自分の素直な……正直な気持ち
ぽっかりと空いた天井から射し込む日の光がカケルとリーナをスポットライトのように照らす中、カケルは目を覚ました。
身体中に怠さが残っているが嫌な気分にはならない。だって今自分は生きているんだという実感が沸くからだ。
重い瞼を開き定まらないボヤけた世界をはっきりと見えるように視界の中心にピントを当てボヤける視界を整えていく。
徐々にボヤけが無くなり明確に見えてくる視界に真っ先に目に入ったのは優しく微笑むリーナの顔だった。
目覚めて意識もハッキリしてきたカケルは考えた。自分は今寝てる状態。下はゴツゴツした岩なはずなのに頭は妙に柔らかいものに乗っている。それで目を開けてリーナが映るということは……。
ここまでの条件が揃えば間違いない。これは俗に言う『膝枕』なんだと。
膝枕されてると分かった途端、恥ずかしさが一気に込み上げカケルはガバッと上体を起こした。
恥ずかしいという感情が身体中を駆け巡ってるせいですぐにリーナの顔は見れなかったが、深呼吸を数回して気分を落ち着かせるとカケルは振り返ってリーナの方を見た。
こうしてまじまじとリーナの顔を見るとひどく懐かしく思いカケルは目が覚めたらリーナに言おうと決めていた事を言う。
「ありがとうリーナ」
「おはようカケル。……ありがとう」
二人は似たような事を同時に言ったせいか何か可笑しな気持ちになり笑い出してしまう。
「フフッ……なんかこんな感じで笑うのって久しぶりな気がするね」
「ハハハ……ハー確かにそうだな。今まで緊張の糸を張りっぱにしてたからなー」
思い返せばハンデル村で極夜の暗殺団に襲われてからずっと心に余裕がなかったなと思う。
二人は笑うのを止めると互いに見つめ合う。言いたいことが山ほどある。けど、どれから言えばいいのか分からないから二人は何も言わずに見つめ続ける。
「……なぁリーナ……」
「なぁにカケル……」
言いたいことが山ほどあるなかどうやって切り出していこうか考えたカケルだが今のこの状況で考えて物を言えばまたリーナに酷いことを……傷付くようなことを言うかもしれないと思い、素直な気持ちを言おうと決意した。
「聞こえたぜ。リーナの声」
「私の声?」
「あぁ……暗闇しかない世界でリーナの声が……リーナの俺に対する想いの強さが俺にもう一度……まだ生きていたいって希望を与えてくれたんだ」
一瞬、リーナはカケルに何か言ったっけという感じに首を傾げ考えるとようやくカケルの言った意味を理解するとどんどん顔が真っ赤になっていく。
「もしかして聞こえてたの……?」
「まぁな。クライネスから魔王までの会話は全部聞こえてたから」
リーナの中ではあの会話はカケルには聞かれてないものだと思っていたようで耳まで真っ赤になった顔でポカポカとカケルを叩く。
「イテテ、イテテ……何で叩くんだよ」
「忘れて忘れて、私の言ったこと全部忘れて!」
よほど聞かれたのが嫌だったのか、それとも恥ずかしかったのかリーナは目尻に涙を浮かべていた。
リーナが忘れろと言うなら忘れてもいいのだがカケル自身は忘れたくない言葉。だから――。
「リーナには悪いけど忘れるなんて俺には出来ないかな」
「そんなことはいいから忘れてよ。お願いだから……」
叩くのを止めたリーナは切ない、今にも途切れそうな声になっていた。
暗闇の中でリーナの想いを全部聞いていた今ならリーナがこうなってしまう理由が分かる。そして自分がリーナに何て言えばいいのかも。
「どんな風に頼まれても俺は一生忘れるつもりなんてないぞ」
「どうしてそんな意地悪なことを言うの? 全部聞いてたなら分かるでしょ。だから……」
「あぁ全部聞いたよ。聞いた上で俺はリーナの言ったことは忘れない。だって俺もリーナが好きだから」
自分でも分かるぐらい自然に言えた気がした。自然すぎてリーナの反応も少し遅れていた。
「……え! か、カケル今なんて……」
「もっかい言うのか? こう改めて言うと照れ臭いが……俺はリーナの事が好きだ」
今度はややゆっくり気味に言うがそれでもリーナは現実を捉えられないような感じに混乱している。
「か、か、カケルが私のことを好き……? で、で、でもカケルには他に好きな人が……?」
「あー確かに俺はアオイの事が好きだよ。でもようやく気付いたんだ。俺はアオイと同じかそれ以上にリーナが好きなんだって」
「い、いつから私の事を好きになったの?」
「いつかー……たぶん最初からかな? 一目惚れ的なやつ?」
一目惚れと言われリーナは嬉し恥ずかしそうに両手を頬に当て赤らめる。そんなリーナを見てカケルは自分は最低だなと思う。リーナが一途にカケルの事を好きでいてくれるのにカケルはリーナとアオイ、二人の女性が好きなのだから。
「正直、俺は二人同時に女性を好きになるのは最低だと思った。だから俺は無意識にリーナと距離を置こうとしたのかもしれない」
「う、うん……」
「けど気付いたんだ。それをすることによってリーナが傷付いてたこと。俺が自分自身に嘘をついてたことをな。これを気付かせてくれたのはリーナと……そこにいる魔王のお陰さ」
近くに立つ魔王を見て軽く笑うと魔王も笑い返す。
「今はまだリーナかアオイ……俺がどっちを選ぶか分からないけど……必ず選ぶから。俺もリーナも納得する答えを選ぶから……それまで待っててくれないか」
リーナからすればカケルのこの発言はとても身勝手なもの。それでもリーナは嫌な顔ひとつせず笑顔で言う。
「私はいつまでも待つよ。私がカケルの好きって気持ちは絶対に揺らがないから」
満天の星のようなリーナの笑顔にカケルはリーナの一番好きな所を分かったような気がした。
それはリーナの笑顔だと。だが、こればっかりは言うのが恥ずかしいから今はまだ心の内に秘めておくことにする。
「……実はね。私もカケルに言わなきゃいけないことが一つあるの」
「ん、なんだ?」
他に何があるんだろうか考えるとリーナは申し訳なさそうな顔をしていた。
「……ごめんね。カケル」
「なんで急にが謝るんだよ」
「だってあの時、私が一人で飛び出したからクライネスに捕まってみんなに迷惑をかけたんだよ……だから……」
落ち込むリーナにカケルは何て返せばいいのだろうと考えているとリーナの綺麗だった手が赤黒く変色していたのに気付いた。
「リーナ……その手って……」
「この手? 手枷を壊すときにちょっと無茶しただけだよ」
リーナはちょっとなんて言っているが先程まで全身大火傷をしていたカケルなら分かるこれはかなり無茶したのだと。
痛々しいリーナの手を見ているとカケルは無意識にリーナの手を握っていた。
「イタッ……」
「あ、わ、わるい……」
強く握ったつもりはなく優しく触れたつもりなのだがそれでも痛いということはそれだけ火傷痕が酷いということ。
リーナにこんな傷を負わしてしまったカケルは一気に罪悪感が体を押し潰すように乗っかってきた。
「悪い……俺のせいでこんな怪我を負わせてしまって」
「カケルがこれに関して謝る必要は全くないよ。さっきも言ったけど私が――」
「違う! 元を正せば俺がリーナの気持ちを考えないで言った発言が原因だ。俺がもう少しリーナに気を配っていれば……」
今となれば過ぎたこと。それでも後悔はつきない。いや、リーナが捕まったあの日からカケルは後悔しかしていない。
そんな後悔で手を震わすカケルの手をリーナはそっと触れた。触れるだけでも痛いのにそれでもリーナは顔色一つ変えない。
「その事でカケルが後悔することはないわ。あれは本当に私が悪かったんだから」
「でも……でもよ……」
「私的にはカケルに別の事で謝ってほしいかな。ヒントは火傷」
リーナが別に謝ってほしいこと。カケルはヒントの火傷を頼りに考えるとリーナの言いたいこと、謝ってほしいことが分かった。
「リーナの気持ちを無視して一人特攻してごめんなさい……か?」
「そうそう。カケルってばまた一人で先走ったんだから。私がどれだけ心配したと思うのよ。あと、ルムネリアって子も心配してたよ」
「これに関してはもはや返す言葉かありません」
前回……アマト達が来たときも似たようなやり取りをしたなとつい感慨更けてしまう。
ボケーッとしているとリーナ手が目の前にあり小指をつきだしていた。
「……なに?」
「指切り……」
「えっ?」
「約束してほしいの。もう無茶はしないって」
ジトーッと見てくる淡い茶色の瞳にカケルは戸惑いつつも同じように小指を出す。
「む、無茶をしないって約束は出来ないけど二度と自分や他人を犠牲にするやり方はしないなら約束できる」
「むー……まぁ今はそれでいいか」
納得してくれたリーナは自分とカケルの小指を絡め上下に揺らしながらカケルから教わった歌を口ずさむ。
「ゆ~び切り~げんまん、嘘ついたら~針千本の~ます。指切った」
指切りを終わるとリーナはカケルの小指を放す。
「破ったら本当に針千本呑んでもらうからね」
「あぁ、肝に命じておくよ」
互いに笑みを浮かべ見つめ合う。今のやり取りでもう二人の間には何のわだかまりもない。これで二人は一からやり直せる。始められるのだ。
「どうやら話は終わったようだな」
「おう。待たせて悪かったな」
「気にするな。俺も人間の恋愛とやらを間近で見れて楽しかった」
改まった感じで言われると恥ずかしくカケルとリーナは頬を赤くし下を向く。
「それにしてもどうしてここに魔王がいるんだ? クライネスの罠に嵌まってたんじゃ……」
「それの言い方だと少し違うな。正確にはここから南にある村の住人全員が毒を盛られその対処に時間が掛かっていただけだ」
「村人全員に毒……ッ!」
話のスケールが違いすぎた。村人一人ならまだしも全員に毒を盛られていたなんて想像するだけでゾッとする。
まず間違いなく村人に毒を盛ったのはクライネスで確定だがまさかカケル一人を殺すためにここまで無関係な人達を巻き込むとは誰が思おうか。
「で、でも魔王さんがここにいるってことは村の人達の毒はもう大丈夫ってことだよね」
そうだ。魔王は決して魔族を……同族を見捨てたりしない。きっとクライネスが思ってたよりも毒の解除が早かったんだと決めつけたのだが、
「いや、まだ半分以上が毒が回っている状態だ」
「な……ッ!」
平然と答えた魔王にカケルは言葉が詰まった。絶対に魔族を見捨てないと思っていた魔王が魔族を見捨てるなんて。しかも見捨てたうえ人間であるカケルとリーナを助けに来るとは。魔王の心境の変化に戸惑うが魔王は落ち着いた素振りで話す。
「俺とて苦しむ魔族を置いてこっちに来るのは気が引ける。だが、ここに来てカケルとリーナを助ければ村の魔族に盛られた毒を全て解毒すると取引された。だから俺は苦しむ魔族を置いてここに来たんだ」
魔王の話を聞いてカケルは思う。魔王と取引したのは誰かと。身内に魔王とそんな取引が出来る人物に心当たりがないカケルは腕を組み悩んでいると魔王がヒントを出してきた。
「お前の仲間の一人に天才魔導師がいなかったか?」
「天才魔導師…………あっ! もしかして――」
「「メル!!」」
リーナと顔を見合わせて声を揃えて言うと魔王は頷いた。確かにメルの魔法なら一度に大勢の魔族を解毒出来そうなうえそこに魔王が加われば不可能なことはない。
「……けど、メルはどうやって魔王と話したんだ? 魔王は魔都から遠く離れた所にいるんだから話なんて出来ないよな」
「そういえばそうだね」
仮にハヤトが風から魔王の居場所を聴いていたのなら会いに行けるかもしれないが、クライネスの事だ、魔都の出入り口を塞いでいた可能性の方が高い。
となるとカケルの中で一つの案が浮かぶが電波とうい概念がないこの世界ではあり得ないだろうと候補から切り離す。
「なに簡単なことだ。向こうが遠距離魔法で通信してきたんだ。カケルの世界でいうでんわ? みたいなもんだ」
まさかの切り離した候補が正解とは思わずカケルはズコッと体勢を崩した。
「どうした?」
「いやなんでもない。ちょっと気が抜けただけ」
「そうか……話を戻すが通信の来た俺はメルという魔女と数時間に及ぶ交渉の末ここに来たというわけだ」
魔王からざっくりとここに来るに至った経緯を聞いたカケルはこうして生きているのはメルのお陰でもあるんだなと後でお礼を言わなければと頭のメモ帳にメモる。
「なら、早くここを出て魔都にいるメルを迎えにいかないといけないなっと」
まだ座っていたいと訴える体に鞭打って立ったカケルはリーナに手を差し伸べる。リーナは少し照れながらもその手を握るとカケルは優しく引っ張りリーナは立ち上がる。
「まだ痛いか?」
「うん……だいぶ馴れたけどやっぱりちょっとね……」
軽傷なら痛みもいずれ収まるがここまで酷いとある程度治っても時たま鈍い痛みは感じるかもしれない。
メルならこの火傷も綺麗に治せるだろうかと考えると魔王がリーナの方に近付きリーナの頭に手を掲げる。すると魔王の手から緑の光が溢れだしそれはまるでシャワーのようにリーナの頭から足までを被う。
その光は先程、カケルが暗闇で感じた光と同じでもしかしてと期待する。
魔王の手から光が消えるとリーナの両手にあった酷い火傷痕は無くなり前の綺麗な白く美しい手に戻っていた。
「これでもう大丈夫だろう。ついでにクライネスがお前に盛った毒も一緒に治したが、気分は悪くないか」
「はい。お陰さまでほら!」
笑顔でグー、パーと開閉させ治ったことをアピールする。
「それは良かった。毒もまだ回る直前のようだったから難なく解毒できてよかった」
さすが魔王と感心するもクライネスの毒好きには困ったものだ。アーシアやリーナといい村に住む魔族といいどれだけあいつは毒を使えば気が住むのだ。
「ありがとな魔王。俺だけでなくリーナも治してくれて」
「当然の事をしたまでだ。なにせこれから共に村を発展させる仲間なんだから助けるのは当たり前だ」
「そっかー、そうだよな。これから一緒に村を発展させる仲間なら当然かーってエエェェェェーー!!」
「えっ、カケル反応遅くない?」
確かにカケルの反応は遅かった。リーナからすればこのままスルーするのではと思うくらい遅い反応だった。それは無理もない前に魔王に会ったときは断ると言われあっさり拒否られたのに何を思って賛同なんてしているのか。
「どういう風の吹き回しだよ。あれだけボロクソに言っといて」
「ほぅ……まだ俺の言った事を覚えているんだな」
「当たり前だろ。あれたけボロクソに言われたんだからな」
「二回言った……カケルどれたけ根に持ってたのよ」
あの時魔王には反論の余地すらない正論の弾丸で追い詰めたのだ。どれだけ泣きたくなる衝動を抑えて話を聞いたことか。
「まぁ、お前がそうなるのも無理はないな」
「だから俺はあんたの心境の変化に驚き警戒してんだよ」
ここで素直に魔王の言うことを信じれば足下を掬われるかもしれないためカケルは警戒心MAXで魔王と対峙する。
「俺の言った事を覚えているのならそう警戒するつもりないだろ」
「いーやする! 俺の事を行き当たりバッタリや自分勝手や詰めが甘いとか言ったろ! こんなにボロクソに言われたんだから警戒するだろ」
「あ、三回目だ」
「警戒するのはいいが俺が最後に何て言ったか覚えてるか?」
あの時、魔王が最後に言った事……駄目だ。魔王の賛同しない否定の言葉の印象が強すぎて何も思い出せない。
「その様子だと覚えていないようだな」
「そんなわけ―……はい。まったく覚えてません」
「なぜ一度見栄を張ろうとした」
返す言葉もない。見栄も何も本当に覚えているつもりだったのだが綺麗に最後の言葉だけ抜け落ちているのだ。
「覚えてないなら仕方ないが……俺はお前の本当の意思を俺に見せれば協力してやると言った」
「言われれば確かに言われたなってなるけど……俺はまだ本当の意思を見せたつもりはないぞ」
魔王と会った後はゴタゴタしたため言われたことの改善なんて何一つしてない。
「いや、お前は俺に見せた。お前の素直な気持ちを。お前の本心を」
そういえば魔王は無意識の嘘をついているとも言っていた。
「もしかして魔王の言う本当の意思って……」
「あぁ、自分に正直になれということだ」
もう分かった。魔王が協力すると言ったことも本当の意思の意味も。
「じゃあ魔王は俺の事を認めてくれたってことか?」
「最所からそう言ってるだろ。けど、本当の意思を見せただけでまだ行き当たりバッタリなのは変わってないからおいおい直させてもらうからな」
「そ、その時はお手柔らかにお願いします」
ペコリと頭を下げると魔王は手を差し伸べた。一瞬、何を求めてるのかと探ったが先程、自分に正直になれと言われたばかりなためカケルは手を差し伸べられてやることは一つしかないと判断し魔王の手を握った。
「改めてよろしくな魔王」
「この場合はこちらこそでいいのか?」
「あぁバッチシだ」
ニッと笑うカケルに魔王も笑い返す。そんな二人のやり取りを見ていたリーナは「よかったねカケル」と聞こえない声量で呟き暖かく見守った。




