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元最強勇者のバイト先が魔王城なんだが、魔族に人間知識がなさ過ぎて超優良企業な件  作者: 延野正行


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第31話 フィオーナちゃんの受難(後編)

「きゃああああああ!!」


 外で石床の数を数えていたら、突如部屋から悲鳴が聞こえた。


「どうしたの、フィオーナちゃ――ぶぉ!」

「開けるな!」


 扉を開けた瞬間、俺の顔面に本の角が突き刺さる。

 さらに顔を真っ赤にして怒り狂うフィオーナちゃんが見えた。


 パタリと倒れる。

 まさに痛恨の一撃(天丼)。


「ちょっとこれ、どういうこと! ほとんど布がないじゃない!」


 上半身を起こす。

 フィオーナちゃんはネグネにお怒りだった。


 無理もない。

 試着した服は、ほぼ裸に近く、胸と下腹部しか隠されていなかった。


 しかも、やたら伸縮性に富む素材らしく、身体にピッタリとフィットしている。

 おかげでフィオーナちゃんの――ちょっと――ずぼらなラインがはっきりと見て取れた。


「なんだ、貴様。水着を知らないのか?」

「水着……水着って! あれ? 上流階級の貴族の娘とかが、川で水遊びする時に着るっていう水着?」

「知ってるではないか。それが水着だ」


 下々の子供は、裸やパンいち(ヽヽヽヽ)になって川や海で遊ぶことが多い。だが、上流階級の人間たちは着ている物が高価なこともあって、わざわざ水着というものを着用して、遊ぶのだということは聞いたことがある。


「これが水着……。でも、なんか地味ね。真っ黒だし。なんか装飾を入れた方が」

「浅はかなり」


 ネグネの眼底がキラリと光った。


「黒というのがいいのだ。黒は女を美しく魅せる色。シンプルかつベスト!」

「そ、そうなの? じゃあ、この胸についた白い枠は?」

「名前を書くところだ」

「子供か!?」

「我からすれば、そなたなど赤子もど――ぐあ! 何をする、ブリード」


 お前が余計なことを口走ろうしているからだ。

 魔族だってわかったら、どうすんだよ。


「あと……。他はピッタリと収まっているのに、胸の辺りがすーすー……」

「それは貴様の胸がちいさ――」

「そ、そういうデザインなんだって」

「そうなの? ここはもっとフィットしてた方がいいような」

「だよね」


 ネグネの口を抑えながら、俺は笑顔でかわす。


 とりあえず、次の服を試着することになった。




「もういいわよ」


 俺は扉を開ける。

 本が飛んでくることを予想して、心構えをしていたが、俺の勘は外れた。


「ぶっ!!」


 と唾を飛ばす。


 今度の服は、きわどさという意味では先ほどよりも改善されているが、逆にお色気という点では強化されたような気がする。


 両肩と二の腕がむき出しになっているのはさっきと同じ。

 だが、足が透けてみえるぐらい、薄い黒い布地で覆われている。

 最大の特徴は頭だ。

 何故か兎の耳が付いているヘアバンドを被っていた。


「なんか可愛さとエロさが混じりあった感じで、俺は好きだけど」

「そーお? 私として、あんたが気に入られた時点で嫌なんだけど」


 なんでそういうこというの!

 泣きそうなんだけど……。


「まーた、胸がスゥスゥするし。これなに?」

「私はこの姿をバニーガールと名付けて売り出そうと考えている」

「バニーガール? どこに需要があるんだよ。こんな服」


 その時、ネグネの眼底がまた赤く光った。

 便利だな、お前の目。


「ブリードよ。この娘に酒とか注がれてみたくないか……」


 な・ん・だ・と!


 ごくりと生唾を飲んだ。

 何故、美味い酒の味がしたような気がした。


 ネグネに向き直り、全力で頭を下げた。


「注がれてみたいです!!」

「だろう? これは主に歓楽街の店員向けに開発してるものだ」

「なに? 飲み屋の女の子が着る衣装なの?」

「そういうことだな」

「ちょっと私――そんな低俗なところでは働いてないわよ。一応、これでもギルド職員なんだからね、私!!」


 やばい。

 フィオーナちゃん、無茶苦茶怒ってる。


「ネグネ! もっとマシな衣装はないのかよ。ハイソな感じの」

「心配するな。今度ドレスだ」

「ドレス!」


 怒りに満ち満ちていたフィオーナちゃんの目が、光り輝いた。




「入っていいぞ」


 ようやく石床の数を数え終えた頃、ようやく声が聞こえた。

 何故か、ネグネの声だ。


 恐る恐る部屋の中に入る。

 今回も強襲はなかった。

 しかし、部屋は異様な雰囲気に満たされている。


「フィオーナちゃん、どう?」

「ええ……」


 暗い声が響く。


 フィオーナちゃんはドレスを着ていた。

 それも上流階級が着るような煌びやかなドレス。

 パニエで膨らんだスカート。

 ふんだんにあしらわれたレース生地。

 フリルも使われ、ヒラヒラと舞っている。


 鍔の付いた帽子にも、これでもかとフリルが付いている。


 一見、可愛い。


 しかし、フィオーナちゃんの顔は冴えない。

 どこか影がさし、静かで、噴火5つ前の火山を思わせる。


 それもそのはず。

 生地のほとんどピンクだったのだ。


 そう――。

 可愛いとは思う。

 まるでお人形さんみたい――という比喩にも合致する。


 が――しかし――。


 モデルは三十路前の――子供からはすでに“おばさん”という名前で呼ばれる年齢。ある意味、その言葉が破壊の呪文のように精神に突き刺さるお年頃の女性だ。


 そんな女性が、片手にウサギのぬいぐるみを持って立っている。


 はっきり言おう……。


「痛いな」


 おい!

 せめて、そういう言葉は心の中でしまっておけよ、ネグネ!


「帰る」


 フィオーナちゃんはぽつりと呟く。

 やがて帽子を投げ捨てた。

 真っ直ぐ入口に向かう。


「ちょっと待って!」


 慌てて細い腕を掴む。

 振り返ったフィオーナちゃんの目には、涙が滲んでいた。


「そうだぞ。出ていくなら、せめて衣装は置いていけ」

「お前は黙ってろ、ネグネ」


 ひぃ、ネグネが短い悲鳴を上げるぐらい、俺は強く睨んだ。

 フィオーナちゃんに向き直る。


「離しなさいよ」

「ごめん。フィオーナちゃん」

「今さら謝れたって……」

「俺はその……。素敵だと思うよ」

「嘘を吐きなさいよ! どうせ三十路前がー、とか思ってるんでしょ?」

「年齢とか関係ない。俺は似合ってるってホントに思ってる」

「ホントに?」

「うん。ホント!」

「な? ネグネ」


 俺はリッチを睨む。


 ネグネは肩をそびやかした後、咳を払って言葉を紡いだ。


「そ、そうだな。……うん。今度は、フィオーナ嬢のように大人の女性にも似合うシックな感じでも考えておくか。良いインスピレーションが沸いた。礼を言う」

「だってさ。リナールのデザイナーがこう言ってるんだ。モデルとして十分な仕事をしたんだよ」


 …………。


 重苦しい沈黙が続いた。


 だが、俺は――。

 フィオーナちゃんの頬が緩むのを確認していた。


「……そ、そうかな。えへへへ」


 ようやく笑顔を浮かべる。


 ちょろ――じゃなかった、良かった……。

 多少ごり押し感があったが、なんとか機嫌を取り戻してくれた。


 フィオーナちゃんはドレスのスカートを摘みながら、改めて衣装を見ている。

 その顔は無邪気な子供のようだ。

 あんな表情も出来るんだな。

 ちょっと惚れ直した。


「今日、これぐらいにするか?」


 ネグネは切り出す。

 フィオーナちゃんは顔を上げた。


「いいんですか? まだあるんじゃ?」

「モデルの容姿がわかったからな。今度は、フィオーナ嬢の身体にあったものを用意しよう」


 手を顔の前で構え、赤い瞳をキラリと光らせた。


「わあ! 嬉しいです」

「よかったね、フィオーナちゃん」

「うん」

「また来てくれるか?」

「もちろん! よろしくお願いします、ネグネさん」


 うん。

 いい笑顔だ。


 すると、突如扉を叩く音が聞こえた。


「は~い」


 扉の近くにいたフィオーナちゃんは、取っ手に手をかける。



 ――って! おい!



「ちょっと待った! フィオーナちゃん」


 時すでに遅し。

 彼女は重い扉を開いていた。


 そこにいたのは、無数の前肢をカタカタと動かした幼体のモーム。


 柔和な笑顔を浮かべていたフィオーナちゃんの顔が、みるみる青くなっていく。



「ぎぃやああああああああああああああああああ!!!!」



 ついに絶叫し、そのまま意識を失った。




 次にフィオーナちゃんが目を覚ました時には、魔王城から遠く離れた空の上だった。


「ブリッドさん?」

「あ。目を覚ました?」

「ここは――ひぃ!」


 フィオーナちゃんは下を見ようとした瞬間、短い悲鳴を上げた。


「下を見ない方がいい。今、村の方へ向かってるところだから」

「えっと……。私……どうしたんだっけ?」

「なれない仕事に疲れが出たんだ。モデルの仕事をしている最中に、気を失ったんだよ、フィオーナちゃん」

「そ、そう――。なんかえげつないもの見てしまったような気がするんだけど」

「ははは……。怖い夢でも見たのかな」


 俺は笑って誤魔化した。

 良かった。どうやら覚えていないようだ。


「モデルの仕事……。途中で放り出してきちゃったけど、良かったのかな」

「ネグネさんが『また今度もお願いします』って言ってたから、また声がかかると思うよ」

「そっかー。……でも、私としてはこりごりかな。やっぱ私にはギルドの仕事が向いてるわ」

「そうかな?」

「無理して持ち上げなくてもいいのよ。ま、最後のあれはちょっと感謝してるけど」

「え? なんか言った?」


 うまく聞き取れなかった。

 特に最後の方が。


「なんでもない。……ねぇ、飲みに行きましょうか?」

「お。いいね!」

「もちろん、あんたのおごりね」

「誠心誠意おごらせていただきます」


 そう言うと、俺は魔力量を上げて、村へと急ぐのだった。



 【本日の業務報告】

 フィオーナちゃんは、スクミズを装備した。

 しかし、似合わなかった。

 フィオーナちゃんは、バニーガールを装備した。

 やはり、エロかった。

 フィオーナちゃんは、ゴスロリを装備した。

 なんか、痛かった。


まさかのちょろイン枠が、おば――お姉さんだったと言う……。


次は明日中にはなんとか頑張ります。

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