第30話 フィオーナちゃんの受難(前編)
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「ねぇねぇ! さっきの人は誰?」
フィオーナちゃんは興味津々で尋ねた。
“さっきの人”というのは、エスカのことだ。
フィオーナちゃんのことを根掘り葉掘り聞いた挙げ句、何故か「ふん」と顔を背けてどっかへ行ってしまった。
何か怒っているようなのだが、去り際に見た尻尾はしょげた感じだった。
俺、なんか悪いことを言っただろうか……。
「えっと……。リナールの関係者の娘さん、かな?」
もう嘘を吐くのに慣れてしまった。
「やっぱり。高貴な身分な人だと思ったわ。全然、匂いが違うもの」
エスカは人間が作る香水をわざわざ取り寄せて使っている。
ティータイムに飲む紅茶なんかもそうだ。
もしかしたら、魔族の中では1番、人間に傾れているかもしれない。
「それに比べて、あのオネェのデザイナーはダメね。すっごい獣臭かったし。足音もなんか蹄の音みたいに聞こえたわ。高いヒールでも履いてるのかしら」
みたいじゃなくて、まさしくそうなんだけどな。
よくわかるなあ。
暗闇の中にいるから、他の感覚が鋭敏になっているのかもしれない。
「で? あんたとその娘さんってどんな関係なの? まさか……。恋人とか」
「はは……。まさか――」
「そうよね。リナールの娘と、アルバイトじゃ釣り合わないわよね」
ぬははははは……。
俺の背中をバシバシ叩きながら、フィオーナちゃんは豪快に笑った。
そこはせめて、リナールの娘と元勇者って言ってくれないかな。
会話をするうちに、ようやく俺の肩の荷が下りる時がやってきた。
ゆっくりとフィオーナちゃんを下ろす。
手に感触が残っていた。匂いを嗅いでみると、きつい香水のかおりが残っていた。
こりゃ、風呂で洗ってもとれないかもな……。
「ちょっと! 着いたんでしょ? 早く魔法を解呪してよ」
「ああ。はいはい」
フィオーナちゃんの目に向かって手をかざす。
呪文を唱えた。
「これでいいはずだよ」
「なんかまだぼやけてるわね。薄暗いし」
「秘密の部屋だからね」
「そんなもん? ……あ、なんか見えてきた」
フィオーナちゃんは薄目を開けた。
見えてきたのは、自分よりも背の低い茶髪の女の子だった。
「え? あなたがデザイナーさん」
「いかにも我が名はネグネ。リナールの総す――失礼――デザイナーだ。よろしく」
気さくに挨拶する。
すると手を差し出した。
言われるまま、フィオーナちゃんは手を差し出して握手を返す。
口は開きっぱなし。惚けていた。
フィオーナちゃん、その顔はレディとしてはどうかと思うよ。
肘でフィオーナちゃんをこつく。
我に返った三十路前は、やや猫背になっていた背中をピンと立てた。
「ふぃ、フィオーナです。よ、よろしくお願いします」
「よろしく」
ネグネは薄く微笑む。
その姿は、どこからどう見ても普通の女の子だ。
少なくとも、フィオーナちゃんには――。
突然、俺の腕を掴まれる。
フィオーナちゃんはぐいぐい奥へと引っ張っていくと、耳打ちした。
「ちょっと……。大丈夫なの? まだ子供じゃない」
「子供のように見えるけど、彼女――20代だよ」
「マジ?」
まあ、正確に言えばその5倍、下手したら10倍は生きてるかもだけど。
実はフィオーナちゃんの目に、俺は魔法をかけている。
幻惑魔法だ。
俺の目には、普段のリッチであるネグネだが、フィオーナちゃんには普通の十代ぐらいの少女に見えているはずである。
こうすることで、ネグネが人間ぽく変装するより手間がかからない。
勇者自らかけた魔法を自力で解くギルド職員なんていないしな。
どうやら魔法は成功したらしく。
フィオーナちゃんは感激しているようだった。
「すっごく若く見えるわね。童顔だから……? いや、もしかしたらお肌の手入れに何か工夫を行っているかもしれない。だって、ほら見てよ。お肌が真っ白」
顔を指さす。
そこは俺視点からは白骨化した場所だった。
「目も綺麗だし、なんか光ってるのは、有名デザイナーのオーラかしら」
どっちかというと、バックに怨霊がいるからだと思うよ。
「えっと……。納得してもらえた」
「仕方ないわね。あんたも、失礼なことを言うんじゃないわよ」
失礼なことを言ったのは、フィオーナちゃんだよ。
しかも、若干聞こえていたらしい。
ネグネの白い顔が、赤くなっていた。
あとで謝っておこう。
また一悶着あり、ようやく試着会が始まった。
場所は、モームがいる広い空間ではない。
1つ手前、何枚もの扉があった部屋の1つだ。
ネグネの部屋らしく、それなりの生活感がある。
取り分け、デザインを描き散らした紙が壁に一面に貼り付けられ、棚には本が並んでいる。
大きな机と小さな机がそれぞれ1つずつ。
リナールの商品らしきものも、数点並んでいた。
デザイナーらしい部屋だ。
こんな形だが、腐ってもリナールの創設者なのだろう。
「では、早速我が今、デザインしている服を着てもらおう」
「それって未発表前の服ってことですか」
「その通りだ。光栄に思うがよい」
フィオーナちゃんの目尻が一瞬動いたような気がしたが、見なかったことにしよう。
「では、まずこれを」
机に畳まれていた服を、フィオーナちゃんに預ける。
「えっと……。試着室は?」
「試着室?」
「え? もしかして……ないの? このまま私に脱げと」
「なんの問題がある? 裸など見られ――」
俺はネグネの手を引っ張る。
フィオーナちゃんから少し距離を取った。
「お前、それでもリナールの代表かよ。人間は裸を見られるのを極度に恥ずかしがるというのを知らんのか?」
「ああ。そういえば、そんな軟弱な精神だったな、お前たちは」
軟弱っつーな。
人間界の常識なんだよ、それが!
「しかし、人間の中には自分の裸を見られて興奮――」
「その下りは、俺がバイト着た初日にやったから、もういいっつーの!!」
詳しくは第4――。
って、俺は何を言おうとしているんだ。
「なんかゆっくり1人で着替えられる部屋はないのか? たとえば、隣とか?」
「別にかまわんが。娘を部屋から出すのは、少々リスクではないか?」
「うぐ……。確かに……」
うっかりモンスターと遭遇なんてことになったら、目も当てられない。
フィオーナちゃんのことだから、服を着たままどっか行ってしまう可能性も捨てきれないし。
「わかった」
俺は折れた。
「それよりもだ、ブリード」
「なんだよ?」
「私はバストが大きい女を要望したはずだぞ」
「いやー、それは……」
ちらりとフィオーナちゃんに視線を向ける。
ムッとした顔で睨み返された。
慌ててリッチの少女に顔を戻す。
「確か、お主。エスカ姫より大きな女を連れて来ると豪語してたはずだが」
「仕方ないだろ!? 予定してた子が来られなくなったんだよ」
「ならば、もっとましな代役を立てよ」
「わかったわかった。今度はちゃんと連れてくるから。今日は、彼女で我慢しろ」
「うむー。仕方ない。貧乳で我慢するか」
フィオーナちゃんの名誉のためにいっておくが、決して貧乳というサイズではない。どっちかというと、美乳? 巨乳になりきれてない巨乳。まあ、お手頃サイズといったところである。
ていうか、ネグネ……。貧乳はお前のようなことを言うんだぞ。
リッチに言っても、仕方がないことだが。
俺たちはフィオーナちゃんの元に戻る。
「お待たせ、フィオーナちゃん。悪いけど、ここで着替えてよ。どうやら試着できる部屋が今、満室らしくってさ」
「ええ……」
怪訝な表情を浮かべるフィオーナちゃん。
「俺は出てくからさ。機嫌なおしてよ」
「当たり前でしょ!」
銅鑼のような音を立てて、鋼鉄製の扉が勢いよく閉まる。
――俺って、信用されてないのかな……。
はあ、と俺は深いため息を吐いた。
【本日の業務報告】
セーブしますか? Y/N
おつかれさまでした。リセットボタンおしながら、でんげんをおきりください。
ちょっと中途半端ですが、長くなったので前後編に分けました。
明日の朝には「後編」を投稿できると思います。
※ 活動記録にて、今後の更新について記しましたので、
ご確認いただければ幸いです。




