プロローグ
――さすがにこれは死ぬわ
彼は今日、大学の合格発表で無事、第一志望だった大学を合格した。そしてこれから公園で待ち合わせをしているその大学に通う絶賛片想い中の二つ上の女性に告白するはず予定だったのだがちょっとした間違いで彼は不幸な目に遭おうとしている。
それは彼が公園に行きよる途中でトラックに轢かれそうな小さな女の子を押し退け助けたら、彼自身が轢かれる直前になったのだ。
だがどんなに後悔しようがトラックは止まることなく突っ込んでくる。
――ああ先立つ不幸をお許しください。お父さん、お母さん今そちらに向かいます
目をつむると走馬灯のように十八年間の記憶が蘇ってくる。
思えば人に文句を言われ、邪魔物扱いされ極々一部の人にしか感謝されない人生だった。
――辛くも楽しい十八年間だったな
懐かしい思い出を心に刻みトラックに轢かれる覚悟が出来た。来るなら来い俺はもう惨めな悪足掻きはしないぞと心で叫ぶが一向にトラックにぶつかった感じがしなかった。
――あれ何でまだ轢かれないんだ。もしかしてトラックのブレーキが間に合ったのか? それとも俺の思考が加速しているのか?
もしブレーキが間に合っていたのなら自分はまだ地面に座り込んで生きているかもしれないと思い、目を開けると彼はいつのまにか真っ白い空間で浮いていた。
「あれここはどこだ。さっきまで俺は道路の真ん中にいて……はっ! もしかして俺が気づいてないだけで既にトラックに轢かれててあの世という場所に来てしまったのか!」
右も左もよく分からないこの場所で、自分がこの後どうなるんだろうと不安になっていると何処からか人の声が聞こえてきた。
「村上翔平成九年九月十日生まれの十八歳」
急に名前を呼ばれ声の方を向くと白い衣を着た少年が宙に座りながら履歴書みたいな物を読んでいる。
「血液型はA型、趣味は料理と読書(ジャンルは問わず)で文系は強いが理数系がやや苦手。運動神経は平均で中高でサッカーをやっており、コンビニでバイト経験あり。女性と付き合ったことはないため童貞か~」
「まてまてまてまてそれ以上その紙を読むな! 俺が恥ずかしい思いをする!」
少年に近づき手に持つ紙を奪おうと手を伸ばしたがヒラリと避けられる。
「無作為に選んだわりには中々いい人が当たったな~」
彼の姿が見えていないのか、先程のやりとりがまるで無かったかのように少年は紙を見ながらニヤニヤ笑っている。
「ん~何々。フムフム……大学に合格し片想いの子に告白しようとしたが小さな女の子の代わりにトラックに轢かれるか……ますますいいね~、この偽善者っぷりが」
「誰が偽善者だ! って今はそんなのどうでもいい、お前は誰なんだよ。それにここはどこだ。そしてなんでその紙に俺のことが書いてるんだよ!」
やっと紙から視線を外し自分の方を見る少年はとてもの顔立ちがよく、子供っぽい見た目の割には何処か大人びた雰囲気をしており、短めの白髪と相まってこの世の者とは思えない存在感を出していた。
「ごめんね。君に関する書類を読んでいたからつい」
手に持つ書類をバサッーと捨てると少年ゆったりと立ち上がる。
「自己紹介がまだだったね。僕の名前はヒメラギ、神様をやっています」
「神様!?」
自分のことを神様と言うヒメラギは胸を張りどや顔をしている。その仕草は見た目相応、子供っぽいが神様のとる仕草ではない。
「それでこの場所は僕の部屋みたいなところかな」
「ここが部屋?」
もう一度辺りを見渡すが何もないただの殺風景な白い空間だ。おもむろに手を伸ばしてみるがもちろん壁など無く、この空間は何処までも広がっている感じがする。
「それでなんで俺はこんな所にいるんだよ。俺はトラックに轢かれてるはずじゃ……」
そう言うとトラックに轢かれる直前のシーンがフラッシュバックし、咄嗟に頭を抑える。
「そんなに怒らないでよ。僕は君を助けてあげたんだから」
「どういうことだ?」
「本来あのトラックに轢かれて死ぬはずだった君を僕がトラックに轢かれる直前にこの空間に呼んだんだよ」
「だから俺はまだ生きてるのか」
試しに自分の体をつねってみたらとても痛く、ヒリヒリする。
「いって~、どうやら本当にまだ生きているみたいだな。なら俺を早く元の場所に戻してくれ! 俺にはまだやるべきことがあるんだ!」
「うーん。それは無理かな」
「な、何でだよ!」
怒りでカッとなってヒメラギの胸ぐらを掴もうとしたがそのまま腕を捕まれて軽々と投げ飛ばされてしまった。
「うわっ!?」
あの細い体にどんな力があるのだろうか、カケルを投げ飛ばしたヒメラギは、まるで紙くずをゴミ箱に投げ捨てた後のような感じで涼しげな顔をしている。
「一応これでも神様なんだからそれなりの礼儀は守ってよ」
「けど……」
「まずは話を聞いてよ。君をここに呼んだのは頼みたいことがあるからなんだ」
「頼みたいこと?」
立ち上がりヒメラギの顔を見ると先程の笑い顔と違い困っている顔をしている。
「君に別世界の村を救ってほしいんだ」
「えっ、はっ?」
全くもって訳の分からない話だ。変な空間に連れてこられたあげく、神様というやつに投げ飛ばされカケルの頭は混乱続きなのに別世界を救ってくれだなんて思考がついていけそうにない。
「もちろんただでとは言わないよ。救ってくれたら君を元いた場所に戻してあげるし、願いを一つ叶えたっていい」
「それはホントか?」
「もちろんだよ。神様が嘘つくわけないでしょ」
確かに自分をここに連れてきた神様なら、元の場所に戻すのなんて雑作もないだろうしカケルにとっても願いを一つ叶えてくれるのは喜ばしいことだ。
だが――。
「願いってなんでもいいのか」
「うんもちろんだよ。君を億万長者にもできるし、片想いの子と永遠に結ばれるようにすることだってできる。やろうと思えば君の両親だって生き返らせることもできるよ」
無造作にばらまかれているあの書類は本当にカケルのことを何でも書いているようで、まさか幼い頃に交通事故で亡くなった両親のことも知っているとは思ってなかった。だがそれを聞いて答えは決まった。
「いいぜやってやる」
「ホントに!」
両手を合わせ嬉しそうにヒメラギはこちらを見てくる。
「ああ、よくよく考えてみれば神様のおかげで死なずにいられるんだから頼みごとの一つや二つ聞かなきゃバチが当たりそうだしな」
「そう言ってくれると助かるよ」
さっきまでの困った顔が演技だったのように表情と態度を変えるヒメラギを見ると自分の決意が揺らぎそうだ。
「あ、後、願いを一つ叶える話だけどよ」
「何?」
「別に俺を元の場所に戻してくれるだけでいいから別に願いを叶えなくてもいいぜ」
「えっ! ホントにいいの? こんなチャンス滅多にないと思うけど」
自分でも馬鹿なことを言っているとは思っている。
「別に金に困っているわけでもないし、人の気持ちを操作した状態で告白するのも嫌だし、なにより死んだ人間を生き返らすのはやってはいけないことだと思うんだ」
ポカーンと口を開けて驚いていたヒメラギだったがクスクスと笑い出す。
「君は最高だよ。そんなことをいう人間はそうはいないよ」
神様であるヒメラギにそう言ってもらえると何だか嬉しくなってくる。でも自己満足のためにそう言ったわけではない。間違いなく事実を言ったつもりだ。
そんな事を頭の中で考えていたらヒメラギが目の前まで来てニィと口角を上げ、指を一本立てた。
「そんな君に僕から一つプレゼント。君に特別な力を一つ与えてあげるよ」
「ホントか! マジでマジで!」
「ああ大マジさ」
サプライズみたいに言われたプレゼントにカケルは心の底から喜んだ。正直やるとは言ったものの手ぶらでは心細かったため一つでも戦力になるものが手には入るのは嬉しいことだ。
「それでどんな力なんだ」
「それは着いてからのお楽しみってことで」
パチンと指を鳴らすとカケルの足元に大きな穴が開いた。
「えっ?」
重力を無視して浮いていたはずなのに急に身体中に強烈な重力が襲いカケルは穴に落ちてしまった。
「えーーーー!」
「君の活躍を遠くで見守ってるから頑張ってね~。後、願い事だけど気が変わったらいつでも言っていいからね~」
顔を覗かしながら手を振るヒメラギがどんどん小さくなっていき、気付けば自分は空にいた。
「えっ空!? 嘘だろ」
下を見ると辺り一面荒野が広がっている。
「本当に異世界に来たのか俺は」
だが冷静に考えるとカケルは今からこの硬そうな地面に衝突するわけで……。
――あれこれ死ぬんじゃね。
「おい神様これはどういうことだよー!!」
天に向かって叫ぶがカケルの叫び声は地面の衝突音のせいでかき消されてしまった。