プロローグ
延野正行です。
新作はじめました。
よろしくお願いします。
闇の塊に光が一閃した。
「お、おおお……」
うめき声が、広い空間内にこだました。
俺は翻る。
聖剣エスデラッドを一薙ぎし、刃にまとわりついた血を払う。
闇の塊も踵を返した。
その足元はおぼつかない。
焼けるような音を立て、袈裟斬りされた光が輝いている。
「おのれ……」
呪詛の声が聞こえた。
怯むことなく闇を見据える。
女神の祝福をもらった聖兜ミルスのバイザー越しに。
「これで勝ったと思うなよ、勇者」
「勝ったと思うぜ。お前の身体を見ればな」
「ふはははは……。この世に悪がある限り、闇もまたふ・め・つ」
「はいはい」
爆発四散した。
肉塊すら残さず、闇は消える。
大魔王ヴァスティビオ。
千の魔族を支配し、万の魔物を統率した魔の首領。
4つの大陸からなるジルデレーンを、未曾有の危機へと落としいれた元凶。
しかし、百年続いた戦争はようやく終わりを告げた。
勇者ブリッド。
この俺の手によって……。
●
魔王を倒した俺を迎えたのは、熱狂した民衆だった。
家の屋上から花ビラが舞い散り、沿道にはたくさんの民が手を振っていた。
兵士は敬礼し、子供は無邪気に笑い、ばあさんたちは涙ながらに念仏を唱えている。
「勇者殿。お手を」
警護長に促され、俺は幌の窓越しに手を振った。
国境付近にまで迎えに来ていた馬車は、王室か大貴族しか乗らないような豪奢なものだ。
この前まで、一村民だった俺には、信じられない待遇だった。
城まで来ると、盛り上がりは一層強くなった。
ファンファーレが鳴り、まず戦歌の合奏される。
そして城をぐるり。
花びらのシャワーが、俺の頭に落ちてくる。
貴族の女たちがひとめ勇者を見ようと、階上のテラスから手を振っている。
皆、絶世の美女だ。
すると、1人の少女が警護の脇を縫ってやってくる。
眼鏡に、ピンク色の髪。
思わず生唾を飲んでしまうほどの発育した胸。
俺的になかなかポイントが高い。
特に胸と眼鏡のコンボが素晴らしい!
「あの……。これ……」
ポッと顔を赤らめ、色紙の文を差し出した。
恥ずかしいのか、俺とは一切目を合わせようとはしない。
それでもなんとか目を合わせようと、チラチラとこちらを見る仕草が可愛すぎる。
俺はというと、少々迷っていた。
警護の者は手を出そうとはしない。
職務上、不審者は問答無用で引き剥がすのがこいつらの仕事だ。
だが誰も動こうとはしない。
無粋と思ったのだおう。どうぞやってくれ。
フルフェイスの向こうの顔に、そんなことが書かれていた。
「あ、ありがとう」
とりあえずもらっておく。
無下に断って、少女に恥をかかせるわけにはいかない。
単純に好みではあるのだが……。
少女は文を渡すと、くるりと反転させて去っていく。
なかなか足が速い少女らしい。あっという間にいなくなってしまった。
側の警護兵が耳打ちする。
「大侯爵様の次女様でございます。なかなかお値打ちですよ」
と結局、無粋な忠告をしてきた。
「おお、勇者ブリッド。よくぞよくぞ魔王を倒してくれた」
王の間で傅くこと数刻。
ようやく玉座の横の御簾から現れると、真っ直ぐに俺のところにやってきた。
随分と背の低い王様で、傅いた姿勢の俺とそう変わらない。
いきなり俺の手を取るなり、感謝の意を伝えた。
「国民……いや、全世界の者を代表して感謝するぞ、ブリッド」
「もったいなきお言葉です、陛下」
「ささ。お立ちなされ。そなたは、王の責務よりも立派な事を果たしたのだ。おい。誰か椅子を用意してくれ。玉座よりも立派なものな」
がははは、と身体の割には豪華な笑い方をする。
ようやく王は玉座に座り、俺にも椅子が用意された。
さすがに玉座より高価ではなかったが、なかなかに頑丈な椅子だ。
「褒美を取らす。なんなりと申してみよ。所領か? それとも金銀か? なんでも申せ。まあ、さすがに国一国はやれんがな」
がははは……とまた笑う。
よっぽど嬉しいのだろう。今気が付いたが、若干酒を飲んでいるらしい。ほのかに鼻が赤い。そして酒臭い。
「あの。そのことなんですが、王……」
「あ! そうだ! おい。姫はどうした? ……いや、なに。勇者殿に紹介しようと思ってな。待機させておったのだが、まだ支度が整わないのか?」
途端、御簾の奥が慌ただしくなる。
やや息を切らしながら、現れたのは金髪の少女だった。
これまた絶世の美女で、とにかく肌が白い。
睫毛も長く、ややつり上がった瞳が、なかなかに妖艶だ。
が、胸が少々残念だ。
せめて詰め物ぐらい入れて差し上げろ。
「はじめまして、勇者様。妾は王の娘――」
姫は出てくるなり、延々と自己紹介を始めた。
なかなか高スペックらしい。様々な特技が持ち、得意料理は肉じゃがだと、家庭的なところも主張してくる。
夢は旦那様に膝枕をして、耳掃除をすることだという。
一国の姫にしては、なんとも慎ましいアピールなのだが、逆にここまで来ると胡散臭すぎる。俺が平民の人間だと思って、わざと合わせてるだろ、この姫。
あと、どうでもいいが、妾っていう人、本当にいるんだな。
はじめて出会ったわ。
内心辟易しながら、姫のアピールポイントを聞いていた。
「――というわけで、妾の自己紹介を終わらせてもらいます」
俺はカッと目を開く。
やっべ! 寝そうになってた。
うつらうつらとして見られていなかっただろうかと思ったが、目の前の王も玉座に座ったままうつらうつらとしていた。
側の大臣に手を軽く添えられると、慌てて瞼を開く。
「どうですか、勇者様」
自信満々といった感じで、ない胸に手を置いた。
俺はそれもアピールの一貫なのだろうかと邪推したが、ともかく手を叩く事に決める。
「す、素晴らしいですね」
努めてにこやかに笑う。
ここで笑えた俺の営業スマイルは、王女が並び連ねたどんなスキルよりも尊いような気がした。
「では、どうじゃ? 勇者殿」
「どう、とは?」
――やっぱりな。
「がははは。勇者殿はにぶちんじゃのう」
にぶちんってはじめて聞いたんだけど、どんな意味?
鈍いちん〈自主規制〉。
「お主の嫁にどうかと思ってな」
「いや、それはそのぅ……。姫のお心をまず――」
「妾はかまいませぬ」
王女はすかさず口を挟む。
相変わらず、自信満々といった感じで、胸を押さえている。
その胸に対する自信だけはしまっておけ、王女さま。
「と申しておるが……。どうじゃ、勇者殿」
「はあ……」
「はっきりせんのう、お主。とても魔王を倒した勇者とは思えん」
王はいきなりディスりだした。
「お父様。勇者様は魔王領から帰ってきたばかり。お疲れなのですわ」
「そういうことか。なら、ゆっくり休んでから考え――」
「いや、結構です。明日には帰るので」
「え? どこに?」
「自分の家ですが」
「そ、そうか。何か急ぎでも」
「早く帰って、自分の家のベッドで寝たいじゃダメですか」
「ベッドなら城にもある。最高級のものを用意しよう」
王は一歩も引かない。
意地でも帰さないつもりらしい。
俺は「こほん」と咳払いをした。
「では、はっきり申し上げてよろしいでしょうか? 王よ」
「お? おお。おお! 存分に申すが良いぞ」
「私は――あ、いや……。俺はなんの褒美も入りません」
「は?」
ポカンとして王は奇声を上げた。
俺は言葉を続ける。
「ついでに言うと、王女を娶るつもりもありません」
「な!」
今度は王女が固まる。
顔は青ざめ。厚く塗った化粧の一部が剥がれた。
「待て待て。お主は魔王を倒したのだぞ。我が娘をやるのはともかく!」
「お父様!!?」
「なんの恩賞もいらないと申すか?」
「有り体に申し上げれば」
俺は頷く代わりに、深く瞼を閉じた。
「所領もか?」
「はい」
「金銀もいらないの?」
「ええ」
「じゃあ、巨乳の美女を用意しても」
「……いりません」
一瞬、ぐらっとしたが、俺はなんとか建て直す。
横で姫が白目を剥いていた。
「なんだったら、国とか上げても……」
さっき国とかあげられないとか言ってたじゃん。
どんだけ卑屈になってんだよ、王様。
俺は丁重にお断りした。
「じゃあ、何がほしいんじゃ! お主は」
若干切れ気味に王は尋ねた。
俺はポリポリと鼻の頭を掻く。
「自由……です」
「自由!?」
「気ままに暮らしたいのです。余生を」
あっけらかんと言い放つ。
王も姫も、側にいた大臣も呆然と立ちすくんでいた。
普段書いてるのと、ちょっと毛色が違っているのですが、
いかがでしょうか?
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次はお昼頃の予定です。