謝りたい。助けてほしい。
暗い。地面から競り上がった岩に閉じ込められたリーナはこの状況を把握しきれないでいた。
ただでさえカケルが助けに来てくれたことに困惑し見知らぬ魔族がカケルと共闘しクライネスの前に立ちはだかったりで状況を把握するのに精一杯だったのにその思考処理を強制的にシャットアウトするように岩に閉じ込められリーナは何がなんだか分からなかった。
分かるのはリーナを閉じ込めたこの岩壁をカケルが作り出したことだが、今までカケルがこのようなことをしていなかったので本当にカケルがやったのか確信が持てないでいる。
「どうしたらいいんだろ私……」
もしこれが本当にカケルがやったものならカケルは一体なんのためにこんなことをしたのだろうか。
真っ先に考え付くのはカケルがリーナを戦いの余波、もしくはクライネスとの接触を避けるべくやった行為の二つだ。
リーナの居ない間にカケルが等価交換の使い方を更にマスターしているならこれしきの行為、不可能なはずはないと思うが一瞬にして視界が暗くなったため結局、考察の域を出ない。
「でもこれ……私が何も見えないってことは周りも私のことが見えないってことじゃ……」
もしそうならこの手枷を外すチャンスのはずだ。
リーナは繋がれる二本の鎖の部分を片方ずつ持つと魔法で一気に熱した。
「……ッ……熱い……」
直で鎖を熱しているため魔力の熱がリーナの手も同時に熱してしまう。
だけどリーナは手を離さない。自らの自由を拘束するこの鎖を破壊する千載一遇のチャンスなのだから。
「ぅう……あ、あと少しで……あと少しで壊せる」
握っている部分がだいぶ赤くなってきた。ここまで熱せれたら非力なリーナでも力任せに引っ張れば壊れるはずだ。
鎖から手を離したリーナは別の部分を素早く握り同時に引っ張る。熱した部分が冷めて固まらないうちに。
「うぅ~~ッ! もう少し~もう少しで壊せる~」
狭い空間で諦めずに鎖を引っ張り続けると鎖からピシッと甲高い音が聞こえリーナは渾身の力で思い切り引っ張ると鎖はバキィィンと千切れた。
「やった……なんとか壊せた……」
無事に鎖を壊すことはできたが鎖を壊す代償として両手の大火傷が痛すぎる。これではしばらくの間、満足に物は持てないし治ってもこの火傷痕はずっと残り続けるだろう。
「……お父さんがこの手を見たらきっとカケルを怒って悲しむよねー……」
自分の手を見つめながらそんな事を考えてしまったリーナは頭をかぶりふってズレた思考を元に戻す。
今考えるべきことは拘束が解かれた自分に何ができるかだ。
一番理想的なのはこの岩のドームから出てクライネスに気付かれないようこっそり出ることだが、ここを出れたとしても肝心の出口をクライネスが塞いでしまった。空を飛べないリーナにはこの岩のドームから出れたとしてもここ鬼岩石から出ることは出来ない。
なら、カケル達と共闘して一緒にクライネスと戦うという案もあるが火を出す程度の魔法しか使えないリーナではとても戦力になるとは思えない。
それに下手にここから出てまたクライネスに人質として捕られたらカケル達の足を引っ張ることになる。それならここから出ない方がカケル達にとって都合がいいはずだ。
「……私って本当に役立たずだね……いつもカケルに迷惑かけてそして助けられて……」
卑屈になってこれまでの自分の行いを振り替えると本当にカケルに合わせる顔がなかった。
初めて出会った時からそうだった。カケルは困っていた自分に何の見返りも求めずに食べ物と衣服をくれた。
そしてカケル自身の目的のためとはいえ寂れたハンデル村を一生懸命発展させようと人一倍努力してくれている。
他人が困っていたらつい助けてしまう。たまに他人の事を考えずに物事を決めてしまうのは悪い所だがそれを含めてもカケルが優しくていい人には変わりない。変わりないのにリーナはそんなカケルに酷いことを言って手を払い除けてしまった。その後、フェルが励ましアドバイスをくれたこともあって何とかカケルと向き合う勇気がついたのに、いざ近くにカケルが居るとなると思考が停止し言葉がつまる。
謝りたい。お礼を言いたい。ただそれだけのことなのにどうして出来ないのだろうか。
足を三角に折りたたみ座り直したリーナは両膝に顎を乗せ深く落ち込む。
「私にもっと力があれば少しは役に立てたのかな……」
アマトのような力があれば……。メルのような魔法があれば……。アーシアのような速さがあれば……。フェルのような淫術があれば……。リュオのような一撃の技があれば……。
カケルのような臨機応変の発想力と等価交換があれば……。
私にもみんなのようなオリジナルな取り柄があれば……。
自分の不甲斐なさを改めて実感したリーナは更に深く落ち込み嘆いているとドーンドーンと周りが急にうるさくなってきた。
「……だいぶ外が騒がしい……カケル……大丈夫よね……」
騒々しくなる外が気になり始めたリーナは落ち込むのを止めて岩の壁に手と耳を当て外の様子を伺うが壁が分厚すぎるのか全く外の音は聴こえない。
「なんで聴こえないだろー……さっきは聴こえたのに……」
不思議に思いつつもう一度壁に耳を当て目を閉じ全神経を耳に集中させる。が、外の音は聞こえなかった。
「やっぱり聴こえない……私の聞き間違いだったのかな……」
自分の勘違いだと決めつけたリーナは壁から手を離した瞬間にドーンという音を聞いた。
「……聞き間違いじゃなかった。やっぱり外が騒が――」
ズドーッン!!
一瞬、世界が揺らいだように感じた。だがそれは勘違いで揺れたのはリーナを閉じ込めるこの岩のドームだった。
「え、え、な、何が!?」
ズドーッン、ズドーッンと一定間隔に音が聞こえ同時に岩のドームも震動し頭上からパラパラと小石が落ちてきた。まるで何かがこの岩のドームを攻撃しているようだ。
「……もしかしてクライネスがカケルを倒してしまったの!? だからこうして私を取り返そうと……」
ならカケルは一体どうなったのか。気を失っているのかそれとも――。
「嫌だ……嫌だよカケル……カケ――」
頭を抱えて体を震わすリーナに追い討ちをかけるように岩のドームの一部が壊された。
「ひっ……! 嫌……嫌……」
逃げようと試みるもこの狭い空間ではまともな逃げ道はなくそれよりも恐怖のせいか体に力が入らない。
幸い壊れた衝撃で土煙があがり互いに姿が見えない状態。体に鞭打って無理矢理動かせばまだ逃げれるかもしれない。
カケルがもし本当にやられたのならリーナが今すべきことは悲しみ嘆くことではない。カケルの頑張りを無駄にしないために生き延びてここから逃げ出すことだ。
四つん這いになりながら穴の空いた部分から逃げようとするがやはり上手く体が動かずぎこちない。
必死にこの場から逃げようとしたが結果的にそれは叶わず逃げるより先に土煙が晴れてしまった。
万事休す。これではまた首を掴まれ意識を奪われてしまう。と考え目をつむってしまうリーナだが一向に首どころかどこも掴まれない。
なんで何もしないんだろうかと思うと「みつけたぁ」という無邪気な少女の声が聞こえた。
「えっ……どうして……」
こんな所で少女の声が聞こえるわけがない。こんな殺伐とした場所に。
何かの聞き間違いだとリーナはゆっくり目を開けると空いた岩の壁に立つ小さな女の子が立っていた。
見た目からして少女というよりかは幼女だけど……それでもこの場所に不釣り合いな存在だ。
いやちょっと待って……よく見れば幼女の額に普通の人間なら生えていない一本の角が生えていた。
一本の角が生えた生き物はリュオしか見たことないリーナだが魔族が来た当初、父親からある程度魔族の種類を聞いた中に角の生えた怪力人間『鬼』という種族がいることを。
もしこの幼女があの分厚そうな岩の壁を破壊したのなら見た目からして鬼であることは間違いないが一体なぜこんなところに鬼の幼女が……。もしかしてクライネスが呼んだ援軍なのだろうか。それならどっちにしろ逃げないといけないのだが……。
「だいじょうぶ? けがぁしてないぃ?」
「え……う、うん。大した怪我はしてないけど……」
「そう! それならよかったぁ~」
ニコニコと笑顔で言う鬼の幼女に敵対心はなさそうだ。けど本当に信用していいのかはまだ分からない。
ならここは賭けにでてあの幼女が敵かどうかを探るのが最も重要だと判断したリーナは勇気を出して話し掛ける。
「ね、ねぇあなたは……誰なの?」
「わたし? わたしはるむねりあー! おねえちゃんはりーなぁだよねぇ?」
「え、そうだけど……どうして私の名前を?」
ルムネリアと名乗る鬼の幼女がリーナの名前を知っているのが不思議だったがその疑問はすぐに晴れた。
「かけるぅからきいたのぉ~」
「カケルから!」
「うん! かけるぅから! それでかけるぅからたのまれたのぉ。すきをみてりーなぁをつれだしてくれって」
「カケルが!」
ルムネリアの口からカケルの名前が出たことに驚いたがそれよりもカケルがこんな小さな子を巻き込んだことに驚いた。
またカケルの人の気持ちを考えずに物事を決めてしまう悪い癖が出たのかと思ったが冷静に考えればいくらなんでもカケルが小さな子を巻き込むとは到底思えなかった。
「カケルが頼んだって本当なの?」
「んーわたしがおねがいしたの。わたしもかけるぅのちからになりたいって」
「あ、そうなのね」
それなら半分は納得するが残り半分はやはり納得できない。いくらルムネリアからお願いしたとはいえこんな場所にルムネリアを連れてくるのは如何なものか。
だが考えようによっては別だ。この子を連れてこなければリーナを助けられないとカケルが考えていたのならその推測は正しかったと言えよう。
「はやくここからにげよう。たぶんだれもきづいていないとおもうのぉ」
「え、あ、うん、そうだよね……」
手を差し伸べてくるルムネリアの手を素直に取ろうとすると後ろからドドドドと何か迫りくるような音が聞こえて……。
「え、なに!?」
後ろを振り返るとミシ、ミシと壁が軋み大きな亀裂が入った。
「なになに!? 今度はなんなの!」
「あぶない!!」
壁が砕けると同時にルムネリアが強引に手を引っ張りリーナを無理矢理岩のドーム内から外に引っ張り出された。
岩のドームから完全に出るとタイミングよく岩のドームは爆発し土煙を出しながら跡形もなく無くなった。
バクバクする心臓の鼓動を落ち着かせるため深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせた。
「なんとかなった。ききいっぱつ」
ルムネリアも冷や汗をかきはするも安堵の表情だったのでリーナも少しだけ笑みを浮かべながらルムネリアにお礼を言った。
「ホントにそうだね。ありがとう」
お礼を言った後リーナは周りの様子を見ようと顔を上げると嬉しそうな表情をしているカケルと目があった。




