
話を引き継いだのは、ミーグだった。
眼窩に溜まった涙を拭ってる最中だった骸骨夫人は、ぽつりと言葉を発した。
最後は勇者に討たれたのです。
「な゛――!」
俺は言葉を失った。
そしてつい聞いてしまった。
「もしかして、それって……。人間側では骸骨騎士と呼ばれていた魔族じゃなかったか?」
「ええ。確かそのような名前で言われていたと記憶しています」
「名前は……?」
「バブラーです」
やっぱり!
俺は思い出した。
今まで、骸骨侯爵と聞いていたから、てっきり魔王城であぐらをかいていた魔貴族だと思っていたが、そうでなかったのだ。
知っている。
そして俺が殺したのも事実だ。
骸骨騎士バブラー。
魔族随一の剣使い。
俺の活躍で大攻勢を仕掛けた人類軍10万と互角に渡り合った魔剣使い。
その功績はおそらく四天王といわれたドランデスすら凌ぐかもしれない。
厄介な敵であったが、魔族では珍しく騎士道をかざし、人類軍に真っ向から挑んだ好敵手でもあった。
「ドランデス、わりぃ。……もうちょっと作業を続けさせてくれ」
「どうかしたんですか?」
「少し思い当たることがあってな」
「思い当たること?」
「ああ。スィーム!」
「ピキィ!」
俺は相棒のスライムを呼び出す。
スィームは俺の足元に擦り寄った。
「侯爵夫人」
「なんでしょうか?」
「この中から、あんたの夫の骨を見つける上で、他の骨は処分しても構わないんだな」
「ええ……。それは構いませんが。何かなさるのですか?」
「ちょっと閃いたことがある」
俺はスィームに指示を与えた。
「ピキィ!」
いつも通り「了解!」という感じで奇声を発する。
すると、スィームはゲル状になっている部分を引き延ばしていった。骨を飲み込んでいく。
「ちょ! ブリード……。貴様、何をするのだ? そんなことをしたら、骨が溶けて」
ネグネがハッとなって制止する。
「大丈夫だ」
1つ頷き、俺は作業を再開する。
無数の骨を拾っては、スィームに投げつけていく。
骨はゆっくりとゲル状の中で溶けていった。栄養をもらったスライムはさらに肥大していく。
「何をしようとしているのだ、あやつは」
「ブリード」
「…………」
ネグネは赤い眼を光らせ、ドランデスは髪を手で押さえながら、俺の作業を見ていた。
夫人も口を開いたまま、じっと様子を伺っている。
スィームのおかげで、山の中にあった骨が段々と減っていった。
かなり骨が少なくなった時、俺は1つの頭蓋を掴んだ。
「あった!!」
俺は叫ぶ。
スィームに作業中止を呼びかけた。
「ビギィ!」といつもよりもくぐもった返事がかえってくる。
頭蓋に溜まった埃と虫を払い、俺は夫人の前に差し出した。
「たぶん……。これだと思うんだが。どうだ?」
一見、普通の頭蓋――。
だが、1つだけ異なっている部分がある。
まるで刀傷のような痕が、左目から顎にかけて縦断していたのだ。
「…………」
ミーグは何も答えなかった。
ただ眼窩から湧き水のように涙が溢れた。
真っ白な骨の手で、そっと頭蓋を掴む。
俺の手から手渡されると、そっと恋人を抱くように自分の頬へと引き寄せた。
「お帰りなさい……。あなた……」
そしてミーグは嗚咽を漏らした。
ほねねね……という笑い声とともに。
嬉し涙だった。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
「ブリード。貴様、どうしてあれが骸骨侯爵の骨だとわかった」
尋ねたのはネグネだ。
少し誤魔化すように頬を掻く。
「えっと、それは……。本人に聞いたことがあるんだよ」
「本人に会った?」
眼底より赤い光が、俺に向かって照射される。
「ブリードは、1度勇者と会ったことがあるそうです」
ネグネの疑念に対し、弁護してくれたのはドランデスだった。
「そ、そう――。その時に、骸骨侯爵との死闘のことを話してくれてさ。最後に、骸骨侯爵の顔から胸の辺りまで深い傷を負わせたのが致命傷になったって」
「随分と、具体的な話をしてくれたのだな。勇者殿は――」
「いやぁ……。なんか酒を飲むと饒舌になるタイプらしくってさ」
疑念はまだ払拭できてないらしい。
根底の精神はお子さまの癖に、どうやら妙に勘のいいところはありそうだ。
ドランデスが素直に理解してくれたのに。
むしろ、ドランデスが貴重なのかもしれないがな。
「それだけ、印象に残る魔族だったんじゃないかな」
「勇者は……。夫のことを他に何も言ってませんでしたか?」
俺は緩んだ頬を少し引き締めた。
夫人とその胸に抱いた頭蓋に向かって、語りかける。
ただ一言だけ添えた。
強かった、と――――。
お世辞ではない。
まして死者と親族を前にしているからというわけでもない。
素直な俺の気持ちだった。
骸骨騎士バブラーは、確かに強い魔族だった。
実力からいえば、四天王と見劣りする部分はある。
強かったのは、その意志……。
何がなんでも魔王城に行かせない、という白金よりも硬い精神だった。
そして何より……。
俺は初めて恐怖させた存在でもあった。
骸骨騎士バブラー。
その名は一生忘れられない――俺の初めての好敵手だった。
【本日の業務報告】
元勇者は、骸骨騎士バブラーの頭蓋を見つけた。
次回からの話は、ちょっと長めのお話になります。
予告しておくと「勇者、来る!」です。
楽しみに待っていてください。
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