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鬼岩石へ

 朝になりルムネリアも夜叉形態から通常状態に戻り鬼村での一連の事件が全て解決したがカケルの中ではまだ一つ鬼村と別の解決できていない問題がある。

 それはリーナの救出。クライネスの手紙から今日、正午に鬼岩石へ来るように言われている。行かなければリーナの命がないからだ。

 しかし、行ったからといってリーナを解放してくれるのかこれすら怪しい。カケルを殺した後にそのままリーナを殺す可能性だって十分にありえる。

 それを回避するにはクライネスを打ち破り捕らわれたリーナを救出するのが一番いいパターンだが、このボロボロな状態では勝機はないだろう。

 左腕は骨折でまともに動かず、右手首は捻挫し右手の可動範囲が制限され、更に大量に血を流しすぎてもう立っているのがやっとのレベル。

 こんな状態では百パーセント返り討ち。無駄死にだ。それにルムネリアにはこれから俺が面倒見てやるからなと約束した以上、自らの命を使った戦いは出来ない。

 そのためカケルは正午までの残り数時間を体力回復に務めるのとクライネス及び鬼岩石の構造について知ることにした。

 鬼岩石は村の中で知らない鬼はいないとされるぐらい知名度のある場所のようで村長に聞いたらすぐに鬼岩石の場所と構造を詳しく教えてくれた。

 そしてもう一つのクライネスについてだがこればっかしは鬼の誰も知らず、知れてクライネスが知将と呼ばれ魔王の右腕とどれも知っている情報ばかり。

 だが望みが断たれた訳ではない。まだクライネスの事を知っていそうな奴がいる。

 そいつは鬼村を襲った集団のリーダー格でありクライネスという名を口にしたグールと呼ばれる魔族だ。

 そいつからクライネスの事を聞き出そうと村の中央付近に縄で縛られている状態で集められている集団の中からグールを見つけたカケルは早速聞き出そうと近付いた。


 「…………俺に何のようだ人間」


 「捕まってんのにこいつの態度でけーな」


 汚物を見るような目付きでカケルを見るグールにもう聞くの止めようかと思ってしまうが少しでも情報が欲しい今、ここはグッと堪えなければ。


 「……クライネスについてあんたが知っていることを色々教えてほしいんだ」


 「誰だそれは。俺はクライネスの事を何も知らねー」


 「嘘だな。俺はあんたの口からクライネス(・・・・・)って聞いてる。少なくともあんたはクライネスとは何らかの関わりがあるはずだろ」


 顔をひきつったということはやはりグール率いるこの集団とクライネスは何らかの関わりがあるということだ。


 「クライネスの事を知っているなら話してくれ。俺には少しでも情報が欲しいんだ!」


 カケルとグールは敵同士。きっとグールは簡単にクライネスの事を話したりはしないんだろうなと頭の隅で考えていたら、


 「……別にいいぜ。話してやるよ」


 「そっか……やっぱり駄目か…………ってええ! 話してくれんの!?」


 「自分から聞いておいて何を言う」


 「いやだって俺とお前は敵同士だからてっきりそう簡単には話してくれないんだろうなーと思ってたから……」


 グールの見た目からしてこういう事には口を割らないと思っていたのだが意外と忠誠心とかないのか。それとも単にクライネスの人望がないだけか。


 「俺とお前は敵同士なのは事実だ。けどこうして捕まってしまったんだ。どのみち俺達はクライネスか魔王に始末される運命。なら下手に黙るよりかは喋ることを喋って消えてーからな」


 自分達が始末されると分かっているのにこの落ち着きっぷり。つまりこいつらは全員、死ぬ覚悟でここに襲撃してきたことになる。


 「それで何を聞きたいんだ? 俺が知っていることなら隠さず話すさ。けど俺もクライネスの事はそこまで詳しくないから期待はするなよ」


 「……あぁそれでいい。敵なのに話してくれるだけでもありがたいからな」


 「と言っても俺が話せることなんて俺達が自由と引き換えにあいつの言いなりになってたこととあいつの弱点が火だということぐらいだ」


 「そっか……言いなりになってた理由と弱点が火だけしか知らないのか…………? 弱点が火……?」


 あの爆発のせいで耳までおかしくなってしまったのか。聞き間違いでなければクライネスの弱点が火だと言っていたような。


 「んー悪い。ちょっと聞き逃したからもう一回言ってくれないか? 特に最後の部分を強調して」


 「あー……俺達が自由と引き換えにあいつの言いなりになってたこととあいつの弱点が火(・・・・)だということぐらいだ」


 「クライネスの弱点が火……弱点が……火……弱点が火!?」


 グールが強調して言ってくれた言葉を理解し把握するのに何回か反復して呟いた。

 そして把握すると同時に驚きが込み上げてくる。まさかこんなところでクライネスの弱点を知れるなんて。


 「そ、その話は本当なのか?」


 「さあな……あくまでも噂レベルの話だからな。けどここにいる同士達全員に聞いても同じことを言うと思うぜ」


 「全員? クライネスの弱点って魔族間では有名な話なのか?」


 「いや、これは犯罪者として捕まっていた俺達しか広まっていない話のはずだ」


 隠すことなく自分が犯罪者であることをカミングアウトしてくる。グールの異名からして薄々そうではないのかた思っていたが見事に正解のようでおまけに引き連れていた仲間達もセットで犯罪者だったとは。

 最初に言っていた自由と引き換えにクライネスの言いなりになったというのは恐らく言うことさえ聞けば牢から解放する意味に違いない。


 「牢の中は捕まってる方も監視する方も暇だからな。色々な噂などの話が飛び交ってんだよ」


 「その中にクライネスの弱点の話があったと?」


 「そうだな……過去の人との大戦で魔女の炎の魔法にやられたのが原因らしいぜ。ほらあいつ仮面で顔半分隠してるだろ? あの仮面の下はその時についた火傷痕だって話なんだ」


 その魔女はたぶんメルの事だ。それに前にメルの口から魔族の幹部を追い詰めたというのも聞いている。なら、この話の信憑性は高くクライネスの弱点が火だと言うのもガセじゃないはずだ。


 「ならクライネスには火を使った作戦の方が良いのか?」


 「まぁそうなるな……でもお前一人でやるのか?」


 「え? そうだけど……」


 「その怪我でか」


 グールの言いたいことはよく分かる。いくらクライネスの弱点を知れたとしても片腕がまともに使えないこの怪我では実行できる可能性は低すぎる。

 かといって村の鬼達を巻き込むわけにもいかない。これはカケル自身の問題なんだから。


 「……その様子じゃあ本気で一人で行くつもりらしいな」


 「あぁ、本当は他にも仲間がいるんだが……クライネスから一人で来いって言われてるし俺の他に人が着いてきてもあいつの鳥獣とやらがクライネスに知らせるからな」


 「そうかそうか……」


 フムフムと考え込んだグールにどうしたんだろうかと問い掛けてみようとすると、


 「この俺がお前に同行してやろうか」


 「は、はぁぁあ!?」


 いきなりの展開に過ぎてカケルは声を荒上げてしまう。


 「同行するなんて……お前何を考えてんだ」


 「あー? 考えてもみろ。このまま何もせずにここに居れば俺達は終わりだ。ならここは人と魔族の共存を目指す馬鹿人間に賭けてみるのもありなんじゃないかってね」


 「つまりここで俺に恩を売れば後でハンデル村に住まわせてくれると……」


 「そういうことだ」


 目や態度を見る限りグールの言っていることに嘘はついていないようだ。

 グールの提案はこちらとしてはありがたい話のはずだ。カケル一人ならともかくグールも一緒ならクライネスと渡り合える可能性が上がり、村の人口も増えて村にも活気が生まれる。ただ問題はこいつらが釈放された罪人ではないということ。

 仮にグールのお陰でリーナを救出できたとしてその後、こいつらをハンデル村に招待したとして果たしてこいつらは大人しくしているのだろうか。

 村に入った瞬間、暴虐の限りを尽くしたりしないだろうか。こっちには勇者や魔女に騎士団長、そして鬼達と勢力はこちらが有利だがそれでも村人が傷付くかもしれないとなるとこいつらを招くのは不安でしょうがない。


 「ふっ……迷うのは無理ないな。こんな犯罪者集団を受け入れるなんてな」


 こいつらが過去に何をやらかして捕まったかは知らないが、もし更生したい気持ちがあるならチャンスはゼロではない。むしろこちらが更生したくなるような条件を出せば上手くいくのじゃないのか。


 「……こっちも条件を出していいか?」


 「それで俺達を受け入れるならな」


 「なら……お前達が望む物を俺が可能な限り叶えてやる。だから俺の言うことを絶対に聞け!」


 言い切った。普通の声量でいいのにわざわざ周りにも聞こえるように大声で。


 「おい……おいおいおいそれ下手すればお前が損を――」


 「損なんてない。あくまで可能な範囲で叶えるだけだ。住居が欲しければやる。服が欲しければそれもやる。食べ物だって十分分けてやる」


 鬼達が来ればこいつらの家を用意するなんて容易だし、食べ物も村で育てよる野菜がそろそろ実る。服は等価交換するしかないが資金的には問題ない。


 「……それは本当か。俺達が素直にお前の言うことを聞けば何でも用意してくれるのか?」


 「あぁ本当だ。なんたってハンデル村は人も魔族もそして罪人だって受け入れれるからな」


 けどこれはカケルの意見であって村の人やアマトにメル、リーナが何を言うか分からないが、まぁなんとかなるだろう。


 「それでこの条件を呑むか? 先に言っとくけど裏切ればこちらは即行で魔王に受け渡すからな」


 こちらが出せる条件は全て出した。自分でも悪くない条件のはずだ。後は周りの意見を聞いているグールの答え次第だ。


 「……よし、その条件を呑もう。これより俺達はお前の配下となろう」


 条件を呑んだ! 呑んだけど……。


 「配下ってお前……せめて住人とかにしとけよ」


 「ふっ……もう俺達を住人と認めてるのか。お前の心は空よりも広いな」


 「はーそんなこと始めて言われたよ」


 グールの側にしゃがんだカケルはグールをナイフを等価交換し縄を切りにはいる。


 「お主正気か!? こやつらを受け入れこの場で解放するなど」


 「心配すんなって村長。解放するのはこいつだけで他は後だよ。俺もそこまで馬鹿じゃないからな」


 全員解放すれば鬼達と揉めるかもしれないのでグール以外はリーナを救出した後で解放するつもりだ。


 「賢明な判断だな。ここで全員解放するつもりなら寝首を取って逃げるつもりだったんだか……」


 「生憎、俺はそういうのはこりごりなんでね」


 縄を切り終えるとグールは手をグーパーと開けて閉じてを繰り返して感覚を確かめる。そんなグールにカケルは右手を差し伸べる。グールはその手を迷うことなく握るとカケルは力を入れてグールを立たせる手伝いをする。


 「改めてよろしく頼む。俺の名はグール・ガルドフ。グールと呼んでくれ」


 「あぁ、よろしく頼むよグール。俺は村上翔だ。カケルでいいぜ」


 握る手に更に力を加え二人は力強い握手をした。急な展開に鬼達は唖然としていたが村長がパチパチと拍手をすると周りの鬼達もつられて拍手を始め拘束されている魔族達は拍手の代わりに足をバタバタさせていた。


 「…………あっ! 鳥獣が見ていること忘れてた!」


 ほぼほぼその場の勢いで話を進めていったせいでクライネスの鳥獣の存在をすっかり忘れていた。これではせっかくグールを仲間に出来たのにグールを連れて鬼岩石に行くことが出来ない。


 「ん? 何言ってる? 鳥獣は俺の出した爆発に巻き込まれて全員消えたぞ」


 「えっ!? マジ!?」


 「あぁマジだ。この周辺にあいつの配下の鳥獣は一匹もいない。もうちょっと時間が経てば新な鳥獣が来るだろうが……作戦を立てるなら今だぞ」


 グールの言う通りだ。あいつの目であり耳である鳥獣がいない今、グールを交えて……いや作戦を立てるだけなら鬼達の意見だって聞ける。


 「よしやろう! 今すぐやろう! とっととやろう!」


 「分かったから慌てるな怪我人が。お前は時間まで極力大人しくしてろ」


 「わ、悪い。けどこの左腕はお前のせいだからな」


 折れた左腕を見せるとグールはあからさまな態度で目線をそらした。別に過ぎたことだから文句を言うつもりは更々ないが骨折ばかりは大人しくしてもすぐには治らない。

  

 「なぁ誰かこいつの怪我の手当てをしてくれ」


 「言われなくてもそのつもりじゃ。カケルはここでお待ちを。今すぐ薬を取りに行きますので」


 村長は三人ほど鬼を引き連れると薬を取りに自分の家まで帰った。


 「その間、俺らは作戦会議だ。鳥獣が来るまで一分一秒も無駄に出来ないからな」


 「全くその通りだ。よーし作戦会議始めるか……ってどうして裾を引っ張るんだルムネリア?」


 これから話始めるというタイミングでルムネリアが服の裾を強く引っ張ってきた。


 「悪いが今、ルムネリアの相手をしている暇は――」


 「わたしもいく」


 「はぁ!? 何を言うんだよ。連れていけるわけないだろ」


 「いや! わたしもいく」


 ここにきてルムネリアが我儘を言うとは想定外だ。しかし何で急に付いていくなんて言い出したんだ。


 「わたしもかけるぅのてつだいしたい。りーなぁをたすけたい」


 ピョンピョン跳ねるルムネリアの顔はやる気に満ちている。これは何を言っても言うことを聞きそうにないが、今回は相手が悪い。ルムネリアを連れていくのは危なすぎる。


 「ルムネリア、気持ちは嬉しいんだけど……」


 「良いじゃねえか連れていけば」


 人が説得の言葉を言おうとしたタイミングでなんと言うことを言うんだ。

 もしグールがルムネリアの夜叉の力を期待しているならそれは無理だ。あの驚異の力は満月の夜だからで満月のない今ではそこら辺にいる鬼の子供よりステータスの高い少女でしかない。


 「簡単に言うなよグール。今のルムネリアじゃあ……」


 「あの力が期間限定なのは見てれば分かる」


 「それならなんで……」


 「まぁまず俺の話を聞けって」


 カケルの耳元に口を近づけるとグールはゴニョゴニョとカケル以外の誰にも聞こえない声で話してきた。


 「…………お前それって……」


 「悪くない案だろ?」


 グールの案。それはカケル、グール、ルムネリアの三人によるリーナ救出作戦。作戦内容は完璧に近く、ルムネリアのこともしっかりと配慮された素晴らしい作戦。

 これならイケると思うがそれでもルムネリアを巻き込むのに抵抗がある。


 「最終的な判断はカケル、お前に任せる」 


 「俺が決めるか……」


 カケルとしては確実性のあるグールの案を採用したいがそれだとルムネリアを連れていく必要がある。出来ればルムネリアはここで大人しく帰りを待っていてほしい。これ以上辛い思いをさせたくないから。

 カケルはどうするのが一番正しいのだろうか。

 ルムネリアを連れていくか。それとも連れていかないか。

 最適である答えを模索し検証に検証を重ね続けたカケル。そして一つの答えを出した。


 「決めた。俺はルムネリアを――」



=================================================



 薄暗い洞窟の中、リーナは虚ろな眼差しで数メートル先に見える外を見ていた。

 洞窟の上にぽっかりと空いた二つの穴から光が差し込みリーナを照らす。

 壁に繋がる鎖が両手首に繋がれ無理矢理両腕を上げられてもう三日。既に腕の感覚は麻痺し、辛いという感情さえも今はない。

 死んでしまいたい。死んで楽になりたい。常にそんなことを考えてしまうリーナだが僅かに残るみんなの想いがギリギリの所でリーナを踏み留まらせていた。

 きっとみんなが助けに来てくれる。だから諦めないと言い聞かせるが本当に助けに来るのだろうかと不安もある。

 別にみんなを疑っている訳ではない。メルなら助けに来てくれるとは思っている。でもカケルが助けに来てくれるのかそれが不安の原因だ。

 不安になる原因はカケルがわざわざリーナを助けるために危険を冒すとは思えないからだ。

 そう思うのもカケルにはアオイという好きな人がいるからだ。カケルはその子にまた会うために必死に村の発展を頑張っている。

 カケルの中で最優先されるのはアオイであってリーナではない。だから命を失う危険があるこんなところにカケルが来るはずない。

 クライネスが約束した時間まで後少し。けどカケルは来ない。絶対に。もちろんこれはリーナがそう思っているだけで実際は助けに来てくれるかもしれない。かもしれないのだがリーナ自身はカケルには助けに来てほしくないという矛盾した思考がある。

 カケルが助けに来てくれたら嬉しいがそれだとカケルは殺させる。カケルにはカケルだけには死んでほしくない。たとえ自分が殺され死んだとしてもカケルには生きて自分の分まで村の発展を頑張ってほしいから。

 約束の時間までカケルが来ない事を願っていると洞窟の外から仮面を半分被った魔族クライネスが入ってきた。


 「人間の娘よ生きてるか?」


 一時間おきに来るクライネスの生死確認にリーナは無視する。クライネスは無視されたことに何も言わずにリーナに近付くとリーナの髪を思いっきり掴み無理矢理頭を上げる。


 「人間風情が調子に乗るなよ」


 「……そんなに憎いなら殺せばいいのよ」


 「あぁあん?」


 顔を寄せ睨んでくるクライネスの視線を外す。


 「……ふっ、殺しはしねーよ。お前はあの人間を釣る餌なんだからな」


 「……来ない」


 「今なんか言ったか?」


 ポツリと呟いたリーナにクライネスは今度を耳を傾ける。


 「来ないって言ったの。カケルは来ないよ。絶対に……絶対に来ない」


 「何を言い出すかと思えばそんなことか」


 掴んだ髪を離しクライネスは背を向けて数歩前に進む。


 「あの人間は来るぞ。ああいうタイプの人間は自分のせいで他者が犠牲になるのは耐えれないからな」


 クライネスはカケルの事を勘違いしてる。カケルは目的のためなら犠牲を省みない人間だ。だからわざわざ自分から危険を冒してまで助けに来ない。


 「まぁお前の言う通り助けに来なければ……」


 リーナを殺す。分かりきった答えだ。リーナを生かして捕まえた意味なんてカケルを引き寄せる存在でしかない。それが叶わなければクライネスにとってリーナを手元に置く意味がなくなる。そう思っていたのだが、


 「今度はあの魔女を呼ぶだけだ」


 「魔女……もしかしてメルを!」


 なんでクライネスがメルを狙う必要がある。メルもリーナと同じでクライネスと関わりなんてないはずなのに。


 「あの魔女は私に消えない傷を……人生の汚点を付けやがった! この怨みは倍にして返してやる」


 仮面の着いている顔の左半分を押さえながらクライネスは不気味に笑う。仮面を着ける理由がメルから負った傷隠しのためだったとは。クライネスのあの怒り方からしてカケルよりもメルの方が本命のようにさえ思えるほどだ。


 「まぁあの魔女はお前がここにいる限りいつでも誘い出せる。今はあの人間を始末するのが先だ」


 「だからいくら待ってもカケルは――!」


 カケルは来ないのに何度も来ると言うクライネスにイラついたリーナは勢いよく顔を上げるとクライネスは見計らったように体を右にズラし外を見せると遠くからこちらに歩いてくる人の姿があった。


 「嘘……」


 迷いのないその人の歩く姿にリーナは信じられないといった面持ちでいた。

 この時間にこの場所に来る人なんてカケル以外考えれなかった。


 「何で来たのよ……カケル……」


 戸惑うリーナを置いて外に出るクライネス。これから外でリーナの望まぬ大惨事が起こる。今からでも間に合うと声を出そうとするが上手く言葉がまとまらない。

 忘れていた辛いという感情が体全体を覆い再びリーナを苦しめる。


 「逃げてカケル……お願いだから……逃げて……」


 願うように呟くリーナの目からポタポタと涙が流れる。泣いて泣いて泣き続けている間に外からリーナの名前を呼ぶ懐かしい声が聞こえた。

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