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避難

 「本当に魔都で身を隠すのか?」


 太陽が沈む夕暮れをバックにサザンは聞いてきた。

 

 「まぁな。魔都なら誰にも迷惑をかけなくてすむし、あそこには魔王がいるからな」


 自分の荷をまとめたスポーツバックを数時間前に等価交換で出した馬車の客室に入れるとそのままカケルは客室によじ登る。

 既にアーシアとメルは客室の座席に座っており、御者台にはリーナとフェルがおり、二頭の馬の手綱をリーナが握っている。

 遅れて申し訳ないとジェスチャーで伝えるとアーシアとメルの向かいの席に着く。席は二人掛け仕様でアーシアとメルが仲良く隣同士に座っているのに対しカケルは一人で座るため堂々と中央に座っているせいで左右に空いたちょっとした空間が虚しい。


 そもそも、なぜこうして馬車に乗り遠出の準備をしているかというと全てフェルの提案から始まった。

 暗殺者に襲われた後、駆け付けてくれたフェルに何があったのかを話終えると、


 「それって極夜の暗殺団の事じゃないの?」


 それを聞いたとき、カケルが真っ先に思い浮かんだのは極夜の盗賊団だった。これを思い浮かべたのはカケルだけでなくリーナやメル、アーシアも全く同じことを思い浮かべていたらしく、全員でそれは暗殺団じゃなくて盗賊団じゃないのと聞き返した。

 全員に訂正の言葉を言われたフェルはかなり怒り、極夜の暗殺団について話した。

 

 フェルの話した内容はこの世界の事をまだまだ知らないカケルにとって初めて聞く内容ばかりだったが珍しくリーナ達、この世界の住人もそうだった。


 極夜の暗殺団とは本気で誰かを消してやりたい殺してやりたいと思った人に現れ、金さえ積まれれば貴族だろうが王族だろうが関係なしに誰でも殺す存在らしい。

 だが、これはあくまでも魔都で流れている噂――都市伝説のようなもので実在しているのか定かでない。

 それに極夜と名がついているが盗賊団との関係は不明で繋がりがあるのかも分からないとますます都市伝説めいていた。


 しかし、極夜なのかは分からないが暗殺集団が存在するとをメルは言った。そしてその暗殺集団が王様と繋がっており今回のカケル暗殺を実行させたのも王様だろうとメルは推測していた。

 それが理由でメルはアマトから「俺の代わりにカケルを守るんだ」と命令もとい頼まれ一足先に帰ってきたということらしい。


 これでメルだけが早く帰ってきた理由が分かったのだが、このメルの話にアーシアが焦るように声を上げた。アーシアは王都直属の騎士団団長であり最後の砦。自分が護らなければならない主が裏で邪魔者を排除するために暗殺者を雇っていたとなると落ち着いていられなかったようだ。


 こんな風にアーシアが取り乱すことを想定していたメルは戸惑うアーシアに優しい言葉を掛ける――なんてことはせず、逆に王都の闇を話すという追い討ちを掛けた。

 さっきまで共に戦い、友情が芽生えたのにメルがそれを壊すようなやり方に驚く一同だったがリーナだけが「メルが後先考えずに言うわけないでしょ」と余裕の態度でいたが、カケルは時々、メルの火に油を注ぐ発言でひどい目にあっているせいでリーナの言葉を鵜呑みには出来なかった。


 それでもリーナの言う通りメルは真面目な場面(・・・・・・)では、後先考えずに発言したり行動したりはしない。現にメルは、王都の闇の部分を話しているが王都全体を悪く言っているわけではなく、王様が悪いと言っており、要所要所でアマトの名を使ってより、アーシアが納得しやすいように話していた。

 話が終わった時にはもうアーシアは何かを言う気力もなく落ち込んでいた。立ち直ったアーシアから聞いたがこの時、アーシアは認めたくない自分と認めている自分が対立してしまってどうすれば良いのかで頭の中がぐるぐる回っていたと笑い話のように話していた。


 話は戻って今後どうするのかだが、暗殺の依頼を出したとされる王様をどうにかしない限り、カケルはこれからも命を狙われ続けるだろう。今回はたまたまアーシアとメルが居たから助かったものの等価交換と頭脳を武器にしているが基本無力なカケルが一人の状態なら簡単に命を取られてしまう。

 それを踏まえて最初に決まったのはカケルはメルとアーシアの側から――特にアーシアの側から離れないということ。

 そして次にフェルの提案でしばらくの間、カケルを魔都にあるフェルの家で避難させるという案を出してきた。


 理由は簡単に言えば無法地帯であるこのハンデル村で攻防戦を行えばいずれ建物や村人達にまで被害が及ぶからという理由だ。

 その最初の被害者としてサザンが負わなくていい傷を負い大量の血を流した。こんなことが毎度毎度起これば村発展なんて満足に進まず、いずれ村人から、この村から出ていけと言われてしまう。


 そういったことを事前に避けるために魔都への避難を提案したフェルだが、魔都を全く知らないアーシアが、


 「魔都は本当に安全なのですか? わざわざ魔都に行かなくてもカケルの身柄なら私の立場があれば王都でも預かれますし、何より私の優秀な部下がいるのですから安全です」


 これに関してはカケルも同意で自分の身を守るなら公認喧嘩が多発する魔都よりも街中が穏やかな王都がいいと思っていると、


 「王都は駄目です。王様が暗殺集団と絡んでいるなら王都に避難するのは逆効果です。例えアーシアの地位が高くても権力勝負で王様に勝てるはずがないじゃないですか」


 メルの論破によりアーシアだけでなくカケルまでもハッとしてしまった。

 もし王都に避難すれば王様が自らの権限でカケルを呼び出し、二人きりの状態になったところを暗殺者がグサリ。遺体を綺麗に回収すれば、はいこれでおしまいといった簡単な流れが生み出されてしまう。


 そういうわけでメルの提案を全員が受け入れ魔都に行くことにした。メルが言うには自分ちの周辺に住んでいる魔族達はみんなフェルに優しくて何かあれば相手が暗殺者でも、必ず助けてくれると最後に言っていた。

 みんなが「お~」と拍手をしていたが、魔都に行ったことのあるカケルはそれが嘘ではないと思うがそれはあくまでもサキュバスであるフェルの魅力に男性魔族が惚れ込んでいるだけであってフェルのお願いでも、野郎であるカケルを助けてくれるかは謎だった。


 他にも事細かな話し合いをし、御者としてリーナを、護衛としてメルとアーシアを、魔都の案内人兼住処の提供者フェルの計四人と共にカケルは魔都に行くことになったのだ。


 「みんな乗った?」


 後ろを向いて乗車確認をするリーナにカケル達は身振りで応じる。


 「じゃあ出発するよ」


 手綱を引き、馬を走らせようとするリーナの視界にリュオが入ってきた。馬車は数センチ進んで止まり、前の様子が分からないカケル達は全員、顔を覗かすとリュオがリーナに擦り寄りしばしの別れを悲しんでいた。


 「うんうん。私もリュオと離れたくないよ。でもごめんね、魔都はリュオにとったら危険な場所だから連れていけないの」


 リュオも馬鹿ではないからリーナの言っていることは理解している。それでもここまでリーナと一緒に居たいというのは偏にリュオがリーナのことを好きだからだ。


 「大丈夫。リュオは強いユニコーンよ。それは私が知っている。だからリュオは私達が居ない間、村のみんなを守ってね」

 

 リーナは御者台で膝立ちをして高さを合わせるとぎゅ~っとリュオにハグをする。十秒ぐらいハグするとリュオは悲しさは残っていたが気持ちの整理はついたようでゆっくりとリーナから距離を取っていく。


 「……待たせてごめんね」


 「謝らなくていいって。リュオは家族なんだからあれくらいの時間はあって当然だろ」


 「そう言ってくれてありがとうカケル」


 微笑むリーナの顔を直視できなかったカケルは視線をそらし頬を掻く。


 「それじゃあ今度こそ出発するからみんな座って~」


 立ち上がっていたカケル達は指示通り座席に着くとリーナは改めて手綱を引き、二頭の馬は同時に動き出す。

 窓から外の様子を見るとサザンが手を振っていた。窓を開けて落ちないように身を乗り出したカケルは、返すように手を振り続ける。


 「村の事は任せたからなー!」


 「おうよ! 安心して引きこもっておけよ!」

  

 安全のために身を隠すだけなのに引きこもり発言をされ感動の別れが台無しになったがしんみりとした空気でなく、笑顔になる空気での別れになった。こんな風に最後まで冗談を言って寂しさを半減させるのがサザン流のお別れのやり方なんだと都合のいい解釈をする。


 サザンが見えなくなるまで手を振り続けたカケルは窓を閉めて元の座席に座るとおもむろに「ふぅ~」とため息混じりの息が漏れる。

  

 「村の事が心配ですか」


 「いや、そんなに心配はしていないかな。今のため息はあれだ……気持ちの切り替え的なものだよ」

 

 もちろん全く心配してないと言えば嘘になる。でも、サザンには、食費として一万リベル――日本円で百万円の金額を預けている。更に明日になればアーシアがこの世界で唯一の連絡手段らしい文鳥(あやちょう)と呼ばれるカケルの世界で言う伝書鳩で王都に居るアマトに手紙を送り、月光騎士団の精鋭メンバーを護衛としてハンデル村に送るように伝えてくれている。


 「それは良いことだわ。お互いに今日は色々あったものね」


 「半分はアーシアの勘違いのせいだけど」


 「何ですかその言い方は。その勘違いのおかげでこうしてカケルを助けれたのだから感謝してほしいわ」


 「はぁ~物は言いようね」


 またメルがいつものからかうでアーシアを挑発し、それに文句を言うアーシアだが、そのやり取りは最初のような険悪なムードではなく、友達のじゃれあいレベルになるまで二人の仲は短時間でどんどん良くなっていく。

 ただ仲良くなるのは良いのだが、こうもイチャつかれると場違いな気がして居心地が悪い。たとえ相手が女の子同士でもだ。


 少しでもこの気持ちを無くそうと窓越しから外の景色を眺める。夕日の光が綺麗に木々を照らすが走るコースが魔都ルートのためいずれ木々から殺風景な荒野に変わってしまう。


 それ以前に魔都で身を隠すから今見ているこの自然がカケルにとって最後の自然になる。


 「あ~これが旅行なら純粋にこの状況を楽しめるのに!」


 構う相手がいないせいでつい不謹慎なことを口走ってしまいヤベッと手で口を押さえる。

 案の定、二人はじゃれあうのを止めこちらを見ている。命を守られる身としてこの二人を怒らせるのは不味い。何か別の話題に切り替えようとすると、


 「確かにその通りですね。これが旅行ならどれほど楽しめることか」


 「全くだわ。私も魔都に行くなら任務とかではなくプライベートで行きたかったわ」


 意外にもこの話題に乗っかってくるとは思わなかったが逆にこの状況を生み出した原因がカケルにも少なからずあるせいか心が痛い。


 「悪いな……俺のせいで……」


 謝罪の言葉以外に掛ける言葉が無かった。自分のせいで二人――いや、四人に迷惑をかけてしまっている。それを今になって気付いた自分の無神経さが本当に腹立つ。


 「別にカケルが謝る必要はないですよ。悪いのは全部暗殺者であり、それを依頼した王様が悪いのですから」


 メルの言ったことは正しいと思う。十人に聞いたら九人がメルと同じことを言うだろうと確信はある。


 「それに今回は任務ですけど一区切りついたらその時にプライベートで行けば良いだけのことですわ。その時は一人ではなくみんなでですけど」


 「リーナ……アーシア……ありがとうな」


 「謝れる筋合いもないけどお礼を言われる筋合いもないんだけど……」


 ならどう答えれば良かったんだと頭を悩ませる。


 「その辺にしといたら? カケルが困ってるみたいだから」


 「……そうですね。もう少しイジリたい気持ちもありますが――」


 「イジらなくていい!」


 声を上げ文句を言うもメルは反省する素振りもなくクスクス笑うと、魔導書を手に取り読み始める。

 一気に静かになる場にカケルもアーシアも話すには気まずい空気になり、外の風景を眺める。


 一度、魔都に行っているから到着までどれくらいの時間が掛かるのか知っているため無言のままずっと過ごすのはちと辛い。

 何か自分がイジられなくてすむ話題はないもんかとメルを見るとそのまま視線は魔導書に移る。

 厚さ十センチもありそうなの本をパラパラ捲る姿を見るとあの本の中身が気になってくる。


 「なぁその本、ちょっと貸してくれないか?」


 「えっ? 別にいいけど……どうして?」


 「深い理由はないんだけど、単に中身が気になってな」


 「貸すのは構わないけど……」


 立ち上がり丁寧に本を手渡してくれるが本を持ったと同時にガクンと手が下に持っていかれる。


 「こ、これ……案外重たいな……いつもこんな重たいのを持ち歩いてるんだな……」


 「魔導書はみんな重たいから持ち歩くのなんて一、二冊が限界なのよ。それに比べてタブレットっていいですよね~。薄くて軽い上に何冊もの本が入っているのですから」


 本に関する話題になると人をイジる時と同じで饒舌になるメルに苦笑いで返しながら魔導書を膝の上まで持ち上げる。ズッシリした重量を感じながら本を開く。


 「一応言っておきますけど……カケルでは読めないと思いますよ」


 「いや、それはわかんねーぞ。この世界の文字はある程度、勉強してるから少しは読めるはずだからな」


 この世界の文字はリーナとメルに交互に教えてもらっている。書くのはまだ無理だが読むだけなら大丈夫なのだ。

 そんな自信に満ちたカケルは早速目次となる部分を読もうとするが、


 「あれ? 何だよこの文字は……こんな文字見たことないぞ」


 魔導書に書かれている文字はこの世界の文字とは違った見たことない文字だった。


 「だから言ったでしょ、読めないって」


 「何なんだよこの文字は。俺こんな文字リーナにも教えてもらってないぞ」


 カケルはメルに日本語や英語と地球の色々な文字を教えたのにメルがこの世界の他の文字を教えてくれなかったのが悔しかった。


 「カケル怒らないで。その文字は私でも読めないんだから」


 「そんな嘘をついて慰めなくていいよ。頭の良さそうなアーシアが読めないわけないだろ」


 完全に拗ねてしまったカケルにアーシアは呆れながらメルに説明するように話している。


 「カケル、アーシアの言っていることは事実ですよ」


 「事実って……この世界の人間がこの世界の文字を読めないのはおかしいだろ」


 「それを言ってしまったらカケルは日本語とちょっとした英語しか分からないじゃないですか。それ以外の言語は存在しかしらないじゃないですか」


 冷静にメルの内容を聞くと正論すぎて返す言葉が全くない。


 「悪い。メルが正しいよな。アーシアには嫌な事を言ったな」


 「そんな風に言われるのは慣れてますのでそんなに気にしてないですよ」


 慣れていると言うアーシアにまだまだ底知れぬ闇を抱えてそうだなと思いながら、改めてメルに魔導書に使われている文字を聞いてみた。


 「その文字は魔導語(まどうご)と呼ばれるものです。一般的に魔女が使う文字で、その魔導書を含め魔女が書いた魔導書は全て魔導語で書かれているのですよ」


 「魔導語……」


 聞き慣れない単語をポツリと呟く。適当にページを捲っていくと魔導語の他に魔方陣の図が描かれたり、恐竜のような絵があった。


 「その魔導書はNo.3と呼ばれる魔導書の写本なのです」


 「へぇ~No.3って事は他にも何冊かあるのか?」


 「はい。全部で五冊あるのですが……魔女教会が所持しているNo.5の原本がとある魔女に盗まれているので魔女教会が所持しているのは計四冊です」


 また聞き慣れない単語に「魔女教会って何?」と尋ねるとメルではなくアーシアが答えた。


 「魔女教会とは魔女の総本山で魔女のトップである老賢者がありとあらゆる魔導書を管理してる建物なんですよ」


 「そうかーまだそんな建物がこの世界にはあるんだな」


 本を閉じ、メルに魔導書を返す。


 「No.5の原本が盗まれたのは私も生まれていないぐらい昔の話なのですが……王都からたくさんの騎士達がが捜索に出たのですが消息も掴めずに迷宮入りしたと聞いてはいます」


 「そうか……結局、犯人が魔女ってこと以外何も分からないのか?」


 「確か……名前がミユルルナという魔女までは分かっているみたいなのですが……それ以外の情報はないみたいなんです」


  メルの肩がビクッと動いた気がしたのだが、馬車の車輪が石に当たって跳ねたのに合わせてメルも跳ねたのだろうと解釈する。


 「それ以外の情報がないって事は家族も分からないって事だろ?」


 「ええ、身内から細かい情報を得ようとしたのですが既に家族が亡くなっていたらしいので……」

  

 「そっか……この世界だと指紋認証とか科学的な調査が出来ないもんな……メルはその魔女について知らないのか?」


 同じ魔女なら何か分かるんじゃないかと話を振るとメルは言葉を濁し視線をあちこちに向けながら、


 「えーっと……その魔女には親の他に姉が一人居たみたいなんです」  


 「へぇー姉が……」  


 「ですがその姉は親が亡くなる前に家族を捨ててどっかに行ってしまったことぐらいしか私は知りませんし妹の方もその後どうしてたのかは知りません」


 「知らないかー……まぁ昔の話だし、今の俺らには関係ないか」


 頭の後ろで手を組み窓から見える星空を見上げる。気付けば辺りは暗くなっており木々も枯木に変わり草すら生えない荒野に変わっていた。


 「カケル、カケル」


 袖をメルに引っ張られ星空観賞を一旦中止する。


 「どうしたんだ?」


 「チョコレートください。アーシアを馬鹿にした罰です」


 真剣な眼差しで言っているがこんなのは建前にしか過ぎないことをカケルは知っている。


 「そんな風にアーシアをダシにしなくてもチョコレートぐらい出してやるから」


 スポーツバックから財布を取り出しチョコレートの代金八十八円を握り数秒、手を開くと八十八円は無くなっている変わりにミルクチョコレートになっていた。


 「はいよ。チョコレートだぜ」


 「はぁ~! 丁度これが欲しかったんですよ~!」


 奪うようにチョコレートを取るとそそくさと自分の席に戻り、チョコレートを食べ始める。


 「……馬車を出したときも思いましたけど凄いわね……神様から貰ったその等価交換の力」


 「まぁな。欠点を上げるならお金の近くに対価の物があったら自動的にそれが等価交換する対価になってしまうことぐらいかな」


 また八十八円を握って等価交換でチョコレートを出す。このようにカケルは等価交換をするとき手で持てる物ならわざわざお金を握って等価交換をするのだ。


 「はい。アーシアの分も出したからどうぞ」


 「いいのです? タダで貰っても」


 「タダって……そういうのは気にしなくていいの。それにアーシアには助けてもらったお礼をまだしてなかったからな」


 もちろん助けてくれたお礼は口で言った。しかし、それだけだとカケルの気も収まらなかったからこうして形でお礼をしたかったのだ。たとえそれが一リベルにもならない物だとしても。


 「…………ではありがたくいただくわ」


 アーシアの性格なら素直に受け取らないかもしれないと思っていたが考えすぎのようだった。

 メルの見よう見まねで袋からチョコレートを出すとパクりと一口食べる。


 「……ッ! これ美味しいわね!」


 「でしょ! 今まで食べてきた甘い食べ物の中でもこれは私のお気に入りなのよ!」


 「確かに。私も甘い食べ物の中でもこれは上位に入る味だわ」


 二人が喜んでチョコレートを食べている姿を見ながら更に二枚チョコレートを出す。


 「リーナとフェルにもチョコレート渡してくるわ」


 「あ、はい気を付けて」


 アーシアは返答してくれたがメルは見事に無視。それほどチョコレートに夢中だということだ。

 立ち上がり御者台にいる二人の元に行く。


 「オイーッス。差し入れ――」


 「あ、カケルッ!」

 「お、カケルじゃーん何くれるの?」


 外に居た二人はカケルが言い終わる前に反応した。


 「速いな……てか最後まで言ってないのに何でフェルは理解してんだよ」

   

 「さあ? 何となくだよ」


 とぼけるように言うフェルだがきっとカケルが差し入れを持っこなくても同じ台詞を言って無理矢理貰う算段だったに違いない。


 「まぁフェルに色々と言うとめんどくさいからな。ほら差し入れのチョコレート。リーナは手綱を持ってるからフェルにでも食べさせてもらってくれ」


 「ありがとうカケル」


 「いや~ありがとう。これだからカケルはいいんだよな」


 それは等価交換を褒めてるのかなと思ったがめんどくさいから黙って微笑む。


 「それじゃあ食べさせて上げるからね」


 「お願いねフェル」


 貰ったチョコレートを二つともフェルが開けようとするとゴゴゴゴという音が聞こえた。


 「なんだこの音は……」


 「…………ごめんカケル。チョコレートは中にいる二人に渡しといて。私達はまた後で貰うから」


 開けかけのチョコレートをカケルに返すとフェルは羽を広げ上空に舞う。


 「フェル……?」


 「どうしたんだ?」


 上空でぐるりと辺りを見渡すフェルは、馬車の進行方向先をじぃーっと見詰めると何かを見つけたのか慌てて下降をし、御者台に座る。


 「何かあったのかフェ――」


 「リーナ、スピードを上げて砂の時が近付いてる」


 「嘘ッ! それってホント!」


 無言で頷くフェルにリーナは顔を青ざめる。二人の会話に着いていけてないカケルはその砂の時が何なのか聞こうとしたが、


 「ごめんカケル。早く中に入ってメルとアーシアに何か物に掴まるように言ってくれる」


 「え、それはいいけど……砂の時って……」


 「それは中の二人に聞いてください!」


 突き飛ばす形でカケルを無理矢理客室に入れる。無様に尻餅つくカケルにフェルは笑っていたがアーシアだけが心配しに来てくれた。


 「イテテテ……」


 「大丈夫ですかカケル? 外で何かあったのですか?」


 「それが俺にもよく分からないんだけど……砂の時が近付いてるって……」


 「「砂の時!!」」


 揃えて驚くアーシアとメル。強者二人が驚く砂の時を二人に聞こうとすると二人は座席のてすりにガッシリしがみついている。


 「あ、あれ? メル……? アーシア……?」


 「何してるのですか! 早く何かに掴まってください!」


 「メルの言う通りよ! ほらカケル早く!」


 全然砂の時とやらを教えてくれない二人に「いい加減に砂の時ってやつを――」教えろよと言いたかったのだが、


 「「早くして!!」」


 「…………はい」 


 二人の迫力に圧されたカケルは素直にメル達と同じように座席のてすりにしがみつく。


 「それで……砂の時とは……」


 落ち着いてきた頃合いを見て改めて砂の時を聞くと、


 「舌を噛みたくないのでカケルの世界で言うところの砂嵐ですよ砂嵐!」 


 「砂嵐だって!」


 砂の時の正体を知って一層てすりにしがみつく力が強くなる。


 「ちなみに砂の時はカケルの世界の砂嵐とは違って時間が経てば経つほど数を増やしますから質の悪さならこっちの方が上ですからね」


 「うわぁぁ」


 砂嵐を直に体験したことはないがテレビで散々砂嵐の恐ろしさを報道していたから感覚的に砂嵐の恐怖は実感している。

 まさかここに来て暗殺者ではなく自然現象に命を危険を感じることになるとは思っていなかった。


 さすがの二人も自然現象には勝てないようで滅多に見れない怯える姿を拝めれたが命とそれでは割りに合わない。

 馬車のスピードが上がり馬車内がガタガタと揺れる。これは魔都に着くまでは生きた心地はしないだろうと思いながらカケルは叫ぶ。


 「あー早く魔都に着いてくれー!」

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