第八話 夏休みの間の日曜日のご褒美感について その1
「오빠, 일어나세요〜.(訳:お兄ちゃん〜、起きてよー)」
「眠い、寝かせて」
「못 알아 들으요. 적어도 중국어로 말하세요.(訳:聞き取れないよ〜。せめて中国語にして)」
今日は日曜日。夏休みの間の日曜日ってご褒美感がない。毎日が休みだと、そうなるのも当たり前だ。
「이 새끼. 시끄러워!(訳:このチビめ。うるさい)」
もっとも、夏休みとはいっても、毎日のように学校に行っていると、日曜日がたまらなく恋しくなる。それなのに朝の五時半から起こされては敵わない。
だってもなにも、色々ありすぎて既に四徹していたからだ。どこぞの天才ゲーマー兄妹じゃあるまいし、五徹は出来ない。いや、ゲーム以外もやっていたけど、寧ろ殆どが逃避行だったというか。
取り敢えず声も涸れているし、目も痛いし、背中に血は溜まっているし、肌荒れも酷い。あと十時間は寝たい。
こうしている間にも、妹はあれこれ朝ご飯にあれ作ってだの、これ作ってだの注文をしてくる。エゴマ、冷麺、호박、김치、っておーい、韓国関連のもの多くない? あと、호박ってズッキーニなの南瓜なの?
「오빠〜.(訳:お兄ちゃんってば〜)」
これは一旦料理して二度寝した方がよろしい気がしてきた。
「明白了! 这小不点儿,给你作特别辣的凉面吧。(訳:ああもう分かったよ、辛い冷麺ね!)」
「谢谢你哥哥。(訳:ありがとう!)」
折角の日曜日なのに、眠れないだなんて、甚だ不本意なもんだ。
さて、四徹とは言ったが、普通のゲーマーであってもそんなことはしない。やる人はやるくらい。まして一般人なら、仕事が正念場だったり修羅場っている以外では、滅多にはやらないだろう。いやまあ、何かから逃げるというのは修羅場くらいだけども。
一徹。これはよくする。今回も平野会長にくすねられたセレン・ティアーゼの奪還シミュレーションをしていた。それだけならまだ良かった。
徹夜明けの朝に急に電話がかかってきた。誰だろうか全く見当も付かなかったけど、取らないわけにはいかない。慣れた頭痛を心地よく感じながらも不機嫌な声で、
「もしもし、渡良瀬光莉です。用事を手短にお願いします」
「……」
普通にまずいわな。先方も驚くに決まっている。
「すみません、ちょっと寝不足なものでして」
寝不足どころか、全く寝ていないじゃんというツッコミは無視する。
「あ、あーなるほど。えっと光莉先輩ですか?」
ふむ。これは声からして馨かな。大方、クラッキングして電番を調べ上げたのだろう。恐ろしい奴。
「いかにも。お前さんは馨かな。何かの急用?」
「いえ、そのちょっと声を聞きたくなりまして」
「はいダウト! 知り合って日の浅いお前さんが、わざわざクラッキングして電番調べてそんなことする訳がない」
「あっはは〜」
気まずそうに笑うがそれには誤摩化されない。絶対にクラッキング行為に及ぶほどの何かがあった筈だ。ストーカー気質ではなさそうだから、先日の学校でのことだろうな。
因みに、お姉ちゃんはその後すぐに警察の方に聞き込みをされたらしい。自分よりも早く家に帰っていたのも、路線バスで帰ったからだった。あの日は流石のお姉ちゃんも家事に手を付けられず、代わりにしたけど妙に甘えてきた。六年くらい前はよく甘えてきたなー、最近は甘えてこないから成長したなーとか思ったらこれだった。小さな感動を返せ。てか双子に甘えてくるのはどうなの。
警察の方は何やら奇妙で不可解な事件として、色々追っているらしい。貫通銃創はあるものの、肝心の弾丸が見つからない。
学校は平常通り講座も開かれる。
にしても、何の話だろう。気絶していた前の記憶がどうも曖昧になっている。スレムとか言う地球外生命体(生命体?)のことは知らない筈だし、もし知っていたなら、何故あの場で話さなかったのか気になる。その話だとしたら、その後で知ったのか……。でもなぜ? どうして? がおがおぶー! てかそれしか思いつかない。東風平先生の銃撃現場を見ていた訳じゃなさそうだしな。訊くかな。
「もしかしての話をするぞ。スレムのことなのか?」
「…………」
いや、何の沈黙なんだよ。当たったのかよ。
「おーい。おーい、お茶!」
「先輩って……」
あ、やっと返事きた。
「何じゃらほいな」
「いえ、どうして馨が今から言おうとしていたことを、って言うのも変か。光莉先輩だし。取り敢えずそのことで電話差し上げた次第です!」
おい、自分だから何でも見通せるような感じで言うな。そんなことは全くないからな。はぁ。変な勘は当たってしまった。どういう経緯で二人が知り合ったのかは知らないけど、その話に繋がるんだな?
「んじゃ、何を聞かされたん?」
なるべく睡眠不足の不機嫌さが伝わらないように訊くと、
「えっと、驚かないでくれますか?」
何やら前置きされた。ふむん?
「いや、ものによっては派手に驚くけど、声には出さないよ?」
「……、まあいいかな。馨はどうやら吸血鬼らしいんです」
そーなのかー。って実に反応に困るな。まあ、合点はいった。そんなの聞いて、平常心を保てるのであれば、それこそ人外だが。
「んじゃ一つ訊こう。自分が吸血鬼だと示すようなことが、今までに何かの形で体感したり指摘されたりしたことはあったの?」
「…………?」
困惑しているようだ。
質問の意図が伝わらなかったらしい。
「あー、言い換えるよ。どうやって分かったの? どうして?」
答えて曰く。
「 こんな感じだよ! ほら、さっと藹気を通したら、耳が尖っちゃいます! 」
「おい、お前はお呼びじゃないぞ、スレム」
どこから乱入してきたし、お前さん。
「――!! スレムさん?! どうして!?」
は? さん付けなの!?
「 どうしてって、そりゃ話の潤滑油だから? とにかく誤解のないように言葉は伝えないとね。 この恒星系には魔法が普及してないみたいだし 」
「誤解って……」
二の句が継げない後輩。援護射撃するかな。その前に少し確認しておこう。
「スレム? 今どこにいるの?」
「 うん? 電話回線に割り込んで会話してるよ。 何か? 」
じゃあ、どこにいるのかは不明なんだな。
「いや、それについては何でもない。それより少しいいかな、スレム」
「 はい、何でございましょう 」
「この世には四つのイドラがある。洞窟のイドラ、市場のイドラ、劇場のイドラ、種族のイドラ。イドラというのは偏見という意味ね。んでこのイドラってのは、当然ながらない方がいい。でも人間だし、どうしても偏見とか思い込みはついてしまうようになっている。でも伝えないことには、その偏見は埋めることもできないし、或いはその偏見にすら気づかないかも知れない」
「 ――はい、出しゃばり過ぎました。 ……あれ? 」
おおっと、適当に口から出任せ言ったのがばれてしまう。
「それで、藹気を通した瞬間に耳が尖ったと。それだけで吸血鬼って分かるもんなのか?」
「 何かはぐらかされたような……。 まあいっか。 なんで耳が尖っているだけで、ヴァンパイアかどうか怪しいって言う理由は知らないけど、無藹気状態だと、どの種族も元の姿を保てなくなって、人形になるのが多い。 そこにある一定量の藹気を通すと、ヴァンプは耳が尖る訳なの。 その量では、他にもエムプーサとアルラウネは背中に羽が生えるけど、それ以外の種族は反応しないね 」
何言ってるんだろうか理解ができないぞう。馨の方は実際に体験したからか、そういう原理なのかとうなずいていた。
自分が言葉を返せずにいると、何ととったかスレムは、こう続けた。
「 今の話についてはおいおいやっていくとして、折角だし伝えておくね。 候補が何人か挙がったんだよね 」
言外に「褒めて褒めて♪」という雰囲気が漂っている。気のせい……じゃないな。これはあれだ、魔法ってすごいね! なんて言って欲しいんだろう。その手に乗るか!
「どうやったのさ。また魔法?」
「 うん、カオリの時と同じように藹気を当てただけだよ、全世界に。 あ、種族を調べるのと違って遥かに少ない量でだから、人外化が起きた人はいないよ。 ちょっと反応を見ただけ。 驚いたね、オキナワだけで62人いたんだよ 」
なるほど、簡単な方法だな。
「にしてもやけに多いな」
「 そう思っていた時期が私にもありました 」
およ? どんでん返しでも?
「 この第三惑星での反応は全部で755人だったのでした 」
「沖縄率以上に高くない?!」
「……」
返事がない。電話回線から抜け出たりでもしたのか。
「先輩の所為らしいんです」
……えぇ〜?? 何か知らないうちに悪者扱いされているような。