第16話 魔王の娘
お待たせしましたm(_ _)m
「あなた、勇者でしょ……」
少女の口先から紡がれた言葉は、硬い音のようなもの立てて、延々と闇の中で乱反射する。
目の前が、真っ暗になった。
フッと落とし穴にでもはまったように、上下左右がわからなくなる。
当たり前だ。
部屋は真っ暗だったし、距離感覚も平衡感覚も目安になるものがなければ、そんなものわかるわけがない。
ともかく――だ。
この緊急事態に俺は……。
「はあ?」
とぼけてとぼけまくって、とぼけ倒して逃げることにした。
想定済みだったのだろう。
すでに勝利を確信したかのように、少女は笑みを浮かべた。
「とぼけてムダよ。ネタは上がってるンだから」
“ネタ”って、おたく……新聞記者かなんかなの?
「そんな馬鹿な。勇者って、あの超絶美形で、人に優しく、悪に厳しいあの勇者様のことですよね。あははは。そんなまさか僕なんて、顔も強さも足元に及ばないッス。なは。なはははは」
「黙りなさい!」
少女は一喝する。
「とぼけるというなら、こっちも徹底してあんたの化けの皮を剥いであげる」
「あの~。ところでどちら様ですか?」
魔王城には数ヶ月潜伏していた俺でも、少女の顔に見覚えはなかった。
大戦後に産まれた新種の魔族だろうか?
それにしては、堂々としすぎている。
「あら。私としたこと失念していたわ。私の名前はエスカ・ヴァスティビオ」
「ヴァスティビオ!?」
自分でも驚くぐらい素っ頓狂な声を上げていた。
「そう。当然、聞いたことがあるでしょ。そしてそれが何を示すか。わかったかしら。アルバイターくん」
少女の言うとおりだった。
エスカという可愛らしい名前はともかく、「ヴァスティビオ」という名前には深い因縁があった。
それは俺だけの問題じゃない。
全人類はおろか、全魔族にとっても忘れられない名前だ。
「魔王ヴァスティビオ……」
久しぶりにその名を口にした。
ただそれだけなのに、忌々しい気分になってくる。
そう……。
ヴァスティビオとは、魔王の名前なのだ。
「そうよ。魔族にとって、最大にして最強の名前」
「じゃあ、お前は――」
「もう1度、自己紹介するわね。私の名前はエスカ。エスカ・ヴァスティビオ……。魔王ヴァスティビオの娘」
「むす――」
「そして!」
エスカは指を鳴らした。
暗闇に突然、明かりが灯る。
目が眩むほどの光に、俺の視界は一点ホワイトアウトする。
慣れてきた頃、眼前にあったものを見て、息を呑んだ。
「そして魔族は私のことを、“拷問姫”と呼ぶわ」
それは棺桶だった。
ただし、普通のではない。
桶の底と蓋にそれぞれ針というよりは、鋭利なナイフのようなものが無数に突きだしていた。もし人が中に入って蓋を閉めれば、一溜まりもない。
つまりは拷問器具。
目の前にあるのは、鋼鉄の処女とかいうヤツだろう。
それだけではない。
定番のギロチンに、ペンデュラム。
無数の針がついた審問椅子に、三角木馬。
頭蓋粉砕器に親指粉砕器のような小物から、ウィッカーマンなんていう馬鹿でかいものまで……。
まるで博物館だ。
悪趣味なことこの上ないが、俺をさらに辟易させたのは、すべて使用された形跡があるということだ。鋼鉄の処女もよく見ると、血が固まりこびりついて黒くなっている部分がある。
魔族の間でアブノーマルなSMプレイが流行でもしていない限り、この血は恐らく人間のものだろう。
「拷問姫ね。大した名前だな。じゃあ、ここにあるのはお前が趣味で集めた奴か? それとも実際に自分が使ったものか?」
「やっぱり」
エスカは薄く微笑んだ。
腕を前で組み、ボリュームのある胸を押し上げる。
「あなた、勇者でしょ」
「だから何を根拠に――」
「だって、普通の人間がこんなものを見せたら失神するか、怒り狂って壊しちゃうかどっちかでしょ。でも、あなたはどっちでもない。冷静に――まるで菓子屋で売られているパンケーキでも見るかのように見つめている」
「うわー。なんだ、これー。僕、驚いたなー。びっくりしたなー。もー」
「あんた、からかってんの!!」
エスカは一喝する。
俺の名演技を見て、「からかってる」はねぇだろ。
馬鹿にしてるんだ。わかれよ、小娘。
「で、魔王の娘さんはこんなところに俺を呼びだしてどうするんだ? 拷問をして、俺が勇者だって白状させるつもりなのかよ。痛いのは勘弁してくれ。わかった。白状する。オレガ ユウシャブリッド ダ。……これでいいか?」
「あんた、馬鹿にしてるでしょ」
それは一個前。今のはからかってんだよ。
「そんなわけないでしょ。あんたを殺しちゃったら、ドランデスに何を言われるかわからないし」
「ドランデスが怖いなら、俺を解放しろよ」
「でも、もしあんたが勇者なら、怒られるのは、きっとあんたの方よ」
う……。確かに。
それはきつい。
「今の反応もいいわね。まるで昔ドランデスと戦ったことがある。もしくは嫌な思いがある。……そんな反応だった」
勘だけは鋭いな。
魔族の癖に、女の勘かよ。
「私ね。昔から、勘だけは凄いのよ」
こいつ、心が読めるんじゃないだろうな。
「今、あんた……。『俺の心が読めるじゃないだろうな』って思った?」
マジかよ……。
心を読む能力という自体は、さほど珍しいものではない。
そういう魔族と戦ってきた経験もある。
驚いているのは、俺の精神干渉耐性がMAXであるにも関わらず、エスカが心を読んできたということだ。
「精神耐性に自信があるようね」
「本当に読めるのか」
「あははは……。嘘よ。私にはそんな能力なんてない」
本当か?
くそ! イマイチ会話の主導権がとれん。
駆け引きの話術は割と得意なんだが、さっきからやられっぱなだ。
「言ったでしょ。単なる勘よ。……私ってね。思ったことが合ってることが多いのよ。百発百中とはいかないけどね」
それって能力としてくくられるより、厄介だぞ。
「別に特殊スキルでもなんでもないのよ。……ただ勘がいい。その勘が言ってるの。あなたが勇者だって」
エスカは自分の“勘”に相当自信があるらしい。
一連の俺の考えを読んだのも、俺の表情や仕草から類推した可能性が高い。だが、控えめに言っても、そんな目敏い魔族のように見えない。
末恐ろしいのは、俺が元勇者であることが事実な点だ。
否定したり、誤魔化したりするよりも、まずは彼女の自信を砕かねばならない。
そのための方策は今のところないがな。
「わかったよ。……仮に俺が勇者だってことにしよう」
「認めるってことね」
聞こえなかったのかよ。仮にだ。仮!
「さっきも訊いたが元勇者の俺をどうしようってんだ?」
「決まってるじゃない。仕事よ、仕事」
「なんの?」
「あんた、なんで魔王城に来てるわけよ。アルバイト君」
ああ。そういうことか……。
「で? 何を掃除するんだ?」
「器具の整理をお願いしたいの」
「器具ってこれか?」
部屋に並べられた拷問器具を見つめた。
確かに雑然としている。大きめのものはともかく、小さな器具が床や、他の器具の上に積まれていたりしていた。
「わかった」
「頼んだわよ」
側に合った革張りの椅子に、エスカは腰掛けた。
大きくドレスを翻し、足を組む。
一体いつの間に用意したのだろうか。サイドテーブルには、茶器が並べられ、カップからは湯気が昇っている。
「あのさ。俺、今から掃除をするんだけど」
「何か問題でも?」
「掃除の邪魔になるっていってんだよ」
「あんたに指図されるいわれはないわ。そもそもここは私の部屋でしょ」
くそー。今に見てろよ、この小娘。
仕方なく作業を始める。
尻のポケットに入れていた軍手をはめ、とりあえず大物と小物を分け始めた。
しっかし、色々あるな。
普通の拷問器具以外にも、魔法器具なんかもある。
どれもこれも血がべっとりと貼り付き、錆びて使えなくなっているものまであった。こういう物は捨てていいのだろうか。
「あんた、まだ私の勘の良さを疑ってるでしょ」
「そんなことねぇよ」
「実はね。ここだけの話……。魔族が負けるって、勘でわかったの」
「へぇ……」
「だから、魔王城じゃ危ないから、別荘に移りすんだのよ。忌々しいことに当たっちゃってね。ほとぼりが冷めるまで、そのまま暮らしていたんだけど、最近戻ってきたってわけ」
なるほど。
潜伏していた時に出会わなかったのは、そのためか。
バッと扇を広げ、エスカは自分の首元に向かって仰ぎだす。
確かにこの部屋は暑い。
窓がないからな。空気が澱んでいるのだろう。
おかげで余計に血の匂いが鼻に突く。
「ねぇ、勇者。1つ聞いていいかしら?」
「拒否権はあるのか」
「あるわけないじゃない。馬鹿なの」
だろうな……。
「そこにある拷問器具ね。気付いていると思うけど、実際に使っていたものよ。魔族が捕虜として捉えた人間を、拷問にかけていたの」
俺は黙々と作業を続けた。
「人間は法を犯した者を罰するために、拷問器具を作ったのよね。でも、魔族に法律なんてないわ。だから、罪も罰もない。なんで人間を拷問するかわかる」
青い瞳を細め、妖艶に笑った。
「遊ぶためよ。人間という玩具を遊ぶための道具なのよ、ここにあるのは全部ね。そんな道具を、勇者であるあんたが整理するのは、どんな気持ちなのかしら?」
薄い唇を動かし、はっきりと尋ねた。
【本日の業務日誌】
魔王の娘『拷問姫』エスカ・ヴァスティビオと出会った。
勇者はゆううつになった。
日間総合86位まできました。
久しぶりの2桁です。
ブクマ・評価をいただいた方、ありがとうございます!
ちょっと体調を崩してしまって、
今日のもう1本更新できるかわからないですが、頑張ります!!
 




