到着魔都!
村から出て数時間後、これといったトラブルに巻き込まれることなくリーナとルービスは王都に到着していた。
いつもの通りを進んでいき、広場の定位置に行くと移動式屋台に掛けられている白いシーツを剥ぎ、開店準備を始める。
「それでは早速頑張りましょうか」
「はい! 何でもやりますので何でも言ってください」
初めてのタオル販売で緊張しているのか肩に力が入っているように見える。本人も自覚しているのかスーハーと深呼吸をして気持ちを落ち着かせていた。
「あまり気張らなくていいからね。リラックスだよリラックス」
「は、はい!」
返事は良いが肩の力が抜けてはいない。何かのきっかけで肩の力が抜ければいいのだが今すぐには思い付かなかった。
「じゃあタオルを七枚ずつ置いていって、軽く掃除をしたら販売するからね」
「は、はい! 分かりました!」
ガチガチな状態で作業に取り掛かろうとするルービスだが、大事な仕事着であるエプロンをまだ渡していなかったことに気付いたリーナは白いエプロンを慌てて渡しにいく。
「ごめんね渡すのが遅くて」
「い、いえ……問題ないです」
渡した後、自分もまだエプロンを着ていなかったことに気付いたリーナも急いで薄ピンクのエプロンを着ていく。ルービスはそれをみながら受け取ったエプロンを慣れない手つきで着けていた。
一分ぐらいでリーナはエプロンを着用し終えたが、体が固いのかルービスは後ろに手が回っておらず背中辺りで結ぶ場所を結べていなかった。
「少しじっとしてて私がやってあげるから」
「す、すみません」
背中を向けて大人しくなるとリーナはささっと結び、できたと結んだ場所を叩いて知らせる。
「お手数お掛けしてすみません」
「いいのよ。誰にだって不得意なことがあるんだから助け合っていかないと」
そうカケルがいつもしてくれるようにリーナも少しずつでいいから仲間と共に助け合っていこうと頑張っているのだ。
「エプロンも着け終えたしタオルを並べて掃除でもしましょ」
「は、はい! こ、こういうのは手分けした方がいいと思うので僕はタオルをよ、用意しますのでリーナさんは掃除でも……」
先程に比べ肩の力が抜けているようで、いい感じに緊張がほぐれているようだ。
「そうね、その方が効率がいいわよね。なら私は掃除をしているからタオルの方をお願いできるかな?」
「はい! 任せてください!」
頼られるもしくは自分の提案を受け入れられたのが嬉しかったのかルービスは嬉しそうな顔をするとキビキビと動き始めタオルの準備に取り掛かった。
朝から緊張していたのが嘘かのように手際よく動いてくれる。これなら十分も立たないうちに開店できそうだ。
「ねぇ、すぐにタオルを取り出せるようにしてもらえるかな?」
「もちろんです。全て任せてください!」
体を動かし続けて体が温まってきたようで寒さに震えることもなく滑舌もよくなってきている。ここまでくれば安心して任せれるはずだ。
「おっ! リーナちゃん今日は新入りと一緒かい?」
気安く声を掛けてきた男性は定期的にタオルを買ってくれるいわばお得意様みたいな人だ。
「はい、今日はカケルが魔都の方で商売をしに行ったので彼がカケルの代わりに来たのですよ」
「へぇ~、ついに魔都にまで商売を始めたのか」
この人は別にカケルが異世界出身の者ということも知らないし、何のためにカケルがこんなことをしているのかも知らない。ただ単に興味があるから聞いてくるだけなのだ。
「リーナさん、タオルの準備が終わりました」
「そうなの? ならお客様も増えてきているみたいだしそろそろ開店しましょうか」
お得意様を先頭に既に二十名程の人数が集まり列を作っている。今日も早い時間から集まってきてくれてありがたい気持ちになる。
「ふぇ~、まさかこんなに早く人が来るなんて……いつも完売できたわけだ」
「フフ、まだタオルを買っていない人もいるからみんな売り切れる前に買いたいのよ」
ここ王都の人はまだまだたくさんいる。タオルを販売して購入できたのはほんの一部にしかすぎない。だからこの先もタオルを求めて来る人も増えていくはずだ。
「さぁ、気合いを入れて。この人数なんてまだ序の口なんだから」
「ほ、本当ですか~!」
ため息をつき項垂れるルービスだがイカンイカンと自分に叱咤をいれ、頬を軽くパチパチ叩くと、
「精一杯カケルさんの分まで頑張ります!」
「期待してるね」
これから数時間、休む間もなく人が押し寄せタオルを販売しないといけないのだが、今のルービスなら十分に任せられるはずだ。
「それじゃあ始めるから私に合わせてね」
「はい!」
二人はカウンターに並び「せーの」と小声でタイミングをとり、できる限り笑顔でハキハキと喋る。
「「いらっしゃいませー!! ハンデル村特製のタオルを販売開始しまーす!!」」
噛まずに言えたことに密かに喜ぶルービスに微笑みながら、リーナは迫り来る客を見ながら、そろそろカケルも魔都に着いて開店準備でもしてるのかなと思い空を見上げた。
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魔都に到着したカケルがまず思ったのはなんだここはだった。 レンガで建てられている西洋風な王都と違い、魔都は全ての建物が鉄のような金属でできており、高さも二十~三十メートルとマンションのような造りをしている。
地面だってそうだ。ごつごつとした荒野の地面から石ころもなさそうな鉄製の地面。周りの山のように大きな岩柱が太陽の光を遮っているせいで常に薄暗い感じがする。
歩く人達も緑肌の歪な姿をしたゴブリンに丸い体格で豚顔のオーク、全身が毛むくじゃらで獰猛そうな見た目の獣人やフェルみたいに背中に羽根の生えた悪魔など様々な種族が行き交っていた。
想像では自然のものとは思えない入り組んだ黒い岩を住みかにし、全員が武装し喧嘩の絶えない強者しか生きれない所だと思っていたのだが、想像よりもずっとしっかりとした都市と治安だった。
「ここが魔都なのか……」
「どう? 王都より素敵な所でしょ」
王都の人から見れば温もりもない冷たい雰囲気な街だと思うかもしれないが個人的には案外落ち着けそうで割りと好きだ。それにどことなく自分の世界に似ている所もある。これなら自分と同じ異世界転移をしたフェルの師匠が王都ではなくここ魔都に住んでいるのも納得できた。
「そうだな。俺はもっとこ~治安が悪くてひったくりとか暴力とかが日常茶飯事な所だと思ってたからホッとしたような拍子抜けのような」
「それはあながち間違ってないわよ。魔王様の目の届かない端の地区では基本的に窃盗や暴力だらけで肩とかがぶつかっただけで殴ったりする人もいるんだよ」
しれっと言い放つ魔都の実態に言葉が出なかった。表では王都と比べ物にならないぐらいの平和な雰囲気なのに裏ではスラム街になっているとは。王都でも感じたが異世界でも街が大きければ大きいほど貧困差が出てくるということか。
「だからと言ってここも安全とは言いがたいからね」
「というと?」
「魔族の中には人間を殺したくて堪らない者もいるから油断しているとカケルの身が危ないからね」
まるで他人事のように言っているが……いやフェルからしたら他人事だが要は人間であるカケルは油断することなく周りを警戒していないと襲われるかもしれないということだ。
「まぁ結論からして人間にとって魔都は危ないとこって分かったから早く販売する場所を探そうぜ」
「あ、ちょっと待って!」
手綱を握り直し再び馬を歩かせようとするとフェルの手が手綱を握るカケルの手を押さえつけてきた。
「なんだよ?」
「少しだけアタシの家に寄ってくれない?」
「フェルの家に?」
時間的にもまだ余裕があるため寄っても問題ないが、
「何か忘れ物でもしたのか?」
「ううん。師匠に置き手紙で『しばらくハンデル村で暮らします』って教えとこと思って」
たしかフェルの師匠は旅に出ていてフェルの動向を知らないから、何かしらの形で知らせておかないといけないのは重要な事だ。
「分かった。じゃあ今からフェルの家に行くからまた道案内よろしくな」
「了解ありがとね~。ということでこのまま真っ直ぐ行った先の突き当たりを右に曲がってね」
行きしとは大違いで自分の家まですんなり道案内をする。街中なため歩行者より少しだけ早めの速度しかだせないがゆっくりと街並みを見ることができる。
今のところ暴力を振るってる魔族は誰もいないためやっと安心感を抱くことができた。
それから数分後、フェルの丁寧な案内のもとカケルはとある地区に移動していた。
先程までの高い建物は全くなく殆どの建物が一階建ての四角い家ばかりで、空いているスペースでは地面に敷物を敷いてその上に小物や剣など武器などを並べた魔族達が商売をやっていた。
「ここがフェルの住む地区なのか?」
「そうよ。ここは魔都の中でも三、四を争う商業エリアなの」
「一、二は争わないのかよ」
この場所も王都の広場よりかは劣るがかなりの人通りで今日はこの辺りで販売しても問題なさそうだ。
「では、アタシは一度家に戻るのでカケルはこの辺りで時間を潰しててね」
背中の羽根を広げ軽くジャンプするとフェルはそのまま自分の家まで飛んでいった。
「さてと……暇だし何処か空いてる場所がないか歩いて探すか」
そのまま馬車に乗って移動してもよかったがせっかくなので観光気分で魔都を歩いてみたいと思ったのだ。もちろん誰にもぶつからないように気を付けてだ。
馬車から離れすぎないよう目の届く範囲で近くの露店を見て回る。良さげな物があればリーナに土産として買って帰ろうと考えていたが武器の比率が高すぎていまいち土産にむかない。
「んー何かないのか……おっ!」
ぶらぶら歩いているとネックレスなどのアクセサリー類を置いてある露店のある商品に目がいった。
それはピンク色の睡蓮の形をした髪飾りでシンプルな造りをしている。
「んぉ? 珍しいな客だな。人間が魔都に何のようだ?」
突っ立て商品を見てたカケルに気付いたオークの店主は接客をせずに疑いの眼差しを向けてくる。
「俺は魔都に商売をしにきたんだよ」
「人間が魔都に……? 人間が魔都で商売なんて怖いもの知らずだな」
「人間が魔都で商売をすると何かあるのか?」
意味ありげな口調で喋るためフェルから聞かされてない事がまだあったのかとビビったが、
「いや、俺ら魔族の姿にチビって商売なんてままならそうな人間がわざわざ魔都でしかも治安の悪さで一、二争うこの地区で商売をすることにだよ」
「あーそういうことか」
てっきり命の危険があるのかと思っていたがそのレベルならそう想定内の事だ。そんなことよりもこの地区が治安の悪さで一、二を争っていたのに驚きだ。
「別に俺は魔族を怖いと思ってないから問題ないし、一人連れがいるんだけどそいつも魔族だから大丈夫なはずだ」
「ほ~、人間と魔族が手を組んで商売か……それは面白いな。後で俺も行ってみるか」
「マジか! それはありがとうございます」
お礼の意を込めて頭を下げると店主は「頭なんて下げなくていい」と言ってくれ、魔族の中にはちゃんと心の優しい魔族がいるんだと知れた。人と魔族が共存できる村にする、魔王との話し合いさえ上手くいけば実現できるはず。
「それでさっきから商品を見ていたが何か欲しいものでもあったのか?」
「あーえーと……この髪飾りが少しな。これってあんたが造ったものなのか?」
「あぁそうだ。ここにある品は全部俺が造ったものだよ」
店主の手作りと知り思わず感嘆の息が出てしまった。花の髪飾りもそうだがどのアクセサリーも丁寧に作り込まれており、見る者全てを虜にさせてしまうような美しさに惚れ惚れする。
「この髪飾りを買いたいんだけど……いくらするんだ?」
「これか? これは十二リベルだよ」
十二リベルというとこちらの貨幣で千二百円……中々良い値段をしている。この出来の物なら高いとは言えない値段であり、特に金欠でもないカケルにとってお買得のものだ。
「じゃあこの髪飾りをください」
ポケットに入れているマイサイフを取り出し、その中の千二百円を店主にみえないよう等価交換で十二リベルに変換して店主に渡す。
「一、二、三、四……よしちゃんと十二リベルあるな。ほらよ受け取りな」
店主から髪飾りを受け取ると小袋とリボンを百円程度で等価交換すると先程買った髪飾りを小袋の中に入れ、リボンでラッピングする。
「女にでもあげるのかそれ?」
「まぁそんなところかな」
そうこの髪飾りはリーナにお土産として買った物だ。色もピンクなため自分の中でのリーナのイメージカラーにもピッタリでこれ以上のない土産物だ。
「そんな貧相な成りで女がいるなんて人間の美意識はよく分からんな」
「貧相で悪かったな」
フェルに通ずるこの自然に出てくる口の悪さ、魔族という種族は争いを好まない奴でも人を無意識にイラつかせることができる種族なのか。
「まぁ種族関係なしに女は大切にしろよ。いい加減にすると後が怖いからな」
妙な説得力のある言葉だがその事は数週間前の決闘で痛いほど分かってる。
「ご忠告どうも。それじゃあ機会があればまたいつか買いに来るよ」
「おうよ。またよろしくな~」
店主に手を振り、他にも見て回りたい気もするがそこをぐっと堪え一旦屋台まで戻ることにする。時間的にもフェルが戻ってきてもいい頃合いだし何よりせっかくリーナのために買った髪飾りに傷をつけないためにも屋台に置いてある安全な自分のバックに入れて保管しておきたい。
そもそもお土産屋という理由でこの髪飾りを買ったのはリーナに日頃の恩返しをしたかったからだ。村を出る前、リーナはご褒美に頭を撫でるだけでいいと言っていたがカケル的には形の残るご褒美をあげたかったのだ。
リーナには右も左も分からない異世界で路頭に困っているのを助けてもらったあげく無償で家にまで泊めてもらっている。更には時々、無茶ぶり近い頼み事ですら嫌な顔せずにやってもらっている。
そんなリーナに今のところカケルは遠い遠い道のりの村発展しかしておらず、まともなお礼の一つもしていない。だからこそ何かリーナのためにと思い、あえて等価交換で何も出さずに魔都でお土産として買ったのだ。
「あいつ喜んでくれるかな」
髪飾りを渡した時のリーナの喜ぶ顔を想像すると頬が弛んでしまいそうで前方不注意の時だった。
ドスン――。
と真正面から誰かとぶつかってしいそのまま立ち止まる。脳から発せられるヤバイという警告。身体中が焦りを感じ嫌な汗が出る。
あれほどまでにフェルから周りには気を付けろと言われていたのにこうも簡単にぶつかってしまうとは。これはもう第二の人生が終わるということか。柔らかな感触が顔を包むなか自分が既に天へと召されていこうとしているのを実感しながら……。
「……ん? 柔らかい?」
本来ぶつかった時に感じる感触は筋肉質なら堅い感触が、太りぎみなら押し時に反発するような感触なのだがこの感触はその二つとはどれも違う気がする。
「フフフ、大丈夫坊や?」
今の何が起こっているのかの状況を頭の中で整理していると頭上から大人っぽい女性の声が聞こえた。
両肩を優しく掴まれるとゆっくりと押され距離を開ける。距離を開けてようやく自分が何にぶつかったのかを理解する。
ぶつかったのは自分よりも頭一つ分背の高い褐色肌の女性で、自分はその女性の胸に顔を半分埋め込んでいたのだ。
「人間である坊やが油断しちゃダメよ~。ぶつかったのが私だったからよかったもののもし魔族だったら痛め付けられてたわよ」
「す、すみませんでした!」
二歩三歩と素早く後ろに下がると本日二度目となる頭を下げる行為をする。もちろん一回目のとは意味は違うが。
「ウフフフ、分かればいいのよ」
長くて白いゆるふわパーマの髪をなびかせると女性は妖艶な笑みを浮かべていた。リーナの笑顔を見た時と違ったドキドキが襲う。これが大人の女性の魅力というやつなのか。
「彼女にプレゼントをあげるのが楽しみなのは分かるけど前方と後方には気を付けるようにね……カケル」
「いや彼女というには……ってあれ? 今、俺の名前を……」
と疑問に思ったときには女性は目の前から姿を消していた。何故、自分の名前を知っていたのかも気になるが前方だけでなく後方にも気を付けるように言ったのも気になることだ。
昨日、王都で会ったミルの占いで出た背後に気を付けるようにと被る台詞……これは偶然なのだろうか。
「じぃー」
「ん? ぬわぁぁぁ!」
妙な視線を感じると思えば少し距離を置いたところでフェルがメルみたいなジト目でこちらを見ている。
「な、何してんだよ」
「別に~、カケルが胸の大きな女性に顔をうずめてデレデレしていたのに軽蔑しているわけじゃないんだよ~」
口ではそう言っているがあの目でこちらを見ている時点で上っ面な言葉だけを淡々と並べているのはまるわかりだ。
「誤解だ! あれはただぶつかってしまっただけで……そう! 事故だよ事故」
「事故ね……いいよそういうことにしといてあげる。まぁリーナに言うか言わないかとは別だけど」
「ま、待て! リーナにはリーナにだけは言うな! 特にお前の口から言うのだけはやめろ!」
フェルの口から言われればネコレベルの話がライオンレベルの話にまで飛躍してしまいそうで完全に新たな誤解を生むだけだ。
「それはカケルの態度次第かな~」
無駄に妖艶っぽい表情をしながら手を口元に当てているがあの女性と比べると子供が無理をして大人ぶっているようにしか見えない。サキュバスなのに残念だが今はそんなことよりも問題なのは、
「……何が望みだ」
「フフン、後でアタシにも何かプレゼント頂戴ね」
アタシにもということはこの小袋がリーナ用のプレゼントだと気付いているのは間違いない。こんなくだらない形でいらない出費をするのは辛いがそうでもしないとリーナだけでなく村中に言いふらされそうなためここは、
「分かった買う買うからこの事は他言無用でお願いします」
もはや買わないという選択肢は端から除外されている。サキュバスの癖にこういうとこで策士な奴め。
「約束だからね。じゃ、早く屋台に戻って準備しよ。ちょうどアタシ屋台を置けそうな所を見つけたからね」
「そ、そうか。なら案内をよろしくな」
上機嫌に鼻唄を歌いながら歩いていい距離を数十センチ浮かんで飛びながら屋台に戻っていく。きっとフェルにプレゼントを買ったところでこのネタでしばらく脅したりからかったりするんだろうなと思いながらカケルは屋台に戻り、フェルの見つけた屋台設置場所まで移動した。




