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第9話 来たれ、聖剣!

日間総合170位まで上がってました!

ブクマ・評価をいただいた方ありがとうございます!!

 やっべ!

 バイト2日目で、遅刻とかマジで洒落になってねぇぞ。


 ともかく俺は走った。

 ゲートを抜け、片道20キーロほどの通勤路を全力疾走する。

 2日酔いのせいで思うように力が出ない。

 おかげで2回ほど吐いた。

 まだ出るんだな。一体何を食ったんだよ、昨日の俺。


 愚痴ってる暇はない。

 反省は後だ。

 今は、バイト先へ行かねば!


 はあ……。

 しっかし、憂鬱だな。いや、自業自得なんだけどさ。

 ドランデス、怒るよな?

 怒る。絶対怒るよ。

 予想できるもん。

 あの眼鏡の奥から放たれる冷たい眼差しを。


『2日目で遅刻なんて。重役出勤ですか? バイトなのに。いいご身分ですね、ブリードさん』


 ひいいいいぃい!

 考えただけで吐きそう。

 やっぱ行くの辞めようかな。

 魔王城だもんな。向こうもまた来てくれると思ってないんじゃないか。

 いやいや、こっちから降りるわけにはいかないだろ。

 昨日の酒は旨かったし。

 お金のことを心配せずに飲める酒って本当に美味しいんだよ。


 そうだ。

 病欠ってことでどうだろうか?

 昨日の一件で、そう――心的外傷なんとかってヤツ?

 よくわからんが、難しい病名を言っておけば、ドランデスも納得してくれるだろう。

 もしかしたら、お見舞いとか来てくれたりしてな。

 膝枕しながら。


『あ~ん』


 とか言いながら、お粥とか食わせてくれるの。

 いいね。ドランデスの膝枕はちょっとゴツゴツしてるかもしれないけど、それはそれで乙なものかもしれない。


 待て待て。

 ドランデスがお見舞いって何考えたんだよ、俺。

 妄想しすぎだろ。

 そもそもドランデスが見舞いにきた時点で、仮病ってすぐにわかるじゃないか。 どう対処しろってんだよ。

 仮病のアルバイトを見舞いにきた上司が相手なんて、魔王を倒すことよりも困難じゃねぇか。


 うん。ここは素直に謝ろう。

 尻尾の鞭の2、3発は我慢してな。

 な~に。昔闘った時は、かなり受けたもんだ。

 って、よく考えてみたら、1発も受けずに完勝したんだっけ。


 心の葛藤(モノローグ)を長々と展開しながら、俺は魔王城まであと5キーロまで達した。

 すでにどデカい魔王城が視界に映っている。


 その段になって、つと立ち止まった。

 クッソ急いでいる時に、俺が足を止める理由など1つしかない。


 敵だ。


 いや、それも変か。

 つまりは魔族がいたのである。

 しかもたくさん。大地を覆い尽くすほどの大軍だ。


「よく来たな、アルバイター。待ちくたびれたぞ」


 でっけぇ声をあげたのは、見慣れた人の――否――見慣れた龍の顔だった。


「どうした、アルバイター。よもや俺の顔を忘れたとは言わさんぞ。龍顔族の頭ルゴニーバ様だ」


 忘れたわけではない。

 どちらかと言えば忘れたいのだが、2日酔いの頭を持ってしても、忘れることは出来なかった。


 昨日、俺の業務を妨害し、挙げ句ぶっ飛ばされ、上司の仕事部屋に突っ込み、さらに怒られた哀れな龍顔族の頭ルゴニーバ。

 そいつが万にも届こうかという仲間を引き連れ、俺の前に立ちふさがったのである。


 ちなみにルゴニーバは顔に包帯を巻いていた。

 それでも見分けがついたのは、他の龍顔族と比べれば、頭3つ4つぶんぐらい大きかったからでだ。


 包帯の理由は訊かないでおいてやろう。

 元勇者の慈悲だ。


「随分と男前になったじゃねぇか、ルゴニーバ」

「抜かせ、アルバイター。誰のせいだと思ってる!」


 俺の質問ではなく(ヽヽヽヽヽヽ)皮肉に(ヽヽヽ)対して、ルゴニーバは当然の如く激昂した。


「で? 俺になんか用か?」

「用か――だと!? この軍勢を見てわからんか?」

「俺、超急いでるんだ。どいてくれねぇか?」

「通りたければ通るがいい。ただし、生きて通れると思うなよ」


 ルゴニーバが戦斧を振り上げる。

 かしらの指示に即応し、他の龍顔族も斧や剣、槍を構えた。

 歯を見せ、下品な笑顔を見せる。


 ――やっぱこうなるか。


 頭を抱えた。


 まあ、これもあれだ。

 業務妨害ってことでいいだろ。

 遅刻確定だけどな。


 とはいえ、急がなければならない。

 でも、こいつらいちいち倒してたら、始業時間どころか終業時間になっちまう。


「久しぶりに使うか」

「あ゛? なんか言ったか?」

「お前に言ってねぇよ。ひどく個人的な呟きだ」


 何年ぶりだろうな。


 最後に使ったのは、第3次人魔大戦の最終戦か。

 思えば、場所もここだったかな。


 なんだか感慨深くなってくる。


ちゃんと動け(ヽヽヽヽヽヽ)()!」


 俺は手を掲げた。


 そして高らかに言い放つ。


「来たれ、聖剣!」



 エクス・ブローラー!!



 俺の声が荒野に轟いた。


 響き渡った。


 広がっていった。


 響いた。


 …………。


 あれ?


 何も起こらない。


 俺は空を見上げた。

 もう一度手をかざし、名前を呼ぶ。


「エスク・ブローラー!!」


 しかし、何も起こらなかった。


 あれ? おかしいな?

 だいぶ長い間、呼ばなかったからな。

 拗ねてんのかな?


 乾いた笑いが聞こえた。

 発声源はルゴニーバだった。

 くつくつと腹を抱え、笑っている。


「は! 聖剣などというから、何かと思えば、単なるはったりか」

「はったりじゃねぇよ。少し調子が悪いだけだ」

「嘘を吐くな! そんなことまでして、生き延びたいのか。よーし、寛容な俺様から1つ提案してやろう。オレ様の足を舐めて――」

「俺にそんな趣味はねぇ!」

「お前の趣味など関係ないわ!! いいか、よく聞け! オレ様の足を舐めて『すいませんでした、ルゴニーバ様』と言うのだ。そうしたら、半殺しぐらいで許してやる」

「ヤだよ。なんでお前の足を舐めなきゃいけないんだよ。舌に水虫とか移ったらどうするんだ!」

「心配するな。毎日、薬は塗っている」


 水虫ってとこは否定しないんだな。


「さあ、どうする?」

「どうするもこうするもこうやんのさ」


 俺はそこらにあった石を拾った。

 高々と足をあげ、振りかぶる。

 そして思いっきり、空に向かって投げた。


 石はぐんぐんと上昇し、雲の中に消えた。


「は? 石でも投げて、現実逃避か?」

「違うわ!」


 全力で否定する。


 ――たぶん、あの辺だと思うんだよな」


 手でひさしをつくりながら、空を見上げた。


「もういい! 茶番に付き合うのはここまでだ」


 同感だ。

 俺も早いとこ魔王城に行かないと。

 ドランデスの怒りのボルテージがますます上がっちまう。


「野郎ども! やってしまえ!」


 ルゴニーバが大音声をあげる。

 瞬間、龍顔族の大軍が俺をめがけてやってきた。


 しゃーねぇなあ。

 時間かかるけどやるか。


 その時だった。

 俺の投げた石は、高度2000キーロにまで達すると、何かに当たった。


 次瞬、空が光る。


「は?」


 ルゴニーバが長い首を上に向けた。

 雲が切れた瞬間、巨大な光条が落雷のように落ちてきた。

 龍顔族はその光に飲み込まれる。


 東から西へ。

 瞬く間に移動すると、魔族たちを薙ぎ払った。

 さらに爆発。

 光条が通ったところを中心に、爆炎が膨らんだ。


 耳をつんざくような轟音とともに、大地がめくれる。

 龍顔族の身体が宙に舞い、最後には叩きつけられた。


「けっほ! けっほ!」


 爆煙に見舞われた俺は咽び込む。

 次第に晴れると、爆心地の被害が露わになった。


「な、なんだ? 今の――」


 と言ったのは、ルゴニーバだ。

 さすがは龍顔族の(かしら)

 直撃を喰らったにも関わらず、言葉を発するどころか立ったままだった。


「俺の聖剣エクス・ブローラーは、地面に置いておくにはちょっと物騒でな。空の上に置いてあるんだよ。久しぶりに使ったけど、動いてくれて良かった」

「貴、さま……。い、一体…………なにもの……」

「お前もよく知ってるだろ? 魔王城の清掃員だよ」

「せい…………そう……い――」


 そこまで言って、ルゴニーバは倒れ伏した。

 大きく土煙が舞う。


 周囲を見回す。

 撃ち漏らしはないようだ。


 ちょっと派手にやったが、城での一件と同じで他人に泣きつくようなヤツじゃないから大丈夫だろ。

 繰り返しになるが、あくまで業務妨害だしな。


 問題は、これから会う人物がどう反応するかだ。


 それを考えるだけで、忘れていた吐き気がまたこみ上げてきた。




 そっと城門を開ける。

 辺りを窺った。


「あら。ブリッド――失礼。ブリードさん」


 玄関前にいたのは、ドランデスだった。

 いきなり見つかってしまった。

 魔王城の扉を開けたら、魔王が立っていたぐらいのインパクトだ。

 もっとこう……。心の準備をさせてほしい。


「ああ。あのドランデスさん……実は」


 俺は走りながら用意していた言い訳を連ねようとした。


 憤怒の形相で睨まれるかと思いきや、ドランデスは普通だった。


「今日も来てくれたのですね」

「はい?」


 ドランデスの言葉には、まさか来るとは――的な響きが含まれていた。


「実は、あのようなことがあったので、もしかして2度と来てくれないのではないかと思っていたのです」


 えっと……。あのようなことってなんだ?

 ルゴニーバの件か? 部下の実力を試すために本気で殴ってきたことか?

 色々ありすぎて、訊き返す気にもならない。


 ともかく、ドランデスの反応が普段通りすぎて怖い。

 実は腹の中に猛烈な怒りをため込んでいるのではないか。

 それが一周回って、こんな態度になっているのではなかろうか。

 怖ひ。魔王よりも怖い。


「あの……」

「なんでしょうか?」

「怒ってないんですか?」


 龍の火袋に飛び込むつもり尋ねてみた。


「怒る? 私がですか? どうして?」

「どうしってって……。そりゃあ、始業時間を過ぎてるからで」

「始業時間? ああ、そう言えば求人票の提出の時に書きましたね。そんなもの」

「へ?」

「あれは求人票の体裁を守るために書いたものであって、始業時間は特別に設定していませんよ。そもそも我々は時間にルーズな種族ですから」


 な……なんだって――――!!


 世界が真っ白になった。

 俺はへなへなと崩れ落ちる。


「ど、どうしました? ブリードさん! ブリードさん!!」


 ドランデスの声は、やけに遠くの方から聞こえた。


 1つだけ確かなことがある。


 いくら職場がルーズな環境でも。

 時間はきっちりと守れる人間になろう。


 そう思う俺だった。



 【本日の業務日誌】。

 聖剣エクス・ブローラー 1回使用。

 使用料 ――――――エン(測定不能)


次は夜の更新予定です。

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