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悲劇の夜に……

 「アーシアは助かるんだよな。なぁメル!」


 倒れるアーシアを連れてフェルの家に戻ったカケル達は、すぐさまアーシアの治療にあたった。傷口は深く、青い服は血で赤く滲み、腹部の三つの爪痕が痛々しく存在していた。


 「助かるに決まってるでしょ。私を誰だと思ってるのよ!」

 

 カケルが等価交換で出したチョークでせっせと床に魔方陣を描くメルの目は涙を流していた。

 既にメルがある程度の回復術を施したが、傷口は完全には塞がらず、精々止血が出来た程度しか手当ては出来ていない。完全に傷口を塞ぐには魔方陣を使っての大掛かりな魔法でしか無理だと言うことでこうしてメルが魔方陣を描いているのだが、アーシアの呼吸は浅く止血したとはいえ既にかなりの血を失っているのだ。いつ死んでもおかしくはない。


 そんな時間との勝負の中、ハヤトは一人目を瞑ったまま立ち尽くしていた。おそらく風の声を聴いているのだろうがこんな状況で一体何を聴くというのだ。

 

 「さっきから何してんだよハヤト! お前も少しは――」


 「おい、魔女の嬢ちゃん。その子の体に危険な毒が回ってるらしいぜ」


 「えっ……!」


 メルは魔方陣を描くのを止め、捨て気味にチョークを床に置きながらアーシアの元に駆け寄る。

 

 「……どうやら右腕から毒が広がっているようだな」


 「右腕ですか……」  


 アーシアの右腕の袖を上げると白い肌を汚すように蜘蛛の巣線上に広がる紫色の痣が浮かび上がっていた。


 「もしかしてこの毒って……リーナを庇った時に……」


 「リーナを!」


 「そんなことよりも早く解毒の方をした方がいいぞ。もうすぐ心臓にまで達するぞ」   


 ハヤトの言葉にメルは「ごめんなさい」と一言謝ると胸元部分の服をビリビリと破る。露になる胸元にカケルは視線を逸らす。


 「ハヤトの言う通りだわ。早く解毒しないと!」


 焦るメルの声に少しだけアーシアの胸元を見ると右腕から伸びる紫色の痣が左胸――心臓部に達しようとしていた。

 

 「この毒の種類は……あーもー! 魔族の毒なんてあまり知らないのに!」 


 「焦るなって。種類は神経毒。この毒に侵されれば徐々に身体の力が抜けていき呼吸困難に陥るそうだ。極めつけは毒に掛かった印である紫色の痣が心臓に達したらそれで終わりだ」


 「……! 情報ありがとうございます。ここまで毒の種類が分かれば何とかなります」


 その言葉を聞いて安心するカケルにメルは片手を突き出す。


 「何だ……その手は……」


 「見て分かりませんか。薬草ですよ。や・く・そ・う!」

 

 わざわざ一文字一文字区切って言わなくても聞こえているし、等価交換で解毒用の薬草を出すように指示しているのだろうがカケルはこの世界の毒やそれに有用な薬草の種類を知らないため等価交換で出そうにも出せないのだ。


 「薬草の名前は"ケシケシソウ"深林でしか群生していない薬草だ。等価交換で出すなら三千円もあれば余裕で出せるだろ」


 困惑するカケルに助け船を出すようにハヤトが薬草を教えてくれた。ご丁寧に金額まで。名前と金額さえ分かれば後は簡単だ。財布から三千円を取り出すとカケルはそのお金を三十リベルに交換する。等価交換のルール上、この世界の物であるケシケシソウを交換するには日本円ではなく、この世界のお金リベルでないといけないのだ。

 三千円を三十リベルに交換し終えたカケルは続いてケシケシソウの交換に入る。実物は見たことないが名称さえ分かればカケルに交換できないものはない。

 いつもの要領で三十リベルをケシケシソウに等価交換したカケルは蔓状の茎にたくさんの葉と白い実が付いているケシケシソウをメルに見せる。


 「ケシケシソウはこれでいいのか?」


 「はい、ありがとうございますカケル。後はこれを煎じた物をアーシアに飲ませれば大丈夫です」

 

 「それなら俺とフェルに任せてくれ」

 

 ケシケシソウの煎じる役目を率先して担うハヤト。勝手に煎じる役目に数を入れられたフェルも戸惑いを見せず、ハヤトの用に「任せてちょうだい!」と偉そうに胸に手を当てる。


 「なら解毒の方はあなた達に任せます。私は魔方陣の方に戻りますので」


 「あぁ、そっちも解毒完了と共に魔方陣を描き上げとけよ」

 

 無言で頷いたメルは床に置いたチョークを拾うと再び魔方陣を描き始め、カケルからケシケシソウを貰ったハヤトとフェルはキッチンに移動し作業を開始する。

 一人取り残されたカケルは今自分が出来ることを考えた。だが、カケルは魔方陣を描くことも薬草を煎じることも出来ない。つまりアーシアが死の淵にいるのにカケルはみんなに任せて見守ることしか出来ないのだ。


 「俺は何でこんなに無力なんだ……」


 自分の無力さを感じながらせめてアーシアの汗だけでも拭き取っておこうとタオルを交換し、アーシアの汗を拭いた。

 それから約十五分後、メルが魔方陣を描き終えたのと同時にキッチンからハヤト達がケシケシソウを煎じ、丸く硬め錠剤のようにした解毒薬を持ってきた。


 「どうやらナイスタイミングのようだな」


 「さぁ早く薬をアーシアに飲ませて」


 薬を持つフェルはアーシアの上半身を起こし薬を飲ませる。


 「えらく早かったな。煎じるのって五十分ぐらい掛かるもんじゃないのか」


 「確かにそうだが要所要所にフェルの魔法を使ってたからな。まぁこんなもんだろ」


 だからフェルに協力するよう言ったのかと納得する。そしてどうりでキッチンの方がやけに熱いと思った。


 「薬飲み終わらせたよー」


 「ではカケルとハヤトでアーシアを魔方陣の上に寝かせてください」


 メルの指示通りに二人でアーシアをそっと持ち上げ、ゆっくりと魔方陣の上に下ろす。毒の証である紫色の痣も消えていき、浅かった呼吸も少しは安定し苦しそうだった顔も今は安らかな寝顔に変わっている。


 「それでは今から最後の治療を始めますのでみなさんは下がっていてください。あ、それとナイフを貸してもらってもいいでしょうか」


 「それぐらい別に構わねーよ」


 ズボンのポケットから携帯用ナイフをメルに渡す。ナイフを持ち歩いているのにツッコミたかったがここはハヤトが料理人だからという理由で片付けておく。


 「で、ナイフを何に使うんだ」


 「見ていれば分かりますよ」


 みんなが見つめるなかメルは魔方陣の外側に座り込むとスー、ハーと息を整えると何を血迷ったか右手に持ったナイフで左手を切り裂いた。


 「な……何してんだよ!」


 左手から滴る血に全員が驚いた。苦悶の表情で堪えるメルに駆け寄ろうとするが、


 「大丈夫です! 大丈夫ですから」


 「けど血が……」


 「これも魔法に必要な材料です」


 自らの血を材料と言い切るメルにちょっとした狂気を感じた。

 滴る血を床から魔方陣の上に移し、メルは詠唱を始める。


 「"鮮血なる物質よ 我が名に木霊し 虚ろき肉体に恵みの息吹を トランフュジオン"」


 メルの詠唱に反応した魔方陣は緑色に発光する。このままアーシアの傷口を塞ぎにいくのだと思っていたがメルが傷付いた左手で魔方陣を叩きつける。流れる血は量を増し同時にメルも苦痛に顔を歪める。


 「メル!」


 「大丈夫……です。これも魔法なので……」


 「これが魔法だって……」


 ハヤトが肩を叩き、魔方陣を見るように指を指す。左手から流れる血がまるで意思を持っているかのようにアーシアの周りに集まり腹部の傷口に吸い込まれていく。


 「"傷みし肉体に再生を ヒール"」


 十秒程、その光景を見ていると血は動くのを止め、メルは次の魔法を唱える。更に強く輝く魔方陣から生まれる光の筋がアーシアの腹部の傷を綺麗に縫い合わせる。

 傷を治し終えた光の筋は粒子となり空中で四散し、魔方陣も輝きを失い白い線上の魔方陣に戻る。


 「……やることはやりました。後はアーシアの気力次第……で……す……」


 立ち上がろうとしたメルはふらりとよろめくと力なくその場に座り込む。


 「メル!」


 駆け寄りメルの左手を掴み左手を見るとナイフで切り裂いた傷は塞がってい。しかし、体温は低く顔は青白かった。

 

 「少しだけ私の血をアーシアに移しましたから……少し立ち眩みをしただけです……」 

 

 「少しって……全然少しじゃなかったじゃないか!」


 「何故、そんなに怒っているのですか?」


 「当たり前だろ! 一人で血を分けるなんて、俺らに言ってくれたらメルがフラフラになるまで血を抜くことなんて無かったんだ! それにもしメルまで倒れたら俺は……俺は……」


 堅く拳を握り締めるカケルの手をメルの手が触れる。


 「何も説明せずにやったのは謝ります。でもこの魔法は術者の血を対象に分け与えるものなのでこの魔法を使える私の血しか使えなかったのです」


 「でも……」


 「それにもし万が一アーシアが死ぬことがあれば私がアマトに合わせる顔がないので」 


 無理をして優しく微笑むメルにリーナの面影が重なる。メルの笑顔を見ると胸が締め付けられ涙が溢れそうになる。


 「…………そうだよな。お前は常にアマトの為に行動してるもんな」


 「それが私がアマトに対する恩返しですから」


 「けど、もう一人で無理はするな。アーシアもそうだけどメルに何かあったら俺もアマトに合わせる顔がないからな」


 「……はい。次からは気を付けますね」


 それからアーシアを布団の戻し、無事に目覚めてくれるのを待っているなかカケル達は椅子に座りフェルに何が聞くことにしたのだが、フェルが分かるのはリーナを見付けてからクライネスが襲撃しアーシアに毒針を射った所まででそれ以降に何があったのかは分からない。つまり、肝心のリーナがどうなったかのかが分からないのだ。

 ここでクライネスが出てくるのに困惑するカケルだったがそれはフェルも同じでクライネスが襲ってきた――しかもリーナを狙ってとなるとまともな考えが思い付かない。

 あの三人でクライネスと面識とあればフェルぐらいだ。なのにリーナを狙うのはおかしすぎる。リーナはもちろん、クライネスもリーナとは面識はないはずなのに何故、クライネスはリーナを狙ったのだろうか。

 そんな手詰まりな状況にカケルから貰ったオレンジジュースを飲みながらメルがハヤトに質問したのだ。その能力ならアーシア達に何があったのか分かるんじゃないか、と。


 「確かに風は常に世界中に吹いている。風は風を伝って情報を共有している。聴けばあの後何があったのかもリーナが今何処にいるのかも分かるはずだ」


 「なら――!」


 「そう焦んなって。今聴いてやるから」


 カケルが焦るのも無理はない。傷だらけのアーシアを見付けた時からリーナの事が心配で胸を締め付けられる。しかもリーナとはあんな形で離れているなら尚更だ。

 基本的にリーナは怒ったりしない。リーナが怒るときはいつも向こうに非がある時だけだ。今回リーナが怒ったのもカケルがまた無意識にリーナの心を傷つけるような事を言ったからだと自責の念に駆られる。

 謝りたいと思ってもリーナは側にいない。もしかしたらこれからずっとリーナは側に……自分の側に帰ってこないと思うと怖くて体が震える。


 焦り続けるカケルの気持ちに気付いたのか隣に座るメルがギュッと手を握ってきた。いきなりそんなことをされ戸惑ったが僅かに震えるメルの手を見て知らされた。リーナの事を心配しているのはカケルだけじゃないことに。

 メルのお陰で少し落ち着く事が出来たカケルは改めて風から全てを聴き終えたハヤトに向き直り話を聞いた。


 フェルが助けを呼びに行っている間に何があったのかを聞くのに二十分程掛かった。

 話を聞き終わってリーナの身柄をクライネスが拘束していることに不安で一杯だがとりあえず生きていることに安心する。

 けど、話を聞いても分からないのは――、


 「どうしてあいつはリーナを狙ったんだ……」


 話を聞いただけではクライネスがリーナを狙う理由が無さすぎる。もし人間だからという理由ならアーシアも狙われてそうだがアーシアは眼中に無かったようだ。


 「そんなのは決まってる……クライネスとやらがリーナを拐ったのは――」


 パリンッと窓ガラスが割れ、一本の矢が机に刺さる。


 「ウワッ! な、何だ!?」

 「皆さん怪我はありませんか」

 「あーアタシの家の窓が……」

 

 不意な攻撃に辺りを警戒するメルにハヤトは机に刺さる矢を抜き取りカケルに見せる。


 「攻撃じゃねーよ。これをよく見ろ」


 「これって……」


 矢を見たが矢尻は鋭く刺さった場所が場所なら死んでいた。そんな矢を攻撃じゃないと言い切ったハヤトの精神を疑ったが矢羽の方を見ると矢柄に封に入れられた手紙がくくりつけてあった。


 「見ての通り矢文だよ。クライネスからのな」


 「クライネスッ!」


 矢柄にくくりつけられた封を外し中味の手紙をカケルに渡す。渡された紙を広げるカケルだが、困ったことに書かれている文字がカケルの知らない文字。クライネスが書いたのなら魔族の文字と思われるためフェルに渡し声を出して読んでもらう。


 「えーっと『異世界の人間よ。小娘の命が惜しければ三日後、正午に鬼岩石の前に一人で来い。来れば小娘の命だけは助けてやる。もし来なければ小娘の命はない』って……」


 「これってつまりクライネスの狙いはリーナじゃなくて……」


 「そうお前なんだよ。クライネスがリーナに目を付けたのも全部お前を誘い出すための人質なんだよ」


 「ですがクライネスという魔族はどうやってカケルとリーナが仲が良いのを知っているんですか」


 衝撃の事実に言葉を失うカケルに変わってメルが質問した。


 「……どうやらクライネスはお前らの村、ハンデル村に配下の鳥獣を自らの目として送っていたようだな」


 「つまりクライネスはその配下の鳥獣の目と自分の目を同調させることが出来るということなのですか」


 「……その解釈で問題ないようだな」


 二人の会話にフェルは着いていけてなかったがカケルはそれ以前に話を聞いていなかった。リーナが狙われた原因が自分にあった事実ににどう受け止めていいのか分からないのだ。


 「なら暗殺者を送ったのも……」


 「あぁクライネスで間違いない。ま、端からクライネスは暗殺に失敗したら自分の手でカケルを始末するつもりでいたけどな」


 「けど、魔王様が居る以上カケルに手出しなんか……」


 「その点も既に手を打っているようだ。魔王はクライネスが仕組んだ罠に嵌まって五日間は魔都には戻れねー」


 着々と話し合いが進むなかカケルは今の自分に何が出来るのかを考えていた。リーナの為に自分が何が出来るのか……何をするべきなのかを。


 「一通り事情が分かりましたのでリーナ救出の作戦でも練りましょう。まず鬼岩石の場所は何処なのですか」


 「鬼岩石は北西の鬼村から少し離れた場所にあるの。巨大な鬼の顔をした岩があるから鬼岩石って呼ばれてるの」


 「北西の鬼村……か……」


 忘れないように小声で復唱したカケルは机の下で誰にもバレないようにコンパスとこの世界の地図を等価交換する。


 「それでどうするんだ? 手紙にはカケル一人で来るように書いてたが」


 「そこはカケルを一人で行かせた振りをして遠くから私の魔法でクライネスを蹴散らしてフェルがリーナの救出を――」


 コンコン。

 メルが作戦内容を話している途中で玄関のドアからノックの音が聞こえる。


 「こんな時間に客か? 悪いがフェル……」  


 「分かってますよ師匠。アタシが出ればいいんでしょ」


 「あぁそうだ。一応警戒だけはしとけよ」


 羽を広げてフワフワと飛びながら応対しにいく。

 そして気を取り直さんと作戦説明を続けようとするメルの言葉を遮るようにフェルの短い悲鳴が耳を貫く。


 「どうしたフェル!」


 勢いよく立ち上がったハヤトはフェルの元まで走る。メルも立ち上がったがまだ回復しきれていないのかまた立ち眩みでふらついた。

 そんなメルを支えたカケルはメルに手を貸しながら玄関まで行くと体を震わせて座り込むフェルと呆然と立ち尽くすハヤトだった。


 「フェルの奴どうしたんだ……」


 「それが……さっき魔族の兵士が来たんだけど、その兵士がこんなもを渡してきて」


 カケルの目の前で兵士から渡されたものを垂らす。

 それを見たカケルは目を見開き凝視した。フェルが兵士から貰ったもの。それは長いベージュ色の髪を束ねた物だがカケルはその髪に見覚えがある。


 「その髪はもしかして……リーナ……の髪か……」


 「うん。そうだと思う……だって兵士が『もし一人で来なかったらどうなるか分かるよな』って言ってたから」


 「最低ですね……女性のしかもリーナの綺麗な髪を切るなんて」


 怒りを表に出すメル。その間にハヤトは外に出て辺りを見渡し一転を見続ける。


 「やられた。どうやら今の会話をクライネスに聞かれたらしいな。外にあいつの配下の鳥獣がいた」


 「では、私達がこっそり着いていくのは……」


 「無理……だろうな。やろうものならカケルよりも先に嬢ちゃんが殺されるだろうよ」


 さすがのメルも他にいい案が思い浮かばずに項垂れる。万事休す打つ手なしとはこの事だろう。


 「まぁあれだ……今日はもう休まないか。幸い約束の日時は三日後。今日ゆっくり体を休めて明日考えればいいだろ?」


 「…………俺もそれに賛成だ。こんな疲れきった状況じゃあいい考えも浮かばないだろうし」


 メルはしばらく考えていたがハヤトの提案が正しいと判断し今日はここで休むことにした。

 上手く休む展開に持ち込めれたカケルはすまんと心の中で謝りみんなが寝静まるのを待った。


 フェルが客人用の布団を敷き、明日に備え布団の中に潜る。暗殺者の襲撃。アーシアの治療。リーナの誘拐。たった一日で起こった三つの悲劇。布団に入ると一日の疲れがどっと押し寄せたのかみんな眠りこけてしまう。約一人を除いて。


 みんなが寝静まる中、カケルは物音を立てずに布団から出てスポーツバッグとは別に用意した小袋に荷物をまとめ外に出る。


 「悪いなみんな……でもこれが一番の最善策なんだ」


 振り返り誰も起きてこないのを確認するとカケルは歩き出す。たった一人でリーナを助けるために。



==================================================



 妙な胸騒ぎがした。全身にのしかかるような恐怖の塊に叩き起こされたメルは自分が冷や汗をかいているのに驚いていた。

 

 「怖い夢でも見たのでしょうか……」


 変な目覚め方をしたせいでもう一度寝るのは難しい気がしたメルはどうやって朝まで時間を潰そうか背筋を伸ばし考えていると隣に居るはずのカケルが居ないことに気付いた。


 「……ッ! ハヤト! フェル! 起きてください!」


 メルに叩き起こされた二人は眠たい目を擦りながら起き上がる。


 「あー……どうしたんだ一体……」


 「カケルが何処にもいないんです!」


 「なに!? それは本当か!!」


 布団から飛び出たハヤトはカケルが布団にいないことを確認すると風に耳を傾ける。


 「……くっ、油断した。まさかあの野郎、一人で嬢ちゃんを助けに行くとはな」


 「一人でっていくらなんでも無謀よ! だってカケルは鬼岩石の場所なんて知らはずじゃん!」


 「でもここから北西の方角にある鬼村の近くというのは聞いている。あいつの等価交換の能力を使えば地図やコンパスなんて簡単に用意できるから行こうと思えば一人でも行けるんだよ」


 冷静に状況把握をしているハヤトだが、メルは居ても立ってもいられない気持ちになり外に飛び出そうとするがそれをハヤトが腕を掴み止める。


 「おい、どこ行こうとしてんだよ」


 「決まってる……カケルを追いかけるんですよ。カケルが一人で行ったのならクライネスに殺されるじゃないですか」


 「だが、さすがにカケルがどのルートを辿ってるのかわかんねーだろ!」


 「そんなのあなたの能力を使えばいいじゃないですか! 風ならカケルの場所を知ってるのでしょ!」


 深くため息をつくハヤトにイライラするメルは更に声を上げ責め立てるがハヤトは常に冷静に居続ける。


 「確かにそうだが、もう手遅れだ」


 「どうして!」


 「カケルの行った先に砂の時が来ている。今駆け付けたところで間に合わないし俺達も砂の時に巻き込まれる恐れがある」


 「でも……!」


 メルは砂の時の恐ろしさを身をもって知っている。何回目か分からない魔族との戦いの最中で発生した砂の時に両軍巻き込まれ壊滅したことを。幸い後方支援に徹していたメルはギリギリの所で助かったがあの時、見た人と魔族が無惨な姿で倒れていた惨状を思い出すとこの手を振り切ってでも助けに行きたい。


 「魔女なら分かるだろ行っても無意味なことに」


 「うッ……ですが……ですが……」


 ハヤトの言っていることは嫌でも理解できる。それでも助けに行きたい。なのに行けない悔しさにメルは力なく崩れ落ちる。

 

 「私に一人で無理するなと言っておいてなんで一人で行ってしまうのですか……」


 目尻から流れる涙が床に落ちる。フェルも同じ気持ちのようで座り込むメルをギュゥ~と抱き締める。

 温かいフェルの体に身を預けるメルは泣くのを堪えるのも限界だった。


 「どうしてこうなるのですか! 大切な友達が傷付いて二人も私の目の前から居なくなって! 私はもう誰も失いたくないのに!」


 「大丈夫……大丈夫だから。みんな帰ってくるから。絶対に帰ってくるから……絶対に……絶対にだよ」


 慰めているフェルも途中から自分に言い聞かせるように感じらメルに釣られてフェルも泣いていた。

 僅かに吹き付ける風から聴こえる砂の時の動きとカケルの動き。まず間違いなくカケルは砂の時に巻き込まれる。その真実をメルとフェルに伝えるには酷すぎる。

 だからハヤトは無理を承知で遠くに居るカケル言ってやる。


 「絶対に帰ってくるんだ……馬鹿野郎が」


 と。


==================================================



 吹き荒れる風に煽られながらカケルは荒野の中を歩き続ける。飛び散ってくる砂粒に向かいながら歩くカケルの服はあちこち擦りきれボロボロだった。

 おぼつかない足取りで歩き続ける。目指すはただ一つ。


 「リー……ナ……」


 地図を広げコンパスを使い現在地と目的地の再確認をするが疲れが溜まっているせいか視界がボヤけて地図の図面もコンパスの方角もまるっきり見えない。


 「くっ……」


 ついに立つのもままならなくなったカケルは膝をつきその場にうつ伏せに倒れる。


 「ここまで来たのに……くそッ!」


 地面に拳を叩き付ける。強風がコンパスと地図を飛ばしていく。せめて最後の頼みの綱である小袋を肌身離さず鷲掴む。この小袋の中には等価交換に必要な現金が入っている。これを失えばもうカケルは何も出来なくなる。


 「あき……諦めるも、の、か……」


 ジリジリと腕の力で前に進んでいくが顔を上げうっすらと見える風景は絶望しか無かった。

 全てを無に還す勢いで周囲の岩を砕き取り込みながらこちらに迫るトルネード。あれが――、


 「砂の時か……」


 砂の時は一通り大きくなると二つに分裂し、また岩を砕き取り込みながら大きくなるとまた分裂を繰り返し数と勢いを増している。


 「なんだよありゃ……ホントに砂嵐より酷いじゃねーか……」


 思えばトラックに轢かれる瞬間から自分の運は尽きていたのだと実感する。

 訳も分からない異世界に飛ばされ、ゴブリンの群れに襲われ、初めての王都に行く道中で極夜の盗賊団に襲われ、勘違い勇者に決闘を申し込まれ、初めての魔都で魔王に睨まれ、暗殺者には命を狙われ、お世話になったリーナを拐われ、終いにはこの有り様だ。


 「わりーなリーナ……助けられなくて……俺はここで終わりのようだ……」


 そして黙って置いていってしまったメル達にも。

 体が引っ張られ宙に浮きそうだ。どうやら砂の時が岩に飽き足らずカケルまで呑み込もうとしているようだ。

 もう体は動かない。薄れていく意識の中リーナの笑っている顔が目に浮かんでくる。


 ――せめてリーナを助けてから死にたかったが仕方ない。後はメル達に託すしかねーな


 体がふわりと浮かび上がる。体が引きちぎられそうな感覚に陥りながらカケルは人生を投げ出すように世界を見るのを止めた。

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