二話目 朝の一幕 その2
新しい登場人物
渡良瀬祐俐:光莉の双子の姉。学業優秀で若くも一家の大黒柱。
渡良瀬千鶴:光莉たちの妹。小学四年生。色んな意味で言語が不自由で、大食らい。
時計の針はもうすぐで六時半。プレハブの中で弟に噛まれている間に日が昇って、東の空は、はっとするような黄色に朝焼けしていた。
「魔法か、魔法ね、どんな感じなんだろう? もしかして禁書みたいな感じなのかな。もしくはプリキュアみたいな感じとか? ハ○ーポッターとか?」
階段を降りるときからずっと自分はこんな感じだ。自分で言うのも何だが。因みに、魔法の起源ってかなり科学的らしいね。どこかのラノベのあとがきにあった。
「ばよえーんとか言ったら、周りの人が感動するとか?」
……考えるだけでも面白いかも。えーと、味噌はいずこ?
「祐俐、味噌寄越して」
冬瓜を切りながらお姉ちゃんに言う。
この家は不思議なことに親が既に子に養われている。働いて欲しいものだ。それなのに権力が無駄に強い。理不尽。朱子学には漏れがある! 親に絶対服従することは、どこか間違っている気もする!
まあ、親が片方朝鮮族だからしょうがないともいえる。その所為で、妹の話す言語がおかしいのもしょうがない。
「光莉、さっきから何を呟いてるの? 大丈夫?」
祐俐は器用にも喋りながら味噌の容器を滑らせてきた。目の前で止めてくる辺り。
「大丈夫。何でもない」
多分、何の話なのか聞きたいってことなんだろうけど、残念ながら自分はまだそんなに器用じゃないので、会話しながら料理することは土台無理だ。考え事程度ならいいけど。
もちろん祐俐だって、この言葉の意味が分からないわけでもあるまい。
「いまだに器用じゃないのね」
いつか追い越してぎゃふんと言わせてやる。死語だろうが何だろうが関係ないね!
「長くなるからn、アチッ」
「鍋の位置はちゃんと意識しときなさいな」
急いで氷水をボウルに張ってくれるあたり、お姉ちゃんは優しい。
「ありがと」
位置を入れ替えて左手を冷やす。
やることもないのでお姉ちゃんの家事スキルを盗むしかない。手つきは勿論、その全ての身のこなしを観察する。
「……」
「……ん?」
「いや、こうして見ると、結構綺麗なんだなーって」
ボムッ! なんて効果音が聞こえたのは気のせい。気のせい。
「誉めても何も出ないわよ!」
「何テンパってんだよ……」
「テンパってないし」
さっきの顔を赤らめた少女は確かに、お姉ちゃんじゃないしな。気のせいだな。認めがたい。弟に惚れてるとかないよな。
「で、料理していない今なら何の話か話せるでしょ?」
「うーんとね、カクカクシカジカ、シカクイムーブ、コンテトレビアン! ダイハツ」
紙面の都合上、ごくごく適当に省かせていただきます(ちゃんと伝えました)。
「どうしようもない話ね」
「でしょう」
「自慢は出来ないでしょ」
と同時に鍋のふたを開ける。ご飯を入れて국밥にして早く食べたい。味噌がいかにも美味しそうな匂いを醸し出している。所要時間は約三十分。これでお腹がかなり満たされるから、田舎というか、庶民料理は捨てたもんじゃない。김치を入れるとなおよし。それはさておき。
「まあ、そう、かな。虫を捕まえに行ったのに捕まえてないし、早く何とかしないと」
「ニジュウヤホシテントウ捕まえておいてね。あんな害虫いなくなっても生態系に影響はないから」
「アッハイ」
ニジュウヤホシテントウを見せても「ん? 何で残しておくの? さっさと殺してしまいなさいな」とか言いそうだ。失敗。次の作戦を練りましょう。後で。今はそうだな、料理に復帰するための治療に専念ということで。
あ、いや、皿出しておくか。そろそろ出来上がりそうだし。食器棚から皿を出して、ワークトップに置く。
「あ。ありがとう」
「どいたし。千鶴とか呼んでくる」
「任せた」
「任された」
さて、自分の家は実はかなり特殊だと思う理由の一つに、四人兄弟揃って同じ部屋で寝ることを挙げる。
四人兄弟のうち、一番下の千鶴は食べること以外に興味関心を示さない。その上大食らい。まるでガスグースみたいな感じ。若しくは、古代ローマ人と言ったところか。流石に戻したりしてまで食べることはない。
だが、食べる量は自分を越している。ありゃあ背が伸びますね、きっと。かといって勉強しないのも、あまり宜しくはないというか。
そして、当の本人は起きる気配が全くない。
「辛くないトムヤムクンが食べたい…」
という寝言を言うまである。辛くないトムヤムクンはもはや原型を留めていなさそうですな。
お? 寝言? それなら、この手が使えるかも知れない。
「치짐가 여기에 있네요~.(訳:チジミがここにあるぞ~)」
すると。
「뭐? 치짐? 치짐가 어디에 있어라고!?(訳:何だって?チジミ?チジミがどこにあるって!?)」
効果覿面、飛び起きた。
ぶっちゃけ本当はないからな。どうしようか。
「치짐는没有。但,好吃的巧克力在这儿!(訳:チジミはないけど、美味しいチョコはあるぞ)」
「我吃ーーーー!(訳:食べりゅーーーー!)」
ガバッと起きて、手の中の麦チョコを鷲掴みして、口の中に放り込む千鶴。名前にちっとも行動がそぐわないのは、どうしたものか。あ、そうそう。
「그리고, 어늘밥은 국밥이야.(訳:それと、今日のご飯はクッパだよ)」
そう言うと、すぐに大食らいは着替え始めた。と思ったらいつの間にか着替え終わって階段を駆け下りていっていた。鶴というよりは、伝書鳩みたいな速さだった。うん、伝わりにくい表現だな。
残りは、廃人みたいに暮らしている親を起こしに行きますか。ロト6とかロト7とかを3回も当てた結果があれだ。自分もそうはなりたくない、かな。実に悩ましいことだ。
そんなことで悩んでいる間に、すっかり日は昇り切っていた。