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会談

 カケル達が《ゆったり喫茶・地獄》に到着したのは店を閉めてから二十分後の事だった。

 魔王が絡んでるためか素直に道案内をしてくれるフェルの指示通りに移動式屋台で移動した《ゆったり喫茶・地獄》は率直に言えば普通の喫茶店と何ら変わりはなかった。


 建物が金属製なのは他の建物と同じだがコンビニのような大きさに入り口に置かれている外見と不釣り合いな観葉植物。テラスも付いているため外で店の名前の通り、魔族達がゆったりと飲み物を飲みながらゆったりとしているが何処か固い気がする。


 固くなっている原因は何となく分かっている。恐らく魔王はもうこの店の中に入りカケル達を待っているのだろう。魔族達は皆、魔王を見るだけで震え上がり跪くのだから。

 外にいる魔族達は魔王の気配だけは感じてるようで跪きはしないがビクつきはしているといるところだろうか。


 「事情を知らない人が見たら何とも言えない滑稽な喫茶店だろうな」


 魔王が凄いのは数十分前に嫌というほど知ったがまだ魔族達がここまで怯えるのかは分かってはいない。


 「何でか話す内容がバレた件もあるし、用心していかないとな」


 「カケルも口調とか態度とか、とにかく魔王様の気に障るような事はしないでよ」


 両手にフライドポテトを持った状態で言われても説得力に欠けるが、言っていることは正しい。

 カケルは魔王の事を優しい魔族だと思っているが、あくまでも魔王だ。こちらの言い方次第では首をばっさりなんて事もある。


 「今更だけど少しビビってきた」


 「ホントに今更ね。アタシなんか二十分前からビビってるんだから」


 か弱い乙女アピールでもしてるのかオーバーすぎる怯え方をしているが、どうもフライドポテトが邪魔で余裕そうにしか見えない。


 「こんなに早く魔王と話し合える機会が出来たんだ。ここでビビってたら村発展なんて無理だよな。よーし怯えないよう堂々と入るか!」


 無理に声を上げ、自分に発破をかけるとカケルは店のドアノブに手を掛け入店した。

 

 「い、いらっしゃいませ……な、何名様でしょうか……」


 出迎えてくれた女性悪魔の店員は本来なら流暢に喋りながら接客をするのだろうが魔王が店内にいるため怯えて本来の接客が出来ていない。


 「すいません。魔王様は何処にいますか?」


 魔王の名を出したとたん店内の魔族全員が肩をビクッと震わせわなわなしている。


 「ま、魔王様ということは……あ、貴方はカケル様でございますか?」


 「はい、そうですが……――ッ!」


 違和感なく返事をしてしまったがどうして魔王がカケルの名前を知っている。あの時、カケルは魔王と話しはしたが名前はまだ名乗っておらず、魔王もずっと人間と呼び、名前を聞こうともしていなかった。


 「まさか魔王は他人の考え事が分かるのか……」


 もはや魔王が先の事を全て理解しているのはこういう考えしか

思い付かず、それが事実なら余計に話し合いでこちらが不利になる。


 「ま、魔王様は……この先のへ、部屋でお待ちですので……ど、どうぞごゆっくり……」


 色々と魔王について思考している間に案内されたのは店内の一番奥に位置する五つある個室部屋の一つだった。


 「この先に魔王が……」


 ドアノブに手を掛けると店内の魔族達の視線が一気にこちらに釘付けのような気がして、ドアを開けるだけなのに緊張して手汗がダラダラと溢れる。


 「カケル、男なら覚悟を決めて」


 「自分は開けた後に入るからって勝手なことを」


 「だって両手が塞がっているからね。さっ、早く早く、魔王様が待ってるよ」

 

 強気な口調で早くドアを開けさそうとしているが当の本人はカケルの後ろに隠れて魔王からくる視線を極端に減らしている。


 「強気なのか弱気なのか分からねーけど……側にいるだけで今はいいよ」


 優しそうに見えても相手は魔王。一人で話すのと隣に誰かいて話すのでは精神的負担がだいぶ違う。たとえ魔王に怯えてカケル一人を置いて先に逃げてしまいそうな奴でも。


 「……開けるぞ」


 「え……ええ……」


 ドクン、ドクンと自分の心臓の音が聞こえる。それほどまでにカケルは緊張している。

 緊張するなか腹をくくり魔王がなんぼのもんじゃいとドアを勢いに任せて開ける。


 部屋の中は個室にしては広く、六人くらいが同時に入ってもまだ余裕がありそうで、部屋中を様々な豪華な装飾で飾られており、貴族が使ってそうな部屋だった。部屋の中央には大きなテーブルが一つとソファーのような椅子が机を挟んで二つあり、と誰かと話し合いをするのを前提に設計された部屋なのだが。


 「魔王がいない……」


 店員はここで魔王が待っていると言っていたのだか、魔王の姿は何処にもなかった。


 「まさか店員が嘘をついたのか」


 「そんなわけないでしょ。間違いなく魔王様はこの部屋にいるばずよ」


 言い切れている辺り、フェルの本能がここにいると言っているのか。

 まだ部屋の入り口をくぐっただけなので部屋の中にちゃんと入って本当に魔王がいないのかちゃんと確認しないとと思い、カケルとフェルは部屋の中に入り、机の所まで移動すると。


 「待ちくたびれたぞ人間。いつまで俺を待たすつもりだ?」


 誰も触れていないはずなのにバタンとドアが閉まる。同時に背筋にゾクゾクとした悪寒が走る。

 すぐには体は動かなかった。まるで金縛りにあったような感覚だった。


 「扉の前でずっとごちゃごちゃと話をしていたから俺は退屈だったぞ。まあだからこうして背後に立って脅かしてやろうと思ったのだが……どうだ、驚いたか?」


 「あ、ああ……驚いた。背後からナイフで刺されたと思うぐらい驚いた」


 「ア、アタシもです……」


 「ハハ、そうかそうかそれはよかった。おっ、ちゃんとフライドポテトを持ってきたようだな」


 フェルの持つフライドポテトに気付いた魔王は片手でフライドポテトを二つ持つと部屋に設置されている奥のソファーのど真ん中に座り、フライドポテトを食べ始める。


 「やはりこれは美味いな。……どうした? 立ちっぱだと話し合いもまともに出来ないだろう」


 「そ、そうだ……ですね。では……」


 手でソファーに座るように示されたカケルとフェルは二人並んでソファに座る。ソファーも金属物で出来てるため座っても硬くて腰が痛くなるため極力、座りたくなかったが意外と座面にはふんわりと柔らかい黒いクッションが置いてあり、腰痛の心配をせずに済んだが、先程の魔王が行った普通の人がやればお茶目なイタズラをしたせいで心臓の心拍数が速まって息を整え心を落ち着かせる作業で話し合いをするモチベーションではない。


 「ふむ……どうやらあれは刺激が強すぎたようだな。連れの魔族の呼吸がどんどん浅くなってきているからな」


 「えっ……うわぁ!」


 言われるまで気付かなかった。フェルの顔は酷く青ざめており、目には光が灯っていない。今にも死にそうだ。


 「おいフェル! 呼吸、呼吸しろ! ほら深呼吸だよ深呼吸!」


 背中を叩き、揺すったりしてフェルの意識を無理矢理、引き戻すと「スー、ハー」と二、三回深呼吸を繰り返す。

 青ざめた顔は多少はよくなり目にも光が宿ってきた。


 「ったく、あれを人間の俺が大丈夫だったのに魔族のお前が死にかけるなよ」


 「ご、ごめん。本当にごめん」


 魔王に会ってからだがフェルの様子がおかしすぎる。魔王が怖いそれは分かるが魔族なのにあれだけで死にかけるなんていくらなんでも怖がりすぎだ。


 「人間……いやカケル。その魔族が俺の言動でそうなるのも理由があるのだ」


 「理由か……なら最初の話はその理由ってのを話してくれるか。後、俺の名前をどうやって知ったのかも話してくれたら助かるんだが」


 店員から名前を出されたときから気になっていた事。わざわざ、呼び方を言い直したぐらいだ。きっと話してくれるはずだ。


 「そうだな……ならまずは俺がお前の名前を知っている理由にしようか」


 フライドポテト一つを食べ終え、ゴミとなった三角袋をクシャと片手で握りつぶし、手を広げると三角袋は黒い燃えカスとなって跡形もなく消え去った。


 「お前も薄々気付いていると思うが、俺は俺の目を見た他人の一年間分の記憶を読むことが出来るんだ」


 「記憶を読む……だと……」


 これだけで全ての謎が解ける。あの時、魔王がカケルを睨んだときカケルはそれに対して真っ直ぐ見つめ返した。その時にカケルの一年間分の記憶を読まれたのだ。


 「俺の一年分の記憶を読んだから俺の名前も知っているしこれから話す内容も知っているということか」


 「そうだ。お前がこの世界の神と接触してたことも地球という異世界から来た我々と同じ異邦人だということも。後、俺に対してどう接していいか混乱していたこともな」

 

 「そんな事まで知ってるのなら本当なんだな。記憶を読めるというのは」


 内心では記憶を読めると嘘をついて話し合いの終わった最後の方で実は心を読めるんですよというオチでもくるんじゃないかと不安だったがどうやら徒労だったようだ。


 「理解してくれたようだな。では、次はそこの魔族がというより全魔族が俺に怯えている理由を話そうか」


 「あぁ……」


 隣のフェルは一命をとりとめたが放心状態で話しを聞いているのか聞いていないのか不明だ。


 「今から話す内容は魔族の中でもごく一部の者しか知らないから他の者に話さないでくれよ」


 その目から発せられる殺気にカケルは頷くことしか出来ない。


 「魔族達が俺に怯えているのは俺を前魔王である父だと思っているからだ」


 「父親と勘違いしているてことは一卵性の双子並みに似ているってことだよな」


 「そうだな。自分で言うのも何だが俺と父はかなり似ている。特に父と同じ背になった今、見分けるのは難しいだろうな」


 魔王の父親を見たことないカケルは目の前にいる魔王を少し老けさした姿しか想像できない。


 「じゃあ話の流れ的には前魔王は傍若無人な独裁者で自分の身を守るために魔族達は魔王を見るだけで怯えて跪いて動かないのか?」 


 「理解が早くて助かる。カケルの言う通り、父は民である魔族を人間と同じぐらい下等な存在だと思い、自分の言うことを聞かない奴、自分に逆らう奴はたとえ身内や幹部だろうと容赦はしない、そんな魔族だった」


 「だった……てことはもう父親はいないのか?」


 そう言った瞬間、魔王とは関係なしにこれはあまりにも失礼で不謹慎すぎる事を言ってしまった口を押さえる。


 「別に気にしなくてもいい。あんな父はいない方が俺にとっても魔族にとっても幸せなことだ」


 カケルを気遣いフォローをしているわけではない。魔王は本心から父親が嫌いだというのが伝わってくる。


 「少し脱線しかけたがそもそも俺達がこの世界に来たのは父が人間を支配し、この世界を支配しようとしたのが始まりだ」


 「ちなみにそれ事態は他の魔族も知ってるんだよな」


 「あぁ。賛成派や否定派と分かれはしたが父にはそんな理屈は通らないからな。結果はほとんどの魔族がこちらの世界に来た」


 「んー……一々話をして遮って悪いんだが……ちょっと気になることがあるんだが」


 「なんだ?」


 父親の話を聞いてからどうも一つだけカケルは引っ掛かる部分がある。それを言っていいものなのかは悩みはしたが今後の村発展の為にもそして目の前にいる魔王がどのような人物なのかを見極めるためにも聞かなければいけないとカケルは判断した。


 「父親が何者かは嫌というほど知ったけど亡くなった理由が気になるんだ。病気で死んだのか、それとも勇者に殺されたのか、それとも……息子であるあんたが殺したのか」


 質問の答えはすぐに返ってこなかった。一分程、黙っていた魔王はクックックと笑い声を圧し殺していた。


 「異世界から来ただけあって中々鋭いな」


 「ならやっぱり前魔王はあんたが殺したんだな」


 「あぁその通りだ。前魔王は俺が殺した」


 にやける魔王の顔からは狂気しか感じられない。今までの優しい顔が嘘かのように魔王の表情は狂気じみていた。


 「なんで殺したんだ。話を聞くだけでムカツク親だけど……でも殺す必要は無かったんじゃないか?」


 その一言はあまりにもでしゃばりすぎた発言だったんだろうか、魔王は狂気じみた表情から一変して無表情に変わった。


 「……人間らしい甘い考えなんだな」


 哀愁の漂う雰囲気にカケルはどう声を掛ければいいか分からなかった。


 「俺が魔王になるには俺の手で前魔王である父を殺さなければなかった」


 「……もしかして魔族の中で魔王を決めるやり方って……」


 「お前の思った通り、新たな魔王を決めるには現魔王よりも強い事を証明しなければならない。だから俺は殺したのだ」


 普通なら肉親を殺した人はたとえどんな人物であろうとそれなりの後悔があるのだが魔王からはそういった概念は感じられず、どこか割り切っていた。


 「あんたがそこまで魔王になりたかった理由とかあるのか?」


 「理由……言うならば父では魔族を新たなステージに導くには技量不足だと思ったから……だろうか」


 「新たなステージ……」


 聞けば聞くほどこの魔王はとことん魔王らしくない気もするが上に立つ者としては完璧に近い。


 「だがこれは理由の半分にしか過ぎないがな」


 「ならもう半分は何なんだ?」


 「あの父を瀕死の状態まで追い詰めた勇者に興味が湧いたからだ」


 「瀕死! もしかして魔王が手に掛けたときって既に……」


 「そうだ。俺はいつ死んでもおかしくない父にトドメを刺したにすぎない」


 色々と情報が入り、そろそろ頭の中が一杯一杯になりそうだがカケルの率直な感想は「アマトって本当に勇者だったのか」だ。


 「えっと……ざっとまとめると前魔王がこの世界を征服しようとこの世界に来たけど、勇者に敗けて死にかけの所を息子のあんたが殺して魔王の座を奪い取った、でいいんだよな」


 「そんなところだ」


 大体、魔族側に何が起こったのか把握出来た。そしてここでようやく、最初の話に戻れる。


 「そうなると魔族は知らないということだよな。前魔王が死んで息子のあんたが新たに魔王になったことを。だからみんなはあんたを前魔王と勘違いして怯えるんだな」


 「そういうことだ。これで納得してくれたか? 魔族が俺に対して怯える理由を」


 納得はした。したのだが、どうも腑に落ちない点がカケルにはある。


 「怯える理由は分ったけど今度は、魔族達にこの事実を伝えてない理由が気になるんだ」


 さっきから目的の話をせずに気になることを質問続きだがこれは致し方のないことだと都合のいい解釈をする。


 「これに関してはクライネスが勝手にやった事だから俺もよく知らんのだ」


 「あんたはそれでよかったのか?」


 「多少はな。魔族達は前魔王に息子がいた事実事態しらないからな。いきなり魔王が死んでその息子が新たな魔王になりましたなんて事を公表したら混乱はまぬがれまい。それを恐れたからの判断だろうと俺は思っている」


 魔族も魔族で悩むことややることは人間とほとんど変わらない事を新たに実感するカケル。


 「これで俺については一通り話したが他に聞きたいことでもあるか?」


 「いや、もうこれと言ってないな」


 「そうか」


 話も一段落つき、ため息一つつくとコンコンとノックの音がした。 


 「誰だ?」


 「す、すみません。まだご注文を聞いていなかったのでご注文をと……」


 声から察するにカケル達を案内してくれた店員だろう。店に入ってからこの部屋に籠りっぱなしなのでまだ注文を取っていなかった。


 「いいぞ、入れ」


 「し、失礼します」


 最小限の動きで物音をほぼたてずに、店員は部屋に入ると一枚のメニュー表を提示してきた。


 「さてと……どれを頼もうか」


 カケルも魔王と一緒にメニューを見るがどれも《地獄~》や《煉獄~》といった名称が付いておりどんな飲み物か想像がつかない。


 「決めきれないのなら変わりに俺が決めてやろうか」

   

 「え、えっと……」


 言われた通り、何が何だか分からないため変わりに決めてもらうのは一つの手だろうか。適当に自分で決めるか変わりに決めるか腕を組むで悩んでしまう。


 「なら人間の俺でも飲めそうなものを頼んでくれるか」


 「そうか……なら《地獄の焦熱》と《地獄の極寒》をくれ」


 「あっ、アタシは《地獄の無間》で」


 いつから復活していたのか、ちゃっかり注文を取っているフェルにカケルは開いた口が塞がらなかった。


 「か、かしこまりました。しばらくお待ちください」


 メニュー表を下げ、一礼すると店員は部屋から出ていく。


 「……今更だけどこの部屋って……」


 「安心しろ。俺の魔法でこの部屋から発せられる物音全ては部屋の外にいる者達から聞こえない。だから話し声が外に漏れることはないだろう」


 「さすが魔王様ですね」


 人の記憶を読んでるだけあって抜け目ないが、


 「フェル、いつから大丈夫になったんだ?」


 「えっ? 魔王様がアタシの知る魔王様じゃないと分かった瞬間かな?」


 最初から死にかけで静かだったから復活しても気付かなかった。復活した理由が実に単純だが今は追及する必要はないだろう。


 「それに徐々にだけど魔王様が殺気を弱めてくれたから怯える必要も無くなったんだよ」


 「必要無いって……それって……」


 「魔族は人間に比べて本能で様々な事を感じることに長けている。そのため他者から放たれる殺気には敏感なんだ」


 また新たな疑問点が出てきたため早速質問をしようとする前に魔王が説明したため「そ、そうですか」と会話が途切れた。


 「……そ、そういえばあの魔族……えっと……」


 「クライネスの事か?」


 「そうそう、クライネスだクライネス。そのクライネスは結局どうしたんだ?」


 これが本題に入る前の最後の質問にしようと決め、魔王に質問する。


 「クライネスか? クライネスは適当な所で撒いた。何度、城に戻れと言ってもしつこく着いてくるからな。本当にあいつは俺の言うことを聞かない」


 「そ、そうなんですか……」


 見た感じクライネスはいかにも頭が固そうで融通の利かなそうで魔王もそれが辛いのか「はぁ~」と初めて溜め息を見せた。

 この質問はまずかったらしく、妙な空気になり、居づらくなる空気の中、流れを変えるかのようにまたノックの音がする。


 「ご、ご注文の品をお持ちしました」


 「よし、入れ」


 「し、失礼します……」


 三つの灰色のカップを置いた金属製のトレイを片手で持つ、店員はもう少し早く歩いてそうなのに魔王の前で失態はしないという気持ちなのか、凄く一歩が遅く短い。


 「こちらが《地獄の焦熱》です」


 「あぁ、それはそこの人間に頼む」


 「は、はい」


 初めての魔族の飲み物。人間にも飲める物ということで魔王に頼んでもらったのだが一体、どんな飲み物なのか。


 「こ、これは……!」


 目の前に置かれたカップを覗き込むと《地獄の焦熱》の名に偽りのない赤く沸騰した飲み物があった。見るからに熱そうなその飲み物にカケルはどうすればいいか困っていた。


 「コップ見詰めてどうしたんだ?」


 「早く飲まないと冷めちゃうよ。あっ! もしかしてカケルも猫舌とか?」


 純粋にフェルの言い方に腹が立つ。別に他人にとやかく言われるほどカケルは猫舌ではない。単純に舌が持っていかれそうなこの飲み物を本当に飲んでいいのか迷って見詰めているのだ。


 既に二人は自分の頼んだ飲み物をぼちぼち飲み始め、更に魔王は二つ目のフライドポテトを食べながら一息ついている。

 バレないように二人の頼んだ飲み物を見てみると魔王の頼んだ《地獄の極寒》はカップ一杯に氷が入ってあり、もはや飲み物とはいえない飲み物だ。

 フェルの《地獄の無間》はコーヒーのような色合いをしているがカケルの飲み物と同様にブクブクと沸騰し、何故かお酢の臭いまでしている。

 どれも飲み物とは言えないがそれを平然と飲む二人にカケルは飲むか飲まないかの選択肢に嫌な汗をかいていた。


 「……ここはもう魔王を信じて飲むしか……!」


 幸いブクブクはしているが湯気は出ていないため実は熱くないのかもしれないと淡い期待を胸に一口飲んでみることに。


 「どうだ?」


 口に含んだと同時にくる弾けるような味わい。熱いというよりも温い温度。そして懐かしい感じのこの甘い味。


 「美味しい……」


 「そうか……口にあって良かった」


 見た目はともかく味はジュースに近く、確かにこれは人間でも安心して飲める飲み物だ。


 「では……互いに一息つけた所で話始めるか。人間と魔族が共存できる村についてな」


 その一言でまったりムードになりかけた意識が一気に現実に引き戻される。


 「そうだな。ようやくだな」


 「俺はお前の記憶を読んでいるからといっても、その時のお前の覚悟までは分かっていない。だからこの話し合いのメインは俺をどこまでその気にさせれるかお前の覚悟を試すための話し合いだということを最初に言っておこう」


 膝を組み、堂々としたその姿は完全に魔王そのもの。わざとなのかカケルにも感じれるほどの威圧感を放っている。


 「……分かった。ならよーく聞いとけよ、俺の覚悟を!」


 「あぁ存分に聞かせてもらおうか」


 両腕を広げ不適な笑みを浮かべる魔王にカケルは自分の思い描いた村の理想を、そしてその思いという覚悟を魔王に話した。

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