第27話 かくして魔王城の秘密は暴かれる。
いつもより長めなので、お時間がある時に読んで下さい。
「どうしてここに……?」
ドランデスは珍しく戸惑っていた。
眼鏡の奥の瞳が揺らいでいる。
尻尾も力なく垂れていた。
その反応は俺の予想とは違っていた。
てっきり襲いかかってくるかと思いきや、明らかに困惑していたのである。
「知り合いか? ドランデス」
尋ねたのは、リッチの少女だ。
光らせた眼窩の奥を、龍の御子へと向ける。
「ええ……。最近雇った人間の方です」
「噂には聞いておる。そうか、こやつが」
リッチの少女は欄干を飛び越え、2階から降りてきた。
ぐきぃ!
嫌な音が響く。
態勢を崩した少女は、べちゃっという感じで頭から地面にダイブした。
い、痛そう……。
「だ、大丈夫ですか? ネグネ卿!」
慌ててドランデスは駆け寄る。
リッチ少女ことネグネ卿は、顔を上げた。
その目には涙が滲み、赤くなった鼻からは鼻水を垂れていた。
「痛くない。ネグネ、痛くないもん」
「はいはい。偉いですね、ネグネ卿」
「こ、子供扱いするな! ドランデス」
「ええ。そうですね。ネグネ卿は立派な成人ですものね」
励ましながら、ドランデスはハンカチでネグネ卿の顔を拭う。
扱いが完全に子供なんだが……。
俺とミミックはしばしやりとりを見守った。
色々と台無しなネグネ卿は、ようやく立ち上がる。
「偉いですよ、ネグネ卿。自分で立てましたね」
「た、立てるもん。これぐらい1人で」
とは言いつつも、相変わらず目に涙が滲んでいる。
俺は半ば呆れながら、ネグネ卿を指さした。
「あの~」
「なんだ、アルバイトよ」
なんか急に偉そうな態度に戻ったが、全く威厳がない。
「足……。逆になってるぞ」
「え?」
全員の視線がネグネ卿の足に集中する。
足の甲が完全に反対方向を向いていた。
「ぎぃやあああああああああああ!!」
想像以上の絶叫をあげ、ネグネ卿は泡を吹いて倒れてしまった。
「ネグネ卿! ネグネ卿! ……はあ、またですか?」
また……!
「あれほど、衝撃には注意するように言っているのに。2階から飛び降りたら、折れるに決まってるじゃないですか」
すでに意識を失ったネグネ卿の横で、ドランデスは反省を促す。
その声音は半ばあきれかえっていた。
「だ、大丈夫なのか?」
「いつものことなのです」
俺が尋ねると、ドランデスは深い息を吐く。
「ネグネ卿は死霊系モンスターを束ねる高位魔族なのですが、大量の血や大けがを見ると、意識を失ってしまうのです」
「リッチなのに」
「はい。リッチなのに」
なんじゃそりゃ。
てか、本人自身が常時大けが追っている状態みたいなもんなのに、なんで猟奇耐性がないんだよ!
エスカの流血嫌いといい、なんかここの魔族って弱点おかしくないか。
真面目に魔族と戦ってきた俺が、馬鹿みたいに見えるだろうが。
「そもそもよく大戦で生き延びたな、それで」
「彼女は戦っていません。ずっとこの地下で隠れていたんです」
隠れていいのかよ。
もっと、ほら……。死ぬまで戦え的な感じじゃないの、魔族って。根性論的な。
そう言えば、エスカも別荘に移ったとか言ってたな。
割とこいつら戦火から逃げてるんだな。
ドランデスは頬を叩いたり、尻尾でくすぐってみたりしてみたが、ネグネ卿は一向に起き上がらない。
とうとう諦めリッチの少女を床に寝かした。
「完全に伸びているようですね。仕方ありません。気づくまで待ちますか。――それよりも」
鋭い視線が、矢のように飛んできた。
思わず背筋を伸ばす。
ミミックは俺の足の影に隠れた。
「どうして、ブリードさんがこんなところにいらっしゃるのですか?」
早速、詰問する。いや、むしろ遅いぐらいだ。
ドランデスの言葉の強さは、俺に向けられた中で最大級のものだ。
明らかに怒っている。
殴り合いになれば、勝つ自信はあるが、それでも怖い物は怖い。
「しかも、ミミックまで。どういうことですか?」
「そ、それはだな……」
俺はミミックを見る。
ミミックも蓋を上げて、俺を見た。
お互い譲り合った結果、口を開いたのは結局俺だった。
「宝物庫でミミックと話してたらさ。俺、まだ魔王城を案内してもらったことがないって話になってよ。それでミミックに案内してもらってたんだ」
「そ、そうなんスよ、ドランデスの姉御。こいつ、まだ魔王城の右も左もわらかへんいうから、わいが案内してやってたんです」
「なるほど。そういうことでしたか。ですが、そういう時は私に一報を入れていただかないと」
「わ、わりぃな。……ドランデス、忙しそうだったからよ」
「気遣ったというわけですか。まあ、それはわかりました。――で」
再びドランデスの眼鏡が光る。
「どうして、城の中でも限られたものしか知らない秘密の地下倉庫に、あなた方はいるのですか?」
ヒィ――!!
ぞぞっと背筋に悪寒が走る。
ミミックは蓋を開けたままうんとも寸ともいわなくなった。
どうやら、こっちはこっちで気絶してしまったらしい。
だが、俺も勇者だ。
いくら上司が怖いとはいえ、正義の名のもと怯むわけにはいかない。
思い切って、1歩踏み込む。
「ドランデス、お前の方こそ人間に隠していることがあるんじゃないのか?」
「……どういうことですか?」
龍の御子の瞳が蛇のように細くなる。
ドランデスの背後を指さした。
「教えてくれ。あのモームの群れはなんだ? お前達はこんなところで何をこそこそやっている!」
逆に虚を突かれたドランデスは、1歩たじろぐ。
よし。いいぞ。
このまま畳みかけてやる。
「俺はモームの群れが村を飲み込むのを見たことがある。だが、ここにいるのは、その10倍の数だ。モームの群れは、勇者だって手を焼いたと、前に聞いたことがある」
まさか昔、勇者ブリッドと出会った事があるという設定がこんなところで生きるとは思わなかった。
この嘘はドランデスにとって、信憑性が高いものに感じたはずだ。
四天王の一柱は狼狽していた。
尻尾の置き場所に迷い、先ほどから右往左往させている。
顔は依然として真剣だったが、勢いはなくなっていた。
俺はさらに言葉を紡ぐ。
「もし愚かなことをしているなら辞めるんだ」
「愚かなことですか……」
やがて、伏せ目がちだった顔を上げる。
「知られてしまったなら仕方ありませんね」
空気がピンと張り詰めた。
皮膚がひりつく。
四天王の一角の身体から溢れんばかりの黒いオーラが盛り上がった。
まさか……。
こんなところで、こいつと再戦しようとはな。
「俺は割とあんたを気に入ってたつもりだったんだが」
「何を言うのです。私はブリードさんのことを今でも気に入ってますよ」
「光栄だといっておこうか」
そして俺もまた構えた。
肉体強化のスキルを発動する。
つなぎの下に搭載された筋肉が、盛り上がっていくのを感じた。
ただならぬ気配に、ドランデスの方も息を呑んだ。
お互いの闘気がぶつかり合った瞬間。
バサリ……。
妙にヒラヒラとしたものが、俺たちの間に落ちた。
「ん? なんだ?」
俺は首を傾げる瞬間、ドランデスは蹴り出していた。
――あ、やば!!
完全に反応が遅れた。
咄嗟に俺は防御の姿勢を取る。
だが、ドランデスが向かった方向は、俺の方ではなかった。
前でも後ろでもない。
彼女は跳躍したのだ。
天井を見上げる。
「あ?」
思わず声を上げた。
今まで気づかなかったが、そこには無数のモームの触手が固まっていた。
まるで麦畑のように広がっている。
何かが落ちたのは、そこからだ。
ドランデスはジャンプすると、そのヒラヒラとしたものが地面に落ちる前にキャッチしていた。
降りてきた時、彼女は大量の何かを抱えて戻ってくる。
「1つ落としてしまいましたね。しかし、こればっかりは何か手を打たないと。製品が作った側から汚れるのはとても忍びない」
「製品?」
「はい」
ドランデスは広げて見せてくれた。
それは俺が見たことがあるものだ。
いや……。
訂正しよう。
それは俺が今、着ているものだ。
つまり、制服――つなぎをドランデスは大量に抱えていた。
俺の頭の中で、ドランデスから聞いた話が自動再生された。
『作ったのは、モームです』
『モームには、絵を見せるとそれとそっくりなものを糸で作るという習性があるのです』
アルバイト初日。
初めてつなぎに袖を通した日だ。
「ああああ!!」
思わず叫んじまった。
じゃあ、ここってまさか……。
戦闘用のモームの格納庫ではなく。
つなぎを作るための量産基地ってことか――!
ぐるりと眼が回った。
気絶しかけたが、寸前でこらえる。
俺は今一度、モームの群れに眼を向けた。
よく眼をこらせば、モームの前や上からもつなぎが垂れ下がっている。
おそらくそれを見たモンスターは、伸ばした触手の先から糸を吐き、つなぎを織っているのだろう。
すると、小さなモームが物陰から這い出てくる。
「こんなところにいたんですね」
ドランデスは息を吐き、モームの幼体を拾い上げる。
「困ったものですね。幼体といえど、働いてもらわないと」
そう言って、群れの前に返した。
モームの身体はしばらく親モームに揉みくちゃにされていたが、つなぎの形を認識すると、ゆっくりと触手を伸ばしていった。
俺は呆然とその光景を見ていた。
「ブリードさん」
「あ。おう……」
突然、声をかけられて、慌てて反応する。
ドランデスがこちらを向いていた。
緩やかに尻尾を振っている。
「ご理解いただけたでしょうか?」
「あ、ああ……。つまりはつなぎを作る工場ってことでいいんだな?」
「はい。モームは放っておくと際限なく糸を吐くため困っていたのですが、こういう利用方法があるとは思いつきませんでした。おかげで、財政的にも困らなくなりましたし」
「財政?」
「このつなぎ……。実は人間の商人に卸しているのです」
「な、にぃい!!」
目を丸くしたまま固まった。
「伸縮性があって、大変丈夫と評判のようだぞ。我がつなぎは?」
実に偉そうな声が聞こえた。
いつの間にか復活したリッチ少女――ネグネ卿が立っていた。
足が元に戻っている。
さすがはリッチと褒めるところなのだろうか。
少々複雑だ。
「あなたが作った訳ではないですよ、ネグネ卿」
「だが、モームに衣料品を作らせてみてはどうかと提案したのは、我だぞ。モームを手なずけているのも我だ。つまり、これは我が作った言ってもいいのではないか」
ワンマン経営者が言いそうな言葉だな。
俺は内心げっそりした。
「アルバイトよ。リナールという言葉を人間界で聞いたことがないか?」
「!?」
「安い」「丈夫」「長持ち」をモットーに、爆発的に民衆にうけてる衣料品メーカーだ。フィオーナちゃんがこの前、新色のワンピを欲しがってた。
「その反応はあるようだな。改めて名乗らしてもらおう。我が名ネグネ・リナール。リナールの創始者にして、経営者である」
「な――! なんだてぇ――――!!!!」
久しぶりに顎が外れるほど驚いた。
じゃあ、このつなぎって、あのリナールのつなぎなのかよ!
どおりで丈夫なはずだ。
今や戦後、最大規模の衣料品メーカーの総帥が、こんなお子さまリッチ。
しかもモームを働かせて作っていたなんて。
フィオーナちゃんが聞いたら、卒倒するだろうな。
「おかげで賠償金やらで借金まみれだった魔王城も、このリナールのつなぎで黒字回復することが出来ました」
ドランデスはほぅと息を吐く。
横でネグネ卿はビッと俺を指さした。
「つまり、アルバイトよ。お前の給料も、我らリナールがあってのことなのだ」
へ――。へへっええええええ――――!!
俺は平伏した。
思わぬところで、思わぬ謎が解決されてしまった。
確かに……。リナールがバックにあるなら、俺の高額な給料も理解できる。
内心で息を吐いた。
ホッとしたのだ。
正直に言うと、何か悪いことをして稼いでいるのではないかと思っていた。
今はドランデスを疑っていた自分が恥ずかしい。
そんな俺の胸中を察したのか。
ドランデスは俺をのぞき込んだ。
「どうしました、ブリードさん?」
「いや、別に――。なんでもねぇよ」
「大方、このモームの軍団を組織して、我らが人間に復讐するのではないかと考えていたのではないか?」
変なところで勘がいいやろうだな。
精神はお子様のくせに。
「そうなんですか?」
「いや……。そのぅ…………すまん」
素直に謝った。
ドランデスは首を振る。
「いえ。あなた方人間からすれば、このモームは脅威に見えるのは当たり前です。ですが、信じてください。我々はモームを兵器として扱うことはいたしません」
「言われるまでもねぇよ。俺はドランデスを信じる。……そのぅ。すまんというのは、ドランデスを信じられなかったっていう“すまん”だ」
ほのかにドランデスの頬が赤くなる。
キュッキュッという感じで、尻尾を振った。
「謝るに及びません。……あなたは今、私のことを信じてくださりましたから」
と微笑を浮かべる。
時々見せるドランデスの笑顔は、どんな金銀よりも輝いてみえた。
「あ……。ううん……」
ミミックが目を覚ます。
箱の中からキョロキョロと当たりをうかがった。
「えっと……。どうなりました?」
妙に丁寧な言葉で尋ねる。
俺は苦笑した。
「どうもしねぇよ。……とっとと残りの仕事を片付けろ――だとさ。な、ドランデス」
「はい」
その声は、広い空間の中に軽やかに響き渡るのだった。
【本日の業務報告】
リッチの少女ネグネと出会った。
ネグネブランドの総帥とのコネが生まれた。
ドランデスの好感度がアップした。
次の更新ですが、明日の更新が都合上、夜中になると思うので、
出来れば今夜か深夜に更新する予定です。
出来なかったら、ごめんなさいm(_ _)m




