表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/76

第1話 元勇者、アルバイトを探す。

本編です。

よろしくお願いします。


 魔王が討伐された数年後。


 自由がほしい。

 気ままに暮らしたい。


 まるで定年退職した親父みたいな願望を叶えることが出来た俺は、実家がある村へと戻っていた。


 そして……。


 困っていた。


 主に金で……。


「ねぇねぇ……。アーシラちゃん、どこかにお金落ちてないかな?」

「藪から棒に何を言っているんですか? ブリッドさん」


 カウンター向こうにいるギルド職員アーシラ・マルクトは、笑顔で尋ねた。

 正直、厄介者が来たと思っているのだろう。

 鉄壁の営業スマイルに、些か綻びが出来ている。


 そりゃそうだ。

 俺はここ連日のようにギルドのカウンターに入り浸っている。

 今や俺の恋人は、目の前の巨乳金髪エルフたんと、冷たいカウンターの木材だけだ。


 ちなみに業務妨害をしているわけではないぞ。

 ギルドは全盛期に比べれば、その活気の十分の一もない。

 ひっきりなしに依頼が舞い込み、冒険者に捌いていた当時の面影はなかった。


 平和になり、魔族とも和解し、一定の交流関係が出来た今、ギルドは単なる求人案内所でしかなくなっていた。それなら、専門の機関を作るべきだという声もあり、存在意義すら危ぶまれている。


 つまり俺は、暇そうなアーシラちゃんの話相手になっているのである。


「それがさ。聞いてよ。色々お金を使っちゃって。ほら、俺……。元勇者じゃん。いろんな人に飲み会やら、賭博やら誘われてさ。――で、最後はその……」

「支払いは俺が持つ、とかいっちゃうわけですね」

「そうそう。それ……。俺、元勇者だし。ビッグな男だから」

「つまり、借金しちゃったと」

「なんでわかるの?」

「なんとなく」


 アーシラちゃんはすげなく答える。

 そして鉄壁の営業スマイルだ。すげぇ……。


 俺は「はあ……」と大きくため息を吐く。

 ぼんやりと天井を見上げた。


「昔は良かったよ。魔物をバッタバッタと倒せば、それだけでお金が入ったんだからさ」

「今は、駆除依頼がないと魔物を倒せませんもんね」

「そうなんだよな。全く、イヤな世の中になったぜ」

「――――――――」

「今、なんか言った?」

「いえ。別に……」


 いや、絶対なんか言った。

 ブリッドさんがそんな世の中にしたんじゃないですか――的なことを、この娘は絶対言った!


「ところで」


 アーシラちゃんは絶妙なタイミングで話題を変える。

 なかなか賢い子だ。

 さすがはエルフ。森の賢者。


「おいくら借金されたんですか?」

「聞いちゃう? それ聞いちゃう? どうしようかな……。喋っちゃおうかなあ」

「喋りたくないなら、いいですけど……。だったら、カウンターからどいてくれませんか?」

「お願い。もうちょっと喋らせて。後生だから」


 アーシラちゃんから殺意の波動を感じて、俺はカウンターに頭をつけてお願いした。


 元勇者が何を卑屈になってんだと思われるかもしれない。

 だが、もし俺がギルドから一歩でも出た日には、借金の取り立て屋がダース単位で襲われてしまう。

 ギルドは大きな組織だから、さすがにここで騒ぎを起こすことは出来ないが、外に出れば関係ない。今もギルドの入り口付近で手ぐすね引いて待っている。

 借金取り(あくま)どもが定時で帰るまで、俺はギルドにいなければならないのだ。


 それにアーシラちゃんとの貴重なトークタイムを無駄にするわけにはいかない。


「で――。おいくらなんですか?」

「仕方ないなあ」


 耳打ちしようと体勢を取る。

 アーシラちゃんは手をそっと当てて、俺を遠ざけた。


「その前にブリッドさん、お昼なに食べました」

「餃子定食」

「はい。本日の業務終了します」


 そう言って、カウンターにでんと「本日の業務は終了しました」という看板を掲げる。

 俺は慌てて看板を引っこ抜こうとした。


「ちょちょちょちょっと待って。耳打ちはなしでいいから、お願い! 最後まで聞いて!!」

「仕方ありませんね。では、大きな声ではっきりとどうぞ」

「ねぇ、アーシラちゃん。もしかして、俺のこと嫌い?」

「そんなことありませんよ」


 鉄壁の営業スマイルは、一片の綻びもなく、崩れない。


 でも、目は笑っていなかった。


 俺は気を取り直す。

 こほん、と咳を払った。


「えっと……。――――――――――――――――――――――――――だ」


 アーシラちゃんの顔は営業スマイルを保ったまま、青ざめた。

 なかなか器用なことをする女子おなごだ。


 よほどショックだったのだろう。

 アーシラちゃんは自ら耳を差し出す。


「あのよく聞こえなかったので、もう1度」

「だから――」


 俺はもう1度、同じ数字を言った。


 アーシラちゃんは固まる。

 営業スマイルは健在だ。


 ぎぎぎ、と音を立てながら、真っ直ぐに俺を見据える。


「なんですか。その呪文みたいな単位。星でも数えてたんですか?」


 天文学的単位とか言いたいんだろうな……。

 俺は妙に納得してしまった。


「まあ、そうじゃなくて……。借金だよ。全部」

「お金なんですか。お金で、単位の最上級を使うんですか? あんた、一体何したらそんな借金抱えられるんですか?」


 あんた、とか言われちゃったよ。


「今日日、国家予算でもそんなに使わないですよ。世界の土地全部買ったって、そんなお金にならないのに」

「事実なんだから仕方ない」

「なにをあっけらかんとしているんですか、ブリッドさん! とっとと借金返してあげてください。借金取りさんが可哀想です!」


 何故か、借金を背負った俺ではなく、借金取りに感情移入されてしまった。


「だからさ。どっかにお金とか落ちてないかなって」

「馬鹿ですか、あんた!」


 とうとう馬鹿呼ばわり。

 言っておくと、もうこの時すでにアーシラちゃんの営業スマイルは完全に崩壊していた。


「そんな天文単位のお金が落ちてるわけないでしょ! せめて働いてください!」

「いやー、働きたいの山々だけどさ。働いたことないし。特技といったら、魔物を倒すことぐらいだしさ。それに働いたところで、雀の涙程度しか返せないし。それに――」

「それに……?」



 働いたら、負けだと思ってる。



 …………。


 一瞬の静寂。


「ふざけるな、この馬鹿勇者! ギルドの案内人と乳繰り合う暇があったら、一銭でも稼いでこいや、このろくでなし!」

「アーシラちゃん、落ち着いて! 俺たちまだ、乳を繰り合うまでの仲にまでなってないって」

「うるさい! 借金取りにかわって、簀巻きにして大海に流したいぐらいですよ、この汚物」


 とうとう汚物までレベルが下がっちゃった。


「で、でもさ。こんな借金を返せる仕事なんて」

「確かに」


 アーシラちゃんは急に冷静になる。

 俺はひとまず安心した。

 正直、怖かった。思わず涙目になってたよ。

 もうこの子をいじるのはやめよう。


 固く決意を結ぶ一方、アーシラちゃんは「あ!」と声を上げて、カウンターの奥へと引っ込んだ。


 愛想を尽かされたかと思ったが、しばらくして戻ってきた。


「ブリッドさん。これです!」


 1枚の求人票をカウンターに広げた。


 俺はそれを手に取るとマジマジと見つめた。


「ええっと……。職種『清掃業務』。週休二日制。日祝休み(カレンダー通り)。有給あり(ただし3ヶ月の研修業務後に発生)。交通費支給。福利厚生あり。へえ、条件良さそうじゃん。でも、清掃業務って給料低いんじゃ」

「その給料を見てくださいよ。てか、普通給料まず見るでしょ」


 アーシラちゃんはギロリと睨む。

 若干、闇が入ってた。


「なになに……。日給制か。1日当たり999,999,999エン」


 は?


「はああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 999,999,999エンってマジか! 嘘だろ!?


「こ、これ? エンって、あのエン?」

「はい。四大陸通貨に使われているエンで間違いありません」

「999,999,999エンって書かれてるけど、実は999.999999エンでした的なオチは?」

「ありません」


 アーシラちゃんは神妙な顔で首を振った。


 マジかよ。

 もしこれが本当なら、俺の借金って、ええっと……。どれだけ働けば完済できる。ああ。わからん。いや、決して暗算が出来ないわけじゃなくて、動揺しすぎて頭が回らん。


「落ち着いてください、ブリッドさん。安心するのは、まだ早いです」

「どういうこと?」


 アーシラちゃんは両肘をカウンターに付ける。

 手を組み、口元を隠すように顎を預けた。

 紺碧の眼をキラリと光らせる。


 なんとも思わせぶりなポーズだ。


「備考欄を見てください」

「備考欄?」


 俺は言われた通り、求人票を見た。


 備考欄にはこう書かれていた。



『超危険な業務ですので、腕に覚えのある方、死んでもいいやって思ってる方以外のご応募は固くお断りします』



 はあああ!!

 なにこれ!?

 どういうことだ?


「気付いてしまったようですね」


 アーシラちゃんは薄く微笑む。

 いや、君が見ろって言ったんだろ?


「そうです。その業務はとても危険なのです。それでも行きますか? 行きませんか?」


 今一度、求人票を見つめた。


 顔を上げる。


 その間は、“1”と数えるよりも早かった。


「行く! 俺はこの求人を受けるぜ」


 久方ぶりに俺の心は燃えさかっていた。

 そう。魔王を倒すと固く心に決めたあの日のように。


「わかりました。手続きはこちらでやっておきます」

「よろしく頼むよ」

「では、早速現地に行ってください。あ、場所は求人票に書いてますから」

「わかった。じゃあな、アーシラちゃん。世話になったな」

「いえ。これも仕事ですから」


 俺は椅子から立ち上がる。


 そして求人票を振り、俺は颯爽とギルドを出ていった。


 そこに借金取りが待ちかまえていることを忘れて……。



 ●



「アーシラ。もしかして、本当にあの依頼……。ブリッドさんに紹介したの」


 ブリッドが出ていった後、同僚のフィオーナが話しかけてきた。

 私は椅子を回し、身体を向ける。


「うん。何か不味かったかしら」

「不味かったかしらって、あんた……。求人票の住所を確認した」

「今から確認するところだけど」

「あちゃー」


 フィオーナは頭を抱える。

 最近お気に入りだというリップがついた唇を噛んだ。


「よく見てみなさい」

「ああ。求人票、渡しちゃった」

「そっか。まあ、後で確認すればいいけど、とんでもないところよ」

「とんでもない?」


 私は首を傾げる。

 ちょっとぶりっ子気味に、顎に指を当てた。

 一瞬、フィオーナの眉間に皺が寄る。


「魔王領よ」

「え゛?」

「しかも、そこの清掃業務ってどういうことかわかる?」

「もしかして、勤務地って」

「そう――」


 ……魔王城よ。


 【本日の業務日誌】

 ギルドの依頼を受けた。

 新たなクエストが加わった。

 クエスト内容 ; 魔王城の清掃員

 報酬内容   ; 日給999,999,999エン

 備考     ; 超危険


次は夕方の更新です。

今日は、あと2回更新予定してます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ