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暗闇から射す温かな光

 真っ暗い空間中をカケルはふよふよと浮かんでいた。

 あの時見た夢と同じような場所。でも状況は違う。

 夢ではあてもなく歩いていたが今は仰向けになりながら浮かぶだけ。いや、浮いているという表現が正しいのかさえ怪しい。もしかしたらゆっくりと下に下降している可能性もある。

 だが、体の感覚も時間の概念も無いこの空間において浮いているのかそれとも落ちているのかの考察なんてなんの意味もなさない。

 大事なのはこの後自分がどうなるのかだがこれは考えなくても分かる。

 なぜならカケルは覚えているからだ。この空間に来る前の事を。

 リーナを守るために命を張った特攻に出たことを。

 炎が全身を包み肌を焦がす感覚。長く炎に包まれたせいで熱さすら感じない地獄のような時間。そんな状態から一転してここにいるということは嫌でも察してしまう。

 自分は死んだのだと。

 仮に死んでいないとしても全身炎に包まれ上手に焼けましたー状態になったのだから瀕死なのは間違いない。


 「あー……ついに俺も死ぬときが来たか……」


 この世界に来てから度々思ったこの気持ち。今までは死にそうと思ってもギリギリの所で死の運命を回避してきた。

 けど今回は回避する前に炎に包まれている。生きていても全身丸焦げになっていたなら直に死ぬ。

 治療できるのならまだ生きれる可能性が上がるのだがこんな場所では期待はできない。


 「今度こそ俺は死ぬかー……。なんでだろうな今まで下手に死ぬ覚悟をしたせいで怖いとも何とも思わねーわ」


 この空間で目を閉じれば一生目を覚まさないんだろうなと乾いた笑みを浮かべながら気ままに漂う。自然と眠気が来るのを待ちながら。

 そんな時だった。カケルの名前を呼ぶ声が聞こえたのは。


 『カケルどこー! 居るなら返事してー! カケルー!!』


 この声はリーナの声だ。だが、リーナはルムネリアとグールと一緒に逃げたはず。ここにいるはずはないのに……。


 『カケルー! カケルー! 返事してよカケルー!』


 間違いない。リーナだ。けどなんで戻ってきたんだ。あのまま走ってここを去れば逃げ切れていたはずだ。

 リーナが戻ってきたことに戸惑っているとリーナの悲鳴が聞こえそして空間が少し揺れた。


 『イヤだよカケル……私まだあなたに言っていないことがたくさんあるのにこんなところでお別れなんてイヤだよ……』


 「リーナ……」

  

 悲しんでる。リーナの姿は見えないが声の震えかたからして涙を流している。

 リーナに対し申し訳ない気持ちで一杯になり、どうすることもできないカケルはリーナの悲しみの声を聞くことしかできない。

 この空間に時間の概念がないせいでどれだけ時間が経ったか分からないがリーナの様子が変わった。


 『息してる……! カケルはまだ息をしている。まだカケルは死んでない!』


 カケルがまだ生きていることを知ったリーナは希望を取り戻したように声に元気が宿った。カケルも自分がまだ生きていると確認でき安心したような気もしたが先のリーナの悲しみ具合からしていつ死んでもおかしくないという事を覚悟しなければいけない。

 空間が今度は大きく揺らいだ。おそらくリーナがカケルを連れてどこかに行こうとしているのだろう。

 だが、リーナはクライネスに捕まっていたせいで心身共に疲弊している。そんな状態でカケルを運ぶのは無茶だ。ルムネリアが居るとしても小柄なルムネリア一人で三人もは運べない。

 リーナの体は大丈夫なのかと不安な気持ちになるが遠くの方で聞こえる足音が不安な気持ちを更に募らせた。

 最初はルムネリアか? と思ったがルムネリアにしては足音が大きすぎかといって傷付いたグールが歩いたにしてはやけに一定感覚。

 脳裏に奴の存在が浮かぶが信じたくなかった。至近距離であの爆発を食らったのに生きているはずがないと。

 そんなカケルを嘲笑うかのように奴の声が聞こえる。


 『まさかの自爆とは……私も想定外だったよ」


 「クライネス……! あれでもまだ生きてるのかよ」


 クライネスの声、それに足音からしてダメージは与えれてるが致命傷にはなっていない。これではカケルの自滅。そして死ねば無駄死にだ。

 いや……本来なら無駄死ににはならなかったはずだ。カケルが体と共に命を張ることでリーナ達の逃げる時間を確保出来るからだ。しかしリーナは戻ってきてしまいクライネスと遭遇してしまった。今のカケルは何も出来ない。そしてそれはリーナも同じ。

 クライネスはリーナに向かって色々と言っているがその口調は徐々に荒く怒気を含んでいる。

 クライネスは必ず死にかけのカケルにトドメを刺す。その後でリーナを生かすか殺すか分からない。でもあの爆発から生き延びたとしてもダメージはある。今、カケルを置いて逃げればクライネスから逃げれるはず。

 だからカケルは願った。『俺を置いて逃げろ』と。

 しかし、その願いが届くことはなく聞こえてきたリーナの言葉は願いとは真逆のものだった。


 『き、決まってるでしょ。私がカケルを守るのよ。カケルは誰にも殺させない!』


 震えるリーナの声には恐怖を感じていたが絶対に守り抜くんだという意思を感じる。実際にリーナがそう言ってくれたのは嬉しい。嬉しいのだが……。


 「なんで逃げてくれないんだよ。俺の事なんて放っておけばよかったのに……」


 わざわざここまで来たのはリーナを助けるため。なのに立場が逆転して助けられる側になったことにカケルは不甲斐ないと思い項垂れた。

 カケルが項垂れている間にもリーナとクライネスの会話は続いていく。クライネスがリーナに守れるのかと笑っている。

 クライネスの言う通り、魔族を相手にリーナが一人でカケルを守れるわけがない。だってリーナは魔法が使えるといってもこの世界では出来て当然のレベル。そんなリーナが魔族の幹部であるクライネスに勝機があるとは思えない。

 リーナの軽率な判断に失望したカケルだがそれは大きな間違い。他人を思いやるという気持ちをよく理解していないカケルはリーナの言葉に胸に何かが刺さったような錯覚を味わった。


 『それでも……それでも私は……私はカケルを守りたいの! カケルは私の……私の大切な人だから!』


 リーナは言った。私にとってカケルが大切な人だと……。

 カケルにとってもリーナは大切な人だ。けど、ここまでリーナを助けに来たのは何もリーナが大切だからというわけでなく自分のせいでリーナが捕まったという罪悪感からだ。少なくともカケルはそう思ってここまで助けに来た。

 そして今言ったリーナの大切な人という言葉とカケルの思う大切な人は意味が同じでもその言葉に含まれる想いに差を感じる。

 しかしカケルにはその差が分からなかった。自分の思う大切な人とリーナの思う大切な人の想いの差が。

 カケルはリーナが大切……じゃあアオイはどうなのか……。もちろん大切だ。カケルにとってアオイとは大切な人である以前に好きな人だ。

 ということはカケルはリーナよりもアオイの方が大切だということになる。

 それ自体間違っていないこと……むしろ正しいことだ。なのに……なぜこうも胸がざわつく。まるでリーナよりもアオイが大切だということを拒否しているかのように。


 「俺はアオイが好きだ……なのになんだよこの気持ち……どうして……どうしてリーナの顔ばかり浮かぶんだ」


 過ごした時間、触れた時間……どれもアオイの方が長いのにどうしてアオイよりもリーナの顔の方が浮かび上がるのか。

 分からない。なんでなのかの理由がカケルには全く分からない。


 『お前はカケルの事が好きなんだろ? けどカケルにはアオイという自分の世界にいる子が好き』


 「この声は……魔王か……でもなんで魔王が……もしかして助けに来てくれたのか……」


 魔王が来たのならこうしてまだ意識があることに納得出来るがそれよりもカケルは魔王の発言が気になった。


 「リーナが俺のことを好き……か……」


 リーナがカケルに好意を抱いていたのはなんとなくだが知っていた。だから適度に距離を置いていた。いずれ離ればなれになるのだから。

 でも……どうして好きという言葉を聞いてもまだリーナの顔しか浮かばないのか。顔だけじゃないリーナとの思い出もだ。

 リーナとの初めての出会い。一緒にリュオを助けたこと。二人で協力して極夜の盗賊団を撒いたこと。王都でタオルを売ったこと。アマトとメルと神経衰弱で勝負したこと。リーナと過ごした日々が空間のあちこちに映像として映し出される。

 映像だけではない。声まで聞こえてきた。怒った時の声。悲しかった時の声。楽しかった時の声。嬉しかった時の声。

 分からない……何も分からない。アオイではなくリーナが出てくる理由が分からずカケルは頭を抱える。


 『お前とカケルは良き関係かもしれないが俺から言わせれば上っ面な関係でしかない。互いが本心を隠し探り合うような関係はな』


 上っ面な関係という魔王の言葉が悩むカケルを救うように包み込む。


 「そうだ……俺とリーナは上っ面な関係なんだ。それ以上それ以下でもないんだ」


 互いが互いに適度に距離を置き、近すぎず遠すぎない関係だ。なのに……それなのにどうしてこうもモヤモヤした気分になるのだ。

 一体自分の心は何を訴えようとしているんだ。自問自答しているうちに前言われた魔王の言葉が流れた。


 "無意識の内に自分に嘘をついている"

 

 「無意識の嘘……俺が自分についている嘘……」


 その言葉を思い出したお陰かようやくカケルはこのモヤモヤやリーナばかり浮かぶ理由に魔王の言葉の意味を理解した気がした。


 「そうか……俺はリーナの事が好きになってたんだな。アオイと同じかそれ以上に……」


 自覚したとたん全てに納得し頭を抱えていた手をだらりと落とした。

 そうだ……リーナが好きだから離れても悲しくならないようにカケルは無意識に距離を置いたんだ。

 でも今更そんなことを自覚したとして遅すぎた。

 何故なら魔王とリーナが会話している内容がカケルを生かすか死なすかの話だから。

 魔王はカケルを死なす方向に導こうとリーナの心を揺さぶり誘導している。魔王と会って会話したカケルは分かる。魔王の言葉は確実に相手の心を掴み自分の進む方向に話を持っていく。

 だから今のリーナには自分の意思を貫ける意思……魔王が認めるほどの覚悟を見せれるとは考えれなかったのだが、


 『……私はカケルを助けたい! 生かしたい! …………私はカケルの事が好きなの! きっとこの気持ちはずっと続くと思う……。カケルが死んでも元の世界に帰ったとしても私はきっとカケルの事が好きでいるはず……ううん……好きでいたいの!』


 はっきりと自分の意思を示したリーナにカケルの空間に少し明かりが灯る。

 しかしその明かりを消すように魔王の言葉が聞こえる。


 『……だがお前は過去に一度、カケルに利用されたことがあったのだろう? なのにこいつのことを好きでいるのか?』


 魔王が言っているのは恐らくアマトとメルと出会った時の事を言っているのだろう。

 あの時の行為は今でも後悔するものでリーナもかなり怒っていた。その事を今、持ち出せばリーナの気持ちが揺らぐ。


 『確かにカケルは自分勝手な判断はするよ。平気で人の事を餌にするし些細なイタズラだってする。酷いときは人の気持ちなんて気にしない無責任なの発言や思わせ振りな発言もあったよ』


 ほら……リーナもああ言っている。それだけカケルはリーナに酷いことをした自覚がある。なのにそれなのにリーナは魔王すら想像してなかった答えを出した。


 『…………でもそんな悪い所を含めて私はカケルの事が好きなの。だってカケルには悪い所よりも良い所の方が多いって私は知っているから』


 世界が大きく揺れ無数にヒビが入り割れ白い明るい空間に変わる。まるでカケルの言葉が晴れたのを表したように。


 「リーナの事が好きだって自覚したのに俺は何一つリーナの事を分かってなかったな」


 自分に向けて呆れた笑みを浮かべると身体中を無数の光の粒子が包んだ。それは温かく優しい光だった。

 カケルはその光が何なのか知っている。なぜならメルがアーシアに治療した魔法と同じ光だから。

 この光がこうして身を包んでいるということは魔王がリーナの意志と覚悟を認めカケルに治療術を施したということ。


 「なんだかんだ言ってあの魔王は魔王らしくないな……」


 今度こそ死ぬと覚悟したのにこうしてまた生きれることになるともう自分は寿命が尽きるまで死なねーんじゃないかと思ってしまう。でも勘違いはしてはいけない。こうしてまた生きれるようになるのは魔王が来てくれたこととなによりリーナの気持ちの強さが有ってこそだからということを。

 だからカケルは目覚めたときに一番優しい顔をしてリーナに言うのだ。


 「ありがとうリーナ」と。

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