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激闘

 グールとクライネスは互いに距離を取って睨み合っていた。先のつばぜり合いで二人は互いの実力を確認しあっている。

 クライネスは鉤爪を右手だけでなく左手にも着用し本気モード。それに対しグールは真っ直ぐ剣を構えて臨戦態勢。

 ハヤトから聞いた話だがアーシアがクライネスに敗北した原因は毒による意識混濁と単純な力負けが原因らしい。

 その点グールは意識ははっきりしてるし囚人魔族なだけあってクライネス相手でも力の方は五分……いや剣によるリーチと一撃の強さならグールの方が上だ。


 それなのに二人が動かずに睨み合って硬直状態になっているのはきっとリーナの存在だ。

 二人の魔族の全力のぶつかり合いは少なからず周りにも影響を及ぼすはず。カケルは逃げ回れるから問題ないがリーナは手が拘束されているから動くことが出来ない。

 カケル達の最優先すべき目的はリーナ救出。そのためグールが簡単に動けないのは分かるがクライネスまで動かないのは分からなかった。

 クライネスの目的はカケルを殺すこと。リーナはカケルを呼ぶための餌にしか過ぎないはずなのにクライネスもリーナを気に掛けてるように動かない。

 クライネスならカケルが来た時点でリーナを切り捨てるなりリーナを人質にしてカケル達を無力化するなりすればいいのにそれをする素振りも見せない。

 つまりクライネスもこれ以上リーナを傷付けてはいけない理由があるということ。それはクライネスがまだリーナを使って何かをしようとしている事になる。

 ならクライネスがリーナを気にしている今ならリーナを助け出すチャンスがあるはずだ。


 「おいグールグール……」


 「あ? どうしたんだよこそこそと」


 「もしかしたらクライネスもリーナを気にして満足に動けないのかもしれない」


 「なに?」


 あくまでも状況証拠によるカケルの勝手な仮説にしかならないがこの状況を打開しこちらにとって有利な状況に変えるには一か八かの賭けにでるしかない。


 「俺に考えがある。カウントするからゼロと同時に全力でクライネスに攻撃を仕掛けてくれ」


 「いいのか? 俺が全力で攻撃したらお前の助けたいあいつも怪我をする可能性があるぞ」


 「大丈夫だ。俺がリーナを守るからお前は戦いに集中してくれ」


 グールをすぐに返事せずにカケルの真意を探るように目を見るとふぅと短く息を吐き出す。


 「分かった。俺はお前を信じてあいつを倒すことだけに集中しよう」

  

 「サンキューなグール。……じゃあ行くぞ……三……二……一……」


 カウントしながらカケルはイメージする。リーナを守る強固な岩のドームを。グールの自爆覚悟の大爆発にカケルは等価交換で岩の壁を産み出した。だがあれは強度不足で呆気なく崩れた。前回の失敗を今回もすれば確実にリーナは傷付く。そうならないためにも何度もイメージする。分厚く……なお分厚く。岩を圧縮し、鉄をも越える強度を。

 脳内で明確にイメージ化される岩のドーム。これならいけると確信したカケルは叫ぶ。


 「……ゼロッ!」


 カケルの合図通りクライネスに向かって飛び出したグール。クライネスの表情があまり変わっていないため虚を突いた攻撃にはなっていないが先手は取れた。

 グールとクライネスが激突する僅かな一瞬の間にカケルは地面に両手を付けると念じる。リーナの周りに強固なドームを……と。


 「な、なに!?」


 グールの剣とクライネスの鉤爪が再び交差する刹那、リーナを包むように地面が競り上がり一つのドームになる。

 リーナの驚く声に咄嗟に後ろを見てしまった隙をグールは逃さない。


 「よそ見とはずいぶん余裕だな知将さんよ!」


 「くっ……!」


 上段から降り下ろされる剣を鉤爪を交差し受け止めるがグールはそれを見越していたかのように回し蹴りに切り替え無防備なクライネスの腹を蹴飛ばす。


 「ガハッ!」


 クリーンヒット! これは決まったと思うも吹き飛ばされたクライネスは空中で態勢を立て直すとリーナの周りを覆うドームの上に着地する。


 「チッ……罪人ごときが……」

  

 軽く腹を擦っているが当たる直前で後方に自ら跳んで威力を軽減させたようだ。


 「にしてもなんだこれは……あの人間はただの人間ではないのか……とにかく早くこれを壊さなくては……」


 腕を振り上げ岩のドームを破壊しようとするクライネスだが、そんな時間をグールが与えるわけなかった。


 「おいおい本当に余裕そうだな。殺戮者グールと呼ばれていた俺を前にしてな」


 クライネスとの距離を一気に潰すと下から上、上から下と剣を振り上げて振り落とす。

 グールのこの攻撃を受けたら不味いと思ったのかクライネスは受け止めずに横に跳んで避けた。


 「どうした知将! あんたの実力ってこんなもんなのか!」


 クライネスが着地する前に攻撃を仕掛けようと同じ方角に跳び追いかけるグールは体を回しながら打ち上げるようにクライネスに斬りかかる。

 さすがに空中では方向転換が出来ず仕方なく鉤爪で受け止めるが互いに踏ん張りの利かない宙で回転により威力を上げたグールの攻撃を受け止めきれずにクライネスは天井まで打ち上げられるが最初からそれが狙いかのようにリカバリンクし天井に足を付けると岩のドーム目掛けて一気に急降下する。


 「しまった!」


 クライネスは端からこれが狙いだった。体重を乗せた一撃で無理矢理ドームを破壊するつもりなのだろうが今度はカケルがその邪魔をする。

 両手を地面につけた状態でいたカケルは岩のドームに針ネズミのような鋭い刺が伸びるイメージをし実行する。


 「ぬわっ!」


 クライネスは岩のドームから生える無数の岩の刺に串刺しに――なんて都合のいい話はなかった。

 刺の上に落ちる前に一本の刺を掴んでいたクライネスはそのまま地面に着地すると鬼の形相でカケルに襲い掛かる。


 「うわっ! 俺にきた!」


 真っ直ぐ右腕を伸ばし来るクライネスにカケルは臆して逃げるようなみっともないことはせず自分とクライネスの間に岩の壁を地面から産み出す。

 ガシュン――。クライネスの鉤爪は岩の壁を突き抜けてきたがカケルに届くことなく岩の壁に挟まってしまう。


 「小癪な真似を……!」


 「いいぞカケルそのまま固定しとけよ」


 簡単にグールは言うが別にクライネスが勝手にやったことで簡単に抜かれてしまうだろう。

 でもこれはもう一つのチャンスなのかもしれない。目の前にはクライネスの武器である鉤爪の爪先が見える。そしてクライネスの位置からではカケルが何をするか見えない。ならここは逃げられると分かっているならカケルにしか出来ない武器破壊をして戦力を削ぐしかない。


 「今楽にしてやる!」


 「調子に乗るな! 罪人がぁ!」


 ミシッと挟まる爪が微かに動く。このチャンス逃すわけにはいかない。カケルはクライネスの鉤爪の先を掴むと何でもいいから鉱石になるよう交換する。

 

 「はあぁぁあ!」


 気合いの声とともに剣を大きく振り上げたグールに対し油断してか無防備になったグールの心臓を狙おうと勢いよく岩の壁から鉤爪を引き抜いたクライネスはそのまま心臓を貫こうとするが肝心の鉤爪が右手に着いてなかった。


 「……は?」


 「うおらぁ!」


 グールの降り下ろされた剣はクライネスの右肩を捉えそのまま絶ち斬った。


 「ぐわぁぁああ!」


 クライネスの絶叫が聞こえ岩の壁の横からひょこっと顔を出すと無くなった右肩部分を押さえのたうち回っていた。


 「どうなっている……どうなっているんだ! なぜ俺の武器が無くなっているんだ!」


 「簡単な話だ。俺があんたの武器を鉱石に等価交換したんだよ」


 「な、なにぃ!」


 両手に持つ様々な鉱石をポロポロ落としながらカケルはクライネスの前に出ていき左手に着いている鉤爪も右手のと同様に鉱石に等価交換した。


 「なんだその術は……」


 「神様から貰った俺の唯一の武器だよ。……さぁこれでチェックメイトだクライネス。大人しく降参するんだ」


 下からカケルを見上げるクライネスの表情はこれ以上ない屈辱を味わっているようだった。


 「誰が……誰が降参なんぞ……たかが人間と罪人ごときに……」


 「こんなときでも口数が減らねー奴だな」


 剣を肩に乗せて呆れるグールはこのままクライネスを殺していいかカケルに訊ねた。


 「…………そうだな。魔王がどう動くか分からないから出来れば生け捕りにしたかったけど……これ以上こいつを野放しにするわけにはいかないからな……」

 

 「つまり殺していいと?」


 カケルはその問いに無言で頷いた。

 殺しの了承を得たグールは一気にクライネスを殺すような真似はせず逃げられないように両足を剣で貫いた。


 「ぐわぁあ!」


 その行為になんの躊躇いもないグールを見るとこいつが殺戮者と呼ばれた理由が分かる。


 「さぁこれで終わりだ」


 クライネスの心臓の真上で剣を垂直に構え直しグールは冷めた目付きでクライネスを見るがクライネスは気でも触れたか笑い始めた。


 「何がそんなに可笑しいんだ?」


 「クックックッ……そんなの決まっているお前らが私に勝ったつもりでいるからだよ」


 「はぁ? 何を言ってるんだ! こんなのどう見てもお前の敗けだろ!」


 武器もなくなり片腕も斬られ、挙げ句の果てには両足も潰されと誰がどう見てもクライネスの敗けは確定でここから逆転の余地など一つも無いはずだが……。


 「忘れたか! 私にはまだ魔法と……そしてあの人間がいることを!」


 「……ッ! グール今すぐやれ!」


 「言われなくても!」


 カケルが言うよりも先にグールは剣を下ろすがクライネスは体を横に反転し紙一重でかわし標的を無くした剣はそのまま地面に突き刺さる。

 クライネスはそこから逃げることなく左手に闇の魔法を発動させるとそれを地面に叩きつけながら爆発させた。

 

 「ゴホッ! ゴホッ! 大丈夫かグール!」


 爆発した地面から出てくる煙に巻かれグールとクライネスを見失ったカケルはグールの無事を確認するため声を掛けるが返事がなかった。


 「グール……おいグール! 大丈夫なのか返事しろよ!」


 少しでも煙を払おうと適当に手を振り回しながら前に進むとポタッポタッと水滴が地面に落ちる音がする。


 ――なんだこの音は? 雨は降っていないはずだぞ


 謎の水滴に気を取らまいとグールを捜すのに集中していると足元に赤い斑点があった。


 「なんだこれ?」


 赤い斑点がなんなのか調べようと顔を近づけようとしたときポタポタと上から赤い滴が落ち赤い斑点を増やした。

 上から一体何が落ちているんだと顔を上げるとグールの持っていた剣が浮いていた。

 地面に刺さっていたはずの剣がどうしてと思ったがきっとグールが抜いて持っているのだろうと決めつけ安心して近付こうとしたが、


 「油断大敵とはこのことだなククク……」


 嫌味ったらしいその声はグールのものではないと直感で判断したカケルは急いで距離を取ろうとしたが足がすくんで動けなかった。

 何故なら煙から出てきたのはグールだったがグールの体のど真ん中を剣が貫きその剣の柄をクライネスが握っていたからだ。


 「グフッ!」


 「ぐ、グール!」


 口から吐き出された大量の血が地面にばらまかれる。この瞬間カケルはあの赤い斑点がグールの血であったことに今更ながら気付いた。 


 「情けない……情けないなぁー。昔のお前ならあの決定的殺しの場面で許可なんて取らずに即行で俺を殺していたはずだ」


 「く、くそう……」


 一瞬だ……あの魔法による目眩ましをされただけで戦況がガラリと変わった。

 クライネスの言う通り油断だ。勝てると思ったからこその油断だった。


 「やはり人間と関わるのは危険のようだな。狂気に満ちていたこいつでさえ牙を抜かれ弱体化する」


 剣の柄を手放したクライネスは最初の仕返しのように回し蹴りでグールを壁まで飛ばす。力の入らないグールは受け身もなにも取れず壁に激突し体に刺さる剣が岩壁に突き刺さり貼り付け状態になった。


 「私も考えが甘かった。まだまだ利用価値があると思い人間を取っていたから今回、足下を掬われた」


 左手をリーナのいる岩のドームに向けるとクライネスは詠唱を始めそれに呼応し左手に闇のオーラが凝縮される。


 「まさかクライネスの奴……! そうはさせるか……」


 あのドームごとリーナを消そうとするクライネスに対しカケルは何重もの岩の壁を作り出しクライネスの魔法に対抗しようとしたがクライネスもそうそう同じ手を食らうような奴ではなかった。


 「フッ……隙だらけだ人間」


 詠唱をしていたクライネスはカケルが何かしようとしていたのを気付いていたためカケルの腹を思い切り蹴飛ばした。


 「ガハッ!」


 「お前のその能力は厄介だが隙だらけだ」


 「く、くそう……」


 クライネスの蹴りがもろに入ったせいで力が上手く入らず、岩の壁を作り出すためのイメージすらも出来ない。

 これではクライネスの攻撃からリーナを守ることが出来ない。


 「そこで這いつくばって見ているんだな。自らの過ちで大切なものが消える瞬間を!」


 「止めろクライネス!」


 カケルの必死な制止の声をクライネスが聞くわけもなくゲスな笑みを浮かべると左手に凝縮された闇のオーラを岩のドーム目掛けて撃ち放った。


 「止めろォォオオ!!」


 闇のオーラは無慈悲に岩のドームに直撃し爆音とともに砕け散った。


 「ウソ……だろ……リーナ……返事をしてくれよリーナ!!」


 地面に思いっきり右拳を叩き付けた。捻挫した手だが今はそんなのはどうでもいい。不快な自分の罰には温すぎる。


 「ハハハ! どうだ見たかあの人間の最期を! 実に綺麗な最期ではないかハハハハハハ!」


 高らかに笑うクライネスにカケルはリーナを失った哀しみよりも怒りの方が上まった。

 だがあえて表に出さずに内に秘めることによってカケルは怒りを闘志に変えようとした。

 息はあるだろうが戦闘からグールがリタイアし、守らなければいけなかったリーナもいなくなった。本来なら最後の……本当に最後の手段として残していたとっておきが今なら使えるとカケルはゆったりと立ち上がった。


 「ほぉーこの状況でまだ私とやろうというのか。いくら私が片腕や武器を失ったとはいえお前のような弱小人間に負けるつもりはないぞ」


 クライネスの言っていることは事実だ。武器や素手による護身術が何一つ出来ないカケルが今更肉弾戦を挑んだところで勝てるわけがない。

 でも全く太刀打ちが出来ないというわけでもない。相討ち覚悟の特攻なら一つだけある。


 「さぁー何か手があるならやってみろ。私は逃げも隠れもせんぞーんー?」


 煽っている。完全にカケルのことを煽っている。けどそれは反って好都合。ここまで油断しているなら上手くいくかもしれない。

 懐に入れている財布を握り特攻の準備を開始しようとしたがクライネスの背後……岩のドーム周辺に上がっていた煙が薄れていた。


 「何もなしか? なら私がここで引導を――?」


 カケルの視線が自分でなくその後ろに向けられているのに気付きクライネスも後ろを向き岩のドームの方を見ると「なっ!」という驚きの声を上げた。

 カケルはというと驚きの声よりも「間に合ったのか」という安堵の声しか出なかった。

 カケルとクライネスが見た光景。それは薄れゆく煙の中から二つの人影。


 「なんとかなった。ききぃいっぱつ」


 「ホントにそうだね。ありがとう」


 煙の中から聞こえる二人の会話。クライネスは信じられないと言わんばかりによろめいた。

 煙から見える二つの人影。それは消されたと思っていたリーナの腕に包まれる白い鬼の少女ルムネリアの微笑む姿だった。

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