勇者と魔法使いとの決闘
「おい早くユニコーンを出せッ! この村にいるのは分かってんだよッ!」
「だから何度も言うようにこの村にはユニコーンなんて居ねぇよ!」
畑の近くまで移動するとサザンと見知らぬ男が大声を出して揉めていた。
「サザン大丈夫かッ!」
「おぉ~やっと来てくれたか」
こちらに気づいたサザンは安堵の表情とともにこちらに来るよう手招きをしている。
「カケル実は……」
「大丈夫だ。何が起こっているのかは大体後ろの人に聞いているから」
後ろで疲れきって座り込んでいる男性村人を親指で差す。
「それであんたか? ユニコーンを出せとか訳の分からない事を言っているのは」
「訳の分からないって何だよ? そんなのそのまんまの意味に決まってんだろ」
どこぞの不良かと思うぐらいの口の悪い男。身長は俺と同じぐらいなのに妙に大きく感じるのは金色の髪を逆立てているからなのだろうか。眼光の鋭いつり目で全てを威圧する感じなのだが、青いシャツと白いズボンを着ており、腰には鞘に収まった剣が付いたベルトを巻き、太股まである長い赤いマントを着けと態度があれで物騒な物を持っているわりにらきっちりとした格好をしていた。
「いいから早くユニコーンを出せよッ! でないと力ずくで、グフッ!?」
男が柄に手を伸ばそうとしたと同時に隣にいた女性が男のみぞにエルボーをいれる。
「て、テメェいきなり何をしやがる」
どうやらかなり強烈なエルボーだったようで男は苦痛に顔を歪め、お腹を押さえている。
「一回黙ってて。……すみません、こいつの口が悪いせいで嫌な思いをさせてしまって」
女性は淡々とだが礼儀正しい言葉遣いで謝罪をすると、ペコリと頭を下げる。
「えっ、いや、まぁ大丈夫だよそんなに傷付いてないから」
「そうですか。それならいいのですが」
頭を上げた女性の顔を見たときどこか見覚えのある顔をしていた。
「どうしたのですか?」
「う~ん……もしかしてなんだけど君、昨日タオル買いに来た人?」
「そうですけど……やっと思い出しましたか?」
首を傾げるその仕草を見て完全に思い出した。
彼女は昨日タオルを買いに来た一人でさらにはリュオのことをユニコーンじゃないかと疑っていた一人でもある。
いやそれ以前にこんな魔法使いの格好をした人を簡単に忘れていた自分が恥ずかしい。
「わ、悪い。昨日はいろいろあったからつい……」
「まぁあれだけの客を相手にしていたのですから覚えてないのも無理ないですが……それで話を戻しますけど、この村にいるユニコーンに会わせていただけないでしょうか?」
「昨日も言ったけどあれはユニコーンじゃなくてこの村で加工した角をつけた普通の馬だって」
「それ嘘ですよね」
何故バレたんだとドキッとしてしまうがもしかしたらただのはったりの可能性もある。ここは平常心を保ちボロをだしてはいけない。
「嘘じゃないって。そもそもユニコーンがこんな村にいるなんておかしな話じゃないか」
「ですがあの馬、人語で話していませんでしたか?」
「……えっ?」
想定外だ。まさかリーナだけでなく彼女もユニコーンの声が聞こえるなんて。
「それにあの馬からはただならぬ魔力を感じました。あれほどの魔力を普通の馬が発してるなんておかしいですよね」
「ウグッ」
魔力のことを言われた所でカケルにはそれを感じる術がないからさっぱりだが、彼女が本当に本物の魔法使いならば魔力とやらを感じることが出来てもおかしくはないだろう。
「ということだ。だから早くユニコーンを出せよ」
ようやく痛みが引いたのか、カケルがピンチになっからかは分からないが男の方も加わり状況がどんどん苦しくなっていく。
「それでユニコーンに会わせてくれますか?」
「……」
もし来客したのが彼女だけならリュオに会わせていたかもしれないが隣にいる男のせいでリュオを会わせてもいいのだろうかと躊躇ってしまう。
「それで会わせてくれるのですか?」
こうなればここはひたすら居ないと言い続けて、隙を見て後ろで疲れている男性村人にリュオを連れてどこか行くようリーナに伝えてもらうしか方法はない。
「はっきり言うけどこな村にはユニコーンなんて……」
「カケルー!」
「ん? ……なッ!?」
急に呼ばれ一体誰がと思い振り返ると、リュオを連れたリーナが笑顔でこちらに手を振っていた。
「あれは……」
「ユニコーン」
最悪だ。まさか本当にリーナがリュオを連れて出歩いていたなんて……しかもよりにもよってこのタイミングで。
リーナはこちらの事情も知らずにゆっくりとだが確実にこちらに近づいてくる。
この二人にもバッチリとリュオを見られた。今更どんな言葉で繕っても誤魔化すことはもう出来ないだろう。
「……ハァ、何で物事はいつも良くない方向にいくんだよ」
「カケルーって、その人達は?」
「リュオに会いに来た人達だよ」
「リュオに?」
怒気の含んだ言い方をしたつもりなのだが、リーナにはそれは伝わっておらず、何故この人達がリュオに会いに来たのか分かっていないようだ。
「すみません」
「はい何でしょうか?」
リーナ達が現れてから黙っていた魔法使いの女性はここぞというタイミングでリーナに話しかけてきた。
「この馬ってユニコーンなんですか?」
予想通りの質問だ。ここでカケルが口を挟めばリュオの正体がユニコーンだと肯定する形にしかならない。だからここはリーナに任せるしかないから心の中で否定しろ否定しろ否定しろ、と念を送る。
「はいそうですよ。でも名前はリュオって言うんですよ」
ビックリするぐらいあっさりとユニコーンだと肯定してしまった。
「へぇ~そうなんですか~リュオって言うんですね。とてもいい名前だと思います」
「エヘヘ、ありがとうございます」
リュオの名前を褒められて嬉しそうにするリーナ。
そんなリーナの頭を一回どついて怒りたかったが今はそんなことをしている場合ではない。
この魔法使いの女性はともかく、隣の男がリュオを見て何をするか分かったもんじゃないからだ。
「ねぇ念願のユニコーンに会えたけどさっきから何で黙っているの? もしかして感動して声が出ないとか?」
やはりユニコーンに会いたかったのはこの魔法使いの女性でなく男の方だったのだが、ユニコーンを見ても目を見開いて黙ったままだ。
「……しい」
「えっ? 今なんて言った?」
「美しい。なんて美しいんだ!」
「本当ですか! 良かったねリュオ。美しいって言われたよ」
だがリュオは全く喜んでなかった。それは明らかに男がリュオでなくリーナに向かって美しいと言ったからだ。
「違う! 美しいのはお前だッ!」
「……えっ! 私ですか!?」
「あぁそうだ。お前ほど美しい女を見たのは初めてだ」
「そ、そんなことないですよォ~」
口では否定していたが、顔は嬉しさのあまり少しニヤけていた。
「あの、褒めてくれてありがとうございます。……えっと……そういえば名前をまだ聞いていませんでしたね」
「ムッ、そういえばそうだな。こんな美しい女性を前にまだ名前を名乗っていないとは」
鬱陶しいとしか言い様のない男のしゃべり方にイライラするカケルだが相手が剣を持っているためへたに文句を言えない。
「俺様の名はアマト・カロッサ。偉大なる勇者アマトだッ!!」
勇者と聞いた瞬間、イライラがどっかに消え失せてしまった。それはこいつが前にリーナの話していた魔王と互角に戦った勇者なのかと疑ったからだ。
だが風貌やあの自信満々の態度を見ると勇者と言われても妙に納得してしまう部分がある。
「信じられないのも無理ありませんが本当にこいつが勇者なんです」
「えっ、あ、そうなんだ」
まるで考えていたことを読まれたかのように隣の女性がカケルの疑問を口に出す前に答えてくれた。
「言い遅れましたが私は世界でたった一人にしか与えられない大魔法使いの称号を持つ天才魔導師メルルルカ・リルルルカ・ルルリリカです」
まるで何かの呪文のように喋りだした女性の名前を不意打ち過ぎて全く聞き取れなかった。
「ごめんもう一回言ってくれないか?」
「私からもお願い」
「仕方ないですね。今度はちゃんと聞いといてくださいよ。私の名前はメルルルカ・リルルイタッ!」
名乗りよる途中で、アマトのチョップが女性の脳天に直撃した。
「お前は名前が長いんだから略称の方を名乗れといつも言っているだろ」
「でもだからと言って喋りよる途中で叩かないでよ。舌噛むかもしれないし、なによりアマトみたいに馬鹿になったら困るし……」
「なんだとッ! ……くッ、まぁ今回は大目に見といてやる」
「それはどうも」
叩かれたことによりずれた帽子をかぶり直すと再び名前を言い出す。
「えーっと、私は名前が長いのでメルと気安く呼んでください」
「あ、あぁ分かったよ」
「じゃあ次は私達の番だね。私は村長の娘でリリエラーナ・ハルヒュームです。みんなからはリーナと呼ばれています」
「次は俺だな。俺は……」
「リーナというのか。とてもいい名前だな」
次は自分の番だと思い、喋ろうとしたのだがアマトがわざとらしく大きな声で話出すものだから自分の声がかき消されてしまった。
「ありがとうございます。そのアマトって名前もとても良いと思います」
「見た目といい、名前といい、性格といい実に完璧な女性だ。よし、これなら俺様の嫁に相応しいな」
カケルは今こいつがなんて言ったか分からなかった。
聞き間違いでなければ俺様の嫁にと言っていた気がする。
「えっ? 今なんて言いましたか?」
恐らくリーナも聞こえてはいたはずだが、何かの間違いだと思って聞き直しているのだろう。
「聞こえなかったか。なら今度はもっと分かりやすくハッキリと言ってやろう。リーナよ俺様の嫁になれッ!」
「えっ?」
「「エエェェーーッ!」」
いきなりのことでリーナだけでなくカケルまで驚きの声を出してしまった。
「わ、私がアマトの嫁なんて、そんなの無理ですッ!」
「何を嫌がっているんだ。勇者である俺様の嫁になれるのだぞ? むしろ泣いて喜ぶところだぞ」
両手をつぎだし拒絶のポーズをしているリーナにお構い無しにアマトはぐいぐい近づいていく。
「私はまだ結婚だなんて……」
「いいから俺様と一緒に王都に行くぞ!」
早くもしびれを切らしたのか嫌がるリーナの右腕を無理矢理掴み強引に連れていこうとする。
「イタッ!」
「おいやめろっ!」
あまりにも横暴な行いに頭にきたカケルはアマトの手を払い除けるとそのまま守るようにリーナの前に立つ。
「貴様ッ一体何をする!」
「いい加減にしろよッ。嫌がってんだろーがッ!」
「カケル……」
リーナを見るとよほど嫌だったのかそれとも恐かったのか目元に涙を浮かべていた。
「安心しろリーナ。俺が守ってやるから」
「……うん、ありがとう」
リーナは目元の涙を拭うとカケルの服の裾をギュッと握る。
「あらあらとても仲良しのご様子で。これじゃああんたの入る隙なんてないね」
「うぐぐぐぐ。貴様は一体リーナの何なんだッ!!」
そう言われると実際、自分はリーナの何なのかはよく分からない。
別に恋人同士というわけでもないし、幼馴染みとか将来結婚を誓いあった仲でもない。言うなれば異世界に迷い混んだ自分を助けてくれた命の恩人と言ったところだろうか。
でも今ならハッキリと言えることが一つだけある。
「何なんだと言われたからには教えてやるよ。俺は異世界よりこの寂れた村を発展させるために英雄として神様に呼ばれた村上翔!」
ついでだからカケルは名前だけでなくいろいろと言わなくて良いことも言う。
「そしてリーナは俺と一緒にこの村を発展ための大切な……」
ここにきて言うのが恥ずかしいという気持ちがきてしまい黙ってしまったが、ここまできたからにはもう言わないという手はない。だからカケルは叫んだ。
「仲間だッ!」
「パ、婚約者だと……!」
ショックだったのかアマトはその場に両膝をつき項垂れる。
「へぇ~婚約者ねぇ~。しかも異世界人同士で」
カケルはリーナのことを仲間と言ったがそれにしてはみんなの反応に違和感を感じる。
特にメルの言い方が何かおかしい気がする。
確かに異世界人同士だが、仲間になるのに世界なんて関係ないと俺は思っている。
「なぁ、あいつらの反応おかしくないか? 俺、何か変なことでも言ったか?」
後ろにいるリーナにでも意見を聞こうとしたが、リーナは何故か顔を真っ赤にし両手を頬に当てていた。
「カ、カケルと婚約者だなんて……確かにカケルとは一つ屋根の下で生活してるし、毎日ご飯も作ってあげてるし、同じ部屋で寝ていたけど……まさかカケルが私のことを婚約者だと思っていたなんて……」
凄い照れながらも流暢に喋るリーナはいつもと様子が違った。
「あれ? リーナも一体どうしたんだ?」
「仲が良いとは思っていたが、まさかそこまでの仲になっていようとはなぁ」
「これが若さなのでしょうか?」
横では腕を組み何か納得しているサザンと羨ましそうな目でこちらを見る男性村人。
「サザンまで一体どうしたんだよ」
問い掛けても誰も答えてくれる人はいなかった。
「あららァ~、残念だったねアマト。既にリーナはカケルの嫁らしいよ」
「ハァ!?」
ツンツンとアマトの頭をつつくメルの言ったことにカケルは驚きの声を上げる。
「リーナが俺の嫁って……俺はリーナのことを仲間と言っただけで……」
そこまで言うとカケルは一つとんでもない間違いを起こしていたことに今更ながら気づいた。
それはこの世界でいう仲間とは、全く別の意味としてとらわれるということだ。
そうみんなの反応を見る限り、この世界の仲間はたぶん結婚した者同士という意味になるのだろう。ということはつまり……
――俺はこの場にいる全員にリーナと結婚しているんだと叫んだのかッ!!
これでみんなの反応がおかしかったことに理由がつく。
急いで弁明の言葉を並べなければこの状況もリーナとの仲も不味いことになる。
「どうする~アマト? これで本当にアマトの入る隙なんて無くなったけど?」
「……さん」
「ん? 何か言った?」
「……るさん。ゆるさんぞ貴様ァ!!」
怒りながら勢いよく立ち上がるアマトはかなり頭にきてるようで身体中がワナワナと震えていた。
「えっ?」
「ヒィッ!」
「貴様ァ、身の程も知らずに俺様からリーナを奪っただけでなく英雄だと……それだけでなく神の名まで使いおってェ!」
急に怒り暴言を吐くアマトだが何に対して怒っているのかが全く分からない。
名乗るときに英雄と言った記憶はある。つい調子に乗って口走ってしまったことだが、後の二つに関してはさっぱりだ。
リーナは元々誰のものでもないし、それに自分がいつ神の名を言ったか心当たりがない。いやもしかしてアマトが勝手にカケルの苗字の村上ではなく村神だと“かみ違い”をした可能性がある。
「おい待て、少し落ち着けって。お前はいろいろと誤解しているし勘違いもしている。だから俺の話を聞いてくれ」
「えーい黙れ黙れッ!! 俺様を愚弄するなッ!!」
駄目だ。完全に聞く耳を持ってくれていない。唯一止めてくれそうなメルも面白がってこの状況を見ているだけだ。
「貴様の態度に完全に頭にきた。カケルッ! 俺様とリーナを賭けて決闘しろ!」
アマトはそう言うと腰の剣を抜き放ち、剣先をカケルの目の前に向けた。
「決闘って……ちょっと待てよ! 俺、剣なんて持ってないしそれに剣自体使ったことが……」
「うるさい黙れッ! つべこべ言わずにやるぞッ!」
アマトはブンッ、ブンッとギリギリ当たらない感じに目の前で剣を振り回す。
これではろくに話も聞いてくれそうにない。でもだからといって決闘したところで死という敗けが見えるため決闘をする気にもならない。
「決闘なんてやる必要なんてないよカケル。もしもカケルの身になにかあったら私……」
後ろでリーナが心配してくれてはいるがこの誤解がある状況では上手く決闘から逃げれる方法が思い付かない。
「おいッ! ボサッと突っ立てねーで早く準備しろよッ!」
今にも斬りかかってきそうだがここで勢いのままに決闘を受けては駄目だ。
こういうときこそ頭を使い、いい案がないか考えるんだ。
――何か無いのかこの状況をどうにかする方法は
この状況ではもう決闘から逃れる方法はもう無いはずだ。ならまず避けなければならないのは剣での決闘。剣が使えないのでは決闘したところで意味がない。
では剣を使わない決闘をすればいい。だが仮に剣以外の決闘をしたところでこちらにはなんのメリットがない。どちらかといえばデメリットの方が大きい。
じゃあこちらにメリットのある条件を出せばそれで良いはずだ。この村の発展に役立つ条件を。
この考えでいくなら後は決闘の方法だが何か良い決闘の方法は無いだろうか。両者にとってハンデのないシンプルな決闘は。
「おい何黙ってんだよッ!」
「アマトが黙れって言ったからじゃない?」
「うるせッ! お前は黙ってろッ!」
「ハイハイ分かりましたよ」
うるさい声が耳に入る中、カケルは考えに考え抜いた結果一つだけ良い決闘方法を思い付いた。
「へへッ、良いぜ決闘してやるよ」
「カケル!?」
「フッ、やっとか。なら早く準備しろッ!」
今すぐにでも始めたい気持ちを露にするアマトだがカケルはそれを焦らすようにアマトの目の枚に手を突き出す。
「ただし決闘するには条件がある」
「あん? 条件だと」
「あぁそうだ。この条件を飲んでくれるなら決闘を受けてやる」
「……聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」
よし、なんとか話を聞いてくれる状況になった。後はこの雰囲気を壊さないように上手く話を進めていかなければならない。
「条件は三つある。一つ目は決闘は俺とお前の一対一の一騎討ちではなく、メルとリーナを入れての二対二でやること」
いきなりのことでアマトとリーナだけでなくサザンらも驚いていたがメルだけは平然としていた。
「えっ!? カケル!?」
「貴様ァ! 男の決闘に女を巻き込むとはどういうつもりだッ!」
「まぁまぁ落ち着いて話を聞けって」
「ぬぅ……」
後ろではリーナがぶつぶつ何か言ってたがアマトが素直に黙ってくれたのでカケルはこのまま話を進めていく。
「二つ目は決闘に勝利した組が負けた組に好きなお願いができること」
「“好きな”とは例えばどういうのだ?」
「例えばアマトらが勝ったとしてアマトはリーナに『俺の嫁になれ』とお願いしてもいいし、俺には『その場で死ね』とか『俺の奴隷になれ』とか何でもお願いしていい。これに関してはメルもそれぞれにお願いが出来る」
「ほぉ……悪くはないな」
「私もそう思うわ」
二人とも良い感じに食い付いてきた。だがさすがにアマトを釣るためとはいえ、例えが悪すぎた気がする。これで本当に負けたら自分だけでなくリーナにまで迷惑を掛けてしまう。
「それで最後の条件は?」
「あ、あぁ三つ目の条件は剣での決闘ではなく、俺の世界で行われる決闘にすること」
「お前の世界の決闘だと……!?」
「へぇ~」
カケルはパチンッと指をならすとサザンの近くにダイニングテーブルと四脚の椅子が現れる。無論これはカケルが等価交換の力で出した物だ。
「な!? 貴様一体何をした!」
「どこからともなく机と椅子が現れた……!」
二人には俺の等価交換のことは話していないため混乱するのは無理ないかもしれないが、今はそれを話しても信じてもらうのに時間が掛かりそうなため後で話すことにする。
「カケル、机と椅子を出して一体どんな決闘をするの?」
「よく聞いてくれた。俺の世界で行う決闘とは……」
リーナが疑問符を浮かべて質問してきたのでカケルは決闘に使う道具を出して決闘の名前を言った。
「このトランプというカードを使って行われる“神経衰弱”だッ!」
「神経衰弱だと……それは一体どんな決闘なんだッ!」
「名前を聞く感じかなり危なそうな気がするけど……」
メルの言う通り名前を聞いただけでは恐ろしそうな名前だが実際はそう恐ろしいものでもない。
「とりあえずルールを説明するから席についてくれないか。もちろんリーナも」
アマトとメルを隣同士に座らせ、その二人に向かい合うようにカケルとリーナも座る。
「さてルールの説明をするけど……この決闘はいたって簡単で俺の世界では三歳ぐらいの子供でもこれで決闘しているからな」
「何ッ! 三歳の子供でもだと!?」
「カケルの世界って相変わらず凄いね」
驚くアマト、感心するリーナ、だが今言ったことのほとんどは嘘だ。
別に三歳ぐらいの子供が神経衰弱をやるのは嘘ではないが決闘のためにやるわけでなく、遊ぶためにやるのだ。
そうこの神経衰弱というゲームはみんなで仲良く遊ぶゲームで、決闘のためのゲームではない。
「じゃあ今から説明するな。まず神経衰弱をするにはこのトランプという一組のカードを用意する」
カケルは先程出したトランプを箱から出し、ジョーカーを含む五十四枚のカードを机の上に広げる。
「これがトランプ……」
「不思議な記号と文字が書かれているけどこれには何か意味があるんですか?」
「記号に関しては今回においては意味はないが文字の方は神経衰弱においてもっとも重要なものだ。まぁ口で言うより見た方が早いか」
カケルは机の上に広げたトランプから二と三のカードを二枚ずつ取り、それを机の真ん中に裏向きにして置く。
「今から俺がやりながら説明するからよーく見といてくれ」
「うん。わかったよ」
向かいにいるアマトとその隣のメルも頷くとカケルは神経衰弱のルール説明を開始した。
「まずはこの五十四枚のトランプを裏向きに散りばめるんだけど今回は説明のため四枚だけを裏向きにしているからな」
ルール説明を分かりやすくするためにカケルは広げられているトランプをまとめ、箱に入れる。
「まず神経衰弱は裏向きに置いてあるカードを二枚めくるんだ」
そう言って適当に二枚めくるとハートの二とダイヤの三だった。
「それで二枚めくって二枚とも同じ数字だったらそのめくったカードを取ることができ、さらにもう一回めくることができる。もし同じ数字じゃなければ裏向きに戻す。あっ数字はこれのことな」
念のため数字がどれなのかを教えるとカードを裏向きにした。
「俺は今回数字が違ったからこれで俺の番は終了し、次の人にめくる権利が移るんだ。今回はアマトの番にするから二枚めくってくれ」
「ん、あぁ分かった」
アマトは先程の説明をふまえてカケルのめくっていないカード一枚をめくるとスペードの三だった。
「たしかこれと同じ数字をめくれば俺がこのカード? を取ることが出来るんだよな」
「あぁそうだぜ」
「ならこれと同じ数字は……これだったか」
アマトは今度はカケルのめくったダイヤの三のカードをめくる。
「これで俺様がこのカードを取ることができたということか?」
「そうその通りだ」
「それでカードを取れたら次の人に移るの?」
「いや。カードを取れた場合、そのまま続けて同じ人がカードをめくることができるんだ」
それを聞くと「ほぅ」とアマトが呟くと残りの裏向きに置いてある二枚のカードをめくりハートの二とクローバーの二をカケルに見せてきた。
「ならこのカードも俺様の物ということか」
「あぁそれで構わない。それでカードが全部無くなったら終了で手元のカードが一番多い人が勝ちってことだ」
一通りルールを説明をし終えたカケルは少し喋り疲れたのでホッと一息をつく。
「これでルールは全部ってこと?」
「ん? あぁ悪いまだ言っていないルールがあったわ」
カケルは危うく忘れかけていたルールを話すべく箱に入れたトランプの中から黒色の道化師の格好をしたイラストと赤色の道化師の格好をしたイラストのカード二枚を取り出してみんなに見せる。
「このカードはジョーカーと言って普通のカードと少し違うんだ」
「違うってどう違うの?」
「まずこの黒色ジョーカーをめくると裏向きに置いてあるカードを全てシャッフルして、赤色ジョーカーをめくると手元のカードが多い人が手元のカードが少ない人のと同じにして除けたカードはシャッフルして裏向きに置くんだ」
ジョーカーについてこう説明しているもこれは実際の神経衰弱のルールではない。いわゆる俺ルールというやつだ。
幼き頃、友達が少なかったカケルにとってトランプはまさしく心の友と言える存在で、よく『始めようトランプゲーム!!』の本を読んで様々なトランプゲームを一人でやっていた。その頃、神経衰弱にかなりハマっていた俺はより面白くなる方法はないかと考えた結果出来たのがこのルールだ。
だがルールを考えたのはいいものの今の今まで誰かと一緒にやることはなくお蔵入りになっていたルールだが、今こうして役にたつときが来たのだ。
「ねぇシャッフルって何?」
「シャッフル? シャッフルっていうのはこうやってカードを切って混ぜ合わせることだよ」
カケルは箱からトランプを全て出し左手でトランプの束を持ち、右手でその束の半分から下を抜き取りそれを束の上に置くという動作を数回繰り返す。
「さてこれで俺の世界の決闘のルール説明を全部終わったけど……どうするアマト。この決闘でいいか?」
「……」
アマトはすぐ答えることなく腕を組み、しばらく考え込む。
「俺的にはこの決闘の方がありがたいんだが……剣での決闘にしてしまえば実力のあるアマトが勝つのは目に見えているんだ。だからせめて平等に互角の戦いにするためにも俺の条件を飲んでくれないか?」
「……」
あえて挑発するように言って無理矢理条件を飲ませようとしたが中々アマトは頷いてくれない。
「私はこの条件を飲んだ方が良いと思うわ。例えアマトの頭が悪くても私がいればこの決闘は大丈夫だと思うわ」
メルはカケルの出した条件に賛成してくれているがアマトはメルの言葉を聞いてもまだ返事をしない。
「それにアマト。この決闘に勝てばリーナは貴方のものになるのよ。こっちが負けたときのデメリットもあるけど……アマトは勇者なんでしょ? ならどんな勝負でも勝てるでしょ?」
「……そうだ俺様は勇者だ。ならどんな勝負にも逃げるわけにはいかないッ! 良いだろう貴様の条件を飲んでやろうではないかッ!!」
ガタッと椅子から立ち上がったアマトはどや顔でカケルに人差し指を指してくる。そしてその隣でメルがアマトに見えないようにこちらに向かってピースをしていた。
――あいつはどっちの味方なんだろう?
だがお陰でアマトが条件を飲んでくれたためここは心の中で感謝をしておこう。
「それじゃあ始めようかお互いな運命を懸けた命懸けの神経衰弱をッ!」
カケルの掛け声とともにアマトも座り、メルや暗かったリーナもヤル気に満ち溢れているように見える。
「じゃあ始める前に簡単な確認な。この決闘は二対二の……つまり俺とリーナ対アマトとメルだがこれは問題ないよな」
「あぁ、いささか不満だがな」
どうやらまだ俺との一対一の勝負を望んでいるらしいが一応そこんとこは割りきってくれている。
「それと二対二だから勝敗は二人の取ったカードの合計が多い方の勝ちな」
「まぁそうでしょうね」
「うぅ……ま、まぁもうみんな大丈夫ってことで、神経衰弱の準備をしますか」
そう言ってカケルはトランプの束を念入りに切るとそのまま机に置かずにリーナに渡す。
「えっ、私も!?」
「あぁ念のためトランプの束はみんなで切ろうよ」
「そ、そう。上手くできるか分からないけど……」
俺から渡されたトランプをぎこちなく切っていくリーナだが三回ぐらい切ったところでトランプの半分をばらまいてしまう。
「あぁ~ッ!!」
――まぁこの展開は予想してたけどこんなに綺麗にばら蒔くとはな
「ご、ごめんね」
リーナは必死に散らばったカードを集めるとカケルはトランプの枚数を数え、全部あることを確認すると今度はメルに渡す。
「ん、次は私の番ね」
「おい、お前もばら蒔いたりするなよ」
「何言ってるのよ私がそんなマヌケなことをするわけ……」
と自信満々にメルがカードを切った瞬間、リーナのばらまいた数を越える枚数をばらまいてしまった。
「言ったそばからやってんじゃねーッ!」
「イタッ! 別にわざとにやったわけじゃないのに頭を叩かないでよ」
「まぁまぁ最初なんだからしょうがないんだからアマトもそう怒んなって」
「チッ! ……ったく」
メルは少し目を潤ませながらカードを集め、そのままアマトに渡す。
「おい、これもーやる必要ないんじゃねーのか」
「んー確かにそうかもな」
二回もばらまいて拾っての作業を繰り返しているのだからアマトの言う通り、新品のトランプも充分シャッフルできているはずだ。
「ならこのままカードを裏向きにしていくか」
アマトの手元に置かれているトランプを取るとカケルは束ごと裏向きにし、両手でワサワサと雑に広げた後、分かりやすくするために八×七の形になるように並べていった。




