第32話 元勇者、残業を決意する。
いつもより短めですが、よろしくお願いします。
「ああ。そこそこ……。ああ、気持ちいいわ」
「ピキィ!」
「あ。そこ。もう少し強くな」
「ピキィ!」
「そうそう。うまいぞ、スィーム。ああ、ああ……。なんか出そう」
「ピキィ!」
久しぶりの通常作業である。
つまりは糞の処理だ。最近、通常業務といえば、糞尿処理になっているのだが、これはいいことなのだろうか。
そもそも清掃業務って、箒で掃いたりとか、モップで磨いたりとかじゃないのか。業務以上のことをやらされている感が否めないのだが……。
と言っても、どこに訴えていいのかさっぱりわからん。
労働組合的なものなんてないし、そもそも従業員は俺1人だ。
そろそろ新しい従業員がほしいよな。
スライムに業務を肩代わりさせている俺がいうのもなんだけど。
その業務も早々にスィームが終わらせてしまった。
どうやらこいつはこいつで、掃除スキルを上げていっているらしい。
ちょっと前に比べれば、半分の時間で終わらせることが出来るようになっている。
なんとも成長著しいことだ。
早く終わったからといって、何するものでもないけどな。
ドランデスに次の業務指示をもらうのが妥当なのだろうが、生憎と朝からずっと会議のようだ。なんでも今日は高位魔族が集結しての全体会合が行われているらしい。そこに俺のような元勇者が顔を出して、「次の指示を」と聞くわけにもいくまい。
どうやらエスカもそれに出席しているようだ。
おやつの時間になっても姿を現さない。
おかげで、スィームとまったり過ごしている。
ちなみに今やってもらってるのは、肩たたきだ。
大事なことなので、もう1度いうぞ。
肩・た・た・き――だ。
決してエロいことをさせるわけではないので、あしからず。
ああ。“出る”っていうのは、疲れが出ていくって意味だからな。
てか、拾ったスライムを使って、ソーププレイなんてそこまで俺は変態じゃないぞ。これだけは断言しておく。
しかし、俺は一体誰に断っているのだろうか……。
トントン……。
ノックが鳴る。
扉の方へ身体を向けた。
俺とスィームは2回瞬きをする。
ちなみにここはコカトリスの檻だ。
通常とは違い、天井が高く、窓があって外に出ることも可能になっている。
その窓からは赤い夕日が射しこんでいた。
もしコカトリスが帰ってきたなら、窓から入ってくるはずだ。
およそあの猛禽モンスターに、『ノック』などという習性があるとは思えない。
俺はスィームと顔を合わせる。
「ピキィ!」
いつも通りの鳴き声を上げて、物陰に隠れた。
相変わらず察しがいいヤツだ。
またノックが鳴る。
「よっこらせ。……はいはい。ちょっと待ってくれよ」
立ち上がる。
少し警戒しながら、扉に近づいていった。
ひっく……。ひっく……。
なにやら子供の泣き声のようなものが扉の向こうから聞こえる。
俺は足早に近づいて、慎重に通用口の扉を開けた。
「――?」
そこには白衣を着た少女が手で顔を伏せて泣いていた。
腕に抱え込むように持っている杖の髑髏を揺らし、三角帽を俺に向けている。
やがて顔を上げた。
目には涙が溢れている。その片方の目はなく、眼底から赤い光が輝いていた。
「ネグネ……」
「ひっく……。くっ……。びぇぇええええん」
ネグネは俺を見るなり、飛びかかるように抱きついた。
「怖かったよおおおおおおおおお!」
あ……? ああん…………?
俺は首を傾げるしかなかった。
「迷子?」
俺が言うと、ネグネはこくりと頷いた。
何故か指示もしていないのに、正座をしている。
これでは、娘に説教する頑固親父に見えるじゃないか。
「ひっく……。ひっく……」
まだ喉を引きつらせている。
これでもだいぶ落ち着いた方だ。
さっきまで何を言っても、さっぱり要領が得なかった。
もうどこからどう見ても、立派なお子さまだ。
しかし、またお前かよ。
俺として、そろそろドランデスとかエスカとか絡みたいんだけどな。
むろん、大本命はアーシラちゃんだけど。
正直、可愛いキャラ枠を狙うにしても、お前ではまだまだ力不足だぞ。
お前はリナールの代表で、リッチなんだから、それぐらいで我慢しておけよ。
とまあ、色々思うところがあるのだが、泣いている子供を見るとどうしても手を差し伸べてしまう。
元勇者の悲しい性だ。
「どうして、こんなとこにいたんだよ。お前、地上が怖いんじゃないのか?」
「それは……ヒック…………かい…………ひっく……う、うう……」
また眼窩に涙が溜まっていく。
こうしてまた泣き出した。
ああ。もう……。これだからガキは苦手なんだよ。
俺はそれから時間を使って、ようやくガキ――じゃなかったネグネを落ち着かせることが出来た。
本当に大変だった。
途中でスィームを使って、変顔をするという俺の秘密の芸がなければ、今でもこいつは泣いていただろう。
「で? どうしてここに……」
「それは……ひっく……」
ネグネは、ぽつりぽつりと話を始めた。
要約するとこうだ。
今日、全体会合にネグネも出席したらしい(実に数年ぶりの外の空気だったそうだ)。
会合は滞りなく進み、先ほど解散になった。
そこで久しぶりに眷属と会い、最近の死霊系モンスターたちの現状を聞いた。1匹相談に乗ってほしいというものがいるらしく、そいつの部屋に向かっている最中、道がわからなくなり、迷子になったそうだ。
「で――。たまたま俺の声が聞こえて、ノックしたってか?」
ネグネは「うん」と頷き、赤くなった鼻を啜った。
いくら久しぶりに外に出たからといって、魔王城の中で迷子になるなよ。
それか――ドランデスに連れてってもらうとか。
でも……。こいつのことだから「案内など無用。我は子供ではない」とか言って、拒否しただろうけどな。
部屋の上を見上げた。
夕日が射しこんでいる。
もうすぐ終業時間だ。
本来なら帰る時間なのだが……。
ネグネを改めて一瞥する。
先日、フィオーナちゃんの前で見せた不遜っぷりが見る影もない。
しょぼくれた子供が、俺の前に座っていた。
「はあ……。しゃーない」
ポンと、三角帽子の上から手を置いた。
伏せ目がちだったネグネの顔が上がる。
「ついてってやるよ」
「どこへ?」
「お前の眷属のところだ」
「いいのか? 貴様、もう仕事が終わりじゃ」
「よくわかってんじゃねぇか。……だから、まあ仕事じゃなくて。ボランティアだな。雇用主の関係者が困ってるんだ。助けてやるのも、バイトの務めだろ」
「…………ひっく」
再びネグネの目に涙が滲む。
俺はハンカチを取りだし、丁寧に拭いてやった。
それでも涙が溢れてくる。
「ああ。もう泣くなよ。――それで、どこのどいつなんだ? お前に相談事があるっていうのは?」
ネグネはようやく泣きやむ。
白衣の袖を使って、眼窩に溜まった水分を拭き取ると、向き直った。
「かつて骸骨侯爵と言われた側近の夫人――ミーグだ」
やたらはっきりと聞こえた返答に、俺は少し嫌な予感を感じていた。
【本日の業務報告】
元勇者は残業をすることにした。
スタミナ-4
メンタル-100
明日中には更新できるよう引き続き頑張ります!!




