帰ってきた村長
「はぁ~、またみんなの仕事を見つけることなく戻ってきてしまった」
深いため息をつきながら、あちこちが擦り切れているマントを着けた男性は重い足取りでハンデル村へと入っていく。
「みんなに何て言えばいいんだろうか。きっとがっかりするんだろうな」
みんなの悲しむ顔を思い浮かべる男性は頭を抱え呻きだす。
「こんなんでは村長失格だ。やはりもう一度王都に行って、そして今度は仕事を見つけるまで帰るべきではないか……」
ブツブツと呟きながらもう一度、王都に行くか行かないかその場で円を描くようにぐるぐると回りながら考え事をしていると村長はふと村に何か違和感を感じる。
「そういえば村に入ったっていうのにさっきからみんなの姿が見えないな」
いつもなら暇を持て余した村人達が外で座り込んだりして空を眺めたりしているのだが今日は誰一人そんなことをしている人がいなかったのだ。
「みんな今日は家の中に居るのか? でも家の中に人が居るようには見えないしな……」
みんながいないことに不安を感じる村長は悩むのを止め村人を探しに村を歩き回ると川の近くから人の声が聞こえてきた。
「ん? あそこに居るのか? でも何であんなところに……水浴びには早すぎる気もするし……」
しばらく思考するも考えても仕方がないという結論に至り、川の近くまで行くとほとんどの地面が耕かされてるのに気がついた。
「な、何で地面が……」
「お、村長だ」
「あっ、ホントだ。おーい! 村長!」
こちらに気づき元気よく手を振る二人の男性村人を見つけた村長は安堵の息を漏らすとその村人の所まで向かっていく。
「君達、一体ここで何をしてるんだ?」
他にも村人が今何処にいるのとか、リリエラーナは大丈夫なのかなど色々聞きたいことがあるのだが真っ先に聞きたいのはこの地面についてだった。
「何って……見ての通り畑に蒔いた種に水をかけているですよ」
「畑? 種?」
言われてみればこの耕かされたこの地面は畑に見えなくもないがこの村に畑を作った所で育てる物がないし、種なんて王都に行かなければ手に入らないし、一体何がどうなっているのか分からなくなってきた。
「種なんて何処で手に入れたんだ?」
「何処って……種はカケルさんがくれたんですよ」
「カケル……さん?」
自分が村長だから分かるがカケルなんて名前の人物はこの村にはいなかったはずだ。
「おいお前、村長は今帰って来たばかりなんだからカケルさんの事を知っているわけないだろ」
「いけね! そう言えばそうだな」
賑やかそうに話す二人を見ているともしかしたら他の人達もこうやって笑顔に話しているのだろうか。もしそうだったなら全部カケルさんという者のお陰なのだろうか。
こうして考えると村長として自分がいかに情けないことなのだろうか。
「なぁ、そのカケルさんというのは今何処にいるんだ?」
もし今の村を変えてくれたのがカケルさんなら是非とも会ってみたいものだが、はてさてまだ村に居るのだろうか。
「カケルさんですか? 今日はまだ見てないですし……まだ村長の家に居るんじゃないですか?」
「私の家に居るのか。でも何で私の家なんかに……」
「それはリーナさんがカケルさんを家に泊めているからですよ」
「なっ、何~!」
村に戻ってきて一番驚いた。あのリリエラーナが見知らぬ人を家に招き、泊めるなんて。
「こうしちゃおれん」
「あ、村長……」
別れも言わずその場から立ち去った村長は旅の疲れを忘れ全力で自分の家まで走る。
「リリエラーナよ無事でいてくれ」
昔からリリエラーナは何かと騙されやすい性格で、カケルさんが男性の可能性がある以上、娘と二人きりの状況にしておくのはまずい気がしてしょうがない。
全力で走り三分。家の前まできた村長は息を切らしていた。落ち着いて息を調え、いざ家のドアを開けようとしたとき家の中から複数の人の声が聞こえてくる。
「……しやがったろ!」
「知らねーよ……すぎなんだろ」
「二人共ケンカは……よ」
「いくら……勝ちは変わらないわよ」
おかしい。先程の彼の言う通りならこの家に居るのはリリエラーナとカケルさんの二人だけのはず。なのにリリエラーナを含め家の中で四人の声がするのはおかしな事だ。
「何がどうなっている」
混乱する頭の状態でドアを開け、声のするダイニングキッチンの方に進んでいく。
「ふざけるなよ! さんざんこけにしやがって!」
「それはこっちの台詞だ!」
間違いない。声がするのはこの部屋だ。
「リリエラーナ、一体何をしてるんだ!」
勢いに任せてドアを開け目に写ったのは、取っ組み合いする二人の男性にそれを止めようとするリリエラーナ。そして椅子に座り白伊豆茶を飲みながら高みの見物をする一人の女性だった。
「えっ……」
「あっ……」
「ん?……」
村長に気付いた知らない三人組は固まったまま、いや固まったままなのは二人の男性だが、こちらを見ている。
「あ、お、お帰りなさい……お父さん」
いきなりの父の登場でぎこちなく喋るリーナに村長は優しく話しかける。
「リリエラーナ、これは一体どういうことなのか説明してくれるかな?」
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――なんでこんなことになってるんだ?
カケルは何故、アマト、メルと一緒に横一列に正座をしているのかが分からないでいた。
そして目の前にはマントを脱いで長袖長ズボンのスーツのような格好で椅子に座り、足を組んで険しい表情をしているリーナの父親でありこの村の村長がいた。
「それで君達は一体何者なんだ?」
父親にしては若い気もするが話す声のトーンが低く、これが地声なのか、はたまた機嫌が悪く怒気を含んで話しているのかが分からないが自分等に何かしらの怒りがあるのだけは分かる。
「何者だって……貴様ッ! 俺様にこのような格好をさせたばかりでなくなんという口を聞きやがッ……」
アマトの暴言が言い終わる前に隣で正座するメルの右手がアマトの口を押さえており、モガモガとよく分からないことを喋っていた。
「アマトは黙ってて。余計に話がややこしくなるから」
本当にメルの言う通りだ。アマトは常に周りの空気を考えずに思ったことを言うから困ったものだ。
「すみません。いきなり失礼な態度をとってしまって」
「いや別に気にしていないから良いよ。それよりも君達が何者か教えてくれれば嬉しいんだが」
優しく話してくれるもまだ表情は険しいままだ。本当に何でこんなに険しい表情をしてるのだろうか。
「それでは私が大まかに説明します。まず私が大魔法使いの称号を持つ天才魔導師メルルルカ・リルルルカ・ルルリリカと言いますが長いのでメルとよく呼ばれます。そして右にいるのが勇者アマトです」
「大魔法使いに勇者だと……」
ギギギギッと壊れたロボットのようにリーナの方を向き本当なのかという目で訴えてる村長にリーナは苦笑いで答える。
「まさか勇者様がこの村にいるなんて……すみません。勇者とその仲間だと知らずに無礼な態度をとってしまって」
椅子から転げ落ちるように床に正座した村長は深々と頭を下げていた。
「フンッ、分かればいいんだよ」
「いいからアマトは黙ってて」
「まさか勇者様がいたなんて……その勇者様は本日はどのようなご用件でこの村に?」
あの険しい表情も消え、完全に上司の顔色を伺う部下みたいな表情になっていた。
「用件は……なんて言えばいいのでしょうか……まぁ簡単に言えば彼の村発展の協力の為にこの村にいるという感じでしょうか……」
「彼の村発展?」
頭を上げメルの左に座るカケルを見ると村長はアマトからカケルに向きを変えた。
「もしかしてあなたがカケルさんですか?」
「え、まぁ、はい、カケルは俺の事ですけど……」
何で自分の名前を知っているのか聞こうとしたとき村長はアマトの時よりも深く強く頭を下げた。
「私がいない間、村を支えてくれたことありがとうございます! カケルさんのお陰で村の人達は元気を取り戻しつつあります」
どうやら外にいた村人に自分の事を聞いてるらしく、長々と感謝の言葉を喋っていた。
「別にいいスッからそんな頭を下げなくても。俺は神様に頼まれてやってるだけですし」
「えっ、神様?」
――しまった! このタイミングで神様の名前を出すのは間違えた!
きっと村長はカケルの事をアマト達と一緒に王都から来た一人だと思っていたのに違いない。だからなのだろうか村長がなんの事か分からずにポカーンとしているのは。
「カケルもアマトと同じで案外馬鹿なのね」
「うぐッ」
今すぐにでも言い返してやりたい所だが反論できるような言葉がない。
「仕方ないからここは私に任せてくれる」
やけに自信満々に言うメル。まぁメルの頭の良さならきっと上手いことを言ってくれるだろう。
だがそんな安心しきったカケルを落とし穴にはめるようにメルは言ってはいけないこと言った。
「こちらのカケルという人はこの世界の神様からこことは別の世界、つまり異世界から遥々この村を発展されるためにきたこの村の英雄的存在でありリーナの婚約者でもあります」
「はっ、ちょっ、おまっ……」
絶対に最後のは言わない方が良かったに決まっている。それにその話は誤解だと説明したはずなのに何故言ったんだ。
「……フフ」
「なっ……」
わざとだ~。あの笑いかたは絶対にわざとだ。メルは単純にこの状況を面白おかしくしていただけだったのか。
早く今のは間違いだと説明しようとしたがそれよりも早く村長の手がカケルの襟を捉えていた。
「どういうことですかカケルさん! 一体いつリリエラーナの婚約者になったのですか!? 私のいない間にリリエラーナに何をしたんですか!」
「ま、待ってくださいお父さん。これには訳が……」
「お父さんだって!? 君にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」
またもや言ってはいけないことを言ってしまったようで襟を掴んだ状態で執拗に何回も前後に揺さぶる。
「お父さんちょっと待ってよ。一旦落ち着いて」
「これが落ち着いていられるものか……大事な娘が知らない男の婚約者に……婚約者に成っていたと知って落ち着いていられるか!」
リーナの言葉も耳に入らないようでまだ前後に揺さぶってくる。
「頼むから……頼むから俺の話を聞いてくれ~!」
心の底から叫ぶカケルを見て笑うメルとアマト。それから数十分後リーナの必死の説得により村長の誤解も解け、カケルとリーナは二人で村の見回りをしていた。
「はぁ~、今日も朝から大変だったぜ」
襟を整え首をぐるりと回す。
「ごめんね。お父さんが朝から迷惑かけて」
「リーナが気にすることじゃねーよ。俺も色々とミスをしたし」
ホント、人間ってのはあの時ああしとけば良かったなの終わってから思い付いてくる物だな。今なら揺さぶられずに上手くいく自信がある。
「ねぇ、カケル。一つ聞きたいことがあるんだけど」
隣を歩いていたリーナが急に立ち止まり、少し先を進んだカケルは振り返り立ち止まる。
「ん? なんだ?」
「カケルは……その……この村を発展させたら元の世界に帰るの?」
「えっ……」
何故、今そのようなことを聞くのか全くリーナの考えていることが分からなかった。
「そりゃあ、まぁ帰るかな。俺もあの世界でやり残したことがあるからな」
「そう……そうだよね。それが普通だよね」
「リーナ?」
下を向きながらか細い声で喋るリーナに何かしらの違和感を抱いたカケルはすぐさまリーナに駆け寄ろうとした。
「なら私、もっと頑張る」
「……はっ?」
顔を上げたリーナの表情はカケルが思っているより明るそうだった。
「カケル。私、これからもっと頑張ってカケルの手伝いをするからね。そしたら早くカケルが元の世界に帰れるからね」
そう言うとリーナはカケルを抜き去りタッタッタと走っていく。
「もしかして、リーナ……」
多分だがリーナはカケルが元の世界に帰れるのが嫌なのかもしれない。何かしらの根拠があるわけではないのだが今のリーナが無理に元気に振る舞っているのだけは分かる。
「さぁ早く村を見て回るよ」
「……待ってくれリーナ。俺は一つだけリーナに言いたいことがあるんだ」
「え、なぁに?」
先で待ってくれるリーナにカケルはゆっくりと歩いていく。
「それで私に言いたいことって?」
今のリーナは無理をしている。その原因が自分だということも分かる。なんで自分が原因なのかはまだよく分からないがそれでもこれだけは言わなければいけない。でないと絶対に後で後悔することになる。
「俺はリーナの事を大切な人だと思っている」
「え……?」
「俺は小さい頃に親も亡くしてるし他に友達といえる人もいない」
そう彼女を除き自分の周りには誰もいないんだ。でも今はそうでもないというのをリーナに伝えたい。
「だからそんな俺の前に現れたリーナは俺にとっての心の拠り所なんだ」
感情が高ぶってきたせいか今、自分が何を言っているのか分からなくなってきた。
「だから……だから……俺は絶対にこの村を発展させてやる。俺の為にも、リーナの為にも。だから村が発展するまでずっと俺の側に居てくれないか」
最後まで言い切り若干息切れを起こしたカケルはスーハーと息を整える。
「カケル……」
ウルッと目を滲ませるリーナを見て何かミスでも犯したかと焦るがリーナは目元を擦るとニコッと笑いながらカケルの胸に飛び付いてきた。
「おととと」
「うん。絶対に発展させようね。私達でこの村を」
「……あぁそうだな。絶対に発展させよう」
後どれくらいで神様が認める村になるかは分からない。それが数ヶ月後かもしれないし数年後かもしれない。でも俺は必ずこの村を発展させなければならない。自分の為にもリーナの為にもそしてこの村の人達の為にも絶対に絶対にだ。
だから俺は異世界で手に入れた等価交換の力で絶対にこの村を発展させてやるんだ。




