炎の中で彼は叫ぶ
分からなかった。クライネスはそう思いながらリーナを見た。
こちらが闇の魔法を発動させるのと同時で向こうが使ってきた謎の技。
地面を抉りながらリーナの全方位を侵食したそれにクライネスは危うく呑まれかけた。
「馬鹿な……あいつはただの人間のはずだ。ただの人間のはずなのに……」
どうしてあのような力を備えているのだ。
それにあのとき感じた妙な威圧感。あの威圧感を感じたからこそ直撃せずに後方に跳ぶことで何とか回避できたのだが言い換えればそれはクライネスがリーナに気圧され後ずさったことになる。
「貴様一体なにをした!!」
考えても時間の無駄だと思い直接本人に聞くも、
「え……私が……これを……?」
「惚けるな! 早く言え何をしたのかを! あの爆風はなんなんだ!」
「爆風……? 分からない……私は気を失ってそれで……」
頭を抱えて悩むリーナに惚けるのもいい加減にしろよとイラつくがリーナの態度はどう考えても惚けてるようには見えず本当に自分が何をやったのか気付いていないのか。
ならあれはなんだというのだ。まるで別人のような目付きとあの威圧感は……。
何もしていないはずなのに視界が妙に揺れるなと思えばクライネスは自分が震えていたことに気付いた。
「馬鹿な……この私がたかが人間の小娘ごときに怯え恐怖しているというのか!」
魔王というイレギュラーレベルの力を持つ化け物以外なら、どんな相手だろうと恐怖を抱いたことがないクライネスは一つの仮説を立てた。
それは彼女リーナの潜在能力が魔王と同等かそれ以上なのではという仮説だ。
だが、自分で考えておきながらこの仮説は馬鹿げていた。魔王と同等以上の者が存在するはずがない。いたとしてもそれは新たな魔王となる者かそれと対抗できる勇者ぐらいだ。
ならそのどちらでもないあのリーナという小娘は何者なのだ。
分からない。考えても考えても何も答えを導き出せない。知将と呼ばれたこの自分が。
「……どっちにしろあいつが危険な存在であることは間違いない。いやむしろ……」
カケルという異世界の人間よりもリーナの方が危険で魔族にとって脅威となる可能性が高い。そうなると優先して排除するなら……。
「貴様には既に仕込みはしているから野放しにしても問題ないが……今すぐこの場で消えてもらおう」
出来れば勇者や魔女を誘き出すまでは生かしておきたかったがそうも言ってられない。
ここでリーナを消さなければ必ず魔族は滅びを迎えるかもしれない。そうならないためにも今ここで消すのだ。彼女を……リーナを……そしてその後ろにいるカケルも……。
もう一度、左手を前に出し魔法の準備を始めるが体の震えが止まらないせいで上手くできない。
「くそっ! この私がこんな……こんな人間に怯えてるなんて……」
意地でも震えを止めようと躍起になるが震えは止まらない。むしろリーナの顔を見るだけで震えは増していく。特にあの自分の恐ろしさをまるで理解していないようなあの無垢な瞳を見ると余計に……。
「こうなれば精度を捨てて火力重視に置き換えて辺り一面吹き飛ばしてやる」
クライネスの玉砕覚悟の殺気にリーナは包み込むようにカケルに抱きつくがその目はもう何も恐れておらず真っ直ぐとクライネスを見詰めていた。
「そんな……そんな目で……そんな目で私を見るんじゃなーい!」
恐怖を怒りで塗り潰し強引に魔法を発動させ威力を溜め、リーナ目掛けて投げつけようとすると何処からともなく声が聞こえた。
「どうしたクライネス。たかが人間ごときにそんなに怯えて」
「はっ……! そ、その声は……」
聞き覚えのある威圧感のある青年の声。それはほぼ毎日聞いたことのある忌々しい声。
ゆっくりと後ろを向き顔を上げるとそこには余裕の笑みを浮かべる魔王の姿が。
「ま、魔王……なんでここに……」
「ほぉ~……魔王"様"ではなく"魔王"かお前も随分我が強くなったな」
「そ、それはー……そのー……」
全くもって計算外。ここに来ての魔王の登場なんて誰が予測できようか。
本来、魔王がこっち側……つまり鬼村で起きた襲撃事件を解決しに来るのに後一日の猶予はあったはずだ。それなのにどうしてここに。
「ふむふむ……ほぉーやはり今回の件は全てお前が仕組んだことか」
「はっ! しまった!」
今までの戦闘により魔王の記憶を読む能力の対策していた魔術の効力が弱まりそれを回復させるのを忘れていた。せっかく魔王には悟られないよう努力してきたのにこれで全て無駄になった。
「それでこれはどういうことか説明してくれるかクライネス」
「……私の記憶を読んだのなら聞く必要はないでしょう。魔王様が読んだもの、それが全てです」
「そうか……なら質問を変えよう。お前は自分がどれだけの罪を犯したか自覚はあるのか」
「いいえ。私は私なりのやり方で魔族の未来を守ろうとしただけです」
魔王に記憶を読まれている以上、下手に嘘をついても逆効果なのでクライネスははっきりと本心を言った。
「そうか……つまりお前は魔族の未来のためなら多少の犠牲は構わないということか」
「はい……そうでございます」
この一問一答はなんだとクライネスは考えた。どの質問も魔王は既にクライネスの記憶から読んでいるはずだ。それなのに質問してくるとは何か裏がある。
普通に考えれば相手の本心を探るなのだろうが記憶を読める魔王にそれは当てはまらないはず。
いや違う……。クライネスはこんな状況でも冷静だった。それは魔王がクライネスの記憶を全部読めていないことに気付いたからだ。
いくら魔王が無駄に心の優しいとはいえここまでのことをしでかしたクライネスをもう生かしはしないだろう。
だが、魔王は強い力を持つわりには用心深い性格をしておりゆっくりと圧をかけながら相手の情報を探る癖がある。記憶を読む時間がどれほど掛かるか分からないがこうして質問してきている時点でまだ全部を読めていない証拠になる。それならば魔王には絶対に読まれてはいけないことが一つある。それはあのリーナという人間の小娘に仕掛けたカケルにとって"地獄"となる罠だ。
それならクライネスが今やるのは魔王にそのことを感ずかれないように会話を続け最終的にリーナに仕掛けた罠を魔王にもやるだけだ。
「……お前はこの罪の無い人間をどうするつもりだったんだ」
ビシッとリーナに指を指して問う魔王にクライネスは慎重に言葉を選びながら答える。
「その人間はそこにいる異世界の人間及び勇者とその仲間である魔女を呼び出すための人質です」
「では、人質としての役目を終えたらどうするつもりだった」
「この世から消すつもりでした。塵一つ残さずに」
クライネスの真意を確かめるようにじっと魔王は見つめてくる。魔王は必ずクライネスを殺す。だが、すぐには殺さない。自分の知らない情報を……知りたい情報を得るまではギリギリまで殺さないはずだ。クライネスに勝機があるとすればそこをつくしかない。
気付かれないように左手に仕込みを始める。けどクライネスは少し油断していたのかもしれない。バレなければ勝機があると分かった瞬間に気を緩めてしまったのが原因かもしれない。
左手に仕込みを始めると同時に魔王が腰に帯刀している剣でクライネスの左手を切り落としたのだ。
「うぎゃぁぁああああ!!」
「俺が見過ごすとでも思ったか? お前の行動を一挙手一投足見ていた俺が」
「魔、魔王ゥゥ……」
所詮、強大な力を持つ牙の抜けた思想家魔族だと思っていたがとんだ勘違いだった。
目の前に立つのは腐っても魔王。力だけでなく戦いにおける知能もちゃんと備わっている。
クライネスがずっと記憶を読んでいると思っていたがまんまと魔王に嵌められた。
魔王にはずっと記憶を読んでいるように見せかけクライネスの行動を見ていたのだ。些細な行動でもすぐに対応できるように。
「お前の記憶から俺を殺す方法を読もうと思ったんだが結界があるせいで読めないが今ので分かった。お前が用意した俺を殺す方法を」
ギクリ。
魔王の殺す方法がバレる。下を手すればリーナに既に仕掛けているのにも気付かれるかもしれない。
切断された左手首から血が流れ気が遠くなるのを堪えながら魔王の行動を待つと魔王は人差し指をクライネスに向け冷たい眼差しで一言。
「クライネス……お前とはここでさよならだ」
魔王の指先が赤く閃光のように一瞬、光るとクライネスの足下に赤い魔方陣が瞬時に描かれそこから紅蓮の炎がクライネスを囲むように吹き上がるとそのままクライネスの頭上に降りかかる。
「ぐぎゃぁぁああああ!!! あづいィィィ!!」
「お前の最期はお前が最も嫌いな炎によって焼かれ死ぬのだ。地獄の業火に包まれながら己が罪を数えるがいい」
「くっ……魔王がぁぁぁぁ!!」
体がまともに動かない。静かに体が燃えるのを見るだけしか出来ない。仮に体が万全な状態だとしてもこの炎を振り払える気がしない。
「さすがのお前もその様子では何一つ出来ないようだな。この魔法は俺が最も得意とする魔法なんだが……これを破ったのは後にも先にも勇者だけだ」
「ゆ、勇者だと……!」
勇者はただの人間のはず。なのにこれを破ったというのか。信じられない。ただの人間が。
あのリーナという小娘もカケルという異世界の人間もたかが人間風情で特殊な力を持っている。それも上級魔族と同等の力を。
気に食わない。中途半端に力を持つ人間が。
気に食わない。人間を滅ぼそうとしない魔王が。
気に食わない。この世界が。
気に食わない。ここで死ぬ自分自身が。
「……なるほど。そこの人間に既に仕掛けていたのか。お前が俺を殺すために用意した毒を」
「――ッ!」
今、魔王はなんて言った。
リーナに仕掛けたことがバレたのは仕方のないことだと今なら思える。ここで気付かれなくてもいずれ気付かれる物だから。
だが、重要なのはそこではない。その次の魔王の言葉だ。
魔王は言った。『俺を殺すために用意した毒』と。
つまり魔王はクライネスが用意した殺す方法を毒だと勘違いしている。それなら魔王を殺せなくても魔王に絶望を見せることは出来るかもしれない。
「フッ……フフフ……フハハハ……」
「何がおかしい……」
おかしい? こんな状況を笑わずにいられるわけがない。
「いいか魔王……たとえあんたが最強だとしてもいずれ思いしるだろう自分の無力さを」
「なに……?」
「俺がここで死んでも必ず俺の浮かばれない執念がお前を不幸にしてみせる」
クライネスの言葉を戯れ言だと思ってか魔王は真剣には聞いていないようだ。でも別にそんなのはどうでもいい。
「あんたは精々人間と仲良しごっこを道化のように演じてるがいい!」
炎の火力が上がった気がした。体の感覚はほぼなく熱ささえも感じなくなってきた。
「地獄で貴様らの死を……絶望を楽しみにしてるよ。ハハ……ハハハ……アハハハハハハ!!!」
クライネスは瞳をギラつかせながらそう言うと高らかに笑いながら炎の中に消えていった。
数分後、炎が消えその場に残ったのは黒い灰の山だった。




