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命の恩人はとある少女でした

 真っ暗な道をカケルは歩いていた。右も左も分からないこの道を真っ直ぐ歩いているが本当に真っ直ぐなのかは分からないし、何のために歩いているのかも分からない。

 大切な人を助けるために歩いていたはずだが、その大切な人が誰なのかも分からない。


 ――ここは何処だ……俺は何で歩いてるんだ


 記憶を辿るがここに来る前、自分が何をしていたのか思い出せない。本当はこんな怪しげな場所を歩きたくはないのだが自分の意思とは無関係に体が勝手に動いてしまう。まるで何かに引き付けられているようだ。

 そんな意味不明な場所をしばらく歩き続けているとカケルの足下が急に明るくなると白い円形に広がった。


 「何だよこれ……」


 足下のみが明るくなったせいかさっきまで歩いていた真っ暗な道が底の見えない奈落にしか見えなくなった。

 試しに爪先を白い円形の外側に出してみると真っ暗な部分には足のつくような場所は無かった。つまりこの白い円形の外に出れば真っ逆さまに地獄の門に飛び込んでしまう。


 「歩いたと思ったら今度は立ち止まるか……」


 ますますこの場所が何なのか不思議になり腕を組んで頭を悩ませていると百メートル先にカケルが立つ白い円形がもう一つ生まれ、それを繋ぐようにボロボロの吊り橋が掛かった。


 「どういうことだこれ……これを渡れってことなのか」


 基本的にこういうのは渡るべきなのだろうが人一人が乗っただけで紐が千切れ崩れてしまいそうで渡るか渡らないか迷う吊り橋だ。


 「カケル……カケル……」


 渡るか渡らないか悩んでいると自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。声はあの橋の向こうにある白い円形からでその白い円形中心からホログラムのように人の形が映し出される。

 カケルはその映し出される人に見覚えがあったため名前を叫ばずにはいられなかった。


 「……! リーナッ!!」


 リーナの姿を見て思い出した自分がリーナを助けるために歩いていたことを。だが、映し出されているリーナの後ろにもう一人映し出される者がいた。

 顔半分に特徴的な仮面を着けた男性。そんな男性をカケルは見間違えるはずもない。


 「クライネス……ッ!」


 怒気を含んだ声であいつの名を口にする。クライネスはリーナを羽交い締めにし左胸に鋭利な鉤爪を突き付けている。顔に浮かべる笑みにカケルは神経を逆なでされた気分になる。


 「くっ……止めろッ!!」


 リーナを助けるため、駆け出し吊り橋を渡ろうとするカケル。あと一歩踏み込めば足が橋に触れれる。そんなタイミングだった。


 「カケル……カケル……」

  

 また自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声は弱々しく明らかにリーナの声ではなかった。でも、カケルはこの声を無視することが出来ずその場で立ち止まってしまう。


 「この声は……!」


 声が聞こえる後ろ側に振り返ると先程と同じように百メートル先に白い円形が生まれ、それを繋ぐようにボロボロの吊り橋が掛かる。その中心から映し出されたのは病院に置かれているベッドだった。そのベッドに横になっているのは女性のようでベッドの横に設置されたモニターから聞こえる心電図の音の間隔は遠く、点滴をさしている左腕は骨に皮が付いたように細く弱々しい。

 呼吸器が無いとまともに呼吸がままならないのに何度もカケルの名前を呼び続ける。

 やつれきった顔に目を隠すほど伸びた前髪のせいで顔がよく分からなかったがカケルはこの女性を……彼女が誰なのかを知っている。


 「アオイッ!!」

 

 どうしてアオイがこんな姿になっているのだと思ったが、ハヤトから聞いたアオイの秘密を思い出した。彼女が幼い頃から心臓病を患っているということを。


 「カケル……カケル……」


 「アオイ……ッ! 待ってろ今行くか――!」


 踵を返し急いで走ろうとすると後ろからリーナの助ける声が聞こえてしまう。橋の一歩手前で踏み込みたい気持ちに戸惑いがでる。

 この橋のボロさ加減を見ると一度渡れば崩れてしまう。つまりどちらか一方の方にしか行けない。

 

 「助けて……カケル……」


 「こっちに来て……カケル……」


 両方からカケルを求める声がする。でもどちらかの方に行くということはどちらかを見捨てるということ。


 「カケル……」

  

 今にも殺されそうなリーナを助けに行くべきか。


 「カケル……」


 それとも今にも死にそうなアオイの元に行くべきなのか。


 「「カケル……!」」


 二人の声が重なりカケルを誘惑する。


 「俺はどうすれば……ッ!」


 その場に踞り頭を抱え髪を掻き乱す。二人の悲痛な声が否応なしに耳に入る。どっちかを決めれば悲痛な声は一人分は消えるかもしれない。けど、選ばれなかったもう片方はどうなる。

 究極のニ択にカケルは苦悩し続ける。


 ――俺は……俺は……俺は……俺は……俺は……俺は……俺は……俺は……俺は――ッ!


 「俺はッ!」 

  

 「ひゃうっ!」


 跳ね上がるように上半身を起こし目を覚ますとそこは真っ暗な道でもなければ遠くにリーナやアオイが助けも求めていない。ゲームなどでよく見る小屋の中だった。

 視線を下に向けると四角い枠組みに干し草を敷き詰めた簡素なベッドの上で眠っていたようだ。

 

 「あれは夢なのか……」


 思い出すだけでも頭が痛くなるような悪夢にうんざりしつつ、自分がここで寝るまでに到る経緯を思い出す。

 カケルの覚えている範囲で最も新しい記憶は真夜中の荒野をさまよい、迫る砂の時に絶望、諦め倒れた所までだ。


 「俺はあの時、死んだはずじゃ……」


 身体が引き裂かれそうな痛みを感じたがあれは全て錯覚だったのだろうか。

 窓の外を見ると雲少ない青い空。間違いなく一晩以上は経って――。


 「しまった時間が!」


 スマホで時間の確認しようとするがスマホもスポーツバッグから必要なのを取り出した物と一緒に小袋に入れていたためその小袋を見つけるため身の回りを探し回ると枕元に小袋がそっと置かれていた。

 小袋に手を伸ばし中からスマホを取り出そうとすると体全体に激痛が走る。


 「っく……!」


 よく見ると上半身の服は脱がされており身体中にびっしりと包帯が巻かれていた。

 恐らく奇跡的に砂の時から助かり気絶状態だったカケルをこの小屋まで運び手当てをしてくれた親切な人がいたのだろう。


 スマホを取るのを止め、周囲を見渡し自分を助けてくれた人を探す。小屋の中はこのベッドを含め簡単な料理ができる場所に一人分の机と椅子、タンスと必要最低限の生活用品がある。ぶっちゃけ小屋の癖にリーナの家より綺麗だ。

 しかし肝心の助けてくれた人は見当たらない。何処かに出掛けてるのかと思ったがタンスの陰でおどおどしながら誰かがこちらを見ていた。


 「えっと……君は……?」


 「ひうッ!」


 身体を大きく震わせ完全にタンスの陰に隠れること数分。タンスの陰から一人の少女が出てきた。

 小柄な体躯に地面に付きそうなほど長くてふわふわな真っ白な髪。シンプルな白いワンピースと同じかそれ以上に白い肌ととにかく白い少女。唯一白くないのは前髪に掛かる紅い目と額から生える一本の赤黒い――。


 「角!?」


 少女は両手に持つ不気味な熊のような人形で額から生える角を隠し、じとーとカケルを睨み付ける。


 「あぁごめんごめん。えー……君が俺を助けてくれたのか?」


 頷く少女にカケルはお礼を言いながら小袋からスマホを取り出し時間を確認すると時刻は午前十時を過ぎていたが日にちは魔都を出てから見事に丸々一日以上が経過していた。


 「嘘だろ! もう一日経ったのかよ!」


 クライネスが提示した約束の日時まで後二日。途中で倒れ地図とコンパスを無くしているせいでここが何処かも分からない。

 焦るカケルはベッドから降り、ベッドの横にある棚にご丁寧に畳まれている服を取り、着替えながら外に出ようとすると目の前に少女が立ち行く手を遮る。


 「どいてくれないか。俺には行かなきゃいけない場所があるんだ」


 「ダメ……まだキズ、なおってない……」


 「これぐらい大丈夫だ。それに君が手当てをしてくれたお陰でほらこの通り」


 腕を曲げて元気だとアピールするが激痛がまた走り思わず顔を歪めてしまう。


 「だいじょうぶじゃない……」


 「今のは違う……今のはあれだ……丸一日も寝てたから体が鈍ってただけで……」


 疑いの眼差しで少女はこちらを見てくる。見苦しい言い訳だとは理解しているが無理をしてでもここから外に出て現在地の確認、そして鬼岩石の所にまで行かないと。


 「とにかく俺は行かなきゃいけないんだよ」


 失礼を承知で少女を押し退けるように外に出る扉に向かうが、


 「ぜったいにダメ……」


 押し退けるため少女の肩を掴もうとするが少女は何事もなかったようにそれをかわすとそのまま腰辺りを掴むとカケルを軽々持ち上げる。


 「うわわわ!?」


 カケルは体重が重い方ではないがそれでも五十センチもの身長差があるカケルを持ち上げるとは。カケルを持ち上げた少女はベッドまで運ぶとそっとカケルを下ろす。

 見た目に似合わない怪力に驚くカケルはしばし戸惑っていた。


 「キズ、なおるまでおとなしくねてるの……」


 「だ、だけど俺には行かないと行けない場所が……」


 少女にも曲げられない意思があるようにカケルにも曲げられない意思がある。


 「うう~……ならきょういちにちだけはおとなしくしてて……」


 唸るように考え込んだ少女は妥協するように言ってきた。

 今日一日だけ大人しくしていれば行ってもよしということだが正直悩む。クライネスの指定した日時は明日の昼。幸い今日休んでも大丈夫といえば大丈夫だが、ここが何処か分からない以上長居するわけにもいかない。


 「……いや待てよ」

  

 冷静に考えればこの少女に場所を聞けばいいだけではないのだろうか。小袋の中身も全部無事。用意したお金だってある。お金さえあれば地図やコンパスも新しく用意できる。

 こんな簡単な答えをすぐに出せなかった自分が恥ずかしいと思いながら少女に尋ねる。


 「ここって何処なんだ?」


 「……デームルむら。よその人はオニむらやオニがすむむらともよんでるの」


 「鬼村ッ!!」


 鬼村は目指していた目的地の近くにある村だ。砂の時に巻き込まれ一時はどうなるかと思ったが運よく鬼村の近くに落ち、この少女に助けられたのは本当に良かった。

 ここに来て運がこちらに向いてきたことに喜び思わず叫んでしまい少女は驚いて人形で顔を隠す。


 「ごめん。嬉しくてつい……」


 人形をずらし涙ぐんだ目で見てくる少女にもう一度謝りカケルはベッドに身体を預け仰向けに倒れる。


 「フゥ~オーケー……今日一日は大人しくしているよ」


 それを聞いた少女はパァ~ッと顔を輝かせるとテトテトとカケル側に寄り、ベッドの枠組みにもたれ掛かり座る。


 「おっと……まだ名前を言ってなかったな。俺は村上翔。カケルって呼んでくれ。それで君の名前は?」


 「……ルムネリア」


 「ルムネリアか……いい名前だな」


 名前を誉められ嬉しそうなルムネリアにカケルは角に触れないように優しく頭を撫でる。

 目をつぶって満足げに頭を撫でられるルムネリアにカケルはリーナを思い出し心が苦しくなる。


 「そういえばどうして俺を助けたんだ?」


 「ん……」


 上を見上げるルムネリアに釣られ上を見上げるとぽっかりと屋根に穴が空き応急処置で動物の皮を被せていた。


 「もしかして俺が落ちてきた場所って……」


 「うん……わたしのおうち……」


 その言葉に顔を青ざめる。てっきり村の近くで倒れていたカケルを見付けてこの家まで運び手当てをしてくれたのだと思っていたいや思い込んでいた。実際は屋根を突き破って落ちてきたカケルを仕方なく手当てをしてくれたということだ。


 「あー……屋根の件は手当てしてくれたお礼と同じに何かするよ」


 「うううん。……べつにいい」


 「そういうわけにはいかないよ。屋根を壊した上に手当てもしてくれたんだ。多少の恩返しをしないと俺の気がすまない」


 一先ずすぐに何かお礼となる物はないかと考え小袋の中を物色し財布を取り出す。財布の中も変わらず五十万近くのお金が入っておりパンパンだ。

 鬼であるルムネリアに何を上げれば喜んでくれるのか悩みに悩みまくった結果、カケルはメルが大好きなチョコレートを等価交換することにした。

 鬼にチョコレートはと疑問に思ったがここはあえて鬼というのを忘れ、一人の少女として考えた結論が少女=甘い物=チョコレートだっためチョコレートにした。我ながら甘い物で真っ先に思い浮かぶのがチョコレートかよと笑いそうになる。


 「それなに?」


 「これか? これは財布っていってお金を入れるもんだぞ」


 「それでなにかするの?」


 「まぁそんなとこかな。とりあえず見てれば分かるさ」


 チョコレートを等価交換するのに必要な小銭を握りいつものようにチョコレートを等価交換する。

 もはやチョコレートを等価交換するなんて慣れたもの。チョコレートの袋を開けてルムネリアに渡そうとすると目を輝かせながらチョコレートというよりもカケルの手を見ていた。


 「ねぇねぇそれどうやったの?」


 「え、えーと……何て説明すれば……」


 チョコレートではなく等価交換の方に食い付いてくるとは思ってもいなかったため、見た目七歳くらいの少女に等価交換をどう説明すれば理解してくれるのか悩んだ末、カケルはびっくりするような案を思い付いた。


 「そうだ! ルムネリア、これはマジックなんだ」


 「まじっく? それってまほうとはちがうの?」


 「ん~……違うかな。魔法は誰かを守るためのもので、マジックは誰かを楽しませるものかな」


 首を傾げて口を開けているあたり、理解はしていないだろう。でも等価交換をマジックに例えたならもう頭で考えるより見て体感してもらった方が早い。


 「見てろよルムネリア。もう一度見せてやるからな」


 「うん!」


 カケルはチョコレートを両手で挟み左手の甲が上になるように向きを変えると100ml程のペットボトルに入る水を念じゆっくり左手を上げると手の中にはチョコレートは無くなり変わりに水の入ったペットボトルが出てくる。


 「ふぁ~! すごいすごい!!」


 「ふふふ……今度も凄いから見とけよ……」


 パチパチと手を叩いて喜んでくれるルムネリアにカケルもつい調子に乗ってしまい財布から百円玉を取り、それをルムネリアを目の前まで持っていき素早く百円玉を握り隠し三秒。僅かに開いた隙間からオレンジ色のガーベラの花が飛び出てきた。

 ルムネリアが女の子であったお陰か花にはかなり興味を示し喜んでくれたのでカケルはもう片方の手でガーベラの花を少しの間だけ隠し手を除けるとあっというまにガーベラの花はピンク色のスイートピーに早変わりしていた。


 「かけるぅすごい! もっとまじっくみせて!」


 次々とルムネリアにねだられ……といってもカケルもノリノリでマジックという名の等価交換の連発をしていたらいつの間にか一万円を失った事に気付くのにもう三十分掛かった。 

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