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避難の先に

 「何とか着いたな」


 運よく砂の時の被害に遭うこと無く無事に魔都に着いたカケル達。いつ来るのか分からない恐怖にずっと怯えていたせいでみんなぐったりしていた。


 「みんなお疲れ様。魔王様が結界を張っているここまで来れば一安心だから」


 その言葉を聞いて客室にぐったりしていた三人は「ふぅ~」と長いため息を着いて座席に座り直す。


 「アタシの家まで十分も掛からないから適当に街並みを見て時間を潰してね~」


 陽気な声だけが客室に響く。フェルの気持ちの切り替えの早さに羨ましさを覚えながら三人は窓から魔都の様子を伺う。

 カケルは二度目の魔都訪問のためそんなに目新しい物なんて無かったがフェル以外の三人は違った。

 人間である三人は初めて見る魔都に感嘆の声を漏らしていた。


 「魔都って凄いね。王都よりも建物が大きいね」

 「どうやってこの建物を建てたのでしょうか」

 「こんなに魔族がいっぱい……私平静にいられるかしら……」


 約一名、魔族殲滅したい衝動に駆られているが、さすがにこんな街中では剣を振り回して暴れたりはしないだろう。


 「舞い上がるのは分かるけど……少しだけテンションを落としてくれない? 他の魔族の視線がちょっと……」


 「視線……?」


 周りを見ると外にいる魔族達が一斉にこちらを見ている。しかも警戒心マックスで。


 「なんでこんなに見られてるんだ? 昨日来たときは全然反応が違うんだが……」


 昨日は人間であるカケルが御者台に座って手綱を引いていてもチラチラ見られる程度だった。今回も状況はほぼ同じ。せいぜい人間の数が三人増えただけだ。


 「……いや、待てよ……」


 もしやと思いもう一度魔族を見る。魔族がこちらに向いているのは変わらないが、その視線は客室に居るメルとアーシアに向かれていた。

 窓に手や額を付け食い入るように魔都を見続けている二人。膝立ちのため、外から見れば上半身は丸見えだろう。鎧を纏った騎士ととんがり帽子をかぶる魔女の姿が。


 これで魔族の視線がこちらに集中している理由が分かった。それはメルとアーシアの格好が魔都で悪目立ちするからだ。二人の格好がカケルとリーナみたいなザ・一般人みたいな格好をしていればこんなに……いや、アーシアが鎧さえ脱いでいればチラ見レベルで済んでいた。


 この推理が合っているかは分からないが可能性的には最も高いはず。なら、次にカケルがすべきことはただ一つ――。

 

 「アーシア、今すぐ脱ぐんだ!」


 答えは実にシンプルだ。アーシアが鎧さえ脱げば物好きな人間四人が魔族の案内のも元、魔都に旅行これ以上魔族の視線を集めなくてすむ。なのにアーシアは鎧を脱がず頬を赤らめながら声にならない声を上げていた。

 隣のメルもジト~っと無言でカケルが見つめている。いつもならカケルの考えをすぐに見抜いて協力してくれるはずなのに。メルの協力を得れないなら一人で説得するしかない。

 

 「いいから脱ぐんだ。アーシアが脱げば全て丸く治まるんだ」

 

 じりじりと距離を詰め、アーシアの肩を掴む。アーシアが簡単に鎧を脱がないのはアーシアがここを敵地と認知してしまい身を守らなければといった防衛反応が出ているから鎧を脱がないのではなく脱げないのだ。それを解除するにはみんながいるから安心しろと伝えなければいけないが、口では説得力が欠けるためこうして触れることで安心感を与えようとしたのだが、


 「……何を…………」


 「今なんて……」


 口が回ってないのか上手く聞き取れなかったカケルは、次は聞き取ろうと顔を近づけると、


 「あなたは一体、こんな所で何を考えてるんですか、この不埒者!!」


 目にも止まらぬスピードのビンタがカケルの左頬にクリーンヒット。芯を捉えた強烈な一撃にカケルは、御者台近くの壁までぶっ飛び強く背中を打つ。


 「なん……で……」


 「胸に手を当てて考えてください!」


 「む、無念……ガクッ」


 顔と背中からの痛みに耐えきれなかったカケルはしばし気を失っていた。


 「何だか後ろが騒がしいけどどうしたのかな?」


 「…………これはカケルが悪い」


 カケルが目を覚ましたのはフェルの家に着いた時だった。目覚めて真っ先にカケルはアーシアに向かって怒ったがそれはアーシアも同じだった。互いの話が何処か噛み合わない不毛な口喧嘩を見かねたメルが仲介人として二人の誤解を解いた。

 誤解も解け、とりあえず鎧も脱いでくれるというアーシア。一人鎧を脱ぐのに客室に残ったままカケルとメルは自分の荷物を持って客室から出る。


 「ったく分かってたなら俺が殴られる前に言ってくれよ」


 イテテテともみじマークが浮かび上がった左頬を擦る。


 「私は知りません。なーんにも知りません」


 プイッとメルはそっぽを向く。ここまで不機嫌になる理由に思い当たることが無いカケルは頭を抱える。すると、客室から鎧を脱ぎ終えたアーシアが荷物を持って外に出てきた。


 「鎧を脱いでほしいなら最初からそう言ってくれれば私だって殴らずには済んだのに……」


 ぶつぶつと小言を言いながら降りてきたアーシアの目は、まだカケルに怒りを向けていたがカケルはそんなことに気付かずアーシアの服を見ていた。

 アーシアの着ている服は青い無地のワンピースと何も着飾らないシンプルな服だったが、カケルはアーシアらしいと思いそして、


 「アーシアってそういう女性らしい服似合うよな」


 カケルの中でアーシアは重度の青色好きと認定しているため、普段着とかも無駄に青を付けまくって落ち着きの無い感じになると思っていた。だが、実際はその逆でシンプルに青一色なためとても落ち着きのある大人の女性の印象になっている。


 ちなみにカケルは怒られたからアーシアの機嫌を直そうと思って言っているのではなく素直に似合っているなと思って言ったのだが、カケルは言い終わってから気付いてしまった。こんなことを言ったら「そう言って機嫌を直そうとしても無駄です」とアーシアに言われ、挙げ句の果てには反対側の頬までもみじマークを付けるはめになってしまう。


 ここは言われる前に弁明をするかそれとも攻撃に対して身構えるかのどちらかしかないとカケルは判断する。とりあえずここは弁明を先にしようとアーシアの顔を見るとまた頬を赤らめていた。このパターンは問答無用のビンタという攻撃が来るということ。弁明から身構えるに作戦をチェンジしたカケルは両腕を顔の横に付け左右どちらに来ても頬を守る姿勢に入るが、


 「ふ、不埒者~!」


 何故か涙目なアーシアはそれをお構い無しにガードしている右腕ごとビンタでカケルを張り飛ばした。


 「何でだ~!!」


 ガード越しに衝撃が伝わりまた吹っ飛んでしまう。今度は壁にはぶつからなかったが顔から地面に着地してしまう。


 「さっきからどうしたんだろね」


 「…………相手が悪い」


 鼻を強く打ったが何とか気を失わずに意識を保つ。もう片方の頬にもみじマークを付けなくてすんだが、ガードした右腕には痛々しい手形が付いてしまった。

 

 「何で攻撃するんだよ! 素直な感想を言っただけなのに!」


 「う、うるさい! これは……その……そう! 条件反射というやつよ」


 もし本当に条件反射なら誉めるだけで攻撃されることになる。カケルが言うのもなんだがそれだと人間付き合いにかなりの支障をきたす。


 「アーシア、アーシア素直に照れ隠しだと言えば良いじゃないですか」


 「メルもうるさい。そんなの言えるわけ無いじゃないですか恥ずかしい……」


 両手を真っ赤な頬に当てアーシアは自分の熱を確かめている。


 「……意外と乙女なんですね」


 「う、うるさい……カケルには絶対言わないでよ……」


 カケルに聞こえない声量でこそこそと話している二人を遠目に見ながらカケルはこれ以上、アーシアの近くに居れば暗殺者に殺られる前にアーシアに殺られてしまうためリーナの所に行く。


 「あーなんか今日はとんだ厄日だな」


 「大丈夫? 今日は色々とあったから……」


 どうやらリーナはカケルとアーシアのやり取りを見ていないようで周りが暗いため頬に付いているもみじマークにも気付いていないようだ。でも心配をしてくれているのは嬉しい。


 「うぅ……この世界ではリーナが唯一の癒しだな」


 「ホントに大丈夫? 頭でも強く打ったんじゃないの?」


 「うぐっ……!」


 リーナは心配して言ってくれていると分かっているのだが遠回しに馬鹿じゃないのと言われたような気がしてならない。


 「はいはい、夫婦漫才はその辺にして早く家に入ろうよ」


 ニヤニヤしながら荷物を担ぐフェルに二人は同時に、


 「夫婦じゃねーし!」

 「夫婦じゃないよ!」


 意図的に合わせたわけではなく、偶然声を揃えて否定してしまったことに二人は照れて互いの顔をそらす。


 「ん~やっぱりカケルとリーナの純愛バカップルなやり取りはいつ見てもいいね~」


 「ん~!」


 耳まで真っ赤にしたリーナはポカポカとひたすら叩く。


 「痛い痛いってリーナ。アハハ」


 「笑い事じゃないよも~!」


 楽しくじゃれあう二人にいい関係だなとしばらく見つめているとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。

 リーナとフェルは気付いていないようだがメルとアーシアはカケルよりも前から気づいていたようで既に臨戦態勢に入っていた。

 暗いせいで何処から近付いてくるのか分からない。呑気な二人を他所に警戒を怠らないカケル達。徐々に足音が大きくなり、うっすらと人影が見えると同時に聞き覚えのある魔族の声がした。


 「なんか賑やかだと思えばフェルじゃねーか」


 「あ、コージィこんばんわ」


 カケル達に近付いてきたのは小物を売っている店の店主でありフェルのお隣さんだ。

 フェルの接し方を見て敵ではないと判断したメルとアーシアは戦闘態勢を解除するが近付くことはなく、遠くから様子を伺うだけだ。


 「よっ! 昨日ぶりだな」


 「なんだあんたもいたのか」


 とりあえず顔を覚えてくれたことに安心する。


 「こ、こんばんわ。私リーナと言います」


 恐らくリーナは初めて男性魔族とまともな会話をするのだろう。少し緊張して肩が上がっていた。


 「おう、こんばんわ……ん? その髪飾りは……」 


 店主は顔を近付けジロジロと無遠慮にリーナの顔を見る。


 「あのー、私の顔に何か付いてますか?」


 「俺の作った髪飾りを着けてるってことは……おい、人間の坊主。この娘がお前の女か?」


 「ちょっと待て! リーナに髪飾りをプレゼントしたのは事実だけど俺の女じゃないからな!」

  

 カケルの必死の弁明を店主は無視してまたリーナの顔を見る。


 「ほぉ~、中々可愛い顔をしてるじゃねーか。お前にはもったいないくらいだぜ」


 「お、さすがコージィ。いい目をしてるね~」


 カケルを無視してリーナの顔について誉め続ける店主。リーナもリーナで満更でもなさそうで照れながらも顔はにやけていた。


 「それにコージィ。あの二人もかなりレベルは高いんだよ」


 「ほぉ~まだ居たのか。どれどれ……」


 メルとアーシアの存在に気付いた店主は二人の側まで近寄るとリーナと同じように無遠慮に顔を見た。

 メルはともかく魔族に抵抗のあるアーシアがあそこまで距離を詰められ顔を見られるのはかなり不味いのではないかと不安だったが、メルが上手く気持ちを落ち着かせているようで大丈夫そうだ。


 「確かにこの二人も中々の可愛さだが……人間の坊主よ。それで本命はどの女なんだ?」


 「ほ、本命~!」


 急に話題を振られ更に内容が内容なだけにえー、あー、と濁すような言葉しか出ない。


 「こんなに良い女を四人も連れ歩いてんだから一人ぐらい本命がいるだろ?」


 「あれ? 四人ってことはアタシも入ってるわけ?」


 当たり前だろと言わんげな表情にフェルは唖然としていた。他の三人もこの手の話題には疎いのか何も言わずに視線をそらすだけだった。

 それにこの手の話題に疎いのはカケルも同じで場の雰囲気からして言わなければならない空気だ。しかし、適当にこの中の四人を選ぶ訳にもいかない。それをすれば自分自身に嘘をつくことになる。魔王から無意識に嘘をついていると言われたのに意識して嘘をついているようでは魔王に認めてもらうなんて夢のまた夢。ならここは正直に言おうとカケルは決意する。


 「俺の本命は……残念だけどここにはいない。こことは別の遠い場所にいるんだ」


 「こんなに可愛い女がいるのにまだ別の女がいるとは驚きだな。まっ、俺には関係の無い事だけどよ」


 どうにか切り抜けて一安心するカケルだがリーナの顔が少し暗くなっていたことにカケルは気付かなかった。


 「それじゃあ俺はこの辺で消えるとするかな」


 「あれ? もしかしてこれから出かける所だったの?」


 「まぁな、久々に一杯やろうかなと思ってな」


 グラスを持って飲むジェスチャーにフェルは「気を付けてね」とそれだけ言うと店主は片手を上げながらそのまま何処かに行ってしまった。


 「じゃあ家に入ろうか」


 「そうだな」


 フェルの合図と共に荷物を持ってフェルに着いていく。カケルもスポーツバックを肩に掛け、着いていこうとするとリーナがちょいちょいと服の裾を引っ張った。


 「どうしたんだリーナ?」


 「あの……カケルの本命の人って…………」


 聞こえるか聞こえないかの声量で更に俯いて話しているせいであまり聞き取れない。声を聞こうとリーナの口元に耳を近付ける。


 「カケルの……カケルの本命の人は……カケルにとってどんな――」

 「カケルちょっと来て!」


 丁度のところでフェルの声とリーナの声が重なってしまった。声の感じからして何かあったのは間違いない。


 「悪いリーナ。話はまた後でいいか?」


 「…………ううん。もう話はいいよ」


 顔を上げて言うリーナ。顔では笑っているのに何故か少しだけ寂しそうに見えた。

 やはり今ここで話を聞くべきなのではと思ったがフェルが早く早くと急かしてくる。ここは一旦無視をしようとしたがリーナも「フェルが呼んでるから早く行こ」と行ってしまった。

 リーナが何を言いたかったのか結局分からずじまいだがくよくよ考えても仕方なく、カケルもフェルの元に行く。


 「どうしたんだ、何かあったのか?」


 「何かあったどころじゃないよ! 閉めたはずの家のドアが開いてたんだよ!」


 みんなに一気に緊張感がはしる。フェルの家はいわゆる豆腐ハウスで窓も人一人が入るには狭すぎるし、そもそも開閉も出来ないただのガラス張りだ。つまり何者かがドアを開け忍び込んだとしか思い付かないのだが、暗殺者に襲われたこのタイミング。嫌な予感がしてならない。


 「私が先に入るのでみなさんは私の後に続いてください」


 アーシアの適切な判断に同意し、アーシアはゆっくりと家の中に入っていく。それに続いてフェル、リーナ、カケル、メルの順番で家に入る。

 家の中は真っ暗だが確実に人の気配はする。

 

 「フェル、灯りを着けてください」


 「任せて」


 ガサゴソと手探りで何かを探すフェル。数秒後、スゥーッと灯りが着いていき部屋全体を見渡せるほど明るくなった。


 「この灯りはどうやって着いてんだ?」


 この世界には雷の概念はあっても電気は無かった。だが、この灯りは火で照らされてるわけてもない。不思議な光だ。そんなカケルの疑問にメルが答えてくれる。


 「この光は魔力によって生み出されてるんですよ」


 「魔力で……?」


 「はい。あの魔導機に魔力を込めればこのように灯りが着くのです。役割的にはカケルの世界でいう電球という物でしょうか」


 最後に電球を出してくれたお陰で何となくしっくりきた気もする。


 「カケルは気付いてないかもしれないですがリーナの家にもあの魔導機はあるんですよ」


 「そうなのか!? 全然気付かなかった……」


 どうりで夜も明るいと思ったわけだ。しかし、魔導機という物が存在するとはまだまだカケルはこの世界について知らないことが多すぎる。


 「知識を披露するのは良いですが油断はしないでください。まだ気配はするのですから」


 アーシアの一喝にカケルは気を引き締め直す。家内の構造は1DKと一人暮らし、いや師匠も住んでるのなら二人で暮らすには十分な広さの家だ。

 慎重に家の中を探ろうとアーシアがダイニングに足を踏み入れると


 「ずいぶん警戒心の強い客人だなー。それに何処か落ち着きがないようにも感じられる」


 人の声だ。低く渋めの声からして男性なのは確実だが、何故か聞き覚えのある声にカケルは頭を捻っていた。思い出せそうで思い出せない歯痒さに頭が痛くなる。


 「客人は……四人か……まぁ知ってたけどな」


 姿を見せないまま話を続ける。敵か味方か分からない状態でみんなの不安が募るなかアーシアの後ろにいたフェルは警戒心を解き、ダイニングに入る。


 「ちょっと! 相手が誰だか分からないのだから無闇な行動は――」


 「師匠ただいまー」


 「えっ!?」


 荷物を部屋の隅に置くと早く入りなよと手招きする。現状をまだ把握しきれていないカケル達だが危険は無いようなのでカケル達もダイニングに入る。

 

 「こんなに早く帰ってくるなんてどうしたの師匠? 何か忘れ物でもした?」


 「いや、何も忘れちゃいねーぜ。俺はただ会わないといけない奴がいるから帰ってきただけだ」


 師匠と呼ばれる男性はキッチンからカケル達の前に姿を現した。

 スラッとした高身長なスタイルに見合ったスタイリッシュな調理服を身に付け、一目で調理人と分かる格好なのだが目に掛かるぐらい伸びた黒い髪に前髪の一部を金で染めたメッシュヘアー。垂れ目でおっとりな顔だが常に気だるい雰囲気を出している。両手に持つトレイには飲み物が入ったカップが五つ置いてあるのだがカケルはトレイを持つ男性の立ち姿を何処かで見た気がしていた。


 『実はその火事になったレストラン、私の兄が経営している店なんだけど……その火事があった日から兄が家に帰ってこないの』

 

 不意に夢で見た彼女の言葉が脳裏に過る。何の関連性もないはずなのにどうして今思い出しているのだろうか。

 頭が痛い。カケルは知っているはずなんだ。この男性を。だが、思い出すことができない。

 頭を押さえよろめくカケルにリーナが心配して体を支えてくれる。

 

 「久しぶりだなカケル。こうして会うのはいつ以来だろうな」


 「どうして俺の名前を……」


 「どうしてって……そんなの会ったことがあるからに決まってんだろ。といっても一度しか会ってねーし覚えてないのも無理ねーがな」


 やはりそうだ。カケルはこの男性に会ったことがある。絶対にだ。でも一体、いつどこで会ったんだ。


 『だから私、絶対に兄はあの調理場にいたと思うの。火事の時、絶対に兄はあのレストランにいたはずなの』


 また夢の内容が脳裏に過る。

 頭の痛みが強くなる。それはこの男性が誰なのかを思い出せている証拠。他に無いのかこの男性を思い出す決定的な証拠を。


 『師匠の名前……? 確か……五月雨颯斗(さみだれはやと)だったはず……』


 ――ッ! 思い出した。レストラン、火事、兄、五月雨これらのピースを全て当てはめるとカケルの中で一人の人物が浮かび上がる。


 「どうやら思い出したようだな」


 男性はまるでカケルの心を読んだかのように言った。手に持っているトレイを机の上に乗せ、男性はカケルの真正面に立つ。


 「やはりお前なんだな……」


 「あぁそうさ俺だよ。あの日火事に巻き込まれ消息不明になった五月雨隼人だ。そして――」


 両手をバッと広げカケルの顔を一瞥して嘲笑うように言い放った。


 「お前が好きで好きで堪らない五月雨葵(さみだれあおい)の…………兄さんだ」

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