第18話 元勇者の勘だって、馬鹿には出来ない。
エスカ編はこれにて……。
エスカは目を開けた。
男の顔があった。すぐ目の前。
ロマンチックにいうなら、お互いの鼻息がかかる距離だ。
「きゃああああああ!」
突然、エスカは悲鳴を上げた。
俺の胸を押し上げ、暴れる。
「落ち着け! 今、動くなよ」
「ふぇ……」
片方の瞳を持ち上げ、こちらを見つめる。
目尻には涙が浮かんでいた。
俺の上には大量の拷問器具や瓦礫が、覆い被さるようにして積み上がっていた。
「あんた……」
「わかったか。ちょっと動くと、山が崩れそうなんだ。しばらく大人しくしていてくれ」
「う、うん……」
エスカは素直に頷く。
こう従順だと、可愛いんだけどな、こいつ。
肉体強化スキル発動! レベルマックス!
俺はゆっくりと動きながら、背中で拷問器具をどかしていく。
一定のところまでくると、背筋と腹筋を使ってすべて弾き飛ばした。
盛大な音を立てて、拷問器具が部屋の中を転がる。
他の器具に当たると、ドミノ倒しのように次々と器具が横転していった。気が付いた時には、元の雑然とした拷問部屋に戻っていた。
やれやれ……。仕事のやり直しだな。
頭を掻く。
この部屋片づけるまで、今日は仕事は終われないんだろうか。
だろうな……。
エスカはうるさそうだし。
今日、フィオーナちゃんと初めて飲みに行く約束してたんだけど。
「あ、ありがと」
小さく囁くような感謝の言葉を聞こえた。
振り返ると、エスカが立っていた。
ドレスは埃だらけになっていたが、五体は無事のようだ。
羽根と尻尾をせわしなく動かし、目線を俺から逸らしていた。
「別に大したことしてねぇよ。雇い主のお嬢さんを守るぐらい、業務のうちに入ってるだろ」
「そう……。仕事なんだね」
すると、尻尾が何故か下を向いた。
なんかしょげてるぞ、こいつ? どうした?
「あんたは――」
何か言いかけて、俺の方を向いた瞬間、エスカは突如息を呑んだ。
「ん? なんだ?」
「ち」
「ち?」
「血ぃい!」
何かが頬を伝う感触があった。
顎へと滑っていくと、ぽたりと落ちる。赤い斑点が地面に広がっていった。
手で頬を触る。
指先に血が付いていた。
どうやら、さっきので頭を切ったらしい。
「別にこれぐらいどうってことねぇよ」
「イヤイヤ! 近づかないで!」
「は?」
「だから、離れてって!」
なんか支離滅裂だぞ。
エスカの様子がおかしい。
顔は真っ白になり、青い目の光は怯えていた。
先ほどまでの余裕と自信に満ちた態度は、完全に失われている。
「おいおい。どうしたんだよ。血ぐらいで? お前、仮にも拷問姫とか呼ばれてるんだろ? 血ぐらい珍しくないだろうが」
「ダメなの!!」
エスカは強く否定する。
終いには大粒の涙を流しはじめた。
「血がだべじゃなぐで。流血がだべなの゛」
「流血……」
ポタポタと顎を伝って、地面に落ちていく血を見た。
よくわからんが、魔王の娘さんは「流血」が苦手らしい。
俺は自分の頭に回復魔法をかける。
放っておいても血は止まるだろうが、目の前で女の子が泣いているのは精神衛生状よろしくない。
「ほらよ。止まったぞ」
「ホント?」
涙を拭いながら、片目を上げた。
「たく――。流血が怖いって……。お前、よくそれで拷問が出来たな」
「――は、――が――――たのよ」
「あ? なんだって? 聞こえないんだが」
耳を手に当て、聞く体勢を作る。
それが癇に障ったのか。
エスカは顔を真っ赤にし、尻尾を攻撃的に振り上げながら、大きな声で言った。
「だから! 拷問は、部下がやっていたの!! 私はやっていないの!」
「はあ? お前、さっき悲鳴がどうのこうのって」
「そりゃあ聞こえるわよ。人間の下品な声なんて、魔王城のどこにいたってね」
まあ、そりゃそうだが。
「お前、よくそれで拷問姫とか呼ばれてるよな」
「うるさいわね。私は拷問じゃなくて、拷問器具が好きなのよ」
拷問器具って……。
どこに好きな部分があるんだよ。
まだスライムを見てる方が愛らしいぞ。
「あんた今、拷問器具なんてどこに好かれる部分があるとか思ったでしょ? スライム見てる方が愛らしいって思ったでしょ?」
今、そこで勘を働かせるなよ。
「じゃあ、拷問器具のどこがいいんだよ」
「え? ああ、そうね。ほら。鋼鉄の処女とかさ。顔のところとかよく見たら、可愛くない?」
可愛くない!!
「後はそうね。昔っから、玩具っていえば、拷問器具だったから。自然と好きになったのよね」
子供に拷問器具を与えるなよ。
三角木馬とか使って、我が子が目覚めたらどうすんだよ!
今度、魔王に注意しよ。
2度と会いたくないけど……。
「じゃあ、お前は……。拷問には関与してないんだな」
「そうよ! 悪い!」
ふんぞり返りやがった。
「別に悪いことじゃねぇよ。むしろ、お前みたいな未来がある魔族には知らない方がいいことだしな」
「じいさんみたいなことを言うわね」
「うるせぇ。こっちはとっくにセカンドライフを満喫して、只今サードライフの真っ最中なんだよ」
やれやれと首を振り、作業に戻る。
幸い身体はどこも痛くない。
さっき魔力を使ったが、全体からしたら些細な量だ。
「ああ。お前、今度は外に出ておいた方がいいぞ。さっきみたいに天井が崩れるかもわからないし」
上を見ると、天井に穴が出来ていた。
幸いにも階上は空き部屋らしい。
ただちょっとした微震で、砂埃が落ちてくる危険な状態だ。
「そんなこと言って。ホントはサボる気でしょ」
「それも勘か?」
「まあね」
ニヤリと笑う。
元の意地悪お嬢様に戻っていた。
立ち直りが早いことで何よりだ。
俺は肩を竦めて、降参するしかなかった。
「じゃあ、今から俺がお前の心を当ててやるよ」
「はあ?」
エスカは眉間に皺を寄せた。
「お前、本当は悔やんでるんじゃないか? 魔族が負けたのは、自分の勘のせいだとか思ってんじゃないの?」
尻尾がピンと緊張する。
エスカ自身も身体を強張らせ、押し黙った。
やがて唇を震わせた。
「なんでわかったの?」
「勘だよ。……お前はやり直したかったんだな。俺を煽って、もう1度戦争をしたかった。そんなところだろ」
「そうよ。……もう1度戦えば、魔族は人間に勝てる」
「それは勘か? それともそう願っているだけか?」
「う……」
エスカは下を向いた。
「ばーか。戦争の勝敗が勘なんかで決まるかよ」
「でも――」
「俺1人の考えを勘で当てるならともかく……。戦争はたくさんの思惑が、網目のように巡らされてるんだ。うんざりするほどにな。お前の勘はたまたま当たっただけ。別にスキルでもなんでもない」
「そ、そうなのかな……」
下を向いたエスカの頬に涙が伝う。
ぽろりぽろり、と涙滴が落下し、硬い床の上に弾けていった。
綺麗な涙だった。
人間と同じで、透明で輝いていた。
俺はそっと手で拭ってやる。
自然と身体が動いていた。
「泣き顔メインの時代は終わったんだ。今は、笑って楽しく暮らす時代なんだよ。だから、お前もそろそろこっちへ来い」
「……………………うん」
エスカは頷く。
涙を拭いては、流していた。
嗚咽を堪えるように泣いている。
きっと、魔族の娘としての矜持が、大泣きするのを許さなかったのだろう。
すると、天井が揺れた。
大事はなかったが、壊れかけの梁に引っかかっていたものが落ちてきた。
それがちょうどエスカの首にスッポリとはまる。
「ふぇ……」
エスカは顔を上げる。
自分の首にはまったものを、手で確かめた。
円錐状の針が飛び出た首輪だった。そこから鎖が伸びている。
「これってもしかして、【束縛の鎖】……!」
「【束縛の鎖】?」
「魔法道具なの。鎖を持ったものの言うことを最低1回聞かなくてはいけない道具で、暴れる囚人を大人しくするための道――」
そこまで言いかけて、エスカは気付く。
俺の手には、【束縛の鎖】から伸びた鎖が握られていた。
「やば!」
エスカは慌てて首を外そうとするが、無駄だった。
すでに魔法道具は発動していた。
「と、取れない!!」
俺も試しに引っ張ってみたが。
「ちょっと! 痛いじゃないの!! 絞まる! 絞まっちゃう!」
エスカの首を絞めるだけだった。
こういう限定発動の魔法道具って、なかなか解呪が難しいんだよな。
「仕方ないわね。……あんた、なんか私に命令しなさい」
「いいのか?」
「うっさいわね! こうするしかないんだから。私も腹をくくったわ。……さあ、なんでも言いなさいよ。私を囚人にして拷問するなり、奴隷にして一生言うことを聞かせるなりすればいいわ」
のっけから恐ろしいこというなよ。
こっちの方が、引くわ……。
「でも、その……。パンツ見せてとか、裸見せてとか。やめてよね。あと、その……。こ、交尾させろとか」
どっちかというと、まだパンツを見せての方が拷問よりよくない?
と思うのだが、乙女にとっては自分の貞操の方が大事なのだろう。超矛盾してるけどな……。
「わかった。じゃあ……」
「あと危ないプレイの強要とかもやめてよね」
拷問の方がよっぽど危ないプレイだってば!
俺は「こほん」と咳を払った。
鎖を強く掴み、命令した。
「俺を勇者だって言わないこと」
凛と俺の言葉は、拷問部屋に響いた。
エスカは息を忘れるほど、呆気に取られている。
俺はその顔を見ながら、粛々と【束縛の鎖】を外してやった。
「……あんた、本当に勇者なの?」
「なんだ? 自分で言ってて信じてなかったのか?」
エスカにそう尋ねた時に、俺はわかった。
彼女ははずれてほしかったのだ……。
俺は勇者じゃなかった。
ならば、自分の勘が外れる
そういう実績がほしかったのだ。
そもそもおかしいとも思っていたのだろう。
因縁の敵が、魔王城でアルバイトをしているのだ。
俺だって、端から聞いていたら、100パー信じなかっただろう。
見事に、俺はだしに使われたわけだ。
「すまんな。……けど、半分外れてるぞ、お前の勘」
「え?」
エスカは首を傾げる。
いまだ信じられないと言う顔をしている。
「俺は元勇者だ。……もう勇者じゃない。名前もここではブリードだしな」
「…………」
「お前の勘は外れてるよ。心配しなくても」
これはこじつけだ。
自分で笑ってしまうほどにな。
でも……。
エスカは笑った。
ちょっと涙が滲んでいる。
「そうよね。勇者がこんなところにいるはずがない。糞まみれになりながら、魔王城でアルバイトするなんて、あんたみたいな陰険な男ぐらいだもんね」
おぃいいい! そんなこというなよ!
こっちが泣きたくなるわ!!
俺は心の中で叫びながら、やっぱり奴隷にするべきだったなと後悔した。
数日後。
俺は城内の掃除をしていると、小悪魔ファッションのエスカが現れた。
「ブリード、暇でしょ?」
「見てわからんか! 仕事中だよ!」
「いいじゃない。休憩したって!」
「いい拷問道具が手に入ったの! 無茶苦茶可愛いから見に来なさいよ」
「嫌だよ!」
「お茶とスコーンもあるわよ」
「なんで拷問道具を見ながら、ティータイムしなきゃならんのだ」
「照れなくていいから。さあ、行くわよ」
俺の首根っこを掴まえると、廊下の奥へと引きずり込んでいった。
どうやら、なんでかしらんが……。
俺は気に入られたらしい。
……大迷惑なんだが、はあ――。
【本日の業務報告】
魔王の娘エスカに気に入られた。
拷問道具の知識レベルが上がった。
恋愛フラグが立った。
日間総合61位。ハイファンタジー部門では18位まで来ました。
ハイファンタジーでは、夢の一桁まであと少しです。
ブクマ・評価をいただいた方ありがとうございました!!
【宣伝】
『嫌われ家庭教師のチート魔術講座 魔術師のディプロマ』という作品をダッシュエックス文庫様から出版されています。もし良かったら、そちらもお手にとってみてください。




