第2話 勤務地「魔王城」
どんどん行きますよ~。
いやー……。
元勇者の俺が言うのも、なんだが。
世の中捨てたもんじゃない。
捨てる神あれば、拾う神ありっていうの?
まさに天は俺を見捨てていなかったというわけだ。
しかし昨日の借金取りめ。
俺が元勇者をいいことに無茶しやがって。
危なく死ぬとこだったぜ。
いつか絶対借金にのしつけて返してやる。
覚えとけよ!
散々愚痴を言いつつ、俺はゲートをくぐった。
ゲートは魔法技術で出来た移動装置だ。
特定の魔法によってマークしておいた土地に、転送することが出来る便利な道具。
勤務地がやたら遠いと知った時はちょっとガックリと来たが、まさか転送ポイントの近くとは。昔とった杵柄が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
もしかして、ようやく俺にも運が向いてきたかもしれない。
思えば、勇者をやってきた時も苦難の連続だった。
神さまもようやく俺の偉大さに気づき始めたのだろう。
「うーん」
ゲートから出た俺は、大きく伸びをする。
周囲を見渡した。
見渡す限り荒れ地だ。
あれ?
どっかで見たことあるな……。
すごいデジャブ感を感じる。
当然といえば、当然か。
何せここに転送ポイントを置いたの俺だしな。
それにしても、懐かしいというよりは、なんか忌まわしいという気分になってくる。
ま、いっか……。
ともかく俺はアーシラちゃんからもらった求人票に目を落とした。
目的の勤務地はあと20キーロほど北に行ったところだ。
走ればすぐ。
腐っても、俺は元勇者だ。
脚力には自信がある。
しっかし……。
やっぱ見たことあるな。この風景――。
その疑問は、ちょうど半分ほど走ったところで解消した。
小高い丘を越えた向こう。
暗雲がたちこめ、雷鳴が轟く直下に、それはあった。
俺は求人票に目を落とす。
まさに目ん玉を落ちるほど、求人票の勤務地の欄を見つめた。
間違いない。
記入された住所は、前方にある建物を指し示していた。
天に突き刺さんばかりにそびえる高い尖塔。
断崖を思わせるような城壁。
一体誰が通るんだとツッコミたくなるほど、大きな城門。
血で浸したような赤い旗が、あちこちではためいている。
極めつけは、大地を割るような轟雷。
青白い光が、真っ黒な居城を照らした。
「マジか……」
見間違えるはずなどない。
そこはかつて俺が訪れた場所。
少し言い換えれば、人類史上はじめて俺が踏み込んだ場所だった。
本当に何度と見つめた求人票を見つめる。
やはり間違っていない。
「勤務地って魔王城かよ!!!!」
俺は思わず絶叫した。
どうしよう……。
日給999,999,999エン。
そんな夢のようなバイト。
備考欄には「超危険」の文字。
俺は元勇者。
少々の危険な場所でも、仕事は出来ると思っていた。
が――。さすがに、魔王城はまずい。
数年前、俺はあそこに入ったことがある。
勝手知ったるなんとやらだ。
何せ魔王の居場所を突き止めるだけで、30日もかかったのだ。
おかげで魔王城のことなら隅から隅まで知っている。
はじめてのアルバイト先としては、やりやすいかもしれない。
いやいや、馬鹿な。
そんなわけないだろ。
あそこには俺がこてんぱんにした魑魅魍魎どもが跋扈してるのだ。
元勇者がアルバイトをしにきた――いや、魔王城に再訪問しにきたというだけで、何をされるかわからない。
それこそ数年前の焼き直し。
折角、人間と魔族が手を取り合う時代が来たのだ。
元勇者が求人票を持って魔王城に訪問したがために、戦争再開なんてことになれば、目も当てられない。
てか、誰だよ、こんな求人を入れたヤツ!
申し込む方も申し込む方だが、受ける方も受ける方だろ。
あとでギルドに文句言ってやる。
やはりここは諦めるべきだろう。
俺は踵を返す。
さすがに戦争は洒落にならん。
が――。
足が止まる。
帰ったところでどうする?
まーた、借金取りに負われるぞ。
「おい……」
そもそも日給999,999,999エンをあっさり諦めていいものだろうか。
考えてみろ。
今や人間と魔族は互いに交流するところまで、友好的になっている。
人間のバイトを雇おうというぐらいなのだ。
過去のいざこざなど忘れ、優しく接してくれるかもしれない。
たとえ、それがぼろかすのこてんこてんにした元勇者であってもだ。
「そこの人間!」
考えろ。……考えろ、俺。
これは岐路だ。人生の岐路だ!
「おい。そこの人間! 聞いているのか!?」
「うるせぇ! こっちは生きるか死ぬかよりも大事なことを考えてんだよ!」
思わず怒鳴りつけた。
振り返る。
魔王城と稲光をバックに人が立っていた。
否――。
人ではない。人の形をしているが、少々余計なパーツが付属されていた。
青白いというよりは、むしろ白に近い素肌。
綺麗にカットされたボブから、枝分かれした立派な角が二本生えている。
少々小ぶりではあるが、優美な曲線を描くヒップからは、蜥蜴のような尻尾がくねくねと動いていた。
胸は俺の好みではないが、スレンダーで引き締まった体型をしている。
男物の燕尾服を着用し、鎖のついた眼鏡の奥にある顔は人間の女性とさほど変わらなかった。
――こいつ、確か……。
見たことがある。
確か四天王の1人。つまり魔王の側近の1人だ。
名前は【嵐龍】ドランデス。
男装の女性という形をしているが、あだ名が示す通り元は龍族の御子だ。
――生きてたのか、こいつ……。
美しい顔をしているが、こいつは本当に強かった。
手加減することが出来ず、全力を出しちまったほどだ。
タフで忠誠心がやたら高い。
動けなくなるまでブッ叩いて、ようやく大人しくなったほどだ。
魔王城での死闘を懐古していた俺は、ふと思い出す。
――ちょっと! 待て! 今の状況、まずくね!
そうだ。
俺は昔、こいつをボコボコにした。
恨んでいないはずがない。
というか、なんでこんなところに四天王がいるんだ?
もうちょっと玉座近くにデンと構えておけよ。
「聞いているのか、人間」
ドランデスは声を荒げた。
尻尾を振り上げ、ぴしゃりと地面を打つ。
眼鏡の奥で、濃い紺碧の瞳を燃え上がらせた。
「はい。ごめんなさい」
四天王の迫力に、つい情けない声を上げてしまう。
昔、ボコった相手だが、怖い者は怖い。
特にドランデスが、なんか逆らえない魅力がある。
ついでに俺のM心がくすぐられる。
その時、求人票が俺の手から滑り落ちる。
ふわっと風にあおられ、ドランデスのちょっと物足りない胸元に貼り付いた。
「ん?」
ドランデスは求人票を覗き込む。
「ああ……」
声を上げた。
「ギルドから連絡があった勤務希望者の人ですね」
「へっ?」
「お待ちしてました。どうぞこちらへ」
丁寧に手を差し出す。
どういうことだ?
「なるほど。それで生きるか死ぬかよりも大事なことですか。確かに魔王城で勤務しようなんて、生死よりも大事な選択かもしれませんね」
「そ、そうですね」
いやいや、俺……なに相槌なんて打ってるんだよ。
どうも様子がおかしい。
何というか、ドランデスの態度があまりによそよそしいのだ。
元勇者とわかれば、問答無用で襲ってくるはず。
おそらく忘れることも困難なほど、憎い相手のはずだ。
「あの……」
「どうしました? やはり辞退しますか?」
「いや、そうじゃなくて……」
「……?」
俺は俺を指さした。
「俺のことを覚えてない?」
思い切って尋ねてみた。
正直愚かな選択だと思ってる。
バレればバトル再燃。最終戦争、待ったなしだろう。
が、どうしても尋ねておかなければならない。
ドランデスは再び紺碧の瞳を俺に投げかける。
眼鏡の奥の目を細め、じっと凝らした。
やがて――。
「なんですか? 人間の言葉にある。ナンパというヤツですか」
「…………。いや、覚えてないならいいです」
「では、どうします? 城に来られますか? それともお帰りになりますか?」
「えっと……。じゃあ、行きます」
「よろしい。では、ついてきてください」
ドランデスは背を向け、歩き出す。
元勇者にあっさり背後を見せたのだ。
数年前のこいつなら、あり得ない行動だった。
なんせ――ドランデスの背後を見ていいのは、君主である魔王だけだからだ。
――どういうことだ?
俺のことを忘れている?
それはそれでいいかもしれないが……。
あ……。
落雷が轟いた。
その瞬間、俺の中にも天啓が轟く。
そうか。
聖兜ミルスだ。
俺は魔物や魔族と戦う際、いつも聖兜ミルスを装着していた。
これが何を指し示すかというと、何を隠そうミルスはフルフェイスの兜なのだ。
つまり……。
俺はいつも顔を隠して、魔族たちと対峙していた。
有り体にいうと、ドランデスをはじめ魔族たちは俺の素顔を知らないのだ。
「ふふふ……」
思わず笑いがこみ上げた。
ドランデスが振り返る。
その小首を傾げた。
「あは……。あははははははははははははは……」
四天王の一柱が見守る中、俺は哄笑を上げた。
雷鳴が轟く中。
魔王のお株でも奪うが如く、それは禍々しく魔王領に響くのだった。
【本日の業務日誌】
四天王ドランデスがあらわれた。
目的地が設定された。
目的地 ; 魔王城
次は、なんとか日をまたぐ前までには……。