月夜の戦い~終戦~
身体中からズキズキとした痛みでカケルは目を覚ました。目を開けてすぐに目に入ったのは無数の星が煌めく美しい夜空。
――どうして俺は空を見上げてるんだ
ぼーっとする頭で現状を把握しようとするが上手く頭が回らない。分かるのは自分が仰向けに倒れているのと手足や腹部に家の材と思われる板や柱が乗っかり身動きが取れないでいること。そして周りは土煙が立ち上り視界が悪く目視による
試しに立ち上がろうと体を力を入れるも体に乗っかる板や柱が重くて満足に動かせない。それどころか左腕の感覚がない。
――あれ? 何で左腕が動かないんだ。もしかして左腕なくなったか
唯一動かすことの出来る頭を動かし、左腕を見ると間違いなく肩から腕、手と存在する。なら左腕の神経が切れて動かなくなったのか。いや、それも違う。微かにだが左腕全体に鈍い痛みを感じる。となると左腕の感覚がないように錯覚し思うように動かせない原因は……。
――…………骨が折れたか……
もはやそれしか考えれなかった。骨折は過去に二回ほどやらかしている。だが今回の骨折は過去に比べて傷が酷い。過去の二回とも折れた場所がズキズキするような痛みだったが今回のは痛みを通り越して痛覚が麻痺するレベル。もしかしたら気づいていないだけで他の場所の骨も折れているかもしれない。
――…………折れたもんは仕方ないか……今は状況を把握するのが先決だ
ここ最近になって頻繁に怪我をしてしまったせいか重度な骨折でも何も思わなくなってしまった自分に嫌な感じに変わったなと思いながらカケルは少し前を思い出す。
だいぶ頭の方もはっきりしてきたようでこのようになる直前の記憶が断片的に脳内で再生される。
迫り来る光の壁。立ちはだかる分厚い土の壁。飲み込まれるように崩れさる土の壁。そして巻き込まれるカケルと鬼の――。
「……ッ! そうだ……アイラとキリキラ――! あいつらは……ッ!」
ようやく完全に思い出したカケルは一緒に爆発に巻き込まれたはずのアイラとキリキラを探すため立ち上がろうとするがやはり体に乗っかる板や柱が邪魔で立ち上がることが出来ない。
「くそっ! 邪魔なんだよ! 俺は早くあいつらを探さねーといけねーんだよ!」
自分に乗っかる板や柱がに向かって叫んでも意思もないただの物には意味がない。でも叫ばずにはいられなかった。早くあの二人の安否確認をしたいからだ。
身動きも出来ない周囲の確認も出来ない今、自分に何が出来るんだと自身に問い詰めていると、
「カケル兄、大丈夫かー!?」
遠くの方から近づいてくる聞こえるヴァイタの声と足音。首が動ける稼働範囲でヴァイタを探すと土煙の中からヴァイタが現れた。これはまさに天の助け。身動き取れないこの状況でヴァイタが助けに来てくれるとは。
「ヴァイタ、ナイスタイミングだ」
「……? それでこの状況は」
「あぁ見ての通り大惨事だよ。俺が向こうの手を読み間違えたばかりに……」
もう少し捻って事を考えれば分かっていたことかもしれなかった。この世界の技術力では爆弾なんて作れないと油断していた。
冷静に考えれば魔法という概念が存在する異世界で爆弾を作る技術がなくても爆弾と同等もしくはそれ以上の魔法か魔術を組み込んだ特殊な道具があっても不思議でない。
「反省は後にしよう。今、柱をどかすから」
「あ、待て……俺よりも先にアイラとキリキラの方を優先してくれ。あいつらもあの爆発に巻き込まれたはずなんだ」
「それは大丈夫だ。すでにノノが二人を連れてここから離れている。アイラもキリキラも気を失っていただけで怪我とかはしていない」
ヴァイタからの報告を聞き二人が無事だと知れてカケルは一先ず安心した。カケルの不安が取り除かれたのを確認したヴァイタはカケルの返答の有無を確認せずにカケルの上に乗っかる柱をテキパキと除けていく。
さすがは鬼であり、あの六人の中で最も力があるだけあって簡単に板や柱を除けてしまい、その流れのままカケルの両脇を掴み無理矢理立ち上がらせる。
「イテテ、イテテテ……左腕折れてんだからもっと優しくするか声を掛けるかしてくれよ」
「折れてるのか?」
「あー折れてるよ。二の腕と関節辺りをな。ほら気持ち悪いくらいに腫れてるだろ」
擦り傷や土汚れだらけの左腕をヴァイタに見せる。赤黒く目立つように腫れる左腕にヴァイタは何も言わずに両手を合わせてお辞儀する。
「おい、何だよそれ……何の儀式だよ」
「……安らかに眠れ」
「骨折程度で眠らねーよ!! お前の中で腕の骨折は命に関わるレベルかよ」
ニヤッと笑った時点でこれがヴァイタの冗談だと分かった。ヴァイタは他の五人と比べて無口で感情の隆起が乏しく、見た目も筋肉質すぎるため一人だけ大人びているように見えるが仲良くなった相手にはこうして冗談めいた事をやる子供らしい性格もあるのだ。
「ったく……こんな笑えね状況で冗談は止めろよな……それでどうしてヴァイタがここにいるんだ? 俺はこっちに何かあったらすぐに逃げろと言ったはずなんだが……」
「…………それは――」
ヴァイタから話を聞くと第四段階の作戦を実行のため広場から離れた場所で待機している途中で広場から爆発が起こり心配になって様子見に来たということらしい。
始めは指示通りに逃げようとしたらしいのだが広場に向かって走るノノを偶然見かけたらしく、今すぐ逃げるよう言おうと追い掛けたらしいのだがそこで気絶しているアイラとキリキラを見つけ即行で二人を抱えて逃げようとヴァイタはノノに提案していたのだ。だが、ノノが「きっとカケルお兄ちゃんもこの近くにいるはずだよ」と言い出しヴァイタに二人を任せてカケルを探しに行こうとしたところをヴァイタが「俺が探しに行くから」とノノに二人を連れて行かせてこうして探しに来たようだ。
「そうか……ノノがか……あれほど言うこと聞けって言ったのに……」
「確かにノノは弱気なくせして鬼一倍頑固で――」
「仲間思いなんだろ? そんなの見れば分かるよ」
ああいう内気そうな奴に限って我儘だったり妙なプライドがあったり逆に内気そうだから周りが変な気を使ったりと面倒なのだがノノはちょっとばかし違い内気なのだが自分の言いたいことははっきり言い、周りも変な気を使ったりしていない。まぁあの六人は幼い上にそれなりの長い付き合いだから変な気の使い合いとかはないのかもしれないが。
「…………あいつを怒ったりするのか」
「怒る? 俺がノノを?」
「だって約束を破ったから……」
俯いた状態でそんなことを言うヴァイタに急に何言っているのだろうかと考えたがノノとヴァイタが一番仲良しの関係であることを思い出しカケルはヴァイタの言いたい意図を理解しまともに動かせる右手でヴァイタの頭にそっと手を置く。
「心配すんな。軽く注意はするかもだけど怒ったりはしねーよ」
「…………本当か?」
「本当だって。ノノの勇気ある行動のお陰で俺だけでなくアイラやキリキラだって助かったんだ。怒るよりも『ありがとう』ってお礼を言う方が大事だろ」
カケルがノノを怒らないと知ったヴァイタは「そうか」と安心しているように見えた。この様子からしてきっとノノの事を怒るなんて言ったらヴァイタは文句を言うつもりだったのだろう。
それにそもそもの話、約束を破ったとはいえカケルがノノ立場なら全く同じようなことをしていたかもしれないので怒るに怒れないのだ。
「まぁ……話しはこんぐらいにしてそろそろ俺達も戻ろうか。この土煙じゃあ敵の動きが全然見えないからな」
「あぁ……」
あの爆発……道具なのか魔法なのか分からないが爆発の中心地はあの黒い鎧の魔族。見間違いでなければあいつの近くに居た奴等も爆発は想定外な予告無しの一手だったようであの爆発から出た光の壁から逃げていた。
つまり敵は味方の爆発に巻き込まれ自滅した可能性があるということだ。万が一何人かは生き残っているかもしれないが敵のほとんどがあの爆発の中心に居たんだ。生きていたとしてもカケル以上にボロボロになって動けないでいるはずだ。
ということは、偶然の出来事とはいえカケルが今、命名した『とにかく敵数減らそう作戦』は成功したと言っても過言ではないはずだ。
「そうとなれば急いでここから離れるぞ。土煙が邪魔でヴァイタに比べて俺は目が良くないから道案内を――」
頼もうとしたときだった。ヴァイタの後ろで漂う土煙の中から大きな人影がうっすらと浮かび何か動作をしようとしているのか一際強く揺らめいたのを見たカケルは咄嗟にヴァイタの腕を掴み自分の方に引き寄せた。
「ヴァイタ危ない!」
引き寄せたのと同時だった。土煙の中から一本の足が土煙を横切りながら飛び出てき足の甲がヴァイタを庇ったカケルの左腕に直撃し左腕を中心に鈍い痛みが全身に駆け巡りカケルは閉じた口から声が漏れそのまま倒れてしまった。
「……! カケル兄!」
「ちっ……散々手こずらせてくれたなぁー……」
まだヴァイタの腕を握るの手を外したヴァイタは倒れるカケルに心配の声を掛ける。すると足の出てきた土煙から声が聞こえ、カケルは左腕を押さえて踞る状態で痛みに堪えながらカケルは声のする方向に目を向ける。
ゆっくりと歩いてくるそいつは土煙の中から出てくるとその場で立ち止まり倒れるカケルを見下した。
「まさかこんな奴に奥の手を使うとは思ってもみなかったな。お陰で大半の同士が消えたよ」
「くっ……お前は……」
土煙の中から出てきたのは常に集団の先頭におりリーダーのような立ち振舞いをしていた黒い鎧を纏った魔族。最初の方に比べ、鎧は半分以上が砕けあの爆発が自分にも危害を加える自爆に近いものだと判断できるがそれでも黒鎧の魔族はまだまだ動けそうだ。
「さて……どうやって調理してやろうか。このまま蹴り続けてやろうか!」
「ぐあっ!」
強烈な蹴りの一撃がカケルの腹部にめり込む。何回も何回も何回も蹴り続けカケルをなぶり殺そうとする。
「や、止めろ!」
「餓鬼がでしゃばるな!」
カケルを助けようと黒鎧の魔族に飛び掛かるもひらりと避けられると腹部に思いっきり蹴りを入れられ追い討ちをかけるように倒れたヴァイタをボールのように蹴りゴロンゴロンとヴァイタは転がった。
「ヴァイタッ!!」
ヴァイタは蹴られた腹部を押さえ必死に痛みに耐えていた。そんなヴァイタに黒鎧の魔族は近付いていく。
「おい……ヴァイタに何する気だ……」
「何をするだって……そんなの決まってるだろ。戦は子供が介入していいようなもんじゃねえことを体に教え込むんだよ」
「や、止めろ……そいつはまだ子供なんだぞ。やるなら俺だけにしろや」
地面を這いながらカケルは近付いていく。これ以上ヴァイタに危害を加えないために。だが……。
「いいや駄目だ。お前らのせいで俺の同士がたくさん傷ついたんだ。その分のツケはお前含めこの餓鬼にも払ってもらわなきゃなー!」
カケルの方を向いた黒鎧の魔族はカケルの顎を狙い蹴り上げる。蹴り上げられたカケルは後ろに半回転し仰向けに倒れる。
「お前は後で嫌と言うほど殺ってやるからそこで大人しくこの餓鬼が惨めに殺されるところでも見てるんだな!」
背中の方に手を回し鎧の内側から短剣を取り出した黒鎧の魔族はヴァイタの真上で短剣を振りかざす。
「止めろォォー!」
「俺は目的のためなら女子供容赦なく殺す! それが『殺戮者グール』の生きざまだぁー!!」
グールは短剣を握る手に力を入れるとカケルの叫びを無視して躊躇いもなく短剣を降り下ろす。
短剣はヴァイタの左胸に一直線に降り下ろされカケルの目の前で若き少年の命が散ろうとしていた。起き上がり飛び込んで助けようにも左腕が機能せず上体を起こすのが限界だった。
見守ることしか出来ないカケルは必死に立ち上がろうと地面に両手をつけて起き上がろうともがくがやはり左腕に力が入らず上手く立ち上がれない。
そんな事をしている間にも短剣はヴァイタの近づいていきカケルは一か八か等価交換で懐中電灯を出して電源を点けるとグールの目に向かって光を当てる。
「くっ……そんな目眩ましが今さら何になるんだよォ!」
一瞬眩しさでよろめきはしたが体勢をすぐに立て直したグール短剣をもう一度降り下ろす。
この行為は無駄だったのか。一瞬というあまりにも短い延命行為にしかならなかったのか。いいや違う。グールがよろめいて一瞬という隙と時間が出来たのだ。
ヴァイタに短剣が当たる直前、グールの目の前に人間一人分の太さもある棍棒が凪ぎ払うように現れグールは咄嗟に両腕でガードをするが勢いのついた棍棒のパワーに押し負けグールは後方に吹っ飛ばされた。
「何だとォォー!?」
急な出来事に呆気に取られるヴァイタ。一方カケルはグウっと拳を握り小さくガッツポーズをしていた。
「よーヴァイタ。無事かー、ちゃんと生きてるかー?」
大きな棍棒を片手にノシノシと出てきたのは赤い体をした巨漢の鬼だ。
「と、父さん」
「おー何とか無事そうだな。この親不孝ものが」
倒れるヴァイタを片手でひょいっと持ち上げ立たせたヴァイタ父はゴンッとヴァイタの頭を殴る。
殴られたヴァイタはグールに腹部を蹴られたときよりも痛そうに頭を押さえてその場にしゃがみこむ。
「大袈裟なやろうだな。そんなに痛くなかったろうが」
「……痛いよ。父さんは加減を知らないんだから」
ヴァイタと父の親子のやり取りを見せられるカケルは立ち上がってとのタイミングで声を掛けるか迷っているとカケルが声を掛けるよりも先にヴァイタ父が声を掛けてきた。
「よー人間。あんたの持ってるその光のお陰で何とか居場所が分かったぜ。ありがとな」
「礼を言うのはこっちのほうだ。来てくれてサンキューな」
そうカケルが懐中電灯を点けたのはグールの目眩ましではない。真の狙いはこちらに来ているであろうヴァイタ達の両親に自分達の居場所を知らせるために灯りを点けたのだ。
どうしてヴァイタ達の両親がこちらに来ていると判断できたのかと言えば事前にカケルがネーラに自分達の両親に助けを求めるよう頼んでいたのだ。だからカケルはヴァイタ達の両親がこちらに来ていると判断できたのだ。
「あー……それで来てくれたのはヴァイタのお父さんだけか?」
「いいや違うぜ。俺の後ろを見てみなよ」
振り向かずに親指を後ろの方に差すのでカケルとヴァイタは上半身をやや横に倒し父の後ろを見る。
最初は土煙のせいで特に何も見えなかったのだが土煙が発生してからだいぶ時間も経っており凝視し続けると土煙が薄くなってきい土煙の中から一人二人と人影が見えるようになり土煙が完全に晴れるとそこにはカケルの予想だにしなかったものが待っていた。
カケルの予想ではヴァイタ達六人の両親が後方で待機しているものだと思っていたが実際は十人を軽く超える人数、三十人ほど居た。
「この人数……もしかして……」
「あー、村の奴等も全員が武器を持って駆けつけたんだ」
ヴァイタ父の言う通り数は昼間見た大人の鬼とほぼ同じ。そして男女問わずに大きな棍棒を持ってと戦闘準備万端なのだが、
「どうして全員来たんだ? あんだけ酷い事を言ったのに……」
大人の鬼対するカケルの一方的な不満をぶつけたのは今このときのためのものだったのは間違いないが来ても半分を下回るぐらいだと思っていたから全員来たことに驚きだ。
驚きで言葉もでないカケルに鬼達の先頭に立つ村長が近寄ってきた。
「確かにお主は儂ら鬼に酷い事を言ったのかもしれん。じゃがその言葉はもっともじゃった……すまん……」
村長が謝罪の意を込めて一礼すると他の鬼達も一礼した。
「わ、わ、わ、そんな大勢で頭を下げないでくれ。俺そんなのされる覚えが――」
「いや、お主の心を鬼にして言った言葉が儂らの冷めきった心に熱い闘志を灯したのじゃ。傷つくのを恐れ戦いを止めた儂らに戦うための意義を教えてくれた……」
左胸に手を当て目を瞑る村長は感慨深く話すが吹き飛ばされたグールの方を見ると話し込んでいられる状況ではなさそうだ。
何故なら吹き飛ばされたグールの後ろには集団の生き残りが集結していたからだ。
「大丈夫かグール!」
「あ、あぁお前たちか。さっまではヤバかったがお前たちが来てくれたお陰で何とかなりそうだ」
向こうの集団の数はざっと三十。最初に比べたら半数以上が減ったがそれでもこちらの戦力と同じ数だ。
いくら鬼達が本気になったとはいえ相手の持つ武器は剣や短剣などの刃物。棍棒よりも殺傷力や恐怖心を与える力が高い。けどここまで来た以上、あとはなるようになれだ。鬼達を殺さないように自分が鬼達の頭脳となり戦況を把握そして指揮し誰一人死なせないよう後方支援に徹さなくては。
睨み合う両者。ちょっとした切っ掛けがあれば今にでも争いが始まりそうな状況にカケルはヴァイタを連れて急いで前衛から後衛に回らねばと歩き出すが足下を見ていなかったせいか崩れた家の柱に足を引っ掻けてしまい顔面から盛大に転んでしまう。それが切っ掛けとなってしまったようで両者一斉に走り出すという何とも恥ずかしい始まりをしてしまった。
「イテテ……俺どんだけ転べば気が済むんだよ」
「大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。慣れてるから」
鼻を強打して痛いが、ヴァイタに痛いのを悟られないように平静を装ったカケルはあと少しの距離で激突しそうな両者を見ると上空でキラリと光った。
「ん? あれは……」
てっきり星かと思ったのだが光った所から何かが降ってきておりカケルは嫌な予感がして鬼達に叫んだ。
「君達ストーップ!!」
「お前ら止まれー!!」
先陣を切ろうとしていたグールも気付いていたようで両者同時に走るのを止め急ブレーキ。
「どうしたんだよ止めやがって」
「上から何か降ってくる! 今すぐみんな避難!」
「おめぇーらも下がれ!」
何がなんだか分からないといった感じに両者が下がった瞬間にそれはズドーンという大きな音をたてて落ちてきた。
「マジで何か降ってきやがった……」
グールの様子からしてこの落ちてきたものは向こうにとっても未知のもののようだ。ということはここにきて第三者の乱入という訳の分からない展開になるのかと焦り落下物を凝視しする。
「あれは……人? いや牛か?」
「あいつは……まさか……」
落ちてきたのは牛頭の人間……おそらくミノタウロウだろうが。しかしどうしてミノタウロウがここに。
グールが慌ててミノタウロウの方に駆け寄ったのであのミノタウロウは敵なのだろうけど一体どうしてボロボロな状態で上から落ちてきたのか。
「どうした何があったんだ!」
「うっ……グールか……気を付けろ……あいつは……ガクッ」
グールに何か伝えようとしたミノタウロウだが力尽きたようで気を失ったようだ。
「結局なんじゃったんじゃ」
「さぁ俺にも分からん。けどあのミノタウロウがあいつらの仲間ならきっともうじき…………ほら来たぞ」
村の外側を指差すと鬼達全員がその方角を見た。
「……何も来ないんじゃが……」
「いや来たぜ」
「あれは……」
村の外から点々と跳んでくる白い物体。カケルはそれがなんなのかもう知っている。
「あいつは……!」
「来てくれたかルムネリア」
スタッと鬼と集団の間に降り立ったのは白い鬼の少女ルムネリアだ。まだ満月の夜のためルムネリアの角は紅く発光し指は鋭い刃のままで体のあちこちには誰のか分からない血が付着しているがルムネリアの表情はいつも通り穏やかだった。
「あ、かけるぅだぁー」
「よぉールムネリアさっきぶりだけどまだ話し合える雰囲気じゃないんだよ」
「うんしってる。まってていまやっつけるから」
にこやかな笑顔で答えるルムネリアにカケルも笑って返し鬼達に下がるように指図する。
「はいはい皆さん下がって下がって」
全員何か言いたげだったがルムネリアの姿を見た鬼達は恐怖で声が出ないのかもしれないが、どっちにしろここはルムネリアに任せるのが一番だ。もちろん危なくなったら助けには入るつもりだ。
「お前は……」
「あなたたちみんなにめいわくかけた。だからめっするの」
「図に乗るなよ餓鬼がッ!」
短剣を構えてルムネリアに向かって飛び掛かるグールをルムネリアは木の枝を折るように短剣を折り鎧の無くなった腹にパンチ一発入れそのままのくの字に折れたグールの顎に強烈なアッパーを決め込むとグールは何も出来ずに仰向けに倒れて伸びてしまった。
「うわわわわグールが、グールが!」
「あのグールがあんな呆気なく……!」
リーダーを失い混乱する集団にルムネリアは向き直り一歩ずつ歩み寄ってくる。一歩踏み込んだら一歩下がる。それほどまでに向こうはルムネリアに恐怖を抱いているようだ。
「「あ、あ、あぁぁ……」」
「さぁつぎはあなたたちのばん」
殴る素振りをしながら歩くルムネリア。正面から見れば刃物を振り回しているように見えているに違いない。
「あ、あ、あ、アァァァア!!」
夜中に響き渡る無数の悲鳴。ルムネリアが一人で三十人近くの集団を制圧するのに時間は掛からなかった。




