第19話 スライム、命名される。
PVが今日だけで20000件。
日間総合もとうとう49位まで来ました。
ありがとうございます。
嬉しくて更新頑張りました!!
ちょっと長めになったので、ゆっくり読める時に読んで下さい。
「うま!!」
俺は思わず絶叫した。
テーブルに並べられたスコーンの1つを頬張る。
外はサクッとしているのに、中はしっとりし、もちもちしてる。
程良い甘みが、口の中でさっと溶け、何個でも食べられそうだ。
口の中に広がった甘みを噛みしめつつ、俺は紅茶に口をつける。
こっちも悪くない。
品のいい香りが身体をリラックスさせ、口に入れれば独特の苦みがスコーンの甘みと相まって、味の相乗効果をもたらしていた。
元勇者がなに食レポっぽいことを言ってるんだと思われるかもしれないが、自然と感想が口に出来るほど、甘味が極まっていた。
紅茶とスコーン。
休憩時間に飲み食いするものとしては、最高の贅沢といえるだろう。
場所が、拷問部屋でなければ、なお良いのだが……。
「でしょ?」
ガタッと机を鳴らし、前のめりになりながら、青い瞳の少女は目を輝かせた。
炎のような真っ赤な髪に、銀黒赤の派手なドレス。
背中の羽根をパタパタと動かし、お尻から生えた尻尾で時折、ハートマークを作っている。実に機嫌が良さそうだ。
が、無邪気な笑顔は拷問部屋とまるであっていなかった。
彼女の名前はエスカ・ヴァスティビオ。
魔王の娘にして、拷問部屋の主。
【拷問姫】なんていう異名ももっているが、本人は単なる拷問器具マニアで1回も自分で使ったことがないらしい。
「あんた、今……。ここが拷問部屋じゃなかったら、もっと美味しかったとか思ってるでしょ」
「おい。度々、俺の心を読むな」
「心を読むんじゃなくて、勘よ。勘。というより、あんた結構顔に出るからすぐにわかるのよ」
え? マジか?
俺としては、ポーカーフェイスだと思ってたんだが。
そう言えば、最近カジノで20連敗してるんだよな。
ん? 50連敗だったか?
ま、いいや。
「お前が作ったのか?」
「私が作るわけないでしょ!! なんで魔王の娘である私が、下々のやることをしなければならないのよ」
まるでお姫様みたいなことをいう。
違った。お姫様だった。
女子としてそこを全力で否定するのはどうなんだ?
手作りのお菓子とか、男としては超ポイント高いんだけど。
「お前じゃなかったら、誰が作ったんだ」
「石魔人よ」
ぶぅ――――うううううう!!
食べかけのスコーンを盛大に吐き出した。
大量の食べクズが、エスカにかかる。
「ちょっと! あんた、何してんのよ!」
「お前こそ、何を食べさせてんだよ! 石魔人ってお前!!」
【石魔人】説明
石で出来た人型の魔人。
性格は割と温厚だが、義にあつく、怒らせると怖い。
人間の身長の倍ぐらいの大きさを持つ。
「あいつ、結構手先が起用なのよ」
「嘘を吐け!! 指先が俺の顔よりでかかったぞ」
「スコーンが美味しいのは、石窯で焼いてるからだって」
「それって何の石だよ。自分の手の平で焼いて作ってないよな」
スコーンを改めて見た。
俺は化かされているんじゃないだろうか。
このスコーンは、実は石で出来ており、先ほどからそれを「美味しい美味しい」といって、食べているのではなかろうか。
夢から覚めた時には、俺の歯は……。
怖ッ! ぞっとする。食欲が落ちた。
「どうしたの?」
「なんでもない。……拷問部屋を見ながら、物を食べていたら気が滅入ってきただけだ」
「ああ! ひどい!」
「てか、なんか増えてないか?」
「あら? わかる? ふふん……」
おもむろに立ち上がる。
近くにあった大きな馬の像に頬をこすりつけた。
かなり精巧に出来ている。今にも動き出しそうな迫力だ。
おそらく金属か何かで出来ているのだろう。
拷問室に備えられた松明の明かりを受け、滑らかな表皮は鈍く反射している。
「どう? これ? 僭王の大馬って言ってね。この中に人を閉じこめて、下から火で――――」
これ以上は危ないので聞かなかったことにしよう。
「この目の当たりとかくりっとして可愛いと思わない?」
「思わねぇよ! 俺、そろそろ仕事に戻るぞ」
「ブリッドの意地悪! 戻っても、あのスライムに肩代わりさせるだけのくせに」
「それを言うなって! あとブリッドも禁止な」
実はエスカには出会って、2日目ぐらいに、スライムに業務を肩代わりさせているのがバレた。
それも“勘”らしい。悪魔のような的中率だ。
こいつが大戦時に、魔族陣営にいたら、マジで魔族が勝ってたかもな。
そんなわけで――。
大人しくこいつのお茶に付き合っているのもそのためだ。
念のためにいうが、それ以外に他意はねぇ。
「あら。噂をすれば」
拷問部屋の扉が開く。
床の貼り付くようにしていたのは、件のスライムだった。
「ピキィ!」
いつも通りの声を上げて、身体を左右に振る。
「おう。仕事終わったか。早いな」
「ピキィ!」
「よしよし。偉いぞ。スコーン食うか?」
「ピキィ!」
「ほらよ」
「ピキィ!」
「うまいか?」
「ピキィ!」
「そうかそうか」
俺はそっとスライムを撫でてやる。
なんだか嬉しそうだ。
「あんた、スライムの言葉わかるの? 私、傍目から見ててさっぱりなんだけど」
「そりゃあ……。まあ“勘”?」
「勘でスライムの言葉わかるもんなの?」
「お前が、勘を否定するなよ」
俺が話をしていると、スライムはエスカの方に近づいていった。
自分よりも何倍も大きな魔王の娘を見上げる。
「どうしたのかしら?」
「お前と仲良くなりたいんじゃないのか?」
「仲良くなりたい?! これでも私、魔王の娘なんですけど」
「いいじゃねぇか。主従を越えた関係ってのも乙なもんだろ」
「そういうのって、もっといい男としたいわ。お、王子様とか」
「ほう……。お前も一端の乙女なんだな」
ニヤリと笑った。
エスカはピンと尻尾を伸ばす。激しく羽根を動かした。
「い、いいでしょ! 別に!」
エスカは膝を曲げて、かがむ。
じっとスライムを見つめた。スライムもエスカを見つめる。
と、その時だった。
な、なんと、スライムが……!?
なんと、スライムは――。
(※ 以下のモノローグはあくまでスライムの精神を言語したもので、スライムの意図と多少違う部分があります。ご了承下さい)
スライムは幸せだった。
フィールド上では、ただの雑魚だった。初心者の冒険者にすら倒される始末。マスコットキャラなどと持ち上げられ、村に持ち帰られて、展示物にされてしまったことすらある。
魔物である以上、慰みものになることは耐え難い屈辱だった。
しかしここは違う。
人間たちに追いかけ回されることもない。
火あぶりにされることもない。
食事に困ることもないどころか、そうすることで褒められもする。
何より、スライムにとって大きかったのは、新たなご主人の存在だ。
少し話は逸れるが、スライムは「命令」というものに憧れていた。
『○○を攻撃しろ』
『○○を死守するのだ』
『○○を援護し、機を見て中央を突破せよ』
『ガンガンいこうぜ!』
『いのちはだいじに!』
etcetc……。
具体的な指示のもと、人間たちを鏖殺する仲間の姿はとても頼もしくみえた。
しかし、自分に与えられたもの命令は。
『お前はその辺で彷徨ってろ(苦笑)』
ひどく適当なものだった。
スライムはショックだった。
所詮は、スライム。結局、雑魚モンスターだ。
誰にも当てにされていないのだと思い知った。
それでもスライムはめげなかった。
人間どもを魔王城に近づけさせないよう――刹那でもいい――時間稼ぎをするため、懸命に戦った。
でも、結局魔族は敗れた。
悔しかった。自分がもっと時間稼ぎが出来ていれば、強くなれば、魔族は勝っていたんじゃなかろうか。そう思わざる得なかった。
けれど、そんな絶望よりも考えることがあった。
これからどうしたらいいのか?
全然わからなかった。
自分の言語がわかる魔族に相談してみた。
『大人しくしてればいいじゃね』
また適当なことを言われた。
でも、そうするしかなかった。
無為な時間が過ぎていったある日、ご主人に出会った。
まさしく彗星の如くだった。
ご主人は言った。
「ここの部屋の糞を全部食べろ。夕方までな」
初めて命令された。
場所や時間、方法まで指定されていた。
こんな具体的な指示ははじめてだった。
自分に涙が流せる機能がついていないことを、スライムは一生で一番後悔した。
その日の糞は、いつもよりもしょっぱかったような気がした……。
それからスライムは、いつか何かの形でご恩に報いたいと思っていた。
そんなある日、ご主人様が読んでる本を見つけた。
人間の女が一杯描かれている本だった。
確か春画とか言っていたような気がする。
どうやら、ご主人様は人間の女に興味があるらしい。
現にいつも嫌らしい笑みを浮かべている。
それからまもなく、ご主人様は魔王様の娘エスカ様とお茶を共にするようになった。実は、寂しかった。ご主人様がくつろいでいる横で仕事をするのが、スライムにとって何よりの励みにだったからだ。
それはともかくとして、よく考えればエスカ様も、人間の女とよく似ている。
ドランデス様と喋る時も、なんだか楽しそうだ。
つまり、ご主人様は人間の女みたいな魔族も好きだということだ。
スライムは考えた。
考えた末に、1つの結論に辿り着く。
その日も、ご主人様はエスカ様に連れられ、行ってしまった。
スライムはいつもよりも1.5倍速で仕事を終わらせた。
だいぶ体力を使ってしまったが、問題ない。栄養は十分補給した。
ご主人様がいるであろう拷問部屋に辿り着く。
予想通り、エスカ様とお茶をしている真っ最中だった。
褒められ、撫でてもらい、スコーンまでもらってしまった。
スコーンは美味しいが、糞の方が好みの味だった。
スライムは決行する。
エスカ様に近づいた。その容姿を入念に観察する。
だいたいはご主人様が持っていた春画で研究済みだ。
あとはエスカ様をベースに、もう少し胸を大きくすればいい。
そしてスライムは、溜まった栄養を細胞体に振り分けた。
本来なら核を割って、分裂する時のエネルギーだが、今回は違うことに使う。
身体が熱くなってきた。
細胞体がどんどんと増殖していく。
視界が徐々に高くなり、ちょうどエスカ様と同じぐらいになった。
気が付けば、スライムは……。
●
……なんと人間の形になっていた。
しかも女だ。
大きな胸、下腹部の方まで見事に再現されている。
「スライム、お前……」
「ピキィ!」
いつも通りの答えが返ってくる。
女の形になっていても、言語能力はそのままのようだ。
俺は腰を抜かすほど驚いていた。
思わず立ち上がったが、すぐに椅子に尻をつけた。
驚いているのは、俺だけではない。
スライム自身もそうだった。
自分の四肢を見て、戸惑っている。
胸を掴むと、ぽよぽよと動かす。見るからに、弾力性が優れているのがわかる。
「ピキィイイイイイ!」
一際、大きな声でスライムは高音を発した。
耳が痛くなるほどだ。
すると、俺の方にやってくる。
飛び込むように抱きついた。
「ぬわ!」
俺の顔面がスライムの胸に埋まった。
息ができん。
でも――。
やわらけぇ……。
思わず意識を失いそうになった。
が、すぐにそれがスライムだと思い出すと、なんとか突き放す。
危ねぇ……。意識じゃなくて、息が止まるかと思った。
スライムは少ししょげていた。
何故だ? よくわからん。
「というか、お前……。その姿はなんなんだ?」
「あんたのためじゃない?」
そう言ったのはエスカだ。
俺と同じく腰を抜かし、僭王の大馬に持たれるようにして成り行きを見守っていた魔王の娘は、ドレスをはたくと近づいてきた。
「俺の…………ため……??」
「あんた……。スライムの言葉がわかるとか言ってたのに、こんな時に限ってわからないのね」
「つまりはあれか? スライムは俺を喜ばせるために、裸婦の姿をしてるってのか?」
「わかってるじゃない。そうでしょ、スライム」
「ピキィ!」
うんうんと頷いた。
マジかよ……。
ちょっと頭痛いんだが。
「まあ、ともかく……。感謝しとくよ」
「ありがとうだって、スライム。良かったわね」
「ピキィ!」
「なんか……。この姿の方が、この子が言っていることがわかるような気がするわ」
「あ、そ――」
俺は逆にわからなくなったわ。
ちょうどいい。お前、暇そうにしてるし。拷問器具を愛でてるぐらいなら、そいつの専属通訳になってくれ。
「そうだ。あんた、この子に名前を付けなさいよ」
「はあ!?」
「ご主人でしょ、この子の。それぐらいいいじゃない。ねぇ?」
「ピキィ!」
スライムは手を大きく挙げて、喜びをアピールする。
名前ねぇ……。なんかめんどくさいなあ。
スライムだから、スラリン、スラキチとかか?
なんか直球だな。
じゃあ、アキーラとか、いっそサスケとか……。
それは女の名前じゃないだろ。
――って俺、何を真剣に考えてるんだ。
「スライムだから、スィームってどう?」
「おい! 俺が決めろって、お前が言ったんだぞ」
「あんたが決めると、絶対可愛くない名前をつけそうじゃない」
「ぐっ――」
相変わらず勘がよろしいことで。
「じゃあ、それでいいか? スィーム」
「ピキィ!」
とっても嬉しそうだった。
「良かったわね。スィーム」
「ピキィ!」
すると、またスィームは俺の顔面に飛び込むのだった。
【本日の業務報告】
スライムがスィームと命名された。
スィームが仲間になった。
結果的に作者が1番好きな話になりました。
スライムの話は書いてて泣ける……。
皆様はどうでしたか?
感想お待ちしてます。




