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極夜の襲撃

 あの場から立ち去ったアーシアは勢いで王都に帰ることなく昔、家畜を飼っていたと思われる小屋に入り、座って落ち込んでいた。


 「私……何してるの……」


 こんな感じにイジけるのはいつ以来だろうか。義兄であるアマトが仲間に自分ではなく魔女を仲間に選んだ時だろうか。

 でも今はそんなことはどうでもよかった。


 「結局……私は何しにこの村に来たのでしょうか……」


 当初の予定ではアマトが本当に村を発展するつもりかの調査に来たはずなのに。

 立て続けに出された情報を受け入れれず現実逃避のようにここに隠れている自分がアーシアは嫌だった。常に団員のお手本となるような完璧な団長で居続けてきたのに、今のこんな姿は誰にも見せられない。

 村娘に論破され情けなく逃げて落ち込んでいるこんな姿を誰にも……誰にも……。


 「義兄様が見れば何と言うのでしょうね」


 「アーシアが悪い」と言うのかそれとも「気にするな」とかだろうか。けどアーシアは自分の行いを振り返りアマトが何と言うのか予想するなら「アーシアが悪い」しか思い付かなかった。

 それも当然だろう。アマトは魔女の事を大切な仲間だと思っている。なのにそんな魔女に数々の侮辱をしたアーシアをアマトは快く思っていない。


 「分かっている……分かっているのよ。義兄様が一番大切にしたい人が誰なのか」


 自分とアマトは関係上、兄妹かもしれないが実際は血の繋がりのない赤の他人。家族を失い一人ぼっちだった自分を助けてくれたのは感謝しているし、新たな家族として迎い入れたことは涙が出るほど嬉しかった。本物の妹のように接してくれて嬉しかった。

 だから悔しかった。魔族との戦いでアマトの隣に立っているのが自分ではなく魔女なことに。自分は安全な王都に居たことが。


 「どうして私じゃなくてあんな魔女を……」


 他にも沢山の魔女がいるのにアマトがあの魔女に固執する理由は分からない。でも、一つだけアーシアはあの魔女を見ると思ってしまうことがある。


 彼女は私と同じだなと。


 アーシアはざっくりとアマトから魔女の出生を聞いている。誰からも認められず手も差し伸べられない孤独な人生を百年余り続けていたことを。

 

 生きた年数は違えど魔女の背負う境遇は自分と大差なく、更にアマトに救われている所まで似ていると、あの魔女は他人のようには思えないのだ。

 本来ならお互いに手を取り合えるはずなのにアーシアはどうしても魔女と手を取り合える覚悟がない。


 「なんで義兄様やあの人達は怖くないのでしょうか……自分とは違う種族で違う時を生きる者をどうして……」


 アーシアが魔女を嫌う理由は二つある。一つはアマトが自分よりも世話を焼いているという単純に嫉妬しているのと、もう一つは普通に魔女が魔族と同じぐらい怖いのだ。

 魔女は普通の人間では扱えない高度な魔法を、魔族は尋常な身体能力を兼ね備えている。そしてどちらも共通するのは人間の何倍もの時を生きている事だ。


 いくら魔女が魔族側ではないとしても魔女の持つ力は都市を簡単に壊滅できるほど。現にあの魔女はたった一度の魔法で魔族の幹部一人を葬り、二人に深手を負わしてる。

 あの魔法が自らに向くと思えば怖くてたまに体が震えてしまう。

 だからアーシアは魔女の中でもトップクラスの力を持つ魔女を見張るつもりで常に監視をしていたのだがどうしてもあの魔女を見るとついつい口走ってしまう。


 「どうすれば……私はどうすればいいの……」


 これからあの魔女とどう接していけばいい。今更どんな面を彼女に向ければいい。それにアマトの言っていた別の志が魔族との共存といのをどう受け入れればいいのか。

 

 「私は……何を……何を信じれば……」


 "メルは私の大切な友達なんだから"


 不意に思い出す彼女――リーナの言葉。異なる種族と知りながらも対等な存在として接することのできる勇気と優しさ。自分にもそれがあれば少しは魔女とも別の接し方が出来るのだろうか。


 「友達……」


 自分の手を見ながらアーシアはまだやり直せるのかなと思う。今更とは思うけどこれは魔女と手を取り合える切っ掛けなのかもしれない。が、正直あの魔女と手を取り合うのはまだ抵抗がある。

 けど、自分が前に進み、もう一度アマトの隣に立つためにも魔女を受け入れる心の広さが今は必要なはずだ。


 「私も少しは我慢しないと。いいえ、心の底から友達と言えるように魔女について知らないと」


 「そうと決まれば」と、アーシアは立ち上がり地面に置いていたレイピアを取り、腰に装着する。


 「まずは謝るところから始めましょ。でももし駄目だったら……」


 うううん。と首を横に振り、パンパンと自分の頬を叩く。


 「駄目な方に考えては全部、駄目になるわ。駄目なら駄目でまた頑張ればいいだけですわ」


 改めて自分に渇を入れ直し、アーシアは小屋から飛び出し、来た道を急いで引き返した。



==================================================



 「おーいアーシア!」


 アーシアを捜しに後を追いかけたカケルは、村の入り口まで行ってみたが、看板に繋がれた見たことない白い毛並みをした馬が居ただけでアーシアの姿は見当たらず、カケルは周辺を散策していた。


 「アーシア! おーいアーシアってばー!」


 何度も叫んでアーシアから返事は返ってこない。


 「まだ村にはいると思うんだけどなあ……何処かの建物にでも隠れてるのか?」


 この辺りで隠れていそうな場所は家畜を飼っていた小屋ぐらい。数は大体六つ。しらみ潰しに捜せば何処かの小屋では見付けれるはずだが、まだアーシアが小屋にいる保証もない。が、他に捜す場所がないためカケルは小屋の中を捜す事にした。


 「アーシアいるかー?」


 一つ目の小屋に入り、確認するがアーシアはいない。


 「まぁそう簡単に見付からないか……」


 だが、まだ捜し始めたばかり。根気よく捜していけばいずれ見付かるはずだ。


 「よし、次行くか!」


 二つ目の小屋に行くべくカケルは草原を走る。

 一つ目の小屋から二つ目の小屋の中間ぐらいまで進んだときだった。後ろから「カケルさーん」と手を振っている一人の男性がいた。

 一体何の用だろうかと思いながらカケルはその男性の元まで歩いていく。

 

 「なんか用か?」


 四メートル程の距離まで近付き声を掛けると男性は笑顔でゆっくりと歩いてくる。


 「いえ、そんな大した事じゃないのですが……」


 このワンクッション置くような答え方を社交辞令的なものかと決めつけ、これは以外と大した事あるのかもしれない。


 「とりあえず何でもいいから言ってみろ。俺も今人を捜してて忙しいんだ。何かミスをしたのなら別に怒らないからはっきり言え」


 それを聞いた男性はニヤリと口角を上げたように見えた。


 「すみません。実は物を壊してしまって……」


 「あー、やっぱそんなとこか」


 男性ということは壊した物は農業で使うスコップとかクワ類のはず。壊した物によるがどれも高価な物でもないし柄が折れただけなら代わりの柄になるような木さえあれば等価交換でも直せる。


 「どれを壊したんだ?」


 「……スコップを壊してしまって」


 スコップの壊れかたなら柄が折れたパターンの方が高い。


 「柄がぽっきりと折れてしまってるのですが……今、持ってるので等価交換で何か出して引っ付けたりして直してくれないでしょうか?」


 このままこいつに時間をかければアーシアが別の場所に移動してしまう。スコップも予想通り、柄が折れただけだし手元にもあるみたいなのでとっとと直してアーシア捜しを再開したい。

 そう焦るカケルは徐々に男性に近付いていき、壊れたスコップを渡すよう手を差し出す。


 だが、男性は自ら近寄ろうとはせずカケルの来るのを待つばかりか壊れたスコップも出さずに後ろに隠している。

 何で早く壊れたスコップを出さないのかと思いながら男性との距離が一メートルを切った時だった。


 「カケル離れて! その人ここの村人じゃない!」


 「えっ……?」


 後ろから聞こえたリーナの叫び声、声もしっかりと届いていたがあまりにも急でこの男性から離れる意味を見出だせなかったカケルは後ろを向き、リーナを見たまま立ち尽くしていた。


 「カケル離れて! 早くー!」


 よく見ればリーナの他にメル、サザン、ルービスがおり、全員がリーナと同じように「離れろ!」と叫んでいる。正確にはメルとルービスは走りすぎて息切れを起こして目で訴えかけていた。


 「みんなどうしたんだよ。何でこいつから離れる必要があるんだ?」


 「いいから離れてカケル! その人はカケルの命を狙っている暗殺者なの!」


 「命? それに暗殺者って……」


 そんな馬鹿な話がと思い男性の方を見ようとすると「チッ、バレてたのかよ!」と吐き捨てるように言うと残りの距離を一気に潰すように迫ってきた。


 「はぁ!?」


 「カケルー!」


 前屈みに走り、後ろに回していた腕を前に出そうとしていた。もしリーナの言う通り、暗殺者なら背中に隠していたのは壊れたスコップではなく一本の鋭いナイフ。

 それなら急いで避けなければと思うが咄嗟の事すぎて体はすぐには動かなかった。

 距離は三歩で届く距離。男性にとって三歩はナイフを振り回して当たる距離。

 

 ――これはマズイ!


 どうにかして回避をしなければと無理矢理体を動かそうとすると「"炎よ集えファイアーボール!"」というメルの声と共に一つの火の玉が顔の横をすり抜けナイフを出そうとした男性に直撃する。

 

 「ぐぎゃぁぁああ! あチィぃぃ!」


 炎に身を包まれた男性はその場で倒れもがき苦しんでいる。


 「うわ~熱そう~……」


 炎を必死に消そうともがき続ける男性だが炎は嘲笑うかのように炎々と燃え続ける。


 「にしてもこれが魔法ってやつか」


 この炎を発生させた人物、メルの方を見ると息を整えたメルが腰に差していた杖を手に持ち、こちらに向けて掲げていた。証拠に杖の先にはプスプスと焦げたように煙が上がっていた。


 「カケル! ぼ~っと突っ立ってないでこちらに来てください! まだそいつは生きているんですから!」


 「あ、あぁすまん、すぐ行く」


 現状何が起こっているのかまだ把握しきれてないが今はメルの指示通り、この男性暗殺者から離れるのが賢明だろう。

 もがき続ける男性暗殺者を無視してカケルはリーナ達の元まで走り出す。


 「……がッ……ま、待てッ……」


 待てと言われて待つ奴はいないだろうにとカケルは鼻で笑い、チラッと男性暗殺者を見ると、男性暗殺者はカケルに向かって手をまっすぐ出している。しかしその顔は苦しいとか悔しそうとかの表情を浮かべているわけでなく、自分の勝利を確信したような笑みを浮かべている。 


 「何で燃えているのに笑っているんだ……」


 男性の笑みの真意にカケルが気付くのに数秒の時間が掛かった。それは信じるに信じれなかったものだからだ。

 仮にこの男性が本当の暗殺者として襲撃に来たのが一人ではなく複数人で来た可能性。この仮説が当たってたならこの男性暗殺者が笑っているのも近くにいる仲間が自分の代わりに殺してくれるという安心感があるから笑っていることになる。


 「何止まってるんですか! 早くこっちに来てください! もう一発そいつにファイアーボールをお見舞いするので!」


 複数いた場合、一人は狙われている自分自身を襲ってくるのは確実。更にもう一人いたなら狙うのは暗殺対象のカケルではなく、それを阻止しようと妨害する人を襲うのが合理的。


 「もしそうなら……そうだとしたら……」

 

 「カケル! 早くこちらへ!」


 立ち止まったままのカケルに叫ぶメルの声にハッとカケルは意識をメルに向けるとメルの背後に忍び寄る人影に気付いた。


 「危ないメル! 後ろだ!」


 メルに迫る危険を叫び知らせる。切羽詰まったカケルの声に メルは後ろを見ると同時に背後に忍び寄った人影はメルに飛び掛かった。


 「キィシャァァアア!」


 襲い掛かるのはフードを被った小柄の緑肌の生き物で顔は見えないが、それでもカケルはその生き物を知っている。それはこの世界でトラウマになりそうなぐらい迷惑を掛けられたゴブリンだった。

 ゴブリンは右手に持つナイフを一直線にメルの首筋目掛けて斬りかかる。

 動体視力の高いメルはその動きをしっかりと捉えてはいた。しかし、短時間で走り回ったせいか肝心の体が思うように動いておらず、無防備な首もとにナイフが迫りくる。


 「あぶねえ!」


 あと僅かでメルの首にナイフが届きそうなところでサザンがメルに突進しナイフが自分の背に来るようにメルを抱き締める。


 「ぐあぁぁああ!」


 振り下ろされたナイフはサザンの右肩から左脇へとを深く斬りつける。

 呻き声をあげながらサザンはメルを抱き抱えた状態で地面に倒れた。


 「サザンさん!」


 「ケッ、とんだ邪魔が入ったぜ! 後一歩で魔女を仕留めれたのによー!」


 ゴブリンは笑いながら刃に付着する血を舐める。


 「サザン! サザン!」


 「うっ……大丈夫か……」


 「私は大丈夫です。サザンが助けてくれましたから。でもそのせいでサザンが……!」


 斬られた場所から血が溢れる。このまま放置すれば出血量で死んでしまう。

 

 「俺はいいから……カケルを助けてくれ。この中で戦えるのはお前だけだからな……」


 「ですが……それだとサザンが死んでしまいます!」


 止まらない流血に皆が焦り始める。そんな状況にゴブリンは追い討ちをかけるようにサザンの背中にナイフを突き立てる。


 「さっさとどけよー! 俺に魔女を殺させろー!」


 「ぐはぁあ!」


 残酷な事をするゴブリンは魔女を殺すことに夢中だったのか背後から突進してきたルービスに気付いていなかった。


 「や、やめろー!」


 体重の軽いゴブリンはルービス渾身の突進に突き飛ばされ、二転三転と地面に転げる。


 「ガキがー! よくも俺の邪魔をしやがったなー!」


 お楽しみを邪魔されたゴブリンは標的をルービスに切り換え、ナイフをまっすぐ突き出しながら飛び掛かる。


 「うわぁぁああ!」


 「"炎よ集えファイアーボール!"」


 一瞬のスキをついてメルの魔法がゴブリンに直撃して、男性暗殺者と同じように地面でもがき苦しむ。


 「アチィィ! 俺は熱いの駄目なんだよー!」


 嘆くゴブリンを他所にメルはサザンの腕をほどきサザンの傷口に手を当てる。


 「思ったよりも深い。早く安全な所で手当てしないと……」


 「メル! サザン!」


 リーナが二人に駆け寄る。 


 「早く手当てしないとサザンが危険です。今のうちに安全な所に避難したいので左側を持ってくれますか」


 「う、うん!」

  

 リーナがサザンの左腕を自分の肩に回し、メルが右腕を担当し「せーの!」と声を揃えてサザンを持ち上げる。

 持ち上げれたはいいものの、サザンと二人の体格差は二倍程あり、持ち上げた二人の足は僅かに震えていた。


 「カケルも早くこちらに来て手伝ってください! 時間が無いのですから」


 「お、おう。待ってろ今行く」


 徐々に男性暗殺者に着いていた炎が弱まり、鎮火するのもあと少し。出来れば縄などで縛って身動きを封じておきたかったが、今はサザンの身を助ける方が優先だ。


 ゆっくりと息を揃えながらサザンを運ぶ二人の手伝いをと地面を蹴り、走り出したときだった。


 「人間が最も油断するタイミング。それは身の危険が遠ざかり安心したときだ」


 聞こえる低い男性暗殺者の声。急がなければという気持ちの焦りが後ろで燃える男性暗殺者の声だと決め付け、無視して走り続けたのが間違いだった。

 足下の自分の影が地面から垂直に伸び、カケルではない別の人の姿に変わる。


 「あいつの襲撃に気付いたのは誉めてやるが詰めが甘かったな。あくまでも我々の狙いはお前なんだぞ」


 影から姿を現したのは忍者のような黒い装飾の服を着た青い肌の人間。いや、額に一本の角が生えているということはあれは人間ではなく魔族。


 「……ッ! カケル!」


 カケルが別の暗殺者に襲われているのに気付いたメルは魔法で攻撃しようにもサザンを担いでいる状態では発動も狙いを定める事も出来ない。


 「さぁ、安らかに眠れ。異世界の人間よ」


 シャキィンと右袖から仕込みナイフを出し、カケルの心臓目掛けて刺しにいく。

 走りよる途中の襲撃。ストップも方向転換も出来ぬままナイフに向かって走る様は滑稽だろう。


 「カケルー!」


 リーナの声が周囲に聞こえると同時にカケルは自らの死を覚悟した。

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