極夜の盗賊団
右側を走るのは独特なバンダナを巻き薄切れた服を着ており、黒と青の斑模様をしたサイなのだが虎並のスピードで走る動物とそれに乗る人間の集団。左側は、馬の体格をし牛みたいな顔と模様をした動物に乗っているのは薄汚れた緑色の肌に少し丸い体型をした豚顔の亜人……恐らくオークだと思うがそいつとこの前カケル達を襲ったゴブリンと姿が似ているためゴブリン。つまりゴブリンとオークの集団だ。
どちらも右肩に極夜の盗賊団のマークの刺青があった。
「ヒャッハァー! 久々の狩の時間だぜー!」
「腕がなるぜぇー!」
左右から興奮が抑えられない声が幾つも聞こえてくる。
「おいおいこの走ってる生き物ってユニコーンじゃねぇかぁ!」
「ウオッ! ホントじゃあねーか!」
ユニコーンであるリュオを見てさらにテンションを上げる。
「まさか左右から近づいていたなんて……」
「悪いリーナ。俺がちゃんと周囲の警戒をしていれば」
――そう後ろから来ているのなら横からも来るかもしれないと考えるべきなのに……これは完全に俺のミスだ。
「気にすることないよ。カケルは悪くないよ」
「だ、だけどな」
「後悔するのは後でも出来るんだよカケル。だから今はこの状況を打開する方法を考えないと」
「その台詞ッ!……」
『後悔するのは後からでも出来るの。だから今は後悔するよりも自分に出来ることを考えなきゃ』
今リーナが言った台詞を聞いてカケルは彼女と最初に出逢った時の事を思い出した。自分のミスで周りに迷惑をかけ、落ち込んでいるカケルに声をかけてた彼女は今リーナが言った台詞でカケルを励ましたのだ。
「おい女も居るぜぇ!」
「おっマジじゃん! しかもかなりの上玉じゃん!」
リーナの見た目にさらにテンションを上げる極夜の盗賊団は剣を掲げて「うぉぉおお!」と声を上げていた。
「リーナ……ここはまだ何の法律もない無法地帯なんだよな」
「うん。そうだけど」
「つまりこの王都側の領土にさえ入ればあいつらはもう追ってこれないってことだよな」
「そうだけど。でもまだかなりの距離があるからこのままだと先に捕まっちゃうよ」
それぐらい言われなくても理解している。左右を挟まれ後ろからも接近中。カケル達に出来ることはただ前を走り続けることだけだ。
「今、俺に出来ることか……」
魔法も使えず、馬車の操縦も出来なければ剣を握って戦うことも出来ない。でもそんな自分にでも出来ることがある。
それは神様から貰った等価交換の力と頭を使うことだ。
そして今、出来ることは頭を使うことだ。考えろ。この状況を打破する方法を。絶対に何かあるはずだ。
「ハッハッァァァ! 速くやっちまおうぜぇぇぇ!」
「お先ッ!」
一匹のゴブリンがリュオの動きを止めようと短剣で斬りかかるもそれをリュオは一瞬スピードを上げ交わすと器用に後ろ足でゴブリンを蹴飛ばす。
「ハハッ、ざまぁねぇーなー」
「手柄を一人占めしようとするからだ!」
複数で斬りかかってくるもリュオはさっきと同じように避けながら蹴飛ばしていく。
「リュオその調子よ頑張って」
だが相手の数が圧倒的に多すぎる。このままではリュオの体力が持たない。
速く、速く考えろ。この状況を打破する方法を。
――考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ
後ろから聞こえる足音がどんどん大きくなっていく。あと数分もすれば後ろの集団も追い付くだろう。それよりも速く考え、実行しないとゲームオーバーだ。
――この時、彼女ならどのような手を考えるんだろうか
あの時もいい考えが思い浮かず悩んでたとき彼女が一緒に考えてくれたことでいい手を思い付いたものだ。
だから彼女の考えるかもしれないことも踏まえて考えろ。そうすれば何かきっと方法がある。この盗賊団を撒く方法が――
――いつも彼女は前を向いていた。
下を向くことは決してなく、どんなに失敗してもそれを糧に彼女は笑顔で次のことを考えていた。その姿は凛々しく、だが美しかった。
そんな彼女にカケルは憧れ、自分もそんな人に成れるよう下を向くのを止め今まで読んできた本の知識を頼るようにしてきた。
正直、この世界に来るまでは皆から何故かオタク呼ばわりされてしまい役に立った記憶はあまりないが今はその知識をふんだんに使うときだ。
――今の状況は左右を挟まれ後ろからも接近しているから前に進むしかない
無理にスピードを上げれば振り払えるかもしれないがリュオのことを考えると無理かもしれない。それ以前にリーナがそんなことをするはずがない。
――ならリーナの魔法で左右の先頭集団を攻撃し転倒させて後続全員を動けなするのはどうだろうか?
駄目だ。いくらなんでも左右同時に転ばせるのは無理なはずだ。だからといって片方ずつやればもう片方の集団はこちらの作戦に気づき避けてくるはずだ。
――ならリュオの角から放たれる光線技を使ってあいつらを倒すのはとうだ?
馬鹿か。それを使うには光を溜める時間が必要だ。今のこの状況でそんなことが出来る時間なんてあるわけがない。
――なら武器を等価交換で出して撃退するしか……
だが、きっとそれも駄目なはずだ。出すなら絶対、遠距離攻撃ができる拳銃だがこいつら全員を一発も外さず、確実に当てるなんて素人のカケルにそんな芸当は出来ない。
――こうなれば発想を変えた方が良いのだろうか? あいつらの乗る生き物を車なんかの別の物に置き換えて考えるとか……車?
カケルはある可能性を思い付き急いで左右を走る極夜の盗賊団の乗る生き物の足を確認した。
「なぁリーナ」
「な、何?」
「あいつらの乗る生き物ってリュオより強いのか?」
「えっ? んーたぶんリュオの方が上だと思うよ。リュオっていうかユニコーンはかなり上位の種族だから」
それを聞いた俺カケルは今度は後ろの集団の距離を確認する。
じわじわ詰められてはいるがこの距離でならやれるかもしれない。
「リーナッ! リュオに走りながら光線を放つための光を溜めれるか聞いてみてくれ!」
「えっ? う、うん分かった。リュオ! 走りながら光線を放つための光って溜めれる?」
リュオは一度、リーナの方を見るとまた前を向いた。
「『撃つのは止まらないと無理だが溜めることだけなら出来る』だって」
「そうか! それならいけるかもしれない」
移動式屋台とリュオをつなぐ部分は木製。ならリーナの魔法で焼き切ることが出来るはずだ。
カケルは等価交換で木の杭と金槌を出すと自分とリーナの間に木の杭を打ち込んでいく。
「何してるのカケル!?」
「リーナ今から俺の言うことをよーく聞いてくれ」
カケルのとった行動にはてなマークを浮かべるリーナにカケルは耳元でボソボソと作戦を伝えた。
「……確かにそらなら何とかなるかも」
「タイミングは俺が言うから二人は準備をしていてくれないか」
「分かった。リュオお願い角に光を溜めて!」
リーナにそう指示されたリュオはヒヒ~ンと高らかに鳴くと角に光が集まりだした。
「おいおいおいおい、あのユニコーンの角を見ろよ! ちょー輝いているぜぇ!」
「オッ! ならあの角を叩き折ればかなりの金になるんじゃねーかー!」
よし! 幸いあいつらはユニコーンについてそんなに詳しくないようで角に光を溜めている行為を何か勘違いしている。
前回ゴブリンに使った時の溜めた時間を考えればそんなに溜める時間は長くないはずだ。
落ち着けよ。リュオの動きを周りの動きをよく見るんだ。彼女ならきっと冷静にやるはずだ。
気づけば金槌を握るカケルの右手は震えていた。必死に震えを止めようとしたが中々治まらなかった。
「くそッ! こんなときに何ビビってんだよ俺は」
震えを止めるためにカケルは何度も右手を床に叩きつける。
――止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!
思いっきり叩きつけようとしたときリーナの左手がカケルの右手を掴んだ。
「駄目だよカケル。そんなことをしてたら手が壊れちゃうよ」
「リーナ……」
リーナの顔を見ると余計に震えが止まらなかった。
きっとカケルは恐れているんだろう。この作戦が失敗してリーナを失うのが。
「カケルそんなに怯えなくても大丈夫だよ。私がこうやって貴方の隣に居るんだから」
――何やってるんだろうな俺は。俺は一人では何も出来ないんだ。だけど俺が出来ないことはリーナができる。逆にリーナが出来ないことは俺ができる。俺達は常に対等な存在なんだ
そう思っているといつのまにか右手の震えは止まっていた。
「ありがとうリーナ。もう大丈夫だよ」
「フフ、そのようだね」
スッと手を離すとリーナは極夜の盗賊団に気づかれないように魔法の準備を始める。
「よしチャンスは一度きりだ。絶対に成功させてやるぞリーナ!」
「もちろんだよカケル!」
信じるんだリュオをリーナを、そして自分自身を。
自分に渇を入れ、リーナの方を見る。
「今から三秒カウントするから」
「分かった」
「三ッ!」
作戦の内容は完璧のはずだ。問題はあいつらの乗る生き物が“あれ”にどれだけ耐えれるかが唯一の懸念点といったところか。
「二ッ!」
手順はリュオも把握している。後ろとの距離も大丈夫だ。念のため、リュオと移動式屋台の繋ぎの部分も壊れやすいように金槌で傷めている。
「一ッ!」
後必要なのは絶対に成功させてやるという気持ち。そして、ここを退けて必ず王都に辿り着くんだ。俺ら二人と一匹が力を合わせれば出来る。絶対にだッ!
「ゼロッ!」
「リュオ止まって!」
リーナは勢いよく手綱を引っ張りリュオに止めるよう指示をする。
リュオは走るのを止めズザザッと急ブレーキする。
「なッ!」
「なにッ~!」
いきなり止まるリュオについていけず左右の極夜の盗賊団は揉みくちゃになりながらカケル達の前に転げていく。
「よしッ!」
これがカケルの狙っていたものだ。車が急には止まれないように、スピードを上げていきなり止まればそれについていけずに転げると思っていたんだ。
「リーナ、リュオ後は任せたぞ!」
「任されたよ。はああぁぁぁあ!」
リーナは手綱を放すと右掌に出した炎を移動式屋台の繋ぎにぶつけ、破壊することでリュオを自由にする。
「リュオ後はお願い!」
「ブルスゥァァァアアアア!!」
リュオは今まで角に溜めてきた光を目の前で揉みくちゃになっている極夜の盗賊団目掛けて横一線に凪ぎ払うように放つ。
「やべーやべーやべーやべー!」
「うわぁぁぁああああ!!」
辺りに土煙が舞い極夜の盗賊団がやられたかとうかは分からないが今はそれを確認している暇はない。
リュオは僅かに角に光を残すと移動式屋台の後ろまで移動し残った光を全て使いきるかのように後方で追い掛けてくる極夜の盗賊団に目掛けて放つ。
「何か来るぞ!」
「速くよけ――」
リーダー格なのか素早くリュオの攻撃に反応し、避けるよう指示するがそれよりも速くリュオの放った光線が辿り着いた。
「わぁぁあああ!」
「ぎゃぁぁあああ!」
悲鳴が聞こえるもちゃんと全員に当たったかどうかは分からないがかなりの土煙が出てきている。これなら生き残りがいたとしてもカケル達の姿を捉えることは出来ないはずだ。
「リュオ戻ってこい!」
「ブルッ!」
リュオはカケル達の所まで戻ってき、カケルは素早く移動式屋台から降り手綱を持つとそのまま打ち付けた木の杭に引っ掛け、再び御者台に乗り、リーナと一緒に手綱を握る。
「いいよリュオ、そのまま右斜め前に走って!」
「ヒヒ~ン!」
リュオはゆったりと動きだしどんどん加速していく。木の杭はかなり深くに埋め込んだがここでとれるわけにはいかないから必死に手綱を握る。
土煙で周りがよく見えないなか、リーナの指示のもと王都側の領土目掛けて走り続けた。
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あれから十分ぐらい走り続けただろうか。辺りは綺麗な草原だけで、どこにも変な生き物に乗った盗賊の姿は見えなかった。
つまりカケル達は完全にあいつらを撒くことが出来たのだろうか。いや油断しては駄目だ。こういうときこそ気を引き締めて辺りを警戒しないといけないのだ。
「リュオ、もう止まっていいよ」
リーナは周りをキョロキョロと見ると扱いにくい固定された手綱でリュオに止まるよう合図する。リュオも先程の急ブレーキではなく徐々にスピードを落としてその場に止まる。
「止まったってことはもしかして……!」
「そうだよ、ここは王都側の領土だよ。私達逃げ切れたんだよ」
目元にうっすらと涙を浮かべながら笑うリーナを見ると本当に逃げ切れたのかという実感が沸き上がってくる。
「やったんだ、俺達は逃げ切れたんだ。……んんー、よっしゃぁああー!」
カケルは嬉しさのあまり御者台に立ち上がり、天に向かって吠えた。それはまるで神様に俺はやってやったぞとアピールするかのように。
「ありがとうカケル! カケルのお陰で助かったよ!」
「うわっ! ちょっ!」
ガバッと勢いよく抱きついてくるリーナだったが勢いが強すぎて御者台から背中から落ちてしまう。
「いてて……」
「ご、ごめん。背中大丈夫?」
「ちょっと痛いが大丈夫問題ない」
――まあ落ちたとこよりも抱きつかれた方が一番驚いたけど。やっぱ一番想定外の行動をするのはリーナだな
「ホントにありがとね、カケル」
「別に俺は作戦を考えただけだよ。リーナとリュオがいなければ逃げ切るなんて不可能だったよ」
そう、カケルがやったのは作戦を立てただけだ。リーナの魔法が有ったから簡単にリュオを自由に出来たし、リュオがいたからあいつらに反撃し逃げ切ることが出来たんだ。
「ううん。カケルが居たからこそ私達は逃げ切れたんだよ」
「えっ?」
「だって私にはあんな作戦考えることなんて出来なかったもん。だからカケルのお陰だよ」
何だろう。こうして屈託のない笑顔で本音を聞くのはこれほど照れるものとは思わなかった。
「う、うん。そう言ってくれると嬉しいよ」
カケルは恥ずかしさのあまり目線を逸らして右頬を人差し指でかく。
「何で照れてるの?」
目線を逸らしているのに無理矢理目線を合わせようとリーナが覗き込んでくる。
「別に照れてねぇーよ!」
「絶対嘘だ! だって顔が赤いもん」
今ここに鏡がないから自分の顔が今どうなっているのか分からないが、たぶんリーナの言う通り赤いのだろう。タコのように。
「いや、赤くなってねぇーし」
自分でも分かっている。顔が赤いことは。でもここは男のプライドとして認めるわけにはいかなかった。
「赤いって! ねぇリュオもそう思うよね」
「ブルッフッ!」
「ほらリュオも赤いって言ってる!」
――二対一はずるいぞ。だがここまでしらばっくれてきたんだこのまましらを切り通す
「俺はぜっ・た・い・に赤くなってねぇー!!」
「ぜっ・た・い・に赤いよ!」
「ヒヒ~ン!」
こんなくだらないやり取りを数十分続けた後、カケル達は移動式屋台を軽く修理すると再び王都に向けて走り出した。




