渡名波駐屯地
この話で導入部はおしまいです。
官民共同の資源調査団が夢幻諸島の渡名波駐屯地に上陸して、航空画像から目星をつけた場所を音波探査、地震探査で調査すること早10日、何よりの最優先事項だった油田があっさり見つかったことは政府にとっても想定外だった。
実際の埋蔵量、採掘可能量まではさらに詳しく調査しなければ分からないが、一年ほど経てば商業的な大規模採掘も可能になるだろうという目算もある。
さらに海浜でグアノ鉱床が発見された事で、ほぼ全ての肥料を輸入に頼っていた国内農業事情も少しは明るくなるだろう。
希望の中、2人の男が海岸に立ち、この諸島の真価を見据えていた。
「まるで宝の山だな、この諸島は。」
そうつぶやくのは、資源調査団の海浜方面担当班長 村田義直である。彼は民間企業から派遣された1人だ。
「ええ、転移の後は国が滅ぶかどうかの騒ぎになりましたが、手つかずの資源、豊かな土地、見方を変えれば転移はある意味で幸運なのかも知れません。」
そう返すのは、自衛隊夢幻諸島第一調査団隊長 山崎寛人二等陸尉/中尉である。
「しかし鉄鉱石の鉱脈が出る可能性は低い。ここは安定陸塊じゃないからね。」
村田は夢幻諸島だけでは国内産業を支えるにはまだ不十分であることを述べる。
一般的に「安定陸塊」には鉄鋼石、アパラチア山脈が該当する「古期造山帯」には石炭、そして日本列島などがあてはまる「新期造山帯」には石油または非鉄金属が出土するといわれている。豊富な油田が存在する夢幻諸島は新期造山帯に属すると思われ、対極的な安定陸塊に出土する鉄鋼石の採掘はほぼ見込めないと推測されていた。
「だが・・・、この世界には我が国を脅かす程の軍事力を持った国は少なくとも周辺には存在しないらしい。元の世界とはえらい違いだよ。」
村田は周辺国に恵まれなかった転移前の日本の国際状況を揶揄する。
「東亜戦争の時は、私もシナや朝鮮半島に米軍の後方支援として派遣されたPKFの一員でした。お恥ずかしい話、前線に出ないとはいえ、いつ奇襲が来るかとビクビクしていました。」
「死を恐れるのは自然の感情だよ。恥じることはない。」
そう言ったあと、村田が砂浜に目をやると何か巨大なものが打ち上げられているのを見つけた。
「ん?なんだ、あれは。」
10月6日、国籍不明の木造帆船が夢幻諸島に漂着した。
「おい、生存者の保護とけが人の手当を急げ!」
衛生兵と医官が慌ただしく動く。木造帆船の乗員は20人ほどしかいなかったが、その全員が衰弱しきっていたため、すぐさま駐屯地の簡易病院に運び込んだのだった。
〜〜〜〜〜
渡名波駐屯地簡易病院 集団病室
「嘘だろう・・・、生きてる。」
帆船の乗員ジェニアは、自らの生存を信じられずそうつぶやいた。
「おや、お目覚めになりましたか?」
突然横から聞こえた声の方へ、重い頭を振り向ける。
「あなたは・・・?他の船員は・・・?」
「私は夢幻諸島第三調査団医官の笹川武彦と申します。他の船員の方々なら、ほら、となりに寝ていますよ。目覚めたのはあなたが最初ですが、それでも2日は寝込んでいたのですよ。」
まわりを見渡し、白いベッドに寝かせられている自分や仲間たちを見て、ジェニアは現在の状況をようやく飲み込めた。
「我々を治療してくださったのですね。ありがとうございます。」
感謝を述べたあと、ジェニアは船が漂着してしまった経緯を述べる。彼らはロバーニア王国という島国からノーザロイアに向かう予定の商人だったのだが、途中ひどい嵐に遭い漂流してしまったのだ。
(確かに言葉が通じる・・・、一体なぜ?)
笹川はイラマニア王国と接触した政府の報告通り、異世界の人間とは言葉の壁が存在しないことに驚いていた。
「失礼ですがあなた方の装束を見るに、極東洋文化圏やノーザロイア文化圏のものではありませんね。ここは一体なんと言う国なのですか?」
「ここは日本国の南端領土である夢幻諸島という場所です。」
「ニホン国?聞いたことのない国名ですが・・・。」
聞き慣れない地名、見たこともない文化。もしや世界の東端のさらにその先の未知の領域の未知の国に流されてしまったのではないかと不安に駆られる。
「ご心配なさらなくても、ここはあなたのおっしゃるノーザロイア島よりそう遠い場所ではありません。我々も2週間程前に無人だったこの諸島を発見し上陸したのです。」
「はて、この極東洋で開拓可能な無主の島など、そう無いはずですが・・・、もしや・・・ここは『海の底』ではありませんか!?」
「『海の底』?」
ジェニアの説明によると、この諸島は周辺を流れる海流の流れが特殊で、帆船の場合上陸は容易だが、脱出が非常に困難であるようだ。それによる開拓の困難さから極東洋と呼ばれる海域に点在する各島国の住民は、ここを『海の底』と呼び、付近の海域には近寄らないようにしているらしい。それがこの広大な諸島が無主地である所以であったのだ。
「なるほど、そういうことだったのか!」
笹川は納得した様子で言った。
「それならば我が国の船であなた方の国へ帰還できるように、本国政府に連絡致しましょう。我々の船は海流や風に逆らって海を進むことができるのでご心配する必要はありません。」
そんな船がこの世に存在するのだろうか。疑問を抱きながらここは彼らの厚意に頼るしかないジェニアは改めて笹川に頭を下げる。
「よろしくお願いします。」
10月13日、新たなる国と国交を築くために外務省から派遣された外交官と漂流民を乗せた護衛艦「いなづま」が渡名波駐屯地を出航した。
その後、日本使節団はロバーニア王国の首都オーバメンへ上陸し、日本の技術力の一端を目の当たりにしたロバーニア王国政府と国王アメキハ=カナコクアは、イラマニア王国と同じく日本との友好関係を築くことを決め、こちらからも日本へ使節を派遣することを決定したのだった。
ちょっとご都合主義が過ぎるかも知れませんが、あまり資源問題に時間をかけたく無かったのでこういう設定にしました。一応夢幻諸島にはすでに滅びているけれど、先住民族がいたという設定があります。もしかしたらそれについて少し補完した話を入れるかも知れません。