重たい朝
「起きてカケル、おーい」
「うーん、うーん。た、頼む待ってくれ」
「おーい、寝言言ってないで早く起きてよッ!」
「ぐはっ!」
いきなりお腹の辺りに強烈な圧が加わったのを感じたカケルは目を覚ますとリーナが自分の腹の上にまたがっていた。
「あ、やっと起きた」
目を覚ましたのを確認するリーナだが一向にカケルから降りてくれる様子はなく、まだ乗っている。
「あのー、リーナさん?」
「なに? カケル?」
「何で俺の上に乗っているのですか?」
「何でって、そんなのカケルを起こすためだよ?」
質問したのはいいが端から分かりきった返答なためにカケルは右腕で目元を隠し、軽いため息をつく。
「もしかしてさっき見てた彼女は夢であの時、体が重かったのはこれが原因か」
「また何か言ってる。いいから早く起きてよ」
「なら俺から降りてくれるかな?」
「あっ、ごめんね……」
顔を赤らめたリーナは慌ててカケルから降りると、スカートの裾をパンパンと払い整える。
やっとお腹が軽くなったのでカケルは上半身を起こし少し温まったお腹を擦る。
「えっと……朝ごはん出来てるから早く来てね」
「おう分かった。すぐに行くよ」
「うん」
笑顔で手を降ったリーナは部屋を出てドアを閉めると、そのまま下に降りる音が聞こえた。
「……フゥ」
バサリ。
リーナが居なくなるのを確認したカケルは再び布団に寝そべり天井を見る。
「……あれは……夢なのか」
先程見た夢の内容を思いだし、カケルは物思いにふけていた。
あの夢は実際に現実であった話で、彼女が帰ったとき自分は何をしようとしていたのか思い出そうとしたのだが全く思い出せなかった。
「何で今になってあんな夢を見たんだろう」
もし、元の世界に戻りたいという気持ちのせいで見たのだとしても何であんな切ない夢を見てしまったのだろうか。
普通見るなら戻って楽しそうに彼女と過ごす夢とかなのに何であの場面なのだろうか。
「……考えても仕方のないことか」
そう、あれはあくまでも夢だ。人が夢を見るのに内容を決められるわけがないのだから考えても時間の無駄だろう。そんな時間があるのならさっさと着替えて下に降りるべきだろう。でないとリーナに怒られるからな。
「よいしょっと」
ゆっくりと立ち上がり枕元に置いてある異世界の私服に着替えたカケルはうーんと両腕を上にあげ背筋を伸ばす。
「さてと……今日も一日頑張るかな」
ドアを開け、カケルは朝食を食べるため下に降り、ダイニングキッチンに行くとそこにはリーナ、アマト、メルの三人が既に座っており机の上にはいつものパンとスクランブルエッグと野草サラダの朝食が並べられている。
「おはようカケル。今日も起きるのが遅かったようね」
「ったく毎回毎回俺様を待たせやがって。ふざけてるのか」
ボーッとしながらも口が回るメルと眠たいのかそれとも空腹でイライラしているのか分からないアマトの反応を見る限りいつも通り二人はリーナが起きて三十分後の六時半辺りには目を覚ましていたのだろう。
「悪かったって。明日からは気を付けるから」
「それ、昨日も聞いたわよ」
「あれっ? そうだったけ?」
メルの言う通り、カケルは昨日の朝も同じことを言っていたが朝から恥をかきたくないのでとぼけとく。
「はぁ~、まぁいいけど」
「あははは……」
笑って誤魔化しながらカケルは横目で睨むアマトの隣に座る。
「まぁまぁみんな揃ったんだし朝食でも食べようよ」
朝から重たい空気に堪えかねたリーナは少しでも明るくしようと笑顔でみんなに話し掛ける。
「……そうだな。こいつが遅いのはいつもの事だしさっさと食べるか」
「それもそうね」
相変わらずリーナに甘いメルとアマトはカケルへの文句も止め、「いただきます」と朝食を食べ始めた。
「いただきます。さっカケルも早く食べてね」
「お、おう。いただきます」
リーナに促されるままカケルも朝食に手を取る。
「モグモグ、今日もリーナの料理は美味しいわね」
「フフッ、ありがとうメル」
「今さら何当たり前な事を言ってるんだ。なんたってリーナは俺様が惚れた女なんだからなこのぐらいは当然だろ」
「はいはいそうですか」
アマトとメルがリーナの家に住だして三週間が経っていた。
カケルとリーナの二人で囲んでいた食卓もアマトとメルが加わって四人になりだいぶ賑やかになってきていた。といってもアマトがリーナを口説いたり自分の武勇伝を語ったりと一方的な会話をし続けるだけなのだがそこにメルが茶化してアマトが怒るという比較的ワンパターンなやり取りをほとんど毎朝やっているのだがカケルもリーナもそのやり取りに飽きたことはなかった。
「おいカケル。自分がリーナの婚約者だからって調子にのんなよ」
「おいおいアマトさんよ。そんな怖い顔をしてるとますますリーナに嫌われるぞ」
鼻で笑っていたカケルに文句を言ってくるアマト。だがカケルもこの展開には慣れているため難なく言い返す。
「くっ……それは……」
アマトはリーナから命令で怖い顔を直してほしいと言われているのだが本人曰く顔は生まれつきでどうしようもないと言っているのだがリーナに好かれようと必死に穏やかな顔になれるよう陰で練習はしているらしい。
「それにしてもリーナはいいな。料理が作れて」
「そんなことないと思うけど」
「ううん。だって私、百八十年近く生きているのにまともな料理出来ないもん」
「大丈夫だよ。練習すれば誰でも料理出来るようになるから」
珍しくアマトをいじらないメル。それは今回はアマトをいじるよりもリーナと話したいということなのでメルはアマトとカケルを無視してリーナと二人きりで話だす。
「二人はすっかり仲良しだな」
「……そうだな」
珍しくアマトと意見があったカケルは驚きのあまり口元に運びかけていたパンを机の上に落としてしまう。
「ん? どうしたんだ」
「い、いや何でもない」
ここでアマトに絡まれるのも面倒なのでカケルは適当にはぐらかすやパンを拾い口に入れる。
――まさかアマトが同意するとはな
でも落ち着いて考えればアマトが同意したのは納得できる気がする。
メルは生まれてから今まで友達といえる存在が誰も居らずアマトの事は兄のように接していたらしいからアマトもメルの事を妹のように扱っていたらしい。それにメルが孤独なのは何処と無く嫌だったと言っていた。
でもカケルから見ればメルがアマトの事を兄のようにアマトがメルの事を妹のように扱ってるようには見えないのだが本人達がそれで満足しているのだから特に気にしてはいない。
「――さてとそろそろ今日の話し合いでもしないか」
全体的にある程度食べ終わっているのを確認したカケルは、リーナとメルに話を遮って申し訳ないと思い、話を持ち出す。
「そうですね。明日はタオルを売る日なのでしっかりと今日どうするか話し合わないといけませんからね」
「うん、そうだね。お父さんのためにもしっかり話し合わないとね」
ちなみにだがリーナの父親は村長として自分に出来ることを探す言ってカケルに村のみんなを任し、三日前に村を出ていっていつ帰るか分からない状態になってしまっている。
「それで今日は何について話し合うんだ」
一人だけ朝食を食べ終わったアマトはズズーッと白伊豆茶を飲み干す。
「そうだな。今日は明日、売るタオルの枚数の話とそろそろ二手に別れて新たな顧客を増せるかの話にしようか」
「ほぉ~、なるほどな」
「それはいい提案ね」
「私もそう思うよ。なら早速、アマトとメルに王都のオススメ売り場を聞きながら話そうよ」
全員、話の内容に納得してくれたことに満足したカケルは一時間近く話し合った。
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朝の話し合いも終わり、カケル達は二組に別れてそれぞれの行動を開始した。
アマトとメルの組は村の全体の見回りなのだがまだ予定段階の話だがいずれアマトがオススメする大工に村の建物を全体的に修復するつもりもあるため二人は時間をかけて何処をどう直せば良いのかも含め見回りをしている。
そして今日、カケルとリーナの組がやることは移動式屋台にタオルを積み畑の様子を見ることだ。
「ふぅ~、毎度のことながらこの作業は堪えるな」
「そうだね。いくらタオルが軽いといっても何回も往復したらしんどいよね」
二人がかりでタオルを運び、ようやく一台分のタオルを積み終わり移動式の段に座り一休憩していた。
「この作業がまだあると思うと辛いな~」
「でも村の人達だって頑張ってるんだから私達も頑張らないと」
いつものように笑顔を見せるリーナにカケルの疲れきった心は癒されていった。
「リーナの言う通りだな。村を発展するまでは簡単には嘆いたらいけないよな」
この四週間を振り返ると自分が村の発展にどらだけの事をしたのかというと野菜の種を配ってタオルを作って販売しただけでこれといって何か形になった訳ではない。
「そろそろ動き出さないとな」
といっても今すぐにできることがなくまだタオルを売る日々が続くだろう。
「ねぇカケル」
「ん? なんだ」
隣を見るとリーナは手に顎を置いて遠くの方を見つめていた。
「あれ見てよ」
「あれ?」
何を見るのだろうと思い、リーナの目線の先を見ると遠くでアマトとメルが何かで揉めていた。
「あの二人ってホントに仲が良いよね」
自分が村の今後について考えている間にあの二人をずっと見ていたのかと思うとがっくりきそうだ。
「今なんの話をしてるんだろうね」
「たぶん何処を修理するのかで話してるんじゃないか」
そう思う理由はメルがカケルのタブレットを持ち、そのタブレットの画面をアマトにしつこく見せているからだ。
メルが何故カケルのタブレットを持っているかというと、メルが異世界の知識や文化を知りたかったからだ。それでたくさんの異世界の本が入ったカケルのタブレットはメルの興味を引くのに十分で毎晩空いた時間にカケルから日本語を教わりちょくちょくタブレットを持って電子書籍アプリを開いて本を読んでいるのだ。
今回の場合はタブレットのカメラ機能を使い、村の様子を写真におさめ、いつでも村の様子を話せるようにしているのだ。
「にしても今日もかなりも揉めてるな」
「そう? 私は楽しそうにしているように見えるけどな」
「あれがか……」
見ようによれば確かに楽しそうにスキンシップしているようだ。
でもやはりカケルから見たら揉めてるようにしか見えない。
「でもまぁ揉めようが揉めまいがあの二人が仲良しなのにはかわりないか」
「フフッ、そうだね」
スマホで時間を確認すると十分ぐらい経っていたのでカケルはゆったりと立ち上がる。
「さてと、俺らももう一頑張りとするか」
「うん、そうだね。私達も二人に負けないぐらいテンションを上げて頑張ろう」
これ以上テンションを上げるのとツッコミたくなるのを我慢しカケルはタオルの積む作業にへと戻った。




