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月夜の戦い~交戦~

 村の入り口近くに向かい合うように建つ二軒の家。その片方の家の陰でカケルは一人で座っていた。横を見れば向かい側の家の陰でカケルと同じようにノノも座っていた。

 ゆっくりと顔を覗かし村の外を確認すると極夜の盗賊団はかなり近付いてきており、数分もしないうちにこの村に侵入するだろう。

 盗賊団との距離を確認し終えたカケルは家の陰に隠れるとノノに身振りでもうすぐ来るぞと合図を送る。

 手には縄で出来た丈夫なロープの端を握りもう片方の端をノノが握る。


 「即行でだが作戦はしっかり練れた……と思う。それとあいつらと約束した通り怪我も起こらない……はずだ」


 数分前、大人の鬼達を怒鳴り付け六人の子供達を連れたカケルは作戦を言う前に一つだけ約束したのだ。

 「俺は絶対にお前らを傷つけたりしない。怖い、無理だと思ったら遠慮なく逃げてくれて」と。

 最初は不満そうな顔をしていたが冷静なシルセセがカケルの意図を汲み、シルセセも加わった二人がかりの説得で何とか了承してくれたのだ。


 「さすがに勝手な行動はしないと思うけど……ノノも含めあいつら頑固だからなー……」


 いざというときに逃げてくれなければさすがに六人を同時に守るのは厳しい。ついさっきカケルが鬼達の心に蒔いた種がうまい具合に芽が出ていれば……。


 「まぁ何とかなるか……っとそろそろか……」


 極夜の盗賊団との距離もあと僅か。カケルは家の柱にロープを二回ほど巻き結んで固定するとノノに指を三本立てカウント三秒前の合図を出す。

 三秒経てば始まる極夜の盗賊団との全面戦争。ノノ以外の五人もそれぞれ持ち場に付いて始まりを待っている。

 集団の先頭を走る黒い鎧を纏う指揮官のような魔族はまだこちらにもロープにも気づいていない。後続との距離も離れすぎてはいない。これなら作戦の第一段階は無事に成功しそうだ。

 口に出さずに立てた指を一本ずつ折り畳みカウントし、ゼロと同時に声を出す。


 「ノノ今だ!」


 「はいッ!」


 カケルの合図によりノノはめいいっぱいロープを引っ張り弛んでいたロープはピンッと真っ直ぐ張られる。


 「ぬおっ!」


 足下にロープが張られたことに気づかずに先頭を走る異獣の足にロープが引っ掛かり盛大に転び後続もそれに巻き込まれ転倒し続ける。


 「よしッ! 第一段階成功! 続けて第二段階目だ」

 

 「は、はひぃ~」


 転倒する極夜の盗賊団を一旦無視して村の中へと走るカケル。異獣の下敷きになりかけた黒い鎧を纏うグールは少しとはいえ一部始終を見ていた。


 「この村になぜ人間が……」


 この村でもう応戦してくる者はおらまいと思っていたため完全に油断していた。だがこれはラッキーだった。応戦してきた相手が鬼の子供と人間の二人だけだからだ。

 しかし油断は禁物。さきほど応戦してきた鬼も子供だった。子供だからと甘く見れば後で痛い目をあうから。


 「全員大丈夫か!」


 「な、なんとか」


 後続も転んだとはいえ怪我人はほぼゼロ。こんな子供騙しの応戦では時間稼ぎにもならない。


 「お前ら今すぐ異獣を立ち上がらせろ! どうやら俺達と戦う無謀な奴がいるようだ!」


 発破を掛け再び体勢を立て直そうと謀るがカケルはその隙を与えない。


 「ロケット花火ー…………ゴー!」


 「イエッサー」


 極夜の盗賊団から百メートル離れた先に避難したカケルはノノを別の方へ逃がしネーラと一緒にいる。

 極夜の盗賊団に向かうように並べられる幾つものロケット花火。カケルの合図と一緒にネーラはマッチ棒を擦り火を点けるとその火をロケット花火の導火線に移す。

 導火線に火が点くとチリリリと一気にロケット花火まで引火すると幾つものロケット花火は火花を撒き散らしながら極夜の盗賊団目掛けて不規則な軌道を描きながら襲いかかる。


 「なっ……!」


 飛んでくるロケット花火にグールは戸惑い一つのロケット花火が鎧の胸当て部分に当たるが爆発も巻き込み引火も何も起こらず、しばらくすると火花すら無くなり動かなくなった。


 「これは一体なんのつもりなんだ」


 未だ戸惑うグールにカケルはガッツポーズをしていた。それは後ろで待機していた極夜の盗賊団の乗る異獣がロケット花火に驚き、暴れまくっていたからだ。

 端からカケルはこの戦いを肉体的ダメージによる勝利なんて狙ってない。むしろ狙えない。

 この世界では戦闘力がゴミカスレベルのカケルが武器を持って戦ったところで勝ち目がないのは事実。けど武器は物や使い方次第でどうにでもなる。全動物の共通の弱点と言ってもいい火を武器にするならロケット花火の火花を使えばそれは立派な武器だ。ちゃんとカケルの狙い通り異獣が暴れ始め騎乗していた者も下敷きになっていたものもみんな異獣の暴走に巻き込まれている。


 「スゲー……カケル兄ちゃんの言う通りにしたらホントに暴れ始めた……」


 「よしよし、作戦第二段階目を無事に完了っと続いて三段階目に移るぞ」


 「ラジャー」


 もう一度極夜の盗賊団の様子を伺ったカケルはネーラを連れて更に村の中に逃げ込んでいく。


 「くそがっ! 人間ごときが調子に乗りやがって!」


 暴れ回る自分の異獣の頸動脈を爪で切り裂き異獣の息の根を止める。首から血を吹き出しながら異獣は倒れしばらくの間、のたうち回るとそのまま動かなくなる。


 「おいお前ら! 暴れる異獣はすぐに殺して大人しくさせろ!」


 「けどそれだと帰りの足が――」


 「そんな事は考えるな! よく考えてみろ。クライネスの命令通りに動かなければどのみち俺らに帰る場所なんてない!」


  異獣の暴走に混乱する同士に無慈悲な命令を下す。さすがにここまで世話になった異獣を切り離すのは彼らも抵抗があったようだがグールが躊躇せず異獣を殺しているのを見たせいか意を決したように次々と剣を抜き暴れる異獣の首を斬っていく。


 「アレ? なんかどんどん静かになっていくようなー……」


 「あいつら何て事するんだ……」


 静かになる後ろの様子が気になるのか何度か後ろを見ようとするネーラの視界を一時的に塞ぎ見させないようにする。子供が見るにはあまりにも衝撃が強すぎる。


 「いいか! 相手は人間と鬼の餓鬼だ! もしかしたら大人の鬼も紛れてる可能性もある。だからここからは家に火を放て! ここにいる奴らを炙り出し殺しまくれ!」


 「「おうっ!!」」


 グールの指示のもと魔法が使える者は次々と魔法で家に火を放ち、他の者は剣を構え周囲を警戒しいつでも斬り殺せる準備をしている。


 「あいつら……とことん悪事に手を染める気か……」


 だがそれよりも黒い鎧を纏ったリーダ格の男の口から"クライネス"という言葉が出てきたのが驚きだ。距離も遠くはっきりと聞き取れたわけではないのだが聞き間違いでなければあれは極夜の盗賊団はなくクライネスが用意した別の盗賊団もしくは何かの集団ということになる。

 そもそも極夜の盗賊団ならその証である蛇とドクロの刺青があるはずなのにあいつらにはそれが見当たらなかった時点で別物なのではと思っていたがまさかクライネスが関わっていたとは。

 クライネスがどうしてあの集団にを極夜の盗賊団に見立てて鬼村を襲わせている理由は分からないが間違いなくカケルに関係する理由のはずだ。


 「ナァー後ろの方かなり明るくなったけど何かあったのか?」


 「…………ネーラ。今から俺の話をよく聞いてくれ。そしてそれをあいつらに伝えてほしいんだ」


 走るネーラはカケルの顔を一別すると元気よく頷く。


 「オレにできることはなんだってするよ!」


 「そうか。じゃあ一言一句間違えずにちゃんと聞けよ」


 それを言うとネーラは分かりやすいぐらいに不安そうな顔をしたので「一言一句は冗談だ」とネーラの不安を取り除くとカケルはネーラにペラペラと伝言を頼んだ。


 「……大丈夫そうか?」


 「お、おう……何とか……じゃあシルセセと一緒に行ってくるよ」


 そう言うと直進から右に方向転換したネーラを見ながらカケルは自信ないのかよと思いながらそのまま走り続ける。

 このまま走り続ければ広場で待機しているアイラとキリキラと合流できるはずだ。ヴァイタとシルセセはまた別の場所で待機してもらっているがネーラがシルセセを連れていくためその場所にはヴァイタの一人しかいないはず。けどその場所はヴァイタ一人でも十分作戦を実行できる場所なので問題ない。

 などと作戦のズレをすぐに補填している間にカケルは広場に着いており中央に凛々しく立つ、大きな木の下でアイラとキリキラは手を振ってカケルを呼んでいた。


 「ちょ、ちょ、ちょっとカケル兄ちゃん! 火が……家に火が……」

 「火事ッス火事ッス大変ッス!」


 カケルを追いかけるように家に火が着いていく状況に慌てる二人にカケルはどーどーとなだめる。


 「家の建築費とかは後でちゃんと出す予定だから第三段階目の作戦を実行するぞ」


 「はいッス!」

 「は、はい!」


 事前に木の根本に置いた三つの紙袋をアイラとキリキラに渡しもう一つをカケルが持つと再確認がてら二人に作戦内容を伝える。


 「――とまぁこんな感じだが……問題ないか?」


 「心配しなくても大丈夫よ」

 「ばっちり覚えてたッス!」


 アイラはともかくキリキラも言動とは似合わず記憶力はよくしっかりしているためこの二人が大丈夫と言うなら大丈夫だろう。


 「じゃあ俺が合図したらよろしく頼むぞ……って……そうこうしているうちに来たようだな。なら姿見られる前に持ち場につくぞ」


 木を中心に三方向に分かれ建物の陰に身を隠すとこっそり顔を覗かし様子を確認する。


 そんなことを知らずにグールは警戒しながらも少し不用心で半数以上が広場に侵入するとカケルは大声を上げてアイラとキリキラに合図を出す。


 「投擲始め!」


 「「イエッサー!」」


 三人は集団に向かって紙袋に入っているピンクの丸いボールを投げまくる。ボールは集団の誰かに当たることもあれば当たらない、届かずに地面に落ちたり空中で叩き落とされたりと様々だったが、この作戦の目的としてはボールなんて当たろうが当たらまいがどっちでもいいのだ。このボールが集団の近くまでいけば――。


 「何を考えているのだあいつらは……」


 一斉にボールが飛んできたせいで対処しきれずに一つだけ体に当たったのだが、当たっただけで大したダメージもない……それどころか何かに当たると同時にすぐ破裂するのだ。それのせいでグールの黒い鎧の左肩部分はピンクの着色料がかかり、鎧のカッコよさを半減してしまったのだ。 

 だがあくまで着色料がかかるだけだ。今までの反撃に比べて一番地味で意味がないような攻撃なのだが――。


 「ぬあっ! なんだこの臭いは!」


 急に臭う強烈な異臭にグールは堪らず鼻を押さえるが、あまりのひどい異臭に目にも染みてきた。

 これはグールに限った事ではなくグールに続いていた他の魔族達も鼻を押さえて押し殺したような呻き声を上げていた。


 「おー効いてる効いてる。アイラー! キリキラー! その調子だ! もっと投げろ投げろ!」


 苦しむ集団にカケル達は遠慮なくじゃんじゃんピンクのボールを投げ続ける。

 カケル達の投げるピンクのボール。それはカケルの世界で言うカラーボールと呼ばれる防犯装備の一つだ。本来のカラーボールは窃盗などの犯罪者の足下にこのボールを投げ地面にぶつかった衝撃でボールが割れ中の着色料が飛び散りその飛沫が犯人の服などに付けばすぐに犯人の特定が容易だという道具で、一度付いた着色料は中々落ちず生ゴミのような異臭がするなどのおまけつき。


 カケルがわざわざこの道具を使った意図は簡単に言えば積み重なった精神的ダメージにトドメさす気でいるからだ。

 魔族は人間より身体能力が高いとされているが身体能力だけでなく五感も人間より優れているのではとカケルは思ったのだ。

 実際に双眼鏡で覗いてやっと見える距離にいた集団をルムネリアは肉眼で捉えていた。もちろん満月の夜で夜叉の力が普段よりも倍増して視力も上がっている可能性もあるがそれでも魔族は五感も人間より優れているという仮説の裏付けにはなる。


 結果としてこの仮説は正しかったことになり苦しむ魔族達を見て少し愉快な気持ちにもなるがだいぶ臭いもこちらまで漂ってきている。

 それもそのはずであのカラーボールは普通のカラーボールと違いカケルが少しアレンジしたカラーボールなのだから。

 アレンジといっても変えたのは臭いのみ。だがその臭いはカケルの世界で一番臭いとされる食べ物……シュールストレミングと言われる塩漬けのニシンの缶詰の臭いなのだから。

 カケル自身、実際にその臭いを嗅いだわけではなく『世界の食べ物図鑑』という本を読みよって偶然知ったことなのだ。

 カラーボールの臭いをその臭いにするのも簡単で等価交換する際に"塩漬けのニシンの缶詰めの臭いがするカラーボール"といった感じで等価交換すればあっという間に世界一臭うカラーボールの出来上がりということだ。


 「これは……思ったよりも臭うな……あいつらも大丈夫か? 念のため消臭剤や芳香剤を持たせたが……」


 アイラもキリキラも鬼だ。そしてカケル達人間からしたら鬼も立派な魔族。カケル程ではないにしろかなりの臭い臭いを嗅いでいるはずだ。消臭剤と芳香剤が上手く機能してくれればいいのだが……。


 「……ん? もう投げきったのか」


 紙袋の中はすっからかん。アイラとキリキラの方を見ると二人も両手を大きく振りカラーボールが無くなった合図を送っていた。

 臭いカラーボールを投げきっただけあって集団の半分ほど苦しんでおり中には臭さに耐えきれず失神する者までいた。


 「思ったより数は減らんかったけどこれも誤差の範囲内だな……ならそろそろ第四段階目に移るか」


 無くなった合図をする二人に撤退の合図を送ると二人は了解とその場を立ち去ろうとするのだが……


 「調子に乗るな! 屑どもがー!!」


 アイラとキリキラが撤退の準備を、カケルが次に繋げるための道具を等価交換する瞬間、グールは叫んだ。

 ただ叫んだだけならカケルも気にせずに準備を続行させたのだがグールの体が紅く光始めた時、カケルは直感で何か不吉なものが来ると判断しアイラとキリキラに叫ぶ。


 「二人共急いでここからにげ――」


 カケルの声は途中でかき消された。グールの叫び声と一緒に聞こえたドガーンという爆発音のせいで。

 カケルは視線をグールの方に向けるとグールの中心から広がるように迫り来る真っ白な光の壁。

 この壁の正体なんて考える必要もなくすぐに分かる。


 ――まさか自爆か!


 爆発音といい地面を削りながら進む光の壁は間違いなく何かが爆発したのを物語っている。そして誰が自らの爆弾を起爆させたのかもこの目で見ている。


 ――あの黒野郎め……爆弾を隠し持っていたなんて


 今さら後悔してもしょうがない。これまでカケルは何度か死に際の経験をしたためこの状況をどう打開するかある程度の考えをしているのだ。


 「上手くいってくれよ」


 半分神頼みで実行したのはカケル達三人を爆発から守る壁を等価交換することだった。

 だがそれをするには莫大なお金が必要となり今回の作戦のためにかなりのお金を使ったため精々一人分の壁しか出来ないはずだ。

 けど、それはあくまでもお金のみを使った等価交換をした場合だ。神様から聞いた等価交換の補足説明で等価交換の際に交換する物の材料があればそれでも交換できると。

 ならこの地面の土を材料に分厚い壁を作ればいいのだ。たとえ土でも分厚ければいくらか衝撃は緩和できるかもしれない。

 しかしこの錬金術のような等価交換は今まで一度もしていないので成功するかどうかは怪しすぎる。怪しすぎるのだが今は賭けだと分かってもやるしかないのだ。


 手を地面に付けこの土を使った分厚い壁をイメージ。そして実行する。しかしカケルの目の前に壁は現れることなく光の壁だけが迫ってくる。

 失敗かと諦めかけていた時だった。地面からゴゴゴゴと唸るような音が聞こえるとカケルとアイラ、キリキラの前に巨大な土の壁が地面から伸びたのだ。


 「い、一体何がどうなって……」

 「ウワッァオォ壁ッス!」


 「よしッ上手くいった!」


 始めての事を成功しガッツポーズをするのだが現実はそんなに甘くなかった。土の壁は現れて数秒後、爆発に巻き込まれ跡形もなく消え去った。


 「なっ!?」


 呆気なく崩された土の壁。次の壁を等価交換しようにも時間が無さすぎる。アイラとキリキラも何が起こったのか全く理解できないといった顔をしていた。


 ――くそッ! せめてあの二人だけでも無事だったら……ッ!


 二人に危害を加えてしまった自分の罪深さに後悔しながらカケルは爆発に巻き込まれた。 

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