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月夜の戦い~嘆き~

 最初に異変に気付いたのは熱だった。


 熟睡していたカケルは急に身体中が熱くなるのを感じうんざりしながら目を覚ました。家の中はどこも開けておらず密封状態で熱がこもりやすいのだがさすがに全身汗だくになるほど暑いのはおかしいと思った。

 魔族領土となる東の荒野地帯は昼間は確かに暑いが今の時期が日本でいう梅雨入りになる前の時期。汗をかくほど暑いわけでもないし夜は昼間に比べて涼しい方だ。そのため室内を密封状態にしていてもここまで汗をかくのはおかしく上半身だけを起こしここまで暑い原因を調べようとする。


 「一体なんでこんなに暑いんだ?」

 

 この世界もついに天変地異の前触れかと冗談半分で思いながら異常な暑さの原因を隣で寝るルムネリアに尋ねてみようと横を振り向いた。


 「なールムネリア。なんか暑くないか……って……」


 隣で寝るルムネリアを見たカケルは言葉が喉をつまらせて発声がままならなくなり息苦しささえ感じる。

 それは隣で寝ていたはずのルムネリアが胸元を押さえて苦痛の声を漏らしていたからだ。

 

 「……ル……ル……ルムネリアッ!」


 絞り出すように声を出し名前を呼んだカケルはルムネリアの体に手を当てるが沸騰したやかんのようにルムネリアの体は熱く思わず手を引っ込めてしまう。これがカケルが最初に気付いた異変の一つだ。

 そしてもう一つ気付いた異変は変貌だ。

 

 苦しむルムネリアの体は全身に張り巡らされている血管が薄く浮かび上がり、綺麗に切り揃えられた両手の指先は生爪と完全に入り混じり融合したかのように長くそして鋭く伸び、一本一本の指が刃物のように変貌した。額に生える角は紅く発光しまるでルムネリアのもう一つの命だと示さんばかりにホワン、ホワンと強く点滅している。


 「もしかしてこれが……これが夜叉による暴走の第一段階なのか」


 「うっ……がっ……あァァ!」


 窓から外を見ると綺麗な円を型どった美しい満月が雲一つない夜空に浮かんでいた。

 普通なら「わぁ~綺麗な満月だな~」と美しさに心打たれてしばらく満月を眺めてしまうのだが、今のカケルはその真逆。「憎らしい満月め早く消えろ」だ。


 「うっ……うっ……あ、あ、あァァああ!」


 「くっ……! ルムネリアしっかりしろ! 自我を保つんだ!」


 ルムネリアの肩を掴み揺らしながら声を掛ける。手のひらが焼けてしまいそうな熱さにカケルは耐えながらルムネリアに呼びかける。


 「ルムネリア! 俺の事が分かるか! 分かるなら返事をしてくれ!」


 「うっ……か、かけるぅ……?」


 「そうだ俺だ。カケルだ。意識が戻ったんだな」


 うっすらだが目を開けこちらに向けてくる視線は弱々しかったがそれでも確実にカケルを見ているのは間違いなかった。

 一先ずルムネリアの意識が戻ったことに安心するカケルだがそれは甘かった。


 「……かけ……るぅ……わたし……こわい……だれかが……よびかけてくるの……こわいよ……」

  

 「大丈夫だ。そんな声なんて無視しろ。俺がついているから」


 ちょっとでも安心感を与えようとルムネリアの右手を両手で握りしめ不安を取り除くように大丈夫だ、安心しろと同じことを何度も呼びかける。


 「かけるぅ……かけるぅ……わたし……わたし……」


 「そんな顔するな。俺は絶対にお前の側から離れないから安心しろ」


 気休め程度にしかならないと分かっていてもカケルはこうやって呼びかけるしかする方法がなかった。

 けどそれは全て徒労に終わった。荒い息を整え気持ちを落ち着かせようと頑張っていたルムネリアが急に雷に打たれかのように目を見開きビクンッと体を仰け反らせるとそのままぐったりと横になったまま動かなくなった。


 「おい……どうしたんだよ……おいッ! ルムネリア!!」


 動かなくなったルムネリアの体を揺らし目覚めるよう呼びかけるがうんともすんとも言わない。気付けばルムネリアから発せられていた異常なほどまでの熱量は消え失せ逆に冷たくなっていた。


 「おいおいおいおい! 悪い冗談だろ! なぁルムネリア! ルムネリアってば!」


 動かなくなるルムネリアに不安と焦りだけが募り正常な判断が低下する。

 焦るカケルは何度もルムネリアの名前を呼ぶ。何度も体を揺らす。脳裏に過る二人の男性と女性が手を繋ぎ生気の無い表情で仰向けに倒れる姿が。


 「くそっ! こんなときになんだよ!」


 見覚えのない二人の人物の姿が頭の中を埋め尽くす。頭が割れそうなほど頭が痛くなる。ルムネリアから手を離し頭を押さえるが咄嗟に体を動かしたせいかバランス崩しベッドから転がり落ちてしまい床に頭をぶつけてしまう。


 「イテテテテ……また頭を……」


 頭痛な状態で更に外部からの打撃による痛みにイライラを重ねながら起き上がる。頭を強く打ったお陰かあの鬱陶しかった映像もなくなり気分はある程度晴れた。頭の方もいい感じにクールダウンしたカケルは体制を立て直してルムネリアに向き直る。

 冷静に考えればルムネリアの体が冷たくなっていたのだって異常なほどの高熱を放っていた体温が急激に適温まで下がったせいでカケルが錯覚を起こしたにすぎない。

 それに動かなくなったとはいえ息をしていないわけでもない。ただ疲れて眠っただけだ。

 全て落ち着いて考えれば問題のない事なのに一人で焦りすぎて馬鹿みたいだ。


 「ふぅー……何とか乗り切れたのか?」


 ルムネリアの顔は苦しみから解放されたのか安らかな表情で眠っていた。そんなルムネリアを見て安心したのか睡魔が襲うがカケルは眠たいのをぐっと堪え今夜はこのまま寝ずにルムネリアを見守り続けるんだと決意したがその決意は一瞬のうちに崩れてしまった。


 「おっ、目覚めたようだな。気分はどうだ?」


 上半身を起こしたルムネリアはボーッと自分の足辺りを見詰めるとカケルには見向きもせずに窓の外から夜空を眺めた。


 「どうしたんだルムネリア? 外なんか見て…………」


 そう声をかけたときだった。ゆったりと視線を夜空からカケルに向けたルムネリアの目はあの優しいおっとりとした目ではなく、下等な生物を見下すような冷酷な目をしていた。


 「まさかルムネリア……お前……」


 にったりと狂気じみた笑みを浮かべるルムネリアに殺気を感じたカケルのとった行動はルンルンに駆け寄るではなくバックステップで素早く後ろに後退するだった。


 「くっ……!」


 カケルが後退すると同時に天井に当たるか当たらないかぐらいの高さまでジャンプしたルムネリアはカケルの居た場所に急降下すると刃物と化した五本の指先を全力で床に叩きつけてきた。

 木の床はへし折れぽっかりと穴の空いた床を見るとカケルの背筋がゾクッとした。

 もし一瞬でも後退するが遅れたら今頃床と一緒に体のあちこちの骨や下手すれば内蔵もやられていた。

 

 「指の形状や角の光が元に戻っていない時点で察していたが……これが夜叉本来の姿……もう一人のルムネリア……」


 お人好しそうな村長が投げ出している時点で夜叉による暴走は避けられないのは覚悟していた。

 覚悟していたからこそ後退するという選択肢がカケルの中で生まれあの一撃を避ける事が出来たのだ。


 「さてと……ここからどうするかな……」


 村長との約束というより見返すためには満月の間に夜叉の性質により暴走するルムネリアの自我を取り戻させ夜叉の性質……もとい呪いを乗り越えてほしい。

 そのためには自我を取り戻す何かしらの切っ掛けをカケルが作ってやらなければならない。ルムネリアの攻撃を全て避け死なないように。


 「ち……ち……わたしに……ちを……!」


 床に埋もれた右手を引き抜いたルムネリアは距離を取るカケルを見つけると、ニヤっと笑うと獣のように両手を床に着け四つん這いになると反動をつけると一直線にカケル目掛けて突進してきた。


 「うわっ!」


 右側に飛び込むように突進攻撃を避けるが着地をミスってしまい右手首を軽く捻ってしまう。


 「このタイミングで怪我かよ……」


 「ちを!」


 「くっ……」

  

 間髪入れずに二度目の突進をしてくるルムネリアにカケルはもう一度避けようとするが足を滑らせてしまい完全に避けるのを失敗してしまいルムネリアの指先がカケルの横腹をかっ切ると勢いのままドアに衝突した。


 「ちっ……色々終わったら運動しないとな。思ったより体が鈍りすぎだ」


 それともう一つ原因を挙げるなら昼間、鬼の子供達と一緒にはしゃぎすぎて体力が低下したまま回復しきれていないことだ。

 

 「傷は……浅くもないが深くもないってところか……けど地味に血が流れてるな……」


 服の上から切られた横腹を押さえ少しでも出血の量を減らせないかと悪あがきしながらも視界にはルムネリアを捉えている。

 ドアに衝突したルムネリアはぶつかったことなんて無かったように立ち上がり自分の指から滴るカケルの血を見て喜びの笑みを浮かべるとペロペロと指についた血を舐め始めた。


 「ち……ち……ち……もっと……」


 「うわぁー……これぞまさしく血に飢えているという奴か……マジで俺の命を掛けるつもりで動かないと何も出来ないまま死んでしまう……」


 この状況を打開する方法を模索するもどれも決定打に欠けルムネリアが元に戻るという裏付けも無いため没案だけが積み重ねられる。ただ一つを除いて。


 「この家からルムネリアが出ることは不可能…………しかも村長の張った結界の影響か家の壁がかなり丈夫になっている…………」


 一度目の突進と二度目の突進。どちらも激しく壁にぶつかっているが壁の方はコンクリートもビックリの穴も空かなければ傷一つない頑丈さを見せつけている。


 「外に出れないルムネリアの標的は自然と俺になる…………狙いは俺の血ということか…………」


 本で読んだ内容と村長が言っていた夜叉とは破壊衝動の塊。カケルは村長の家を出てから夜叉攻略の最大のヒントはこの破壊衝動にあると考えているのだがまだ答えが見つからない。


 「…………いやまてよ……二三年前に本で破壊衝動のというか人の心理状態、それの対処法について読んだことが……」


 内容を思い出そうと意識を集中させるがルムネリアがそれを許さなかった。指についた血を全部舐め取ったルムネリアはまだ血を求めているようでまた高く跳躍しカケルに襲い掛かる。


 「ちー!」


 「もうちょっと考える時間をくれよ」


 最初と同じように五本の指を床に叩き付けていく。攻撃に入る前に跳躍しているためカケルでもこれは見てからでも避けるがルムネリアはそこから腕を振り回し無造作に斬り付けてくる。


 「アハハハッ!」


 「あぶっ!」


 ルムネリアの身長が小さいお陰で腕のリーチが足りず、たとえスピードで負けていても距離を置き続ければ当たることはないが横腹の出血が思ったよりも酷いため動けば動くほど出血量も増え、意識が保ちにくくなる。


 「こんな防戦一方じゃ、殺されるのは時間の問題だな。早く思い出さないと」


 落ち着いて意識を集中させれば本の内容なんてすぐに思い出させるのに。この素早い連撃を当たらず避けながら本の内容を思い出すなんて非戦闘員のカケルには条件が厳しすぎる。

 だからといって思い出すのを諦めたらルムネリアを助ける事が出来なくなる。今は嘆く余裕すらないのだ。死に物狂いで脳をフル回転させ思い出そうと頑張るカケル。

 常にルムネリアの動きを見ながら本の内容を思い出す作業は困難を極めたがこの両方を同時にやることでカケルはルムネリアの目尻に涙が溜まっているのに気付くことができた。


 「辛いのか……俺に攻撃するのが……?」


 「アハハハ! ちーちーちー!」


 夜叉の性質のせいで言動は狂気じみているが心の奥底にあるルムネリアの優しい性格はちゃんとそこに存在している。そして同時に思い出した。破壊衝動を収める方法を。


 「…………俺はリーナを助けるまで死なない。死ねない。でもルムネリアもほっとけない……」


 本の内容を完全に思い出したカケルはもう夜叉の性質……いや呪いからルムネリアを解き放つ方法を思い付いている。けどそれは夜叉の性質というのが本当に破壊衝動の塊だということ。そしてルムネリアの心が残っていること。この二つが成立しなければルムネリアを助けるのは不可能だ。  

 だがそれを確かめる方法は無い。全部は断片的な情報からカケルが導きだした推測でしかない。

 だからといってルムネリアを助けない訳にはいかない。たとえ確証のない憶測だらけの推測だとしても全力で助けなければならない。ルムネリアのためにも……そして"臆病な自分のためにも"。


 「うおぉぉぉおお!」


 左胸を掴み意を決したカケルはルムネリアと真正面に対峙すると腹の底こら声を出し咆哮を上げながら走り出す。


 「キャハハハ! ちだちだちだちだ!」


 ルムネリアもカケルの走り出すのと同時に前斜めに跳躍し両手を全開にし迎撃体制で迫ってくる。

 あの指の刃で切り裂かれたら確実に死ぬ。だがカケルには死の恐怖なんて無かった。それは何度も死ぬ寸前の出来事を繰り返したせいで死の恐怖心が薄れたからだった。


 「ちーー!!」


 「ルムネリアァァ!」


 左右の斜め上からクロスするように襲い掛かる指先を前傾になりながらかわす。髪の毛が少し切られた気もするが人体には被害なし。カケルは走る勢いを落とさぬままルムネリアの体に腕を回し離れないようにホールドする。


 「あーあー! はなせー!」


 自由に動けなくなったルムネリアは喚き暴れる。まだ動ける腕で手を開けてカケルの背中を叩きつける。鋭い指先が背中に食い込み遅れて痛みがくる。

 刺された背中からバーナーで炙られたような灼熱を感じる。目では見えないが大量の血が溢れだそうとしているのが感じ取れるぐらい背中は熱く体温が下がっていった。

 体の力が抜けそうになるがここでルムネリアを離せば夜叉の性質からルムネリア救い出す最大のチャンスを逃すことになる。だがルムネリアは攻撃の手を緩めることはせず、何度も何度も傷つく背中を叩き傷口を深く広くしていく。


 「はなせー! はなせー! はな――」

 「は、離さない!」


 今のルムネリアに声が届くかは分からない。現にまだ逃れようと必死に背中を傷つけてくる。痛い……痛いけどカケルはここまで体を張ってまでしてルムネリアに伝えなければならないことがある。

 痛みに耐えながら頭の中で言わなければいけない台詞を組み立て大きく息を吸い込み叫んだ。


 「ルムネリアは俺の事が好きなんだろ! なのにルムネリアはそんなに俺を壊したいのか!! そんなに憎いか……俺や……世界が!!」


 暴れまわっていたルムネリア急に動きを止める。振り上げられた右手は虚しく上げられたまま叩きつけることも下げることもしない。

 これはカケルの声が心の奥底に残っているルムネリアの意思に届いたからなのかはまだ分からないがカケルは届いていると信じて喋り続ける。


 「ルムネリア……お前が我を忘れて暴走するのは何も夜叉の性質のせいだけじゃないんだ……」


 まだ大人しいのを確認しそのまま話を続行する。


 「ルムネリアお前……ずっと我慢してたんだろ。産まれたときからずっと……誰かにムカついても嫌なことや辛いことがあっても我慢してたんだろ」


 微かにルムネリアの体が震えたのを感じた。どうやらカケルの考えは間違えでは無かった。

 村長は言った。夜叉は産まれたときから破壊衝動の塊だと。ルムネリアは夜叉でありながら親をすぐには殺さなかった。カケルも村長もそれはルムネリアが今までの夜叉と違い破壊衝動の塊ではないと思っていた。でもその思い込みが間違いでありルムネリアが暴走する切っ掛けだったのだ。

 ルムネリアはただ我慢強いのだ。どれだけ破壊衝動に駆られても赤子のころから必死に堪えていたのだ。体内で無限に蔓延る破壊の衝動に耐えに耐え抜いていたのだ。誰も傷付けたくない。そんな優しい性格をしているルムネリアだったからこそ破壊衝動を抑えていられたのだ。

 しかし破壊衝動というのはその名の通り何かを破壊しなければ収まらないし、我慢したからといって消えるものでもない。むしろ発散せずに我慢し続けたら新たな破壊衝動が一つまた一つと積み重なり最終的に堪えきれなくなる。

 つまり数年経った満月の日にルムネリアが暴走したのは全て既存の破壊衝動の塊の上に産まれてからの破壊衝動が加算されルムネリアの中の許容量を越えてしまい暴走に繋がったのだ。


 「お前だって俺らと同じこの世界に生きる存在なんだ。全く怒らないなんて苦しかったよな」


 破壊衝動とは言い換えればストレスのようなものだ。ようはルムネリアは適度なストレス解消法を知らず、周りもルムネリアが常にストレスを抱えていることに気付かず放置していたのが原因だった。

 誰かがずっとルムネリアの側に居てやり適度なストレス発散法を教えてやれば満月の夜に暴走なんて起こらなかったのだ。


 「何かにずっと当たりたかったよな。なのに結界なんて張られて我慢の上にまた我慢を強いられるなんて辛かったよな。でももう大丈夫だ。俺がお前のストレスを解消してやる。すぐには無理だが少しずつ減らしてやる。だから――」


 声を出すのも辛くなってきたがあともう一押し。ルムネリアの体を一層強く抱き締めながら枯れそうになりながらも声を絞り出す。


 「元に戻ってくれ……ルムネリア……」


 返事はなかった。もしや最後の最後で声が届かなかったのかと不安になり少しだけ腕の力を緩めルムネリアの顔を見るとルムネリアは天を見上げるように顔を上げ大量の涙を流していた。

  

 「わた、わたし……わたしは……」


 「……! ルムネリア!」

 

 カケルはルムネリアの両腋に手を掛けルムネリアとの距離を開けて真正面から顔を見る。


 「ルムネリアお前……」


 「……ごめんねかけるぅ。わたしかけるぅをきずつけた。ごめんね」

 

 涙を流し謝るルムネリアの表情は元の優しいルムネリアの表情をしていた。


 「ルムネリア!」


 元に戻ったことが嬉しかったカケルはギュッとルムネリアを引き寄せ抱き締める。


 「よかった……戻って本当によかった……」


 「…………あっ……かけるぅ、ちが……」 


 「いいんだ……このぐらい……お前が戻って来てくれたことに比べればこの程度の怪我なんて安いもんだよ」


 本当に戻ってきてよかった。わざわざ体を張った甲斐があったというもの。横腹やこの背中の傷なんて名誉の傷と豪語してもいい。ただ――


 「少し血を流しすぎたかな……ちょっとクラクラするよ」


 「ほんとだ。かおあおいしつめたい……」


 「……! ルムネリアその手……」


 カケルの頬に触れているルムネリアの手の指先はまだ鋭利なままで角の発光もそのまま。つまりルムネリアは暴走夜叉の姿のまま意識を保っていることになる。


 「これでルムネリアに怯える奴はどんどんいなくなるな」


 「これもぜんぶかけるぅのおかげ」


 「いいや俺は切っ掛けにしかすぎないよ。こうして乗り越えれたのは全部ルムネリアの……意志の力だよ」


 右手に付いた血を軽く拭き取りルムネリアの頭を撫でてやる。ルムネリアも満足そうにし本当に元に戻ったんだなと安心するがそれは束の間の休息でしかなかった。


 「かけるぅはやくてあてしないと……」


 「そうだな……ここまできて出血死しましたなんて笑えないからな。悪いけど手当てたの――」


 傷付いた体をルムネリアに手当てを頼もうとした矢先だった。外からヒュ~と気の抜けた音がしたと思った瞬間、ドカンッ!! とルムネリアの家の壁が大爆発した。


 「うわっ!」

 

 爆発の規模は大きく爆発音のせいで一時的に聴力が狂い音が上手く聞き取れない。立ち込める煙に視界を奪われカケルはルムネリアの心配をするが、


 「かけるぅだいじょうぶ?」


 ルムネリアはいつの間にか爆発した壁の方に立っており足下には無数の木片が落ちていた。

 どうやらカケルに向かって飛び散ってきた木片をルムネリアが庇い全てを叩き落としてくれたお陰でカケルはあの爆発を無傷でいられたのだ。


 「あぁなんとかな……」


 まさかルムネリアにまで体を張って守られるとは思わなかった。ルムネリアと助け助けられの関係になったことに少し不服に思いながらカケルは弱った体を無理矢理起こしぽっかりと空いた壁から外の様子を伺った。


 「ったく……せっかくルムネリア篇ハッピーエンドで終わるところでなんだよ」

 

 周囲をざっくり確認するが特にこれと言った物もなく爆発しそうな物もない。本当にあの爆発はなんだったのだろうかと疑問だけが残るなかクイクイッとルムネリアが裾を引っ張ってきた。


 「どうしたんだ?」


 「かけるぅあれ」


 ルムネリアが真っ直ぐ指差す方向をカケルも見るが特に何も見えなかった。なんかの見間違いじゃないかと思ったがルムネリアはまだ夜叉の姿のまんま。もし視力も上がっているのならかなり遠くのものを見れてもおかしくないと思い双眼鏡を等価交換し、双眼鏡を使ってもう一度ルムネリアの差す方向を見ると無数の人だまりが色々な四足歩行の生き物に股がり佇んでいる姿があった。

 その佇まいを見てカケルはとある集団の姿と重なり思い出したくない記憶が再生され震える唇からカケルは無意識にあの集団の名前を呟いた。


 「嘘だろ……なんで極夜の盗賊団がここに……」

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