第13話 たまには勇者らしく振る舞う元勇者
ちょっと危なかったけど、なんとか更新が出来ました。
作戦を決めると、俺たちは踵を返す。
襲いかかってくるスライムの動きを見切り、寸前でかわしていく。
なんなくスライムの横を突破した。
「こっちです」
俺たちは角を曲がる。
元の廊下に戻ってきた。
先ほどドランデスが放った炎息によって、真っ黒になった壁や床がそのまま残っている。
開け放たれたドアが見えた。
ドランデスは部屋の中に入っていく。
「覚悟はいいな」
「かまいません。魔王城の管理を預かる私の責任でもありますから」
「わかったよ」
部屋の奥へと入っていく。
俺は入口でスライムを待ちかまえた。
「おい! ベトベト野郎! 愛しの竜の姫様はこの中だぞ!!」
挑発する。
通じたのか、迫ってくるスライムのスピードが上がった。
部屋へと殺到する。
奥で待ちかまえる四天王の一角に猛進していく。
ドランデスはその動きを見ながら、華麗にかわした。
が、部屋は思った以上に狭い。
すぐに足を取られた。
ひずりこむようにして、床に叩きつけられる。
龍の御子は悲鳴を上げた。
「ドランデス!」
「まだです!」
そう――。まだだ。
まだなのだ。
魔族という高品質な栄養価を得たスライムは。膨大な量へと膨れあがっていた。
今もなお部屋の中へと入っていくものが、後を絶たない。
このすべてを押し込まなければ、スライムは増殖を繰り返し、元に戻ってしまう恐れがある。
「ぐ……。かは…………」
ドランデスの悲鳴が上がる。
手足をゲル状の物質に縛られ、身動きがとれなくなっていた。
さらにスライムはドランデスが来ていた執事服を溶かしはじめる。
あっという間に燕尾服とズボンがなくなり、ブラウスだけになってしまった。
「おお……」
思わず声を上げてしまった。
さらにスライムはサービスシーンを展開する気らしい。
すでに水分を吸って透けているブラウスの中へと侵入する。
胸に絡みつくと、ささやかながら美しい形をしたお椀型が浮かび上がる。
「や……。ちょっと…………。なにを…………。イヤッ!」
ドランデスは顔を真っ赤にし、尻尾を振ってイヤイヤと抵抗する。
またその姿が健気で可愛い。
ドランデス、頑張れ! と声を張りながらも、俺は心の中では「いいぞ! もっとやれ!」とスライムを応援していた。
いいのか、勇者それで……。でも、男の性だから仕方ないよね。
「ぶ、ブリード……」
若干涙目になってるドランデスを見て、ようやく我に返る。
ちょうどスライムの最後尾が、部屋の中へと滑り込んだ時だった。
「ドランデス、いいぞ!」
「わかり――」
ました――!!
ドランデスは大きく息を吸い込んだ。
胸が大きく膨らむ。
その瞬間、誰もが予想だにしなかったことが起こった。
ブラウスがパンと弾けたのだ。
しかし、ドランデスはかまわず体内に溜めた炎を解き放つ。
突如、現れた猛火にスライムが怯む。
道が出来た。脱出の道だ。
ドランデスが自ら噴いた火に飛び込む。
スライムがいない道を駆け抜けた。
バシッ!!
鋭い音が響く。
ドランデスの足にスライムが絡みついていた。
反撃が予想よりも早い。
おそらく胸を締め付けられていたため火力が思ったより出せなかったのだろう。
再び部屋へと、ドランデスは引きずり込まれる。
「ドランデス!!」
俺は手を伸ばした。
龍の鱗がついた腕を取る。
――ぐ! こりゃ、すげぇ!!
正直、パワーならたとえ魔王でも負けない自信がある。
だが、このスライムはそれ以上だ。
龍の御子であるドランデスの力を持ってしても、抗えないだけある。
とてもスライムとは思えない。恐るべき最弱王の力だった。
「ブリードさん! 手を離してください!!」
「いや、でもな!!」
「最初に言ったはずです! 覚悟は出来ていると。さあ! ドアの横にあるスイッチを押してください」
「易々と出来るかよ! 確かにドランデスは魔族だけどな。俺の上司で、女の子であることには変わりはねぇ! ぐっ――――」
ああ、そうだ。
ドランデスは女の子だ。
ちょっと褒められたら、赤くなって。
スライムに絡み取られれば、可愛い悲鳴を上げる。
それが女子じゃなくて一体何なんだ。
魔王を影ながら支え、職務に忠実で真っ直ぐ――いっぱしの女の子じゃねぇか。
そんな子が身体を張ろうとしているんだ。
それを助けられなくて――。
元勇者なんて名乗れっかよ!!!!
「来い! 極光の盾!!」
ドランデスの腕を片手で掴みながら、俺はもう片方の手を掲げた。
刹那、太陽が生まれたかのように光り輝く。
部屋が白に覆われた。
―――― ぐおおおおおおおおおお! ――――
スライムがおののく。
力が緩んだ。
その瞬間を見逃さない。
俺はドランデスを引っ張り上げる。
無事、外に脱出することができた。
スライムは諦めない。
眩い光の中で、どうやってドランデスの居所を知ったのかわからないが、今度は入口へと殺到してくる。
「ブリードさん、扉を閉めて!」
ダメだ。
俺やドランデスの力を持ってしても、はねのけられなかったスライムの力だ。鉄製の扉ぐらいで拘束できるわけがない。それはケンタウロスの部屋で証明済みだ。
だから――。
召喚した極光の盾を入口の前に突き刺した。
「盾で蓋を!?」
ドランデスが叫ぶ。
入口に殺到したスライムはあまりに強い光に怯む。
「ドランデス、いまだ!!」
俺が言う前に、彼女は動いていた。
扉の横のスイッチをぶっ叩く。
瞬間、部屋が炎熱地獄に様変わりした。
―――― おおおおおおおおおおおおお!!!! ――――
スライムの激しい思念が、頭を突き刺す。
炎は空気を貪り、入口へと群がってくる。
だが、極光の盾は全属性の“無敵”という祝福がかけられたレアアイテム。
たとえ、回復――いや、火魔神の炎だろうが余裕で防御可能だ。
しばらく「ごお!」という鈍い音が続いた。
時間とともに、頭痛がするぐらい鋭い思念波が、小さくなっていく。
ごふっと、最後の火を吐き出すと、焼却炉は機能を停止した。
俺とドランデスは恐る恐る中を覗いた。
あったのは、黒い壁。
何かが燃えた――細かな砂のような燃えかすだけだった。
スライムの姿はない。
ドランデスは息を吐く。
「どうやら……。焼却できたようですね」
「だな」
末恐ろしい火力だ。
ドランデスでも完全に沈黙できなかったのに、さすがは火魔神イフリータ。
やっぱお前は回復魔法よりも、火を極めた方がいいと思うぞ。
ひとまず俺も安堵の息を吐く。
「ありがとうございました。ブリードさん」
「別に感謝されるようなことをしてないッスよ。業務上、当然のことをやったまでです」
「いえ。本当に助かりました。あなたがいなければ、今頃どうなっていたか。感謝の言葉ぐらいはかけさせてください」
「まあ、そこまでいうなら」
「ところで――」
「はい」
「それはなんですか?」
ですよね――――。
ドランデスは、そっとしまおうとしていた極光の盾を指さしていた
「いやー、これはですね」
「私、実はその盾……。凄く見覚えがあるんです」
「ぎくっ!!」
「もしかして、勇者ブリッドが持っていたものではありませんか?」
ドランデスは睨んだ。
スライムに色々されても、いまだ健在している眼鏡の奥から、俺を睨む。
その迫力たるや、部屋の中で「イヤッ!」なんて悲鳴を上げていた乙女と同一人物とは思えなかった。
「いや、これはですね。……ええっと! そう! 昔、俺――勇者に会ったことがあって」
「勇者に会った?」
「そう! あれは大戦が終わってまもなくだったかな~。俺んちの近くにフラッと現れて、たまたま一緒に酒を飲んだら、意気投合しちゃって」
「ああ。同じ名前ですものね」
「そうそう。そうなのよ。――で、その時になんかプレゼントしたいっていうからさ。この盾がほしいって言ったら、サイン入りでもらったのよ」
そう言って、俺は盾の裏を見せた。
ブリッド――と、やや子供っぽい字で書かれている。
今、書き記したものではない。
これをある女神にもらった時に、貴重品なので名前を書いておいたのだ。
自分のものに律儀に名前を入れるなんて、昔の俺はくそ真面目だったな。
しみじみ思ってしまう。
「その盾……。あらゆる属性攻撃を防ぐことが出来る能力があったはず。そんなものをあなたに?」
「それがさ。もう戦うことはないから、盾はいらない的なことは言ってたような」
本来なら、盾じゃなくて剣だよな。
「なるほど。わかりました」
俺が適当に作った話を、理解されてしまった。
本当だろうな。
信じるぞ、ドランデス。
背後に立って、俺の首とか刈り取らないでくれよ。
内心ビビっていた。
ドランデスは女の子とか言ってたけど、怖いものは怖いのである。
「あと、もう1つ」
「はあ……。何か」
「さっき私のことを『ドランデス』と言いましたね」
ギクッ!
肩をそびやかす。
「しかも2回」
「いや、それは……。なんというか」
おお……。きっちり聞かれてた。
「別に責めているのではありません。正直なところ、命令口調でいわれるのは、あまりいい気はしませんが、ブリードさんが親しみを込めてくれるのであれば、ドランデスと呼んでいただいてもかまいません」
「え? それは――」
「人間のことを調べていた時に知ったのです。親しい相手には、尊称を外したり、綽名を付けたりするものだと」
「まあ、な」
「ブリードさんはどっちがいいです? 綽名の方がいいですか?」
「いやいや、そういうことじゃなくてだな。それでいいのかって話だ。仮にも俺とドランデス……さんは、人間と魔族だし。人間と仲良くするのは、その……。魔族に取っちゃ御法度じゃねぇの?」
「確かにそうですね」
でも――。
「私はブリードさんが気に入りました。気に入りましたというのは、人間的にいえば“親しくしたい”という意味です。これが理由です。それでもご不満なら、ドランデスさん、と呼んでいただいても」
「わかったわかった。そこまで言われて、野暮なことはいわねぇよ。じゃあ、ドランデス。改めてよろしくな」
「ならば、私もブリードと。本来なら、ブリッドとお呼びしたいのですが、さすがに魔王城ではタブーですので」
「だな――」
それはこっちからも願い下げだ。
そして咳を払った。
ようやく俺がメインで喋る番がやってきたようである。
実に長かった。
正直、俺の眼前に展開されている光景が、これ以上見えなくなるというのは、非常に残念である。
しかし、始まりあれば終わりはある。
紳士な俺は、潔く白状することにした。
「ところで、ドランデス……」
「なんでしょうか?」
ドランデスを指さし、こう言った。
「……胸がもろに見えているのだが――」
そう。一糸纏わぬお姿で、龍の御子さまは立っておられたのだ。
「…………」
一拍置いた後、「キャアアアア! エッチぃ!」とかいう悲鳴が聞こえてくるのかと思いきや……。
「そのようですね」
なんとも淡泊な感想が返ってきた。
そうだよな。
お前たち、裸を見られることに何の躊躇もないんだよな。
俺は初日のことを思い出しながら、色気のない反応に少しげんなりする。
まあ、俺って勇者だしな。
役得だと思うことにしよう……。
【本日の業務日誌】
ドランデスの好感度が上がった。
ちなみにドランデスのバストサイズは(日誌はここで途切れている)。
次は明日朝の予定です(願望)




