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失いたくない大切な人

 ルムネリアに担がれ鬼岩石の外に出たグールとリーナはそこから遠くまで逃げなんてことはせず近くで立ち止まっていた。いや、正確にはリーナだけが立ち止まっていたのだ。


 「何している……早くここから逃げるぞ」


 一人で歩くことも出来ないグールはルムネリアに担がれて運ばれていた。二人の体格差は大きくズリズリとグールの下半身を引きずりながら運ばれている。

 そんな状態でグールは後ろで立ち止まるリーナ急かすよう声を掛けた。


 「でも……まだカケルがあの中に……」


 「あいつの事は今は置いておけ。俺達が今すべきことはお前を連れて鬼村まで帰ることなんだよ」


 「でも……でも……」


 リーナはグールの言っていることを理解できないわけではない。むしろ心が痛くなるほど理由できる。

 カケルがここまで来たのも、勝ち目のない強大な相手に新たな仲間を募って戦いに挑んだのも全部私を助けるためだと理解しているのだ。

 それでも……それでもリーナは足を止めずにはいられなかった。

 いくら自分を助けに来たとはいえそれと引き換えにカケルがいなくなるなんて嫌だった。

 カケルにはまだお礼も謝罪も……伝えたい気持ちが一杯あるのだから。


 「…………やっぱり私、カケルを置いて逃げるなんて――」


 二人に自分の今の……本当の気持ちを伝えようとするリーナだが後方から発せられた爆発音により声は途中でかき消された。

 何があったのかを確認するため後ろを振り向きリーナが見た光景は絶望的な光景だった。

 リーナが見たもの、それは鬼岩石の天井が崩壊し穴という穴から大量の黒煙が吹き出しそれに混じって焦げた臭いが漂ってきた。


 「何……なんなのよこれ……まさかクライネスが?」


 「それは違うな。あいつは火が苦手だから火を使った何かは絶対にしないはずだ」


 ルムネリアの手を借りながら平らな地べたに座るグールの顔は全てを知っている顔をしていた。


 「なら誰が起こしたというのよ!」


 「……言わなくてもあんたならもう分かっているじゃないか? あいつとの付き合いが一番長いはずのあんたなら」


 それを聞いてリーナは後頭部を殴られたような衝撃に駆られた。グールの言っていることはつまりあの爆発を起こした張本人がカケルだということ。そしてグールの言う通りリーナは分かっている。ここぞという場面でカケルが自分の身を無視した無謀な特攻をすることを。


 「…………私、カケルのとこに行ってくる」


 「あぁ? 何ふざけたことを言ってるんだ! お前が戻ったら俺らは何のためにここまで頑張ったんだよ!」


 グールの言っていることは最もの事だった。それでもリーナはここで踏みとどまり二人と一緒にこの場から立ち去るという選択肢は無い。あるのはカケルを助けに行くことだけ。


 「カケルと一緒に私を助けに来てくれてありがとうございました。ここからは私の問題なので着いてこなくて結構です。それでは」


 二人に感謝をし一礼したリーナは踵を返して鬼岩石の方に走っていった。


 「マジで行きやがったあの女。ルムネリア、俺の事はいいからあのバカ女を連れ戻してこい。あいつの身に何かあったらカケルの頑張りが全て無駄になる」


 「う、うんわかったぁ。すぐにもどるからぐーるぅはここでまってて」


 近くの岩までグールを引き摺りその岩にグールを持たれ掛けたルムネリアはリーナの後を追った。


 「ったく殺戮者と呼ばれた俺がこんな損な役回りをするなんてな……俺との約束を守るためにもしっかり生きとけよ馬鹿野郎が」


 空を仰ぎながらポツリと呟いたグールは自分らしくないなと思い微かに微笑んだ。


 

=================================================


 

 爆発の影響で塞がっていた鬼岩石の入り口が空いていた。リーナはそこから鬼岩石に入るとカケルの名前を呼びながら捜し始めた。


 「カケルどこー! 居るなら返事してー! カケルー!!」


 鬼岩石の中はまだ煙が立ち込めているため視界が悪くカケルの姿どころか自分が何処にいるのかも分からなくなりそうだ。

 それでもリーナは捜し続けた。周りが見えなくてもお構いなしに歩き回った。

 

 「カケルー! カケルー! 返事してよカケルー!」

 

 爆発の規模が大きかったとはいえ粉々に消し飛ぶはずがない。必ずカケルはこの近くにいると信じてリーナは捜し続ける。

 視界の悪い鬼岩石内を捜索しおそらく鬼岩石内の中心まで行くと地面に何かがうっすら見えた。

 それは人の形をしておりリーナはそれがカケルだと決めつけ側まで駆け寄った。


 「……! 嘘でしょカケル……」


 近く駆け寄ってリーナは初めて気付いた。カケルの容姿が変わっている……いや悲惨な姿に変わっていたの方が正しいか。

 全身が黒く焼け焦げており顔もどこが目でどこが鼻なのかも分からない。

 これが衣服なのかそれとも皮膚なのかもそれすら分からなくなるぐらい焼け焦げたカケルを見たリーナの頭によぎったのは"死"という言葉だった。


 「カケル……カケル……イヤァァーー!!」


 走って側まで駆け寄ったリーナはしゃがみ嘘でしょとカケルの頬にそっと触れた。

 焼け焦げたばかりなのか頬は熱を帯びていたが人間の肌とは思えないざらつきがカケルはもう帰ってこないことを示していた。


 「イヤだよカケル……私まだあなたに言っていないことがたくさんあるのにこんなところでお別れなんてイヤだよ……」


 カケルの頭を撫でながら哀しみと戦うリーナだがスースーと何か空気の抜けるような音が聞こえた。


 「……何この音」


 爆発が有ったとはいえ鬼岩石の壊れた場所は天井のみ。仮に鬼岩石の壁に小さな隙間が出来ていたとしても鬼岩石のほぼ中心にいるリーナがそこから入る風の音が聞こえるはずがない。

 ならこの音は何だろうかと思ったリーナはもしやと思いカケルの口元に耳を近づけてみると浅くではあるがカケルの呼吸音が微かに聞こえた。


 「息してる……! カケルはまだ息をしている。まだカケルは死んでない!」


 この状態になっても生きていることに驚きもあったがカケルが生きていたという嬉しさが軽くそれを上回った。

 今ならまだカケルは助かる。早く安全な場所に移動して適切な処置を施せば助かるかもしれない。

 けど手元に医療道具が何もない現状、安全な場所は人が住む村や都市だけ。ここから近くの村まで移動するとしてそこまでカケル生きていられるかは怪しすぎる。

 それでもリーナは諦めたくなかった。万に一つでもカケルを助けられる方法があるなら無理をしてでもカケルを助けたかった。それは自分を助けてくれたお返しでもありカケルに伝えたいことを伝えるためでもあった。

 

 「待っててカケル……私が必ず助けるから」


 カケルを担ぐため上半身を起こそうとカケルの背に手を回したリーナはザッ、ザッと誰かの歩く音が聞こえた。

 その音を聞いたリーナはあの二人も来てくれたんだと人手が増えることに喜びを覚えたが実際は違った。煙から浮かび上がるシルエットは一つ。それもあの二人とは別の。

 その瞬間リーナは現実的な思考が出来なくなりそうな感覚に陥った。この場所であの二人以外の人がいるとするならそれはあいつだけだからだ。


 「まさかの自爆とは……私も想定外だったよ」


 ふらつく足取りで煙から姿を現したのはクライネスだった。カケル程ではないにしろあちこちに火傷痕があったがカケルとは違って意識もありそしてまだ動けるだけの余力まである。


 「嘘……なんで……」


 「なんで私がまだ生きてるかだろ? そんなの簡単だ。私が魔族だからだ。そこで燃え尽きた人間とは体のデキが根本的に違うのだ!」


 自慢気にクライネスは喋るがリーナはほとんど聞いていなかった。カケルの命懸けの策が失敗したことにショックを受けているからだ。


 「しかし……この私が人間ごときに傷を負い、ここまで追い詰めるとはな。それに……」


 体を震わしながら顔の左半分を押さえるクライネス。リーナはそれを見ていると一つの違和感に気付いた。それはクライネスがいつも顔の左側に着けていた仮面が無くなっていることだ。そしてその仮面の下から出てきた顔は明らかにこの爆発で出来た火傷痕ではない。もっと高火力なものによって出来た火傷だ。

 クライネス顔のの左半分は一気に熱されたのか顔の水分が全て吹っ飛んだかのように干からび黒く変色し目もほとんど焼き潰れていた。


 「私の仮面を破壊し醜い私を晒した。これはもうただ死ぬだけでは許さん。この世から塵一つ残さず消してやる」


 左手に闇のオーラを凝縮させながらクライネスは近付いてくる。その目は確実にカケルのみを捉え消すことしか頭にない。


 「見たところまだ生きているようだがその傷ではもう助からまい。まぁだからと言ってそのまま緩やかに死を待つもりなんて私にはないがな」

 

 じわじわ寄って来るクライネスにリーナは座ったまま両手を広げクライネスの前に出た。


 「なんの真似だ?」


 「き、決まってるでしょ。私がカケルを守るのよ。カケルは誰にも殺させない!」


 リーナは震えていた。クライネスから発せられる殺気に恐怖し。けれどその恐怖と戦いながらリーナはクライネスを睨み続ける。意地でもカケルを守るために。

 そんなリーナの小さな抵抗をクライネスは高らかに笑い飛ばした。


 「守る!? 貴様がか? 守るより守られる立場にいた貴様がか?」


 「そ、そうよ。確かに私には戦う強さはないよ。カケルみたいな特殊能力だってない。それでも……それでも私は……」


 張り裂けそうなほど心臓の鼓動が早くなるのを感じたリーナはギュッと左胸を鷲掴みクライネスに言い放つ。


 「私はカケルを守りたいの! カケルは私の……私の大切な人だから!」


 何とか言いきったリーナは興奮が収まらないのか呼吸が荒かった。自分に言い聞かせるように言ったお陰か心臓の鼓動も少しは落ち着き恐怖心も先程と比べれば大したことはない。

 

 「……あーこれだから人間は愚かなのだ。自分以外の他者に感情移入しすぎその結果、自らを省みない愚行を犯す。そこの丸焦げになった人間がそうだったように」


 呆れてため息をつくクライネスはしばらくリーナを見て決心したように左手に凝縮させている闇のオーラを更に大きくした。


 「そいつを見捨ててあいつらと逃げていれば助かってたのにな。本当に人間は愚かでどうしようもなく醜く弱くて脆い。だから私は人間が嫌いで嫌いでしょうがなく滅ぼしたいんだよ。だから……」


 左手を持ち上げてクライネスは上から目線で言った。


 「二人仲良く私の前から消えろ」


 終わる。このままだと二人まとめてここで終わってしまう。

 嫌だ。それだけは嫌だ。まだ何も成し遂げてないのに。まだ言いたいことも言えていないのに。村発展もまだこれからなのに。

 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。ここで終わるなんて嫌だ。

 私はまだ……まだ……。


 そのとき一瞬世界が揺らいだ気がした。ガクンと大きく。クライネスの動きがスローモーションのようにゆっくりになりそして世界は白くなっていく。

 薄れる意識の中、リーナは終わったという感情よりもこの感覚何処かで……と思いそのままリーナは真っ白な世界を見つめたまま意識が途切れた。


 そしてリーナの意識が戻り世界に色が付き始める。

 ぼんやりする目を何回か瞬きしてハッキリさせていくとリーナは不思議な光景を見た。

 自分を中心とした半径五メートルの地面が深く抉れその外周に驚きの表情を隠せないまま膝を着いてこちらを見ているクライネスの姿を。

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