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カケルの覚悟

 間に合った。良かった。

 壊れた岩のドームの跡から無事なリーナを見てカケルは安堵の息を漏らした。


 「なぜだ……なぜ生きている……。それにその鬼は何者なんだ……」


 恐らく想定外の連続で思考回路が麻痺しているクライネスにカケルはギュッと右拳を固く握りしめた。

 

 「かけるぅ~、りーなぁたすけたよぉ~」


 「あぁナイスタイミングだったぜルムネリア。お前に託して正解だった」

 

 数時間前のリーナ救出作戦を立てるときにルムネリアが着いていくと言ったときは焦ったが結果的にそれが功を成してリーナ救出に繋がったのはよかった。これも全てグールの立てた作戦のお陰だ。

 作戦内容はいたってシンプルだった。カケルとグールの二人がクライネスを相手にしているうちにルムネリアがこっそりとリーナを助けるという簡単な作戦。

 ルムネリアの力ならたとえリーナが拘束されていても力任せに壊せるうえ、担いで運び出せることも出来る。

 それに白いといってもルムネリアはまだ子供。背の低さと元のポテンシャルから考えれば隠密行動は適任だ。

 グールから作戦内容を聞いたカケルは考えに考え抜いた結果、ルムネリアを連れていくことにし、グールの案で作戦を実行することにしたのだ。  


 「あれは鬼……まさか鬼まで味方にしているとは……」


 「残念だったなクライネス。リーナは返してもらうぞ」


 と言ったものの問題はここからだ。当初の作戦ではカケルとグールの二人でクライネスを足止めし、その間にルムネリアがリーナを救出しそのまま逃げる作戦だったのだが、グールが戦闘不能状態に陥り出口も塞がれている。

 ルムネリアならリーナを担いで上の空いている部分まで跳んでいける。だがカケルと手負いのグールの二人を担いで跳ぶのはさすがに荷が重く、そもそもクライネスがそんな猶予を与えるわけがない。

 ならここはルムネリアにリーナだけを連れて逃げるのが正しい選択肢だろうか。何度も言うようだがこの作戦の目的はリーナ救出だ。リーナがこちらの手に渡った今、やるべきなのは逃走の一択。

 けど本当にそれでいいのだろうか。別にリーナ救出を否定しているわけではないのだが、仮にルムネリアがリーナだけを連れて逃げたとして果たしてクライネスから完全に逃げ切ることはできるのだろうか。

 ルムネリア達が逃げた場合クライネスはまず間違いなくカケルとグールを殺す。二人を殺し終えた後、必ずルムネリアを追いかけるはずだ。

 断言できる理由はいくつかあるが一つあげるならクライネスにとってリーナはまだ利用価値があるということだ。

 クライネスにとってリーナの利用価値は恐らく人質ではなくカケルのように誰かを呼び出すための餌だ。

 実際にこの手を使われたらアマトとメルは罠だというのを知った上で来る。必ずだ。

 あの二人とクライネスが全力でやりあえばクライネスが勝つなんてありえないがリーナを盾にされたら二人は全力で戦えなくなる。特にメルは周囲を巻き込むような大規模な魔法は使えなくなる。  

 そうなるといくら最強クラスの二人でも勝てるかどうか怪しすぎる。

 一瞬でそこまで思考したカケルは自然と自分が何をすべきなのかを悟った。だが、それはルムネリアとの約束を破る行為になる。

 自分が本当にそれをすべきなのか決断に悩んでいるとリーナを担ぎ始めたルムネリアがこちらに向かって声を掛ける。


 「かけるぅはやくここからにげよぉー!」


 「させるかッ!」


 クライネスは突き出した左手をルムネリアに向ける。あの構えからして例の闇魔法を放つつもりだろうがその手はカケルにはもう通用しない。

 ルムネリアとクライネスの間を等価交換で地面から生み出された岩の壁が遮った。


 「チッ……またこれか」


 「やっぱりあれってカケルがやったんだ……」


 岩の壁のせいで魔法の対象を失ったクライネスは左手を降ろさずにそのままカケルに向けた。


 「やはりきさまから殺すべきだな。この距離なら壁を生成しても意味ないだろ」


 「くっ……」


 クライネスの言う通りこの距離で壁を等価交換したところで無意味だ。自分と壁の距離が近すぎてクライネスの闇魔法を守れても壊れた岩の壁の破片に巻き込まれるし、何より連続での壁の等価交換はまだ出来ないに対しクライネスの魔法は連発が出来ないにしても岩の壁を等価交換するよりも先に撃てるはずだ。

 これは完全に手詰まりか。最悪、岩の壁を等価交換した瞬間に走って距離を取れば何とかなるかもしれないが岩の破片が足とかの体の一部に強く当たれば逃げ切れることができなくなる。

 左手に凝縮される闇のオーラを凝視しながら手を打つか悩んでいると視界の隅から何かが横切った。それは横長い鉄の塊で所々に赤い飛沫の着いた物体……カケルはそれに見覚えがある。

 その物体の正体は長い一本の剣でグールが持っていたそれだ。けどグールの剣はクライネスに逆利用されグールの腹に刺さったまま壁に張り付けにされていたはずなのに……。

 

 「ぐあぁぁぁ!」


 横切った剣の方に意識が行ってしまったがクライネスの叫び声でによりカケルは思考を一旦止めクライネスの方を見ると左腕にグールの剣が突き刺さった状態でクライネスが膝をついていた。


 「な、なんだこの剣は……!」


 右腕を切り落とされているクライネスは左腕に刺さる剣を簡単に抜くことが出来ずに振り回して抜こうとしていた。が、思ったよりも剣は深く刺さり、勢いだけで抜くならまだ時間が掛かりそうだ。

 なら、とカケルはクライネスから視線を外し剣の飛んできた方角……グールが張り付けされた場所を見るとグールは張り付けさらておらず自らの二本の足でしっかりと地面に立っていた。その腹部は赤く染まりはしているが刺さっていたはずの剣は無くグールは肩で息をしていた。


 「はぁ……はぁ……ゆ、油断大敵だぜ……知将さんよ……」


 「グール!」


 恐らくグールはクライネスの意識がこちらに向いている間に自らに刺さる剣を抜いてクライネスに向かって投げつけたのだろう。ズタボロで動くこともままならないと思ってたのにこのタイミングで反撃をするとは。ここに来て改めてグールが味方で良かったと思った。


 「死に損ないの罪人風情が……」


 左腕を振り回し無理矢理剣を引っこ抜いたクライネスは反撃をすることなくその場で立ち尽くしていた。

 クライネスが立ち尽くのも無理はない。右腕切断に左腕の損傷。更に両足に刺傷とかなりの血を流している。いくら魔族と言えどこれだけの量の血を流せば死に至るはず……なのにクライネスは倒れるどころかまだ動こうとしている。


 「不死身かよこいつ……」


 ポツリと呟くとグールの元に駆け寄ったルムネリアがカケルに向かって手招きしながら叫んでいた。


 「かけるぅはやくぅ~! いまならにげれるぅ~!」


 もう立っているのが限界なグールの腕を小さな肩に回しリーナを担いでいるルムネリアは既に上に飛ぶ準備ができていた。あとはカケルがルムネリアの伸ばす左手に掴まれば晴れてカケル達はクライネスからリーナを助け出し逃げ切ることに成功するだろう。

 そう作戦成功まであと少しなのだ。あと少しなのにカケルは立ち上がっただけでルムネリアの方には行かなかった。


 「かけるぅなにしてるのぉ!」


 「なにしてやがる……!」

 

 ルムネリアとグールが呼んでいる。そんな二人にカケルは感情を圧し殺したように素っ気なく言った。


 「……みんなは先にここから出ていってくれ」


 その発言に三人はカケルの意図が組めず呆然とカケルを見つめていた。

 

 「かけるぅ?」


 「まさかお前……」


 リーナとルムネリアはまだカケル意図に気付いていないがグールだけは気付いたようでカケルの目を見つめた。


 「二人を頼んだ」


 「え……カケル何を言って――」


 リーナが最後まで言葉を紡ぐ前にグールが叫んだ。


 「ルムネリア! 早く跳べ!」


 「え……でもまだかけるぅが……」


 「いいから早く!」


 「ひっ……!」


 グールの気迫に怯えたルムネリアは言われるがままに天井にぽっかり空いている穴の部分まで跳躍する。


 「待ってまだカケルが!」


 遠退いていく三人の姿をカケルは目に焼き付けるように見続けた。全てを悟ったような表情をするグール。怖さをもしくはこれから起こる現実を堪え涙を浮かべるルムネリア。そして悲痛な声でカケルの名前を呼び続けるリーナ。

 カケルはこの三人が外に出て姿が見えなくなるとクライネスに向き直った。

 最後に聞こえたリーナの声を胸に刻みながら。


 「なぜ逃げなかった」


 クライネスの問い掛けにカケルは淡々と答える。


 「簡単な話あんたを倒せるチャンスが目の前にあるのにそれをみすみす逃すのは得策じゃないって思ったんだよ」


 「フッ……さすがは愚かな人間だ。いくら私が手負いだからと言っても無力な人間ごときに負けるわけないだろ」


 クライネスの言っていることは事実だ。剣や銃、魔法も使えないカケルと手負いだけど人一人殺す余力はあるクライネス。こんなの火を見るより明らかだ。


 「まぁ死に損ないとはいえあの罪人と鬼の餓鬼と一緒に戦えば多少は勝ち目が――」


 「それはお前が勝つパターンだろ」


 「ほう……私の最後の策に気付いていたか」


 「気付いてたというより考慮していたというのが正しいかな」


 カケルが考慮していたのはクライネスが自滅覚悟の攻撃を仕掛けてくる可能性だ。

 実はこの可能性はグールに指摘されたものだ。

 わざわざクライネスが鬼岩石の内部に誘い出したのは最終手段として鬼岩石を破壊させて自分ごとカケル達を生き埋めにするため。

 現にズタボロのクライネスが一方的に不利な場面でもこうして余裕なのはまだ戦う手段が残っている証拠だから。

 だからカケルはあの三人を先に逃がした。カケル一人ならクライネスはきっと最終手段を使わないと読んだから。


 「やはり貴様は人間のわりには頭が切れるな」


 「よく言われるよ」


 「けどだからなんだって言うんだ? 仲間は巻き込まずに済んだかもしれないがどうやって私を倒すつもりなんだ? お前が無力なのは変わらない事実だろ」


 この事実は変わらない。けどあの三人がいなければこの事実は逆転する。

 カケルは何の考えもなしに残ったわけではない。

 油断するクライネスにカケルは懐から取り出した財布を投げ付けた。


 「そんなちんけな攻撃が私に通用するはすが――」


 「それはどうかな?」


 クライネスが財布を払おうとした瞬間にカケルは等価交換で財布を巨大な風船に交換した。

 クライネスは一瞬こそ驚いたが難なく風船を切り裂いた。クライネスはただの風船と思っていたがカケルが交換したのは普通の風船ではなく水風船だ。

 破裂音とともに中身の液体を全身に浴びたクライネスは濡れた顔でカケルを睨んだ。


 「何の真似だ」


 「何のって……そりゃこれからお前を倒す算段の一つだよ」


 ポケットからライターを取り出したカケルはカチッと火をつけた。


 「……!? 貴様! 魔法を使えないのではないのか!」


 「あぁ使えねーよ。だからこれは魔法じゃない」


 「魔法じゃないならどうして火をつけれるんだ!」


 火をつけている原理を一々説明するのがめんどくさくため息をつくがクライネスのたじろく姿からして火が弱点なのは本当のようだ。


 「さてと……その傷じゃあ満足に動けないだろ?」


 「だからどうした! 貴様が何を考えてるか知らないが水を被っている私に火が通用すると思うのか!」


 「あー……残念ながらそれ水じゃなくて"油"なんだ」


 「なに?」


 ようやくカケルの考えが分かったクライネスは距離を置こうとするがやはりその傷では動けない。

 カケルは僅かにポケットの中に残したお金でガススプレーに等価交換するとそのままライターの火に向かってガスを噴射した。

 ガスは火を通り火炎放射になりクライネスに滴る油に着火しクライネスを炎が包み足下で水溜まりとなる油にも火がつき大惨事だ。


 「ぐ……! ちょこざいな。だがこの程度の炎で私は!」 

 

 「その程度で倒れるとは俺も思わねーよ。だから……!」


 カケルは残りの金額でコップとその中に入るだけの水を等価交換したカケルは微かに口角を上げた。


 「何をするつもりだ!」


 「なーにちょっとした我慢比べだよ。俺とお前どちらが先に燃え尽きるかのな!」


 カケルはコップの中の水をクライネスにぶちまけた。水が火に掛かった瞬間、炎は急激に火力が上がりカケルを巻き込むほどの火柱を上げ大爆発を起こした。

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