一話目 朝の一幕 その1
登場人物
渡良瀬光莉:主人公。中学二年生。早く何とかしないと廃人になってしまうかもしれない。出来ないことはない。
渡良瀬一樹:光莉の年子の弟。中学二年生。何というか、ばか。
時計の針はもうすぐで四時。お外は真っ暗、対照的にこの地下室は蛍光灯が眩しい。ゆるめに設定された冷房のおかげでそこそこ涼しいが、自分は燃えていた。
なぜなら、目の前に置かれたノーパソの画面に「経過時間:3分30秒 エンコード済み:25%」という表示があるから。
遅すぎるCPUの処理速度に苛々している。フィフスマシンだとしても、これはないと思う。
オーバークロックでようやく3.0GHzの2コア、GPUも遅い、メモリーも4GBしかない、その他多くの制約ばかりでまともな使い物にならず、ファーストマシンとの差が大きすぎる。
ファーストマシンの方はクロックオーバーで4.5GHzの4コアのまともなCPUとか1.25GHzのGPUとかあとは32GBのメモリーに3TBと500GBの組み合わさったSSHDとかBDXDドライブとか拡張性がかなりいい。もっというと自作。
一言にまとめると、ゲームには逆に向かないけど、動画編集にはもってこいな頭の悪いパソコンである。ただまあ、フィフスマシンはゲームにはいいかも知れない。
ともあれ、動画のエンコードに時間がかかりすぎてて、CPUとGPUがフル稼働で何もできずに苛々している。
エンコードっていうのは、動画のファイルのサイズを小さくするために圧縮することを指す。これ、重要。この作業をするだけで、動画サイトのサーバーへの負担が軽くなる。ニコニコ動画なんか見てると必要な知識になる場合もある。見ない人も覚えておくと、役に立つ事があるかも知れない。ないかもしれない。略称はエンコ。
「…………」
それにしても長いな。待ってる間にもう夏休みの英語の宿題終わってしまうよ?
それでもって、今日は7月の21日だから火曜日。
だったら艦○れの方は何とかウィークリーが全部終わるかも知れない。
あと、夏休みの宿題も。残ってるのは英語と読書感想文と昆虫のスケッチくらい。英語もあとこの問題集の大問三つ分しか残ってないし、すぐ終わるから、実質残り二教科しかない。
最初に面倒な教科を終わらせてはいるけど、自分にとってはどの宿題もゲームやアニメのための時間を割かれてしまうから、人生の邪魔でしかない。
多分大多数の人が宿題なるものが嫌いな筈だ。自分も邪魔だし嫌いだ。宿題なんてあったところでやらない人はやらないし、復習も本来個人でするべきだ。それができない人は自分の興味のあることを存分に伸ばして、社会に役立てた方がずっといい。
閑話休題。
そして英語終わり。パソコンがこの時間に一台しか使えないのは本当に辛いな。大体、模試で全国2位だったからってこの仕打ちは酷い。パソコンが23台中16台が親に制限をかけられたしXPERIAも22台中20台が金庫に入れられた。iPodtouchも13台あったのが3台しか使えない。
1位違いのお姉ちゃんでのそんなことされないのに、酷いもんだ。
さて、昆虫採集に行きますか。希望はカマドウマとか身近に捕まえられる昆虫だな。別にリュウキュウハグロトンボでもいいけど、山原に行かないといないしな。
家の屋上にはプレハブとビオトープがある。プレハブの窓の中から明かりが見えるから、弟が何か作業をしているんだろう。おおかた、「う~ん…バグは見つかったし、原因も分かった。けど書き直したくないないし、複雑だし」とかほざいていそうなもんだ。プログラミング言語の文法に頼るのはいいけど、読みにくいし直しづらい。この前だって、C言語で遊んでいた時に
「光莉~、このソースの意味を十秒以内に答えなさい」
と言われて、こってこての文法問題を見せてきた。
あきれ半分、用語をたっぷり混ぜて、
「バカですか、バカですね、こんな面倒な文法問題を作る暇があるんなら、実用的な書き方を勉強しなさい、しかも、使われていない変数の定義があるし、一応答えとしては、aにaを2倍したbで割った数に後置で1を足した値を代入した後に、関数の呼び出し先にそのaの値を返すという意味ではあるけれども、そもそも最初から括弧で括っておけば少なくとも4倍は読みやすくなるし、後から修正をかけるときに簡単に直せるようなスタイリッシュなソースになる訳で、その基本中の基本であるバグを、引いてはバグが起きにくくなるソースを書くというのはもはや欠片も見受けられないんですが?お?よくよく見ると、リンクエラーを起こすような文になっているし、どういうつもりなのかな?」
といつもより強い口調でマシンガン叱責したところ、
「光莉お姉ちゃん、顔がマジですよ…?」
とか半ベソ顔で返された。
どこがお姉ちゃんだ、男だ。髪を切るのが面倒で伸ばしっぱなしにしたら傷み始めたから、手入れを始めだけ。それで外見が女子っぽくなっただけで。今は全く男の面影がないとか何とか言われるけど、お蔭さまで完全なネカマに成り切れている。
ただまあ、なりたいからなったわけじゃない。むしろお姉ちゃんが人のツイッターを乗っ取って、(本人曰く)ふざけ半分『シュークリームとエクレアの違いについて真剣議論したい』とか呟いて、4000余名のフォロワーさん方に誤解を与えてしまったのだ。
中性的なイメージ(アンケートによる)だったため、バランスが崩れて、中の人が女子であると簡単に刷り込まれてしまった。人のアカウントで何してくれてんだよ!
しかも絡みが活発な垢であったため、すぐにこの噂は広まってしまって、なんか、このツイートでフォロワーさんが500人くらい増えた。忙しくなった。楽しいからいいけど。
あんまりいい話じゃないな。
ん。閃いた。ここでお姉ちゃんが毛嫌いしているニジュウヤホシテントウでも捕まえてプレゼントするか。次いでに夏休みの宿題のための虫も捕まるわけだし、一石二鳥!
約九十坪の面積のビオトープのどこかしらにジャガイモも植えてあった筈。そもそもお姉ちゃんがニジュウヤホシテントウを嫌っている理由というのは、ジャガイモの害虫という訳で。
ジャガイモを探してビオトープをあちこち回っていると、何かが頭にぶつかった。嫌な予感がして頭上を見上げると、そこには巨大なキイロアシナガバチの巣があった。付け加えるとするなら、直径が三十センチもあるということ。あ、これヤバいんじゃねと思った時には既に遅く、傘状の巣からたくさんの働き蜂が出てきた。
ふむ。
「逃ぐべし!」
囲まれる前に逃げた。我を忘れて咄嗟に逃げた。プレハブに向かって逃げた。兎に角逃げた。
蜂の方も敵を逃してはならない、徹底的に潰して後に帰還することという本能からか、ブーンと追いかけてきた。
いつの間にか「カムフラージュできないかなぁ~っっ!?!」と叫んでいたそうだ。道を挟んで向こう側の豪邸に住んでいる達成っていう友達から後で聞いた。
しかし、流石は昆虫。人体よりも小さな身体に、多くの特殊な力をお持ちで。すぐに追いつかれた。
夜明け前なのでどこにいるのかはっきりとは見えず。何度も刺されかけた。その度にぺしっ、ぺしっと蜂をはたき落とす。再度襲いかかる。はたき落す。襲う。はたく。襲う。
何度もその応酬が続いた。
そこでプレハブに逃げ込んだ。蜂たちはドアに打つかっても、なおも襲おうとドアに打つかってきた。自分は安堵のあまり、ぺたんと座り込んだ。
そして何故だか弟に襲われ歯型が残る。
「急に作業中に入ってこないで!」という言葉とともに、あわれ無防備な美少女(外見のみ)が襲われ、噛みつかれたのだった。蜂たちに責任転嫁したのは言うまでもない。あと、フロイトの用語でこれは投射と言います。倫理の試験に出ます。高校生になるのが待ち遠しい。
というか、
「痛いです、一樹さま」
本当に。
「勝手に入ってくる光莉が悪いでしょ」
「ごもっともでございます」
大変ご立腹の様子で。取り敢えず弟に従っておく。
すると、一樹は予想だにしていなかった言葉を口にした。
「よし、じゃあ、減給♪」
「いや待て、何故そうなる。別にGoogleがYouTube経由でお金をくれるから困らないのだけれども」
「契約書にあるでしょ。第7条第2項に」
そう言って机の中から契約書を取り出す。
契約書にはつらつらと規約が細々と書かれている。その中の第7条第2項には一樹の機嫌を悪くした際には減給する旨が書かれてある。
自分は投資家でユーチューバーなニコ生主だ。つべでは主にゆっくり関連の動画を出している。それから、偶に歌ってみたと東大の過去問の一部を中学数学で解いた動画を上げてる。うp動画のジャンルがおかしいのは無視しろ。
加えてもう一つ収入源が、『一樹の書いた出鱈目なソースコードの修正』。それなりに楽しい。弟をいびるのが。一応はちゃんと修正も加えている。
先月はまともに仕事していなかったので13万円しかなかったけど、今月はもっと仕事していなかったから4万円しかない。恐らく。それがさらに減ってしまうのか。
「もしかしたらマイナスになるかもね」
「労基法基い、倫理的におかしい減額だと思われます」
第一反駁。根拠はなし。
「もしもそうなれば、ストライキの前に話し合いによって民主的(意味深)な解決を提案します」
そして、これだけで解決してしまう。いやあ、ここの労働組合は所属人数が二名でも強いですね。理由? 姉と兄だから(暴論)。
すると。
「…………ストライキだけはやめて。マイナスにはしないから! お願いします、思い上がっていました、ごめんなさい、お許しください、出来る範囲内であれば何でもしますからー!」
言質はとれたな。
「それっじゃあ、自分を魔法が使えるようにして」
「はい?」
状況分析能力がなくなったのかな。きょとんとしてる。拍子抜けともいう。
「だーかーらー、Make me a sorcerer. Do you understand?」
「Wizardじゃないあたり、わざとくさいし、そんなことは出来ない」
「じゃあ修正は一人でやってね」
「待って待って、努力はしますから!」
わざわざ慌てる真似をしなくてもいいのに。
「まあ、冗談だったけどそんなに言うんなら、本格的にお願いしよっかな」
「え?」
「それじゃ、蜂もどこかへ行ったみたいだし、日が昇ってきたし、お腹減ったし、料理しに行きますか。じゃあ、宜しくね」
言い残して台所に向かった。キザったらしくウィンクをしようと思ったけど、流石にやめといた。
後には、頭を抱えて悩んでいる一樹だけが残った。
流石⑨。弄りやすい。
これだけでも今日は得したというもんだ。
しかしその規約はほぼ無効なんじゃ、と思いながら7階相当の屋上から1階までの長い長い階段を降りた。
初めまして、あうあいです。初めて書く小説になります。
さて、やる気があれば最後まで書くかもしれません。やる気がなければ親にパソコンを取り上げられて、書き続けることは出来ません。
それを失踪癖というかどうかはともかくそこは自己調整するべきですけど。
さて、右も左も分かりませんので、感想や思ったことなどどんどんお寄せ下さい。お願いします。
ではまた。