第12話 スライムがこちらを食べたそうに見ています。食べられますか?Y/N
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「ぬわっ!」
思わず変な奇声を上げながら、俺は横っ飛びする。
スライムが糞まみれのケンタウロスの部屋へと雪崩れ込む。
透明な粘液に閉じこめられたオネェタウロスたちと一緒にだ。
部屋に吸い寄せられるかのように、スライムたちが糞まみれの部屋に殺到する。
シュポンと音を立てる。
城内にはびこっていたスライムは、綺麗さっぱりいなくなっていた。
恐る恐る部屋の中を覗く。
「げぇ……」
誰も幸せにならない光景が広がっていた。
なので、これ以上の説明は控えておく。
気持ち悪! また吐きそう……。
そっと扉を閉める。
鍵をかけた。
ひとまずこれで大丈夫だろう。
どうやらお腹が空いていたらしい。
糞を食って、絶賛ヘブン状態のはずだ。
しばらく大人しくしてるだろう。
だが、一時的な措置だ。
あれほど膨れあがったスライムを、こんな鉄の扉で抑えておけるわけがない。
聖剣とかを使えば、1発だろうが、その際魔王城の一部も破壊することになるだろう。そもそも勇者の武器を大っぴらに使いたくない。
見るヤツが見れば、俺の正体がわかっちまう。
それだけは絶対避けなければいけない。
「こうなったら、あれしかねぇな」
俺は心に決める。
秘技! 上司に丸投げ!!
扉にくるりと背を向け、俺は上司ドランデスの書斎へと足を向けた。
別にスライムを倒すのがめんどくさいわけじゃない。
何事も“ほうれんそう”が大事なのだ。
「どうしました? ブリードさん」
「ぬお!!」
ドランデスがすぐ近くに立っていた。
だから、気配を消して近づくなよ。
「もう清掃が終わったのですか?」
「あ。いえ、まだ何ですけど……。ドランデスさんはどうしてここに?」
「何やら外が騒がしかったので、またトラブルに巻き込まれているのではないかと」
「そうでしたか。実は、そこに――」
言った瞬間だった。
いきなり鋼鉄製の扉が吹き飛ばされた。
反対側の石壁に激突し跳ねると、天井にも当たって落ちてくる。
鉄製のトレーでも落としたような盛大な音が鳴る。
くの字にひしゃげていた。
「何事ですか?」
「ちょっと待って!」
ドランデスが扉を覗こうとする。
同時に、半透明のスライムが蛇のようにうねりながら部屋から出てきた。
一瞬、ドランデスの身が強張る。
俺はその腕を引っ掴む。襲ってきたスライムから避けた。
なんとか回避に成功する。
「ありがとうございます」
「お礼をいうのは、まだ早いぞ」
俺は見上げた。
スライムが鎌首をもたげるように俺を睨んでいた。
―――― おの女だ ――――
―――― あいつだ。あいつが言った ――――
―――― あいつが、俺たち“焼く”といった ――――
再び俺の頭の中で、スライムの声が聞こえる。
「なんですか、この声?」
どうやらドランデスにも聞こえるらしい。
頭を抱え、巨大スライムを睨んでいる。
なるほど。
そういうことか。
こいつ、ドランデスと俺の会話を聞いて、自分たちの運命を知ったんだな。
精神感応のスキルをどうやって会得したのかは、謎だが1つだけはっきりした。
スライムの狙いは、糞とあともう1つ。
ドランデスだ。
「逃げろ! ドランデス!」
「え?」
俺は叫んだ。
同時に、スライムが波のように襲ってきた。
「チッ!」
舌打ちする。
ドランデスは大きく息を吸い込んだ。
若干慎ましい胸が一気に膨らむ。
すると、巨大な火炎を吐き出した。
廊下一杯に展開された炎は、その場の空気をすべて飲み干すように直進する。
逃げ場ゼロ。
さすがのスライムも一溜まりもないだろう。
やがて、炎は収まる。
残ったのは、焼けこげた石の廊下だった。
すげぇ……。
普通の感想しか出てこない。
さすが【嵐龍】のドランデス。
魔王に認められた側近中の側近である。
【嵐龍】なんだから、火を噴くのはおかしくない? っていうツッコみは、とりあえず横に置いておこう。
「やったか!?」
……ドランデス、知ってるか。
それ人間界隈ではフラグっていうんだぜ。
俺が危惧したことは的中する。
炎にすべて巻かれたかと思えば、石の隙間から滲み出るようにスライムが姿を現す。
―――― あいつ、焼いた! ――――
―――― 俺たち、殺そうとした!! ――――
強い思念波が俺たちの頭を叩く。
スライムが襲ってきたのは、同時だった。
「ひとまず逃げましょう!!」
「いわれなくても逃げるつの!!」
俺とドランデスは背を向ける。
―――― 待て! ――――
スライムが波打ちながら追いかけてくる。
「なんとかなりませんか? ドランデスさん!」
「私の炎程度ではダメですね。もっと大きな炎じゃないと」
「確か四天王に炎を操る魔族がいましたよね」
突然、俺の脳裏に閃いた。
そういたいた。
【火魔神】っていう綽名なんだが、何故か毎回戦うたびに回復魔法をかけてくれるおかしなヤツが……。
俺たちの間では【回復魔神】さんって言われるぐらい有名だ。
だから、正式な名前を忘れた。
えっと……なんだっけ? なんか職とか探してそうな名前だったよな。
「イフリータですか」
「そうそれだ!」
回復魔法しかイメージはないが、四天王だけあって強かった気がする。
炎とか凄かった。……うん、確か。
「私の時もそうでしたが、よくご存じですね」
ドランデスの眼鏡がキラリと光る。
「え゛!? いや、その――。そりゃあね。イフリータさんも四天王だし。有名な魔族でいらっしゃるので」
「そうですか……」
そんな――自分の名前を知ってた時の感動を返せよ――的な目で見るのやめてもらえますか。
やがてドランデスは気を取り直し、こう告げた。
「残念ですが、イフリータは魔王城にはいません」
「なんか用事ですか?」
「いえ。大戦が終わってすぐに出ていきました」
「人間との和平が気に入らなかったとか?」
ドランデスは首を振った。
「じゃあ、なんで?」
「彼は私にこう告げて出ていきました」
俺の回復魔法を、極めてくる……。
なんだよ、それは!
なに「俺より強い奴に会いに行く」的な雰囲気で言ってんだよ!
てか、お前本来は火魔神だろうが!!
極めるなら、火にしろよ!
火山とかいって、1日1万回火を噴いてこいよ。
回復魔法を極めるって、なに考えてんだよ!!
「数ヶ月前、部下がたまたまイフリータを見かけたそうなのですが」
そうだよ。
回復魔法の修行ってなんぞ?
1日1万回とか祈るのか。
「白装束を来て、人間の老人たちと一緒にお遍路を回っていたそうです」
イフリータの馬鹿!
ホント馬鹿!!
都落ちした政治家みたいなことしてんじゃねぇよ!
とりあえず、イフリータのことはいいだろ。
可能であれば記憶の中から消去したいが、残念ながら『回復魔法を極めるためにお遍路さんに出た元四天王の火魔神』なんて肩書きは、死んでも忘れそうにない。
「1つ方法があります」
「マジっすか?」
ついお友達感覚で返してしまった。
ドランデスはあまり気にしていないらしい。
そのまま話を続けた。
「スライムを閉じこめていた部屋ですよ」
「あの部屋が何か?」
「あそこは拷問部屋なんですよ」
「い゛!!」
「ああ、すいません。人間のあなたには聞きたくない話かもしれませんね」
「いや、いい。話を続けてくれ」
ドランデスは少し逡巡したが、話を再開した。
「別名『火あぶり部屋』。人間たちを閉じこめ、火あぶりにするという部屋です。イフリータが作りました」
それはなんとも……。
魔王城にありそうなギミックだな。
回復魔神が作ったとは思えねぇ。
「あそこにもう1度、スライムを閉じこめて火で焼こうと思います」
「なるほど。で、どうやってこいつらをおびき寄せる」
俺は後ろを振り返る。
相変わらずしつこく追っかけて来てる。
透明な細胞体を、多頭竜みたいに伸ばし、あらゆるものを飲み込み、あるいは吐き出す。
おかげでそこら中がベトベトだ。
魔王城のソーププレイなんて、一体誰得なんだよ。
これ……。もしかして、俺が後で掃除するのかな。
この前にみたいに誰か手伝ってくれるよね。
魔族の方々、案外優しいしね。きっと、そう! おそらく、そう!
少し涙目になりながら、俺は惨状を見つめた。
「私が囮役になります」
ドランデスは意を決して宣言した。
俺もそれしかないと思ってた。
スライムが好きな糞を集めれば寄ってくるかもしれないが、それを部屋まで運ぶには圧倒的に時間が足りない。
だとしたら、方法は1つしかなかった。
「あいつを閉じこめた後はどうするんだ? ドランデスだけ脱出できるのか?」
「可能な限り、部屋から出ようと思いますが、無理な場合は私ごと焼いてください」
「……いいのか?」
「大丈夫です。これでも火耐性は強い方です」
ドランデスは竜族だし、自身も火を吹くのだから、耐性が高いだろう。
しかし、無傷というわけにはいかない。
働いてみてよくわかったが、彼女がいなければ俺の業務にも支障を来す。
魔王城愛でも、上司愛でも、仕事を愛しているわけではないが、自分の仕事を人に止められるのは、なんか腹が立つ。
「わかった。後のことは俺に任せろ」
「頼みましたよ。ブリードさん」
ドランデスはそう言うと、ふと笑った。
すぐに元の冷酷な魔族の顔に戻る。
一瞬だった。
だが、確かに笑ったのだ。
四天王【嵐龍】のドランデスが。
おそらく俺を安心させるためだろう。
その時間と相まって、どこか儚げだった。
けれど――。
とてもキュートだった。
「はっ!」
俺も笑う。
999,999,999エンの日給でも大層なのに、あんな笑顔を見せられた俄然やる気になっちまったじゃねぇか。
走りながら、ぐるりと腕を回した。
久しぶりに本気を出したい気分だった。
【本日の業務日誌】
俺の回復魔法を、極めてくる。
今日の更新は、あとは夕方のみになります。




