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元最強勇者のバイト先が魔王城なんだが、魔族に人間知識がなさ過ぎて超優良企業な件  作者: 延野正行


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23/76

第22話 元勇者、上司にも見舞われる。

日間総合32位。

週間総合45位でした!

週間は自分史上最高位です!!

ブクマ・評価をつけていただいた方、本当にありがとうございました。

 気がついて、目を覚ますと、夜になっていた。


 窓からジルデレーンの夜の守り神『陰星アウロ』が見えた。

 その光が差し込んでいる。

 部屋はぼんやりと薄明るかった。


「一応、エスカとスィームには感謝だな」


 すっかりと体調が元に戻っていた。

 若干倦怠感が残っているが、もう少し休めば、明日出勤できるだろう。


 ベッドから降りる。

 ひんやりと冷たい床の感触を足裏で確かめた時、俺はようやく気づいた。


 部屋の中にもう1人いることを。


「誰だ!」


 思わず構える。

 相手には殺気のようなものはない。

 むしろ浮かび上がったシルエットに、俺はしばし呆然とした。


 アウロの光を反射し、一対のレンズが光っていた。


「ドランデス!」


 さらさらとした黒髪から突き出た角。

 雄々しさすら感じる尻尾を、何か別の生き物のようにくねらせている。

 見間違おうはずがない我が上司――ドランデスだった。


 燕尾服を身に纏った上司は、俺以上に狼狽していた。


「す、すいません。起こしてしまいましたか?」

「いや、俺こそすまん。さすがにドランデスがいるとは思わなかった」


 構えを解く。


 しばし俺たちは押し黙った。


 疑問は色々とあったのだが、なんと切り出していいかわからなかったのだ。


 ――とりあえず、ここは。



「「ごめんなさい」」


 …………。


「「え?」」


 見事に俺たちはハモった。


「――と、すまん」

「いえ。私の方こそ」


 …………。


 また沈黙が落ちる。


 先に切り出せたのは、俺の方だった。


「突然、早退してすまなかったな。おかげで、明日は出勤できそうだ」

「そ、そうですか。別にもう1日ぐらい」

「大丈夫だって」

「ですが――」


 ドランデスは下を向く。


 こんなにしょげているのは、2度目だ。

 1度目は大戦時だった。

 精魂力尽きたドランデスが、魔王がいる部屋への道を俺に譲らざる得なかった――あの時のしょげように似ている。


「あの~。なんか落ち込んでるみたいだけど。なんかあったか?」

「いえ。そういうわけでは……」

「まさか……。俺、クビ――とか?」

「違います! 断じて!」


 ドランデスは激しく頭と尻尾を振った。


「ただ――」

「ただ――なんだ?」

「私は至らない上司だと……。私がもっと気遣っていれば。こんな事にはならなかった」

「いやいや。別に……。俺が風邪引いたのは、お前の責任じゃないぞ。俺が健康管理を怠ったからだ」


 連日飲んで歌って、朝まで騒いでりゃあ、風邪ぐらい引くわな。


「それは違うと思います。私はまだ人間のことを何も知らなかった。管理者として失格です。あなたが疲れているのも知らず、30日も連続して働かせてしまった」


 ああ……。なるほど。そういうことか。


「ドランデス。もしかしてエスカになんか言われたか?」

「――――!」


 図星か。

 だよな……。

 ドランデスにこんなこと言うのって、知る限りあいつしかいないもんな。


「エスカは言い方キツいからな」

「いえ……。姫様は私に的確な助言を与えてくださっただけですす」


 相変わらず、律儀な上司様だ。

 この謙虚さと忠誠心の高さを、爪の垢でも煎じてエスカに飲ませてやりたいな。


「やっぱ俺が悪いよ」

「どうして、そう言えるんですか?」

「こっちから一言――休みがほしいっていえば済む問題だったんだ。それにドランデスは人間の働き方をあまり知らないってわかっていた。やっぱ怠慢だよ」

「では、なんで休みがほしいっていわなかったんですか?」

「なんでだろうな。まあ、しいていうなら――」



 バイトが楽しかったからだな。



「楽しかった」


 ドランデスは大きく目を広げ、呆然と俺を見つめた。

 紺碧の瞳は波のように揺れ、その心中を映している。


 そりゃあ驚くわな。

 魔王城にバイトしにきた人間が「楽しい」なんて感想を漏らしたんだから。

 下手したら沽券に関わる。


 でも……。素直な気持ちだった。


 確かに糞は臭いし、魔族は絡んでくるし、エスカは拷問道具を見せびらかすし、スィームは俺より仕事熱心だし。不満を上げれば、数限りないことこの上ない。


 けどまあ、遅刻しても怒られないし、日給はべらぼうに高い。


 それに――。


「上司が結構、綺麗だしな」


 思わず口についていた。


 ――あ、やべ……。


 俺は横目でドランデスを見る。


 色白の肌が真っ赤になり、尻尾をピンと伸ばしている。

 わなわなと震えた唇からは、今にも炎を吐き出しそうだった。


「わ! ちょっと! ごめん! 今のはなしで!」

「え? ええ……。わ、わかりました」


 何がわかったのかわからないが、どうやら飲み込んでくれるらしい。


 俺は顔を上げる。

 窓の外のアウロを見つめた。


「正直うまくいえないんだけどさ。昔やってた仕事より、ずっと充実してたんだよなあ」

「昔やってた仕事?」

「ああ。それは訳あって話せねぇんだけど。はじめて仕事してて楽しいって思ってんだ、今。だから、休みを取ることを忘れちまった。わるい」

「仕事が楽しい――ですか」


 ドランデスはぽつりと反芻する。


「難しい心境ですね」

「そりゃな。ドランデスが抱えてる仕事は、そう楽しめるもんじゃねぇだろ。そういう時はパアッとどこか行って、気晴らしして来いよ。俺よっか、お前の方が疲れた顔をしてるぜ」

「私は疲れてなんか」

「自分ではわからんもんだぜ。俺もそうだったからよ」


 俺は軽く戯ける。


 テーブルに近づくと、皮を剥かれた果実が並んでいた。

 なかなか丁寧に切られている。


「ドランデスが切ってくれたのか?」

「ええ……。なにか栄養にいいものをと、近くの果物屋で買ってきました」

「ありがとな。……うん。うめぇ!」


 最高だ。

 エスカのお粥もなかなかだったが、人に切ってもらった果物は格別にうまい。


 俺が次々と食べていく。

 ふと横目で見ると、わずかにドランデスが微笑んでいた。




 次の日。


 体調はすっかり良くなっていた。


 お言葉に甘えて、もう1日休もうと思ったが、自然と足が魔王城に向いていた。

 悲しい性だ。


 着替えをし、ロッカールームを出る。

 いつも通り、ドランデスが立っていた。

 昨夜とは打って違って、清々しい顔をしている。

 失礼を承知でいうが、あの射るような眼孔がなくなってちょっと寂しい。


「おはようございます。ブリード」

「おはよう。ドランデス」

「すっかり良くなったようですね」

「おう! 24時間だって働けるぜ!」


 ぶんぶんと手を回す。


 さすがに24時間、働く気はさらさらないけどな。


「一応、ギルドに確認して、休日を作って見ました」


 いつも付ける出勤表にプラスして、カレンダーを広げる。


「というより、すっかり失念していたのですが、最初にお渡しした求人票に『週休2日。有給あり』と書かれていたようです」


 あ。それ――俺も見たことがあるような気がする……。

 てか、見たよ。忘れてた。


「なので、7日のうち2日お休みするということでよろしいでしょうか?」

「おう。異存はねぇけど、ドランデスはどうするんだ」

「私も人間の役所がお休みの日は、休日を取ろうと思っています」


 なるほど。それがいいかもな。

 ナイスアイディアだ。


「あと事前にいっていただければ、有給も取ることができるので」

「そういえば、有給ってなに?」


 俺も働いたことがないからよくわからん。


「出勤日にお休みしても、給料をもらえるシステムだと聞きましたが」


 マ・ジ・で・!


 そんなシステムあるの?

 知らなかった。

 俺、知らなかったよ。


 あ。そう言えば、昔アーシラちゃんがそんなことを言っていたような気がする。


 休んでも給料をもらえるって、夢みたいなシステムじゃねぇか!!


 有給考えたヤツを神のように崇め奉りたい気分だぜ。


 たくさん有給を礼賛したところで、あることに気づいた。

 ドランデスに向き直り、恐る恐る手を挙げる。


「あの~」

「なんでしょうか?」

「悪いけど、やっぱ今日休むわ」

「やはり、体調が?」

「そう。ごほごほ……。体調がなんか急に」

「それはいけませんね。今日もお休みなさってください」

「それで、有給は?」

「ご心配なく、昨日と今日のぶん……。きっちりお支払いしますので」


 ポンと慎ましい胸を叩く。


 思わずニヤリと笑った口元を、俺は慌てて隠した。


「じゃ、じゃあ」

「お大事に」


 ドランデスは丁寧に頭を下げて、俺を見送る。


 城門が閉まり切るまで、俺は病人のふりを続けた。


 ドランデスの姿が見えなくなると、丸めた背中をピンと伸ばす。


 どんよりとした雲の魔物――ムービタルスターを見つめた。


 楽しさとか、上司が綺麗とか仕事に関係ないよね。



 ……やっぱ最後は金目でしょ。



 なんか政治家っぽいことを虚空に向かって呟きながら、俺は家路へと着くのだった。



 【本日の業務報告】

  本日はお休みのためありません。


奇しくも休日投稿となりました。

楽しんでますか?


お仕事の方は頑張って下さい!!

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